世界の子どもシリーズNo.1_未来編~その扉の向こう側にepisode1~
「ねえ、空をみて」
あの日のことを、今でも鮮明に覚えている。
涼しくなり始めた夕刻。母に連れられた公園で、遊んでいたのだ。お気に入りの真っ赤なスコップに、黄色いバケツ。いくつも並べられた、青や紫や緑のドーナツの型。それらに砂を入れて、水を流して、ベタベタになりながら、固めて。砂場の一画でドーナツ屋さんをしていたの。軽く十個以上は作っていたと思う。作り終えた泥ドーナツの山を、誇らしげにベンチに腰掛ける母へと報告しようと顔をあげたその刻、突然に世界は終わりを告げたのだ。子どものまま、今から知るはずだった世界のほとんどのことを、見る機会さえ、得ぬままに。
自分をずっとつけまわっていたはずの影がぐんと伸びたかと思うと、影そのものも、母の姿も、公園も、何もかも。この世界にあるもの全てが漆黒の闇へと、飲み込まれていったのだ。
✵✵✵✵✵
「ミーナ、隣の集落へと行ったきり二人程、帰ってきていない。もうすぐ二十四時間が過ぎる」
「わかりました」
短く言い切るように返事し、ミーナは身支度するため、ハウスへと戻る。といっても、普段から休日であっても配給された制服以外は着用しないため、することはポーチの中身の確認くらいだ。
制服である足首から手首、首元までの全身を覆う伸縮性に優れた白いスーツを、ほぼ毎日着用している。そのスーツの胸元や側面は、淡く、青く光るようになっている。この世界に住まう者の服や日用品の多くが、白を基調として作られ、また、このように淡く、青く、光るだろう。それらと今着用している制服に違いがあるとすれば、それは淡く光る量。使われている染料が、制服には特別に多く使用されている。
「なんだか……今日は嫌な予感がするんだよね」
世界の子どもシリーズ―未来編―
~その扉の向こう側に~
2XXX年――……
何の前触れもなく、突然、世界から月が消えた。
太陽の光が届かないこの世界で、月の存在は絶大であった。全ての動力は月光が源となっており、昼を生きる刻でさえ、夜に蓄積された月光エネルギーによる人工太陽によって支えられていたのだから。
あの日のことは鮮明に覚えているのに、思い出そうとすると、胸が締め付けられ、たちまち息が上手く吸えなくなる。立って……いられなくなる。
だからミーナは意識的に、事実としてそれを受け入れつつも、記憶としては思い出さないようにしていた。
突然に世界が闇で覆われたあの刻、それきり、母と会えなくなってしまったのだ。砂場からベンチまで、ほんの数メートルであったというのに、家の中の灯りどころか外の光というのが損なわれると、右も左も、前も後ろも、全てが分からなくなるのだ。
子どもの頃からずっとずっと、ミーナは周りの子と比べて耳がよく、それが自慢でもあった。必死に自分の名を呼ぶ母の声を頼りに、砂場からベンチまでの数メートルを進むことができたならば、ミーナは今のミーナではなかったかもしれない。
けれども逆に、ミーナは耳がよすぎたのだ。あの刻、母の声の元へと行くには、たとえ数メートルであったとしても、音だけの世界では自分と周りの間にあまりにも隔たりがあり過ぎてしまった。突然に訪れた闇は、多くの者をパニックに陥れ、騒音という騒音を、叫び声という叫び声を、泣き声という泣き声を呼び起こしたのである。
『ミーナ? ミーナ!!』
『いや、いやっ。こわいよ。空より音が怖い』
恐怖のあまり耳を塞いでしまったミーナは、きっと砂場の方へと探しにきてくれたであろう母の声をも、遮断してしまったのだ。何も見えない、何も聞きたくない状況で、ただ、その場に蹲るしかなかった。母は母できっと、真っ暗闇の中、返事のないミーナを探すうちに公園の外へと出てしまっていたのだろう。母とはぐれたままに、ミーナは公園でひとり何時間も蹲っていた。けれども偶然に、携帯用ライトを持っていた者に見つけられ、保護されたのである。
月が消えたのは、ちょうど夕方から夜へと変わる頃合い。それらはタイミングがよかったのか、もしくは悪かったのか。人工太陽はそのまま、何の準備もできないままに、夜の月そのものの時間へと切り替えられることなく、光を閉ざした。
最後に残った僅かばかりの蓄積していた月光エネルギーは、避難所や病院へと一時的な灯として回されたが、それらもすぐに、何の手立てもみつけられぬまま、途絶えてしまった。
そこからはあっという間に、世界は外だけでなく、本当に全てにおいて、闇に覆われ、光を損なったのだ。
光のない闇一色の生活は心を蝕み、瞬く間にそれらは流行り病のように伝染していった。
まずは個人間での言い争いが増え、それが次第に殴り合いへと変わり、とうとう、国中を巻き込んだ本格的な争いへと発展していったのである。
火の奪い合い。食料の奪い合い。命の奪い合い。
多くの、それは多くの血と涙が流れたことだろう。世界は絶望に包まれ、街という街は跡形もなく壊され、ただの荒れ果てた地が残ったのだ。
『ミーナ、カント、ここは危険だ。さあ、行くよ』
『でもっ……はい』
ひとり取り残された少女がこんな世界で生き残れるはずなどない。当時も子どもなりにもそう思っていたし、今でも変わらずによく生き残れたと、ふとした刻に思うものだ。
ただあの刻、母とはぐれたことが不運というのであれば、後の、この村での村長となるグレンに拾われたことは、幸運であったといえるのかもしれない。
グレンはその刻その刻で、的確な判断のできるヒトだった。ミーナと同じく、両親とはぐれたカントを連れて、二人の親がどの避難所にもおらず見つからないと判断すると、彼は早々に争いの激戦区となった生まれ育った街を出る決断をした。危険も伴うが、あえて都心から離れ、森に近い方が木材や食料の調達など、生存率があがると判断したのだ。
そして、それらはやはり、間違いではなかった。恐ろしいもので、ヒトとの争いと、森の中にいる野生生物との闘い。しっかりとした知識をもち、注意を払いながら進めば、後者の方がよっぽどに安全だったのでる。もちろん、少女であったミーナに、森での生活が楽であったのかと問われれば、決して、そうではない。とても、本当にとても、過酷であった。けれど、グレンがしっかりと夜を守り、カントと協力してグレンが数時間ほど眠る暗闇の昼を生き抜けば、それらは心を蝕まれたヒトだらけの環境よりも、よっぽど、よく眠れ、安心して食事をすることができたのだ。
『ミーナ、カント、みてごらん。ほら、光る石だ!』
『わぁあ、すごい』
『すっげぇえ』
さらにこの森での生活は、ミーナたちだけでなく、この世界に生きる者全てに、再び希望を与えることとなった。グレンはある刻、海から流れ着いたらしい、いくつもの巨石をみつけてきたのだ。それらは淡く、青く、ほんのりと光る、本当に奇跡のようなものであった。
『月投石と名付けよう』
『うん』
『これで安心して暮らせるな!』
この月投石の出現により、ミーナたちの生活は少しばかり落ち着きを取り戻した。たくさんの命と文明が失われ、依然、闇に覆われているものの、淡いながらも安定的な灯を得たのだから。
グレンはこの石のことをすぐにみんなに教え、そして、分け与えた。すると、ひとり、ふたりと協力者が現れ、海岸沿いから森の方へと、特に巨大な月投石を数個ほど運び出すことに成功したのである。そこからはもう、自然の流れであった。設置した巨石を拠点として、穏やかに安定した生活がしたい者が集まっていき、集落ができあがったのだ。この巨大な月投石は、数十人規模の集落であれば、まるで小さな月がそこにあるかのように、暗闇ではなく、なんとか夜と呼べるような空間をみんなに与えた。本当の月がある頃に比べると暮らしは随分と質素にはなったが、外の光を月投石から、身の回りの光を火から得ることで、日々の衣食住をする分には、困らなくなっていったのである。そういった生活が数年ほど続き、このまま夜を静かにこの世界で生きていくのだろうと、もう光は戻らなくとも、夜なりに平穏な日々が戻るものだろうと、誰もが信じて疑わなかった。
『う、うわぁあ。や、やめろー!』
『きゃああああ』
『あ、あああああああ! ああああああ!』
『ミーナ、カント、逃げなさい!』
『あ、あああああああ! ああああああ!』
あまりにも多くのことを切り抜けたミーナとカントが自分たちのことを子どもと呼ぶには受け入れがたく、大人と呼ぶには到底足りない頃。取り戻した夜の平穏さも、容易く壊れてしまうこととなる。
ある刻を境に、突然に村人が村人を襲うようになったのだ。
『どうして、俺はこんなことを。なんで、なんで……っつ。すまない、すまないっ!』
この村人が村人を襲う事象は、ただの情緒の縺れやいざこざから引き起こされるものではなかった。誰が、いつ、どんな状況であるのかなど関係なく、突発的に、気が狂ったように狂暴化し、無差別に、周りにある物や傍にいるヒトを襲うようになったのだ。厳密に言うと、それは襲うというよりも、本能的に近くにあるものを壊そうとするような、破壊行動に近かった。ひとたびこの破壊行動が始まると、それらは当人が気絶するまで、暗闇の中の昼夜問わず、永遠に続くのである。
そういったことが、何度も、何人もの間で、立て続けに起こるようになり、誰かが暴れまわると、大人総出でそれらを止め、暴れる者を気絶させにいくのが、いつしかお決まりとなってしまったのだ。
そしてこの事象には、破壊行動そのものだけでなく、それ以上に厄介なことがつきまとうこととなった。それは暴れまわった者が気絶から目覚めると、また正気に戻るということ。ある意味でそれらは喜ばしいことなのだが、手あたり次第に破壊や攻撃をしてしまうが故に、発症者の大切なヒトや物を、当人が意図せずとも負傷させてしまったり、壊してしまうケースが後を絶たなかったのである。
それが原因で人間関係が壊れたり、自責の念に駆られ、集落を移動したり。この謎の狂暴化は、外傷だけでなく、多くの者の心にまで傷を負わせたのだ。せっかくに灯を取り戻しはじめた、心にまで。
さらにいうと、一度正気に戻ったからといって、そのままその状態を保てる訳ではないことが、余計にみんなの恐怖心を煽ることとなった。この狂暴化は正気に戻ったとしても、免疫がつくというようなこともなく、何度でも繰り返し起こったのだ。
終わりの見えないこれらの状況は、疑心暗鬼の状態を生み出し、やがて、それらは闇に覆われてすぐの刻のように、生きる者の心を蝕んでいった。
『音が……怖い。恐怖の音と、悲しみの音……』
いつからか再び、ミーナの周りは恐ろしい音で、溢れ始めたのである。叫び声に、泣き声。逃げ惑う足音に、気絶して誰かが倒れる音。そして一番に辛いのは、そのあとで訪れる目覚めと、後悔の呟きと、誰かが去っていく、別れの足音だった。
きっと誰も悪くないのに、破壊や攻撃は、やっぱり何かを壊して、誰かを傷つけるから。明日は我が身、怒ってはいけないと分かっていても、許せない刻があるというのを、みんなが、思い知ることとなるのだ。
けれど、それでも生きていると、転機が訪れる。
『ミーナ、これ、やるよ』
『え、何これ?』
『……月投石の欠片でつくったペンダント。ほら、小さい欠片はすぐに光が消えてしまうだろ? 綺麗なのにもったいないなって思って…セントばーちゃんに作り方教えてもらって、俺が、作ったんだ。……ほら、今日、誕生日だろ? 俺、色々研究したんだ。月投石の欠片ってちょうど二十四時間で灯が消えるっぽいんだ。普段なら光が消えてしまうって、なんだか悲しいけど、誕生日の間だけ、今日は特別な日なんだって……その人の傍で光り続けてるって思ったら、悪くないかもなって思ってさ』
その刻にもらった月投石のペンダントの光は、他のものと同じようにとても淡かったはずなのに、いつもよりも眩しく感じたのを、よく覚えている。きっと、自分だけの光というのが嬉しくて仕方がなかったのだ。
『今だけのペンダントって、いいね。私だけの、光。……カント、ありがとう』
『お、おう』
カントが首にかけてくれたそのペンダントは、確かに、ミーナの胸元に二十四時間ずっと、誕生日の間中、光り続けた。
そしてその光は、音が怖くてハウスに籠り塞ぎこんでいたミーナに、久しぶりに村へと出歩くくらいの勇気を与えてくれたのだ。
『あらミーナ、そのペンダント、いいわね』
『お誕生日だから、カントがくれたの』
『あらあら!』
『それすごくいいな! なあ、カント、俺たちにも作り方教えてくれよ』
『お、おう。いいぞ』
そしてこの刻のミーナの勇気は、カントのくれた月投石のペンダントという、新たな楽しみを村人に広げていくことへと繋がった。
欠片はすぐに光を閉ざすため、全てを染料にするには時間が追い付かず、かなりの量が何にも使えぬままに、余ってしまっていたのだ。
故にこのペンダントは、気にすることなく材料があり、運べる灯としての便利さも相まって、いつしか村の全員が身に着けるようになっていった。
けれど、この小さなペンダントこそが、後の運命の分岐点となるのである。恐怖と暗闇を紛らわせるために生まれたこの娯楽は、一時的な平穏だけでなく、生きるための一筋の光の道を、生み出したのだから。
『月投石だ! ほら、ここ最近ペンダントを身に着けているものは、狂暴化をしない』
そこから研究と検証が重ねられ、狂暴化の症状は月投石から二十四時間以上離れた大人がかかりやすいということが判明したのだ。
その他にも、いくつか重大な発症条件というのが、見つけ出された。例えば、同じ大人であったとしても、年配になればなるほど、月投石から離れ狂暴化するまでのタイムリミットが二十四時間よりも短くなっていくということ。村の月投石から離れるのであっても、ペンダントを身に着けていれば、狂暴化を抑制できるということ。そして子どもは、この謎の狂暴化をしないということ。
個人によりある程度の差はあるが、大人になればなるほど、月投石からあまり離れられない、村を出るときは必ずペンダントを身に着けるということが共通の認識となっていった。
『これより、この狂暴化を月損病と呼び、新たな決まりをつくる』
明確にルールを定めることで、恐怖に飲まれる生活から、ミーナたちは一歩を踏み出した。
狩りや隣の集落へ行く際は、月投石の欠片をもっていくこと。
月損病を発症したものは気絶させて正気を確認するまで、村の巨大月投石へと縛りつけること。
狩りや探索など、村を出るのは、なるべく下は成人済み、上は年齢三十歳以内の者に任せること。
それ以外にも、月損病の発症を防ぐため、年齢別に様々な対処法や村全体の規則が整えられていった。
恐怖に打ち勝ち、闇ではなく夜を、生きるために――……。
✵✵✵✵✵
ミーナは塗料を塗り直したばかりのナイフを、悩んだ末に、ポーチの中へと加える。松明に火を灯していないハウスの中は、村の外と同じくらいに、暗く感じられる。ミーナの周りを照らすのは本当に、自分の足元を確認できるかどうかの、ペンダントから放たれる淡く青い光が映し出すものだけ。
自分のハウスの中というのは、おおよその家具の配置を理解しているので、外に出ることの多いミーナはなるべく火を使わず、真っ暗闇の中をそのまま過ごすようにしていた。それらは外へ出るときの訓練ともなるし、貴重な資源を残しておくことにも繋がるからだ。
ミーナは自分の意識を引き締めるかのように、ポーチのチャックを、あえて音をしっかりと鳴らしながら、丁寧に閉めた。
ハウスから出ると、そのまま入り口で立ち止まり、空を見上げる。けれど空の様子なんて微かでも映るわけもなく、ミーナは瞳を閉じた。目をあけても、瞑っていても、ただただ暗闇しか見えないのならいっそ、目を瞑った方が景色を感じられるのだ。
子どもの頃のあの刻を思い出すのはあまりにも辛いから。純粋に明るかった頃の空だけを、半ば空想にも近い形で、瞼の裏に思い描くのだ。瞳を閉じた世界で感じられるのは、鼻につく、木を燃やすときに生じる特有の香り。頬にぶつかる、雨上がりだからか湿気が多めの生温かい空気。遠くに聞こえる大人たちの神妙な囁き声。けれど、さらによく耳を澄ませば、子どもたちが限られた環境の中でも遊ぶ音が、ちゃんと混じっている。あやとりだろう、紐と紐が擦れる、掬ぼうとする音。貝殻と貝殻がカチンとぶつかり合う、貝合わせの音。一定の間隔でそこに無邪気な笑い声が加わり、さらにそこに、寝付きが悪く、今にも泣き出しそうにぐずる赤子の声があわさる。
確かに現実の空は暗いけれど、ずっと、夜が続いているけれど。瞳を閉じた方が、きっと、目に見えて分からないだけで昼そのものは存在していると、ミーナたちはひっそりとでもこの世界を生き続けていると、この身をもって実感することができるのである。
「また、月がみたい。……できることなら、太陽も。どうせみるなら、人工じゃなくて、本物がいい」
半分以上が空想の明るい空を、心の中へとしまい込み、それを合図に目を開く。やはり、この現実は夢なんかではなく、月投石や松明の周り以外、空も含めどこもかしこも闇がつきまとう。
けれど、ミーナが生きている世界は、ここなのだ。
「ま、本物の太陽だって、本当にあるか知らないけどね」
「なんか言ったか?」
ビクリと肩を震わせ、ミーナは音がした方へと顔を向ける。
そこには筋肉質な、ミーナよりもかなり背の高い大柄な男が立っていた。ひとたび自分のテントからでれば、村の巨大月投石だけでなく、至るところで松明に火がつけられているから、村にいる分には、常に夜なだけだと言い聞かせれば、なんとか生きていけるだけの生活はもどかしくも有難く、ちゃんと続いている。
「カント……。脅かさないでよ」
「ははは、悪い悪い。で、なんて?」
「別に何でもないわ。独り言よ」
「そうか? 本物の太陽がどうとか、なんとか。ちゃんと可愛らしいとこ、あるじゃんか」
ミーナは音に敏感であるものの、ずっと子どもの頃から一緒であったからか、他の音に集中していると、そこにある音として、つい、カントの音を聞き洩らすことがあるのだ。それをカントはよくわかっていて、機会があれば、すぐにこっそりと近づいてはミーナを脅かすのである。
この村で、もしかするとこの世界で、ミーナに気づかれずに近づくことができるのは、ある意味ではカントだけかもしれない。
ミーナは眉を吊り上げて、いつまでもニンマリと笑うカントをひと睨みする。
「聞こえてたんじゃない! というか、私の独り言を勝手に聞かないで」
「ははは、悪い悪い。つい」
声をあげて笑うカントの身体が小刻みに揺れる。とても大柄なくせに、カントは子どもの頃から変わらず全身で喜怒哀楽を表現し、いくつになっても無邪気に笑うのだ。刈り上げられた彼の短い髪の色が、近くの松明の灯で照らされる。カントの髪はオレンジがかっているので、闇夜でも目立ち、分かりやすい。それが火に照らされると尚のこと、この闇夜に彩りを加えるようで、ミーナは少し羨ましく感じてしまう。
何故ならミーナは、この白いスーツを着ていなければ、ひとたび外にでると、その姿は闇に紛れてしまうからだ。ミーナは生まれつき、漆黒といってもいいくらいの黒髪と、褐色がかった肌を持っていた。子どもの頃、それが嫌な訳では決してなかったし、この世界でこういった髪色や肌の色は別に珍しくはない。ただ個人的に、世界が闇に飲まれてしまった今、つい、カントのような明るい色を羨ましく思ってしまうのだ。
特に、カントの髪や瞳はオレンジがかっているので、人工太陽というよりも、子どもの頃にみたような、絵本にでてくる本物の太陽のようで、密かに憧れさえ抱いていた。
ミーナの瞳は深い緑で、外が明るかったあの頃であれば綺麗だと褒められることもあったけれど、暗闇や月投石の付近では緑も飲まれがちなのだ。くっきりとその瞳の色がわかるとすれば、火を使うときくらいだろう。けれど、あまり自室で火を使わないため、自分の瞳の色を自分できっちりとみる機会なんてなくなってしまった。火があるところで自分の姿を映し出すときなんて、ナイフを磨くときくらいなのだから。
眺望と恥ずかしさから、ミーナはぷいっと顔を背けて、すたすたと集合場所の村の巨大月投石の方へと一人歩き出す。
「なんだよ、可愛いって褒めてるんじゃないか。遅いから迎えに来たのに置いてくなよ」
「どうだか」
「いいじゃん、その夢。俺も太陽が見られるなら見たいしさ!」
「カントうるさい」
月さえも失い、子どもの頃の人工太陽をほんの少しみただけのミーナやカントの世代は、本物の太陽なんて歴史上の伝説のような代物に過ぎない。きっと、月が消えてから生まれた子どもたちなんて、月さえも伝説のように感じられ、太陽なんて言葉自体も知らないかもしれない。
いつまでも続くカントの笑い声は、もう大人だというのに、絵本に登場する太陽を信じる自分は子どもだと言われているようで、ミーナをひどく苛立たせた。
月を失ってから十一年、偶然にも同じヒトに拾われ、同じ歳であったミーナとカントは、二人揃って、つい先日、十六歳の成人を迎えた。
グレンに連れられここへとやってきたからこそ、二人は村の最初の住人であり、村のことやこの付近の森のことを一番に知っている。それでも、ずっと子どもであったが為に、集落ができてからというもの、村の外へと出ることは許されなかった。けれどようやく、成人を迎えたからこそ、二人は堂々と、村の外へと出られるようになったのだ。
「来たか」
二人が巨大月投石の前に着く頃には、既に他の班員は集合していた。
カントもミーナも、先ほどまでのやりとりが嘘のように、表情を引き締めて列へと加わる。
村の外へと出る機会が与えられるのは、ごくわずか。その中でも一番外に出る機会が多いのは、この特別な制服に身を纏う、特別な訓練を受けた、幾望団だけ。
「……これで全員揃ったな」
ミーナとカントは、幾望団の期待のルーキーだ。
※毎週土曜日、朝10時更新予定🐚🌼🤖