かぼちゃを動かして!①
「ねぇ、もう十分でしょ? いい加減、かぼちゃを動かしてよ!」
「まだまだだね。ちっとも顔が怖くない」
「どうして!? これ以上、どう怖くしろっていうのよ。ハロウィンが終わっちゃう!!」
フィフィが半泣きで叫ぶも、ディグダは知らんぷり。フィフィを置いてあっという間に屋敷の奥へと飛んでいてしまった。
フィフィは魔女見習いの女の子。生まれつき色素が薄く、白銀の髪に、赤い瞳をもっている。それゆえに赤子の時から村で魔女扱いされていた。そして、迫害に耐えかねた両親がとうとう森の魔女のところへとフィフィを召使いとして放り出してしまったのだ。
「フィフィ、ハロウィンの準備はもう済んだの?」
「ミ、ミス・マリアンヌ! もう少しです。後はジャックオーランタンに灯りを付けて、躍らせるだけだわ」
「そう。これであなたもようやく立派な魔女ね」
「はい!」
そんなフィフィが仕えるのがミス・マリアンヌ。何枚もの金貨と引き換えにフィフィを召使いとして魔女の屋敷へと招き入れた。
ミス・マリアンヌはとても妖艶で美しい魔女で有名だった。釣り目気味の大きな瞳は透き通るような紫をしていて、角度によってその色味が変わって見える。その瞳に合わせるかのようにふっくらとした唇に赤紫の紅を塗っていて、それがまたよく似合い、彼女の整った顔をより一層輝かせた。艶やかな黒い髪は緩やかなカールがかかっており、毛先まで手入れが行き届いている。胸元の大きくあいた黒紫の魔女服は彼女の太もも辺りまでスリットが入っていて、グラマラスな彼女の身体にとてもフィットしていた。故に彼女は人間からその容姿を眺望の眼差しで見られると共に、とても恐れられていた。若い娘を食べて美しさを手にしている、彼女の瞳をみた男は魂を抜かれる、なんて噂があるものだから。
けれど、彼女は村で恐れられているような怖い魔女ではない。魔女たちはただ、不思議な力が使えるだけ。ただ、人間よりもほんの少し長生きで、そう、例えば1000年くらい。それで、人間よりもかなり頭がいいだけ。それで、本当は寂しがり屋でとっても優しいことが多い。
その中でも、特にミス・マリアンヌは寂しがり屋で優しい女性であったと言えよう。当時10歳の少女をありったけの金貨と引き換えにでも、守ろうとしたのだから。
当初、ミス・マリアンヌはフィフィが成人するまで大切に育て、そして、どこか村の者が訪れることのない遠い街へとお嫁に出すつもりだった。けれども、フィフィときたら、料理もできなければ洗濯も掃除もからっきりしダメ。年頃になるまでに花嫁修業を完了させれば大丈夫だと思っていたのに、こんなに不器用では間に合わない!
だって、料理や掃除だけでなく、刺繍やら畑仕事まで完璧に覚えなくてはならないのだから。
フィフィの容姿は人間の目線では変わっている。本来でいうのなら、クリっとした瞳に整った鼻筋。左右均衡のとれた顔。腰辺りまである髪だってサラサラで、とても美しい少女なのだけれど、どうしたって変なことに拘る人間にとっては忌み嫌われる髪と瞳の色なのだ。普通の娘の何倍も家事ができなくては、お嫁に行くのは厳しいだろう。
「そうねぇ。何か特技があればいいんだけど」
フィフィと少しずつ会話をし、ミス・マリアンヌはあることに気づく。彼女は魔女ではないのだけれど、何故か、妖精たちと会話ができるのだ。
「あら!」
そこでミス・マリアンヌは彼女を魔女見習いとして育てることにした。
ミス・マリアンヌと様々なトレーニングをして分かったことは、フィフィは何故か魔力はあるのに、それを自分自身で使うことができないということ。
「困ったわねぇ」
「ミス・マリアンヌ! お願い、私を一人にしないで。いっぱい、いっぱい、お料理もお洗濯もお掃除も練習するから」
フィフィは魔法の練習をしては全く何もできず、泣き暮れるばかり。
「もちろんよ。魔女になって、ずっと一緒にいましょう」
けれど、ミス・マリアンヌは落ちこぼれのフィフィを決して見捨てたりはしなかった。
「でも、どうしましょう」
一緒に過ごす中で、フィフィも気が付けばもうすぐ14歳。13歳の間中に、魔女見習いを卒業しなければならない。困り果てたミス・マリアンヌは、あることを思いつく。フィフィの使えない魔力と引き換えに、妖精たちと契約して、妖精に代わりに魔法を使ってもらうという方法だ。
この作戦は功を奏した。
フィフィと沢山の妖精が契約を結びたがったのだ。それくらいに、彼女は自身で魔法は使えないけれど、とても強い魔力を持っていたのだ。
そうして、フィフィの誕生日、ハロウィンまでにミス・マリアンヌは12人の妖精と契約させて魔女見習いの卒業試験に臨ませることにした。
偶然にも今年の課題はハロウィンで魔女の威厳を見せること。ほんの少し、人間たちを脅かしたらいいのだ。何も、危険なことをするのではない。人間たちがちょっと魔女を恐れて攻撃してこないくらいに、脅かすだけ。
フィフィは基本的な魔法に匹敵する、火の妖精、水の妖精、風の妖精、土の妖精、雷の妖精と順調に契約を結んでいった。そこから、花の妖精、光の妖精、闇の妖精、星の妖精、月の妖精、太陽の妖精と契約を結んであとはただ一人。植物の妖精のディグダと契約を結べばいいだけだった。花の妖精はその名の通り、花を咲かすことを得意としているのならば、植物の妖精は実を育てることを得意としている。
けれども、ディグダときたら契約の直前で、急に嫌だと言い出したのである。
フィフィは人間を脅かすために、沢山の準備をしていた。後は大切に育てた大きなかぼちゃをディグダに動かしてもらって、脅かしにいくだけだというのに。
「絶対に嫌だね」
ディグダがどうしても、どうしても、契約はおろか、かぼちゃを動かしてくれないのだ。
フィフィが花の妖精と大切に育てた大きなかぼちゃ。本来なら実を大きくするところからディグダに頼む予定だったのに、ディグダが手伝ってくれないものだから、フィフィは自力でここまで育て上げた。
それでも大きくなり過ぎたかぼちゃはディグダの力が無ければ動かすことができず、どうしてもディグダに手伝ってもらわなければならなくなってしまったのだ。
ここ最近、フィフィはディグダと鬼ごっこを繰り返すばかりである。