四季折々~君の一番好きなケーキ~
「いってくるよ」
「うん、いってらっしゃい」
君の顔をみると心が揺らぎそうだから、振り返ることなく、僕は進む。
四季折々~君の一番好きなケーキ~
最後に食べたのは君の大好きなかぼちゃケーキ。
毎年秋になると、丘の下の遥か先にある、村で唯一のあの緑の屋根の喫茶店へと、一緒に食べに行く。
「やっぱり、ここのかぼちゃケーキが一番だね」
「そうね。ここのかぼちゃケーキを食べないと、秋じゃないわ」
そうやって子どもの頃から、毎年、毎年、君と一緒に食べてきた。
日ごろから口下手で、君をデートに誘うことができないけど、ここのかぼちゃケーキを食べる時だけ、堂々と君の横にいられる。
本当はさ、かぼちゃケーキどころか、ケーキ自体がそこまで好きじゃない。それは内緒。
だってさ、一緒に食べるケーキがないと、君のその笑顔が見られないじゃないか。
だからさ、ここのかぼちゃケーキが一番だって言うようにしてる。君が僕はかぼちゃケーキが好きだと勘違いしてくれている間は、わざわざ本当のことを言わなくてもいいことにしておいてくれないか?
別に僕も嘘はよくないと分かっている。
君に好きだと言っていない。
それで、かぼちゃケーキじゃなくて、君の笑顔が目当てだとも言っていない。
だからだろうか、嘘ばかりを重ねていたから、僕の秋はあの年から来なくなってしまった。
「えっ、どうしても行かなくちゃダメなの?」
「……うん。こんなに大きな仕事はないからね。といっても1年程度の仕事だよ。次の秋には帰ってくる」
「次の、秋……」
「うん。だから、また次の秋にはここで一緒にかぼちゃケーキを食べよう」
「……うん」
冬は毎年、君が温かいコーヒーを差し入れに来てくれていたのに、今は一人、現場で冷めたコーヒーを飲む。
こっちのクリスマスは華やか。ツリーの規模も、街の飾り付けも違う。クリスマスマーケットが街にできて、オシャレなお菓子が並ぶ。君なら、喜びそう。
春は毎年、丘の上で花を見ながら一緒にサンドイッチを頬張っていたのに、今は一人、現場でいつもと具の違うサンドイッチを食べる。
こっちは春の花祀りなんてない。花冠なんて誰も被らずに、流行りの帽子を被って、靴を脱いで裸足で歩くなんてことはしない。君なら、驚きそう。
夏は毎年、君が冷たいタオルとお弁当を届けてくれていたのに、今は一人、現場で知らないおかずばかりの店で買ったお弁当を食べる。
こっちの夏祭りは賑やか。街中に屋台が並んで、夜通しどこかで灯りがついている。海際で花火が打ち上げられて、それを見ずにビール片手にみんなが騒ぐ。君なら、花火に夢中になりそう。
それでとうとう秋が来て、言われる。建築作業が遅れているから、終わらない限り、特別給金は出さないと。
それだと、わざわざ君から離れたのに、帰っても意味がない。
ああ、秋って曖昧な言い方だったよね。君の秋は何月くらい? それで、何日頃まで?
9月が過ぎて、ただ焦る。9月はまだまだ暑いし、夏って言ってもおかしくない。
10月が過ぎて、ただ焦る。ハロウィンが終わっても、まだかぼちゃは全然、美味しい季節。
11月が過ぎて、ただ焦る。クリスマスが来るまでは、まだ秋って言ってもおかしくない。
それで12月23日に、慌てて一通の手紙を書く。
でも、断られると耐えられないから、待っていてほしいと書く勇気はなかった。
僕は朝から隣の村まで、歩く。ひたすらに歩く。黙々と大きなツリーや派手なリースに見向きもせずに、華やかなクリスマスマーケットを通り抜けて。
ああ、僕の秋はどこへ行ってしまったのか。
「かぼちゃケーキをひとつください」
「お兄さん、ひとつ横の街まで行けばクリスマスマーケットが楽しめますよ? 帰りに行ってみたらどうですか?」
「はい……ありがとうございます」
口に運んだかぼちゃケーキはあまりにも甘すぎて、君と食べていたあのかぼちゃケーキがとても美味しいケーキだったことに気づく。
「ごちそうさまでした」
そして、僕は帰りたくない街へと走る。ひたすらに走る。ああ、反対の方向へと走りたい。華やかでなくとも、君がいる、あの村へと帰りたい。
君から離れて二度目の冬、僕は去年と同じ、華やかすぎるクリスマスを過ごした。
君から離れて二度目の春、僕は去年と同じ、花祀りのない日々を過ごした。
君から離れて二度目の夏、僕は去年と同じ、賑やかなだけの夏祭りを過ごした。
そして君から離れて二度目の秋、ようやく完成の目途が立つ。ああ、春頃には帰れそう。
でも、君は待ってくれているかな?
手紙を書く勇気もないまま、12月23日が来て、僕はまた朝から歩く。
「かぼちゃケーキをひとつください」
「お兄さん、ひとつ横の街まで行けばクリスマスマーケットが楽しめますよ? 帰りに行ってみたらどうですか?」
「……はい」
「どうぞ。これはサービスだよ」
そうして出されたのはコーヒーで、とうとう君と一緒に食べていたかぼちゃケーキの味が分からなくなってしまった。
次の冬、僕はクリスマスを祝うのをやめた。だって、春には絶対に帰りたいから。周りから結婚の報告が増えて、気が気じゃないから、がむしゃらに働く。
次の春、僕は現場で一人、大怪我を負い仕事をやめた。だけど、春の頑張りが認められて、予定通りの特別給金を貰った。近くの診療所で、療養に入る。
次の夏、僕は新たな仕事をみつけた。療養中に使ってしまった分、もう少しだけ稼ぎたい。だから一人、違う現場で働く。
次の秋、僕はようやく君を迎えられるくらいのお金を貯めきることができた。
僕は貯めたお金で、夢をみる。向こうの向こうのその向こうの先の村にいる君との未来を。どうか、まだ待っていてくれ。
それで、いつ頃からか送ることができなくなった、君へと書いた手紙の束をみつめながら、意を決してレンガで整備された道を歩く。
「あの……」
「お兄さん、どれにしますか?」
「えっと、今一番流行りのものって……」
「それならこちらがいいですよ。小ぶりですが、宝石もついていて、文字も彫れます」
「では……これで」
少し照れながら、僕は頼む。君に伝えたい想いを、指輪に託して。
「君の笑顔を愛す、と彫ってください」
それで、いつ頃からか送ることができなくなった、君へと書いた手紙の束と指輪を鞄の奥へとしまい込んで、もう飽き飽きとしてしまっていたレンガで整備された道を歩く。
一駅分歩いて、予算オーバー分の運賃を浮かして、列車に乗る。向こうの向こうのその向こうの先にある村まで。
僕の帰る場所はまだあるだろうか。
そして、村で唯一の、緑の屋根の喫茶店で、クリスマス前なのに無理を言って頼む。
かぼちゃケーキを。
「はい、お待ちどうさま」
「ありがとうございます」
君が好きだったかぼちゃケーキを買ったよ。だからどうか、君の笑顔をもう一度みせてくれ。
本当は、いくつもの季節を通り越した冬だと、分かっている。
でも、12月23日だから。だからまだ、秋だと言ってくれないか?
そしてどうか、これからの季節をまた共に過ごすと言ってほしい。
けれども自信はなくて、扉の前で何分も突っ立ったまま、ようやく深呼吸をして震える手で扉をたたく。
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コンコン。
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開かれる扉のその先にいたのは、すっかりと美しく実った、僕の秋。
「遅くなって、ごめん。クリスマスケーキはかぼちゃケーキでもいい?」
「……嫌よ」
「もう持ってはくれてない?」
「……いいえ。かぼちゃケーキは秋にしか食べない」
君が一人分のクリスマスの準備しかしていなくて、心底安心した。そして、もう一人分、慌てて準備してくれて、一生大切にすると誓った。
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🍺
🎃
🎄
僕が戻った春、君は花祀りで踊るのをやめてくれた。代わりにウエディングドレスに身を包み、横で笑ってくれる。
僕が戻った夏、君はビールを飲むのをやめてくれた。代わりに小さな靴下を編み込み、愛しそうにお腹を撫でながら笑む。
僕が戻った秋、君は本当のことを聞いて笑いながら、かぼちゃケーキを頼むのをやめてくれた。代わりに君が一番好きなスイートポテトを頼み、僕が本当に一番好きになっていたかぼちゃケーキを共に分け合う。
僕が戻ってから二度目の冬、君は二人きりで過ごすのをやめさせてくれた。代わりに小さな家族を僕に与えてくれ、三人で過ごすようになった。
きっと次の秋、僕たちは三人でかぼちゃケーキとスイートポテトを分け合う。満面の笑みで。
Fin