小説・児童文学

かぼちゃを動かして!⑥

2022年11月14日

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かぼちゃを動かして!⑥

 風がやむと、木々の揺れる音さえもがフィフィたちの周りから消えていく。するとそこに残るのは、当たり前のように静寂な時間で、フィフィが今最も避けたいもののひとつであった。
 あまりもの静けさに怖くなり、フィフィはエプリアから目を背ける。
 逃げるように視線を向けるのは足元で、土の道の上にある足、即ちフィフィが今日の試験のためにわざわざ買ってもらった黒い新品の靴をじっと見つめることしかできないでいた。

 フィフィは日ごろ、比較的動きやすいドレスを着るようにしている。お気に入りはピンクとベージュのもので胸元に花のレースがアクセントとしてあしらわれている。しっかりと足元まで隠れるのにギリギリ裾を踏んで転ばない絶妙な加減の長さなのが一番のお気に入りポイント。さらにスカート部分はフワリとしているのに生地がしっかりとしていて重みがあるからか、少々庭を走り回っても派手に捲れることもなく、とても動きやすい。
 最初こそシンプルな服を求めたものだが、日ごろからこういうドレスを着て花嫁修業をするようにと強く言われ、それらを守るうちにドレスの中でもフィフィに似合うもの、動きやすいもの、ドレスの種類に合わせた動き方、それらが着実に身に付いて行った。
 どのドレスでもある程度動けるようになっていたし、いつものピンクとベージュのドレスも動きやすさだけでなく、花のレースのデザインまでもがピッタリに好みのもの。
 ミス・マリアンヌはとてもセンスがよく、フィフィの成長に合わせて定期的に惜しみなくドレスを仕入れては、着方まで丁寧に教えてくれた。
 どれもがとても可愛く、フィフィが村にいる頃では考えられないようなものばかり。これ以上、望むものなどない。そう思っているのに、それでも、どうしてもどうしても欲しい服があった。
 フィフィがどれだけ可愛いドレスを着させてもらっても、ずっと憧れてやまなないもの。

 それは魔女の服。

 ずっとずっと、欲しいとフィフィは言い続けた。いつか魔女になって絶対にミス・マリアンヌとお揃いの魔女服を着るのだと。それをミス・マリアンヌはいつも笑って、楽しみね、と言ってくれていた。

『試験のために、フィフィの魔女服を新しく作りましょう♪』

 けれど、ミス・マリアンヌが突然にそんなことを言い出したのは、先週のことだった。
 ずっと欲しくて堪らなかった魔女服。嬉しくはあったものの、それでも、ディグダがニンマリと笑いながらふよふよと飛んでいるのをみると、ミス・マリアンヌのこの申し出に、素直に頷くことができなかった。

『試験に受かったら、ミス・マリアンヌと同じのが私も着たい!』

 そう答えたものの、ミス・マリアンヌはいつも行動が早い。

『ごめんね~、私のではサイズやデザインが少しフィフィには合わないと思うから、新しいのにしたの~。でもきっと似合うと思うから、着てみて♪』

 作ると言った数秒後には、その手にフィフィ用の魔女服を持っていた。
 渡されたのは、真っ黒な服。それはいつも着ているドレスよりは丈が短くって、いつも着ているドレスよりは生地が軽くって、いつも着ているドレスよりはフワリと広がらない。それなのに、いつも着ているドレスと動きやすさが全く一緒のものであった。
 本来、魔女見習いは、仕える魔女のお下がりを貰うのが習わしだ。けれど、確かにフィフィはまだグラマラスな身体には成長していなければ、この先グラマラスに成長するかは少々、疑問の残るところ。
 嬉しさと、申し訳なさと、お揃いではない悲しさが入り混ざる中で、それでもやっぱり、憧れの魔女の服には抗えず、恐る恐る、震える手でフィフィはその魔女服を受け取って、着てみたのだ。

『……わ、私の魔女服』

 思わず漏れ出た声と共に、ミス・マリアンヌがクスクスと笑い、『仕上げよ♪』と言って被せてくれたのは、黒ではなく、黒紫の魔女帽子。ミス・マリアンヌが普段使うものと、全く同じ色の、同じ形の魔女帽子。
 それがとても嬉しくて、帽子は試験の時にと思い、あの日以来、被らずにフィフィの机の上、貯金箱の横に飾ったままだった。

 ゴクリと唾を飲み、ジワリと滲みつつある涙を必死で抑えようと、何度も瞬きをする。

 こんなことならば、ハロウィンになったその瞬間から、意地を張らずに帽子だけでも被っておけばよかった。

 新品の黒い靴には既に土汚れがついていて、よくみれば左足の先なんてコウモリの巣の藁までもが付いている。顔を上げられないまま、真っ黒なワンピースの生地をぎゅっと掴んで握りしめる。
 先ほどとってきたコウモリの巣が右ポケットの中で、ミス・マリアンヌがくれた大好きなラベンダーのポプリが左ポケットの中で、小さく揺れた。
 頭上でエプリアの息を飲む音がして、フィフィは反射的に目を瞑る。

「そっか。魔法は使えないんだね。わかったよ」

 けれど、沈黙を破ったその言葉には、とてもとても、優しい声色のものだった。突き放すものでも、馬鹿にするものでもなく、本当にフィフィの言葉を聞いて、純粋にその返事をくれたもの。
 フィフィはポカンと口を開けて、視線をエプリアの方へと戻していく。

「あ、あのね。だけどね……」
「うん」
「が、頑張るから、一緒についていってもいい?」

 エプリアがほんの少し微笑みながら、頷いてくれる。
 それが嬉しくて、フィフィはとびきりの笑顔で、言う。

「ありがとう!!」
「うん。じゃあ、行こうか」
「うん!!」

 そうしたら不思議なもので、先ほどはあれほどにエプリアの歩く速度はフィフィよりも速いと感じていたのに、ちゃんと前を向いて歩きだしたら、それはフィフィが普段歩く速度と同じくらいであった。
 二人で並んで、再び歩き始める。今度はもう、辺り一面緑の、完全なる森の中。

「さて、今度はこっちだ」
「はい!」

 エプリアは迷わずに歩き進めていく。
 時折、何か不思議な呪文を唱えては、少し離れたところを見つめることもあるけれど、表情はずっと、そのまま。歩く速度も、そのまま。
 おまけに、定期的に横を歩くフィフィの方を確認しては、静かに微笑んでくれるのだ。
 そして、呪文を唱える必要がなくなると、話しかけてもくれていた。

「魔法が使えないのは分かったんだけど、フィフィは普段、何をして過ごしてるの? 得意なことは何?」

 そう問われ、じっとフィフィの頭上、遥か上の方に広がる木々の葉を見つめて考えていく。

 得意な、こと?

 左右に視線をゆっくりと泳がせ、何度か瞬きをして、またも正直に、フィフィは口を滑らせてしまう。

「フィフィ、得意なこと、ない」
「ん?」

 エプリアが優しく微笑みながら、高速の瞬きをして、フィフィの真っ赤な瞳をみつめてくる。
 けれど先ほどとは全く違い、この人はちゃんとフィフィの瞳をみて話をしてくれる人、という安心感が確かにフィフィの心に芽生えていて、気まずげにではなく、ちゃんと話したい、その心のままに、言う。

「フィフィ……まだお料理もお掃除も、ちょっとだけ、苦手」

 ただ何故だか分からないけれど、正直に言ったつもりが反射的にちょっとだけ、なんてつけてしまって、エプリアには嘘をつかないでいようとつい先ほどに決めたはずなのに、勝手に動いてしまった口にフィフィ自身が思わず首を傾げる。
 けれど、エプリアはそれを疑うでも馬鹿にするでもなく、先ほどよりもしっかりと微笑んで、言ってくれる。

「大丈夫。そういう意味じゃないよ。……それに、うん。聞いた俺が悪かったね。一緒に歩いてたら分かる。フィフィは薬草を扱うのが得意だ」
「え?」

 そう言われ、フィフィもどうして薬づくりのことが頭から抜け落ちてしまっていたのか、どうしてお料理やお掃除のことを気にしてしまったのかがまたも不思議に感じられ、ゆっくりと瞬きをしながら、エプリアの方を見上げる。
 その青い瞳は足元をみていて、すぐ傍で一凛の白い花が咲いていた。

「これは風邪薬に効く花。さっきの植物は、毒があるから近づくだけでもダメ。その前の植物は雑草。さらにその前は、痛み止めになるとても貴重な薬草」
「……うん」

 再びフィフィにその海のような青い瞳を向けながら、エプリアは笑って言う。

「ちゃんとそれらをみて、毒があるのには近寄らなかったり、花や薬草を踏まないように気を付けてるし、木々を確認して、咲いている位置も無意識に覚えようとしてた」
「え?」

 確かにあの毒草は触れなければ大事には至らないが、花粉自体にも微量の毒が含まれるため、近寄るだけでも身体が被れてしまう。
 痛み止めになるものは、秋しかその実を収穫できない。
 そして、この風邪薬になる白い花はよく咲くものの、これからの時期、流行り病に備えてたくさん常備しておかなければならない。
 森の手前の方では流行り具合によっては数が足りなくなってしまうから、森の奥でも咲いているエリアを把握していることは重要なのだ。
 ただ、それらを理解してやっていたかというと、フィフィは自然と、そうしていたのだ。
 フィフィ自身でも気づいていないことを言われて、胸の奥がポカリと温かくなると同時に少しこしょばくもなり、フィフィは僅かに首を竦めて、小さな声で言う。

「そうなのかも」

 そしたらエプリアが声をあげながら、笑う。

「はははっ、うん。絶対にそうだから。あの毒草は雑草と見分けがつきにくいし、触るんじゃなくって、近づいたらダメって分かってるのは本当によく勉強してる」

 嬉しくて照れ笑いをするも、フィフィはまた、あることに気付く。
 何故、エプリアはフィフィに得意なことがあるかを聞いたのか、と。

「あっ、フィ、フィフィ! 力持ちだよ! 箒とか振り回せる」

 ディグダと喧嘩したときとかに、箒持って追いかけっこしてる。

「だからね、えっと……八色蜘蛛……」

 どんどんと声が小さくなっていくのに気づいたらしく、エプリアがじっと前方を見ながら、言う。

「しっ。みて? あれが八色蜘蛛の洞窟だよ」
「え?」

 気が付けば目の前には崖があり、視線をエプリアが指差す方向へと移動させていくと、それらは徐々にゴツゴツとした岩に姿を変えていき、その一角にほんのりと不気味に薄暗い大きな穴が、存在していた。
 ずっと穏やかに笑っていたエプリアが、ニッと口角を上げて、瞳孔を開き、その洞窟を見つめていた。
 その笑い方は男の子そのものもで、何故あんなにも男の魔女というのを気にしているのかが、分からないけれど、でも漠然と分かるような気がした。
 エプリアは確かに魔女のようなことができるけれど、やっぱり、彼をそのままに表現するならば、魔法が使える男の子なのかもしれない、と。
 何かを狩るようなその瞳は、恐怖というよりは、どこかワクワクしているようにも見えて、そんなエプリアを間近でみていると、あれほどまでに怯えていたというのに、フィフィの中からもすっかりと恐怖心が引っ込んでしまっていた。

 エプリアが洞窟を見つめたままに、言う。

「ここに来るのが面倒なのは、あの毒草があるからなんだ。風向きをしっかりとみないと、花粉でやられてしまうからね。まあ、だからこそ、ミス・マリアンヌがあの毒草をわざと植えてるんだけどさ。人間たちが闇雲に近づかないように」
「…………」

 初めて聞く事実と、どうしてエプリアが定期的に呪文を唱えていたのかが、フィフィの頭の中に一気に押し寄せてくる。
 きっと、フィフィには何も言わずに、風向きを変えてくれていたんだ。
 そして、ミス・マリアンヌもきっと、たくさんの必要なことをフィフィに教えてくれていて、たくさんのことをあえて教えてくれていないのだろう。
 沈黙のまま俯いていると、エプリアがさらに、言う。

「えっと、助手を頼めるかな?」
「え?」

 ゆっくりと洞窟から視線をフィフィに移して、また微笑んでくれる。

「得意なこと、フィフィにはもっとあると思うよ」
「箒を振り回すこと?」

 残念なことに、今は手元に箒がない。どこかで太めの木の枝か何かを調達できればよかったのだが、見当たらなかったのだ。
 すると、エプリアが視線を再び洞窟の方に向けつつ、フィフィの肩に手を添えて、言う。

「正直であること。これも才能のひとつだと思う」
「え?」
「賢くはないけれど、愚かではない」

 微かに、肩に添えられている手に力がこもったのが分かる。

「できないことをできると言う奴が一番信用ならない。それで、正直なことは時に賢くはないけれど、時に短時間でも信頼を育む」

 フィフィはじっと、至近距離、真横にいるエプリアを少し落ち着かない気持ちで見つめながら、息を飲む。

「フィフィ、俺は君を信頼してる。八色蜘蛛の涙をとるのに一番大切なのは信頼だ。……一人だと結構大変なんだよ、これ。でも、二人いると話は別だ」

 またニッと口角を上げて、エプリアが笑う。それはやっぱり、確かに強そうで優秀な魔女の姿であるのに、きっと、その言葉が一番に似合って、一番に似合わないのだ。
 魔法を使えるとても優秀な男の子が、声を低くして、言う。

「俺が肩を叩いたら、洞窟めがけて走って。……大丈夫、洞窟の中までは簡単に入れるし、入るだけなら危なくない。俺を信じて」

 

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