かぼちゃを動かして!②
けれども、ディグダとの鬼ごっこに決着がつくよりも前に、とうとうハロウィンの日を迎えてしまった。
いつも通り、何食わぬ顔でフィフィの前を飛んでいくディグダに、今日ばかりは怒ったりせず、フィフィは努めて明るい笑顔で言う。
「……ねぇ、ディグダ? ……ケーキ。食べたくなぁい?」
すると、わざとフィフィの前を飛び回るくせに無視を続けてきたディグダがようやく反応を示す。
「む?」
これにしめしめと、フィフィは心の中の声が漏れぬよう、笑顔を保ちながら、焦らず、ゆっくりと、言う。
「とってもあまーい、いちじくのタルト。ねぇディグダ、好きでしょう?」
「ふむふむ。いちじくのタルトね」
ディグダが片目をつむり、わざとらしい澄ました顔で、フィフィの様子を覗っている。
フィフィは嬉しさを必死に抑えて、得意げな顔で続ける。
「そうよ! あなたの大好きないちじくのタルトを……」
けれど、ディグダは完全に両目を瞑り、意地悪にふふんと笑いながら、フィフィの言葉を遮る。
「いーらない。俺、別に腹減ってないし」
「な、なんで!?」
けれどもどうしたことか。妖精たちの中でも、大の甘党で有名なディグダが、あのディグダが、ケーキをいらないと言うのだ。
フィフィは慌てて付け足す。
「な、なら! ベリーのタルトは?」
「ふん。あれは春に食べるやつだい」
「あっ、じゃ、じゃあ……木苺の」
「ばっかだなー。木苺も春だろうが」
「むむむ。なら、アップルパイは!?」
そこで再びディグダが興味を示し、片目を開いてフィフィの方をみる。
「……アップルパイね。でも、誰が作るって言うんだよ」
「それはもちろん……」
フィフィが言い切るよりも前に、ディグダが溜息をついて言う。
「お前が作るやつなら絶対に嫌だね。話にもならないから」
「なっ」
いつもならば怒ってしまうが、ディグダがまた、飛んでいく体制に入ってしまうのを見て、慌ててフィフィは飛ぼうとしているディグダの前に立ちふさがる。
「待って、待ってってば! 作らないわ。作らないってば。ちゃんとお小遣いで買ってくるから!」
すると、やっとこさディグダは完全に目を開き、フィフィの顔の前でふよふよと飛びながら、ニヤリと笑う。
「ふむふむ。それなら話を聞いてやろう」
「さっすがディグダ! そうこなくっちゃ!!」
フィフィは大喜びで、飛び跳ねる。
「じゃあさ! かぼちゃを動かして!」
けれど、ディグダは満面の笑顔で言うのだ。
「絶対に嫌だね」
その思いがけない言葉に、フィフィは目を見開き、ずっと我慢していた感情を爆発させる。
「ちょっと! こっちが下手に出てたら何よ!!!! 約束は約束でしょう!? そもそも、ずっと契約してくれるって、言ってたじゃない。だからあの日、私の大好きな苺のケーキ、全部ディグダにあげたのに!!!! そんなにかぼちゃを動かしたくないなら、あの日食べた私のケーキ、お腹の中から返しなさいよ!!!」
ふよふよと浮いていたディグダをむぎゅっと掴み、フィフィはその真っ赤な瞳で鬼の形相で睨みながら、叫ぶ。
「早く、ケーキ、返しなさいよ!!! それが嫌なら……!」
妖精たちは所謂、子どもたちが使うドールと同じくらいの、掌でその身体を掴めてしまうくらいのサイズ。ディグダからすれば、身体を掴まれ、そしてこんな至近距離で叫ばれた日には、次の日まで頭痛が続いてしまうだろう。
「わ、わかった。わかった。もう何か月も前に食べたケーキは流石に返せない。でも、確かに俺もあの時ケーキをもらった。だから、うーん、そうだな。新しい交換条件といこう」
「……交換条件?」
「そ、そうだ」
けれど、フィフィは納得がいかず、叫ぶのはやめたものの、離すまいとぎゅっとディグダの身体を掴んだまま。
「……それって、なんだか、私にとって不利じゃない? もうケーキあげてるのに」
「だから、それは契約をするっていう方の約束だろう? 契約の約束はしてても、かぼちゃを動かす約束はしてない」
「それは、そうね」
フィフィは既に11人の妖精と契約を結んでいるが、それは使役関係のような、命令を無理矢理きかすものではない。あくまで、友情から成り立つ、お互いにお願いをききあう契約なのだ。だから、例え契約を結んでも、ディグダが嫌だと言えば、かぼちゃは動かしてもらえない。
フィフィがようやく、掴んでいたディグダの身体を離すと、ディグダが慌ててフィフィから距離を取り、安堵の息をつきながら、言う。
「ほんっとうに、お前はちっともお上品にならないな。ミス・マリアンヌにどれだけ教わっても、料理はダメだし、いちいちやかましいし、普通何か月も前に食べたケーキのことなんて……」
無表情で、再びディグダの方へと一歩近寄り、凄みのある声を出す。
「……ディグダ?」
「あー、何でもない。ミス・マリアンヌからの花嫁修業、よく頑張ってるなって話だよ。それに、うん。記憶力がいい。そうだな、ある意味、天才だ」
「……まあ、いいわ。もう時間がないもの。それで、交換条件ってなに?」
すると、ディグダがニヤリと笑って、言う。
「俺は欲しい薬があるんだ。その材料を集めてきて、それをお前が作れ」
「え? それだけでいいの?」
フィフィの顔はみるみる明るくなっていき、期待の眼差しで、目の前に浮かぶ植物の妖精をみる。
「ああ、もちろん。俺とお前は友だちだからな」
「うん!」
そして、ディグダが言う材料に、フィフィは白目をむくことになる。
「それじゃあ、ヤモリのしっぽ、白蛇の抜け殻、コウモリの巣を少々、それから洞窟の奥の八色蜘蛛の涙だ」
「えぇえええええええええ」
今は、ちょうどお昼時。薬草ならまだしも、そんな材料、夕方までに集めてこれるとでも思っているのだろうか。
「そ、そんなの……!」
すると、ディグダは真剣な顔で、言ってのける。
「無理だとでも言うのか? お前は、魔女になりたいんだろ? 俺が欲しいのは、魔女の薬だ」
その言葉にぐっと喉を詰まらせ、フィフィはびしっと、指を立てて、ディグダに大声で言う。
「そうよ! 魔女になるんだから! いいわ!!! とってきてやろうじゃない。その代わり、夕方にはかぼちゃを動かして、ジャックオーランタンを躍らせるの、絶対に手伝ってもらうから!!!!」
「おう。フィフィがちゃんと材料を集めて薬を作ったら、かぼちゃでも何でも、動かしてやる!」
ニヤリと笑うディグダにふんっと勢いよく鼻をならし、フィフィは森の方へとずんずんと勇み足で向かう。そして、屋敷から離れ、ディグダの姿が見えなくなってから、その赤い瞳に涙を滲ませた。
「ど、どうしよう~」
というのも、フィフィはミス・マリアンヌからどれほど教わっても料理や掃除もからっきしダメだったのに、コツコツと教わった薬草集めや、それらを使った流行り病の薬を作るのは唯一といっていいくらいに得意だった一方で、魔女の薬、それらを作るのもまた、からっきし、ダメなのだ。
「ヤ、ヤモリに……コウモリに……蜘蛛と……蛇?」
震える声で呟くのは魔女の薬を作るのに必要な材料を持っている生き物たちの名前。
フィフィは、虫や爬虫類が、大の苦手だった。