世界の子どもシリーズNo.21_過去編~その手に触れられなくてもepisode13~
―式典歓談時間終了後、アヴァロン時刻アヴァロン大広間―
カイネはどこか浮足立った様子でアヴァロン城の大広間前へと戻ってきた。きっと、表情もいつものような微笑というよりは緩んだ笑みになっているだろう。ネロと婚約したことで、時間守の二人と顔を合わすのはどこか照れ臭く、どんな反応をしようかと悩んでいたものの、彼らはまるでいつも通りであった。
深くフードを被っているために表情はよく見えないが、他の来客と同じように一礼するだけであったので、勤務中だからだろうと、カイネもどこかほっとした心地でそれに合わせて挨拶だけを交わした。その足で向かうのはアヴァロン城で用意された控室。
一旦は着替えるため、ムーの姫として与えられた先ほどの部屋へと戻るのだ。そしてその後、本当のカイネ専用の部屋へと向かい、そこでネロと合流する約束をしている。
カイネはアヴァロンで過ごすときが多いため、アヴァロン時刻のアヴァロン城内でカイネの部屋が確保されているのだ。
婚約。婚約……っ!
カイネはアヴァロン城の真っ赤な絨毯の敷かれた廊下を、行きと変わらぬくらいに優雅に歩き進めていた。歩き方というのは、染みついているのだろう、ドレスだからこそ、決して崩しはしなかった。けれど、いざ門をくぐり、よく知る廊下へと足を踏み入れる頃には、もう表情までは保てなくなってしまっていた。
「……っつ~~っつ!」
傍に護衛がいるために声こそ漏らさなかったが、微笑はおろか、カイネは嬉しさ全開で、街を歩くときでさえ、こんなに心が丸わかりの笑みを漏らすことはないであろう満面なものを浮かべていた。
そうだ、私の部屋……! あの部屋っていつまで使ってていいのかしら? そのうち、ネロの部屋の横に移してもらうことになるよね? どうしよう、荷物の整理に時間がかかるわっ。ちょっと待ってもらわないと……。
「……~~~っつ」
でも、ダメだわ! ネロのことだから仕事がなんちゃらとか言って、部屋はこのままでいいとか言い出すかもしれない。やっぱりチャンスを逃すのはダメ。いつでも移動できるように荷物はすぐに纏めといたほうがいいわ。
「…………」
そうね、すぐよ、すぐ。流石に式典の後で疲れちゃったけど、怠惰はダメだわ。時間があるうちに、ちゃんと今日から。今日から部屋の荷物をまとめはじめましょう。
「……待ち合わせ時間まで一時間はあるから……着替えと……それから……」
もう声も漏れてしまっているのを、カイネは気づいてはいなかった。いつも冷静沈着な護衛の者でさえ、その様子をどこか緩んだ笑みを浮かべながら黙って見守っている。
アヴァロン時刻のアヴァロン城であるため、いくらムーの姫の時の恰好をしているとはいえ、顔を合わすのは本当にカイネが知っているアヴァロンの国の者だけとなる。ネロと婚約したからこそ、ムーの姫として振舞うより、嬉しさ全開の、いつも通りのカイネとして誰かと顔を合わす方が、カイネ自身もよいのだ。照れや恥ずかしさも相まって、自然と、気が緩んでいっていたのである。
カイネの視線は、自身のあれやこれやという思考に合わせて、天井や床、正面の壁など、あちこちに動きまわる。けれども足だけは、しっかりと明確に止まることなく目的地へと向かっていた。
アヴァロンの城はこうした宇宙中の催しに使われることも多いため、魔法で時空間を動かすだけでなく、城の造り自体も入り組んだ複雑なものとなっている。ひとたび気を抜けば、アヴァロンの国の者でさえ、城勤めになり数十日程度であれば魔法地図を使わねば迷ってしまうくらいの造りなのだ。
けれど、カイネは頭の中は違うことでいっぱいであるというのに、すらすらと歩き進んでいく。もちろん、魔法も魔法地図も使いなどしてはいない。
「……でも、着替えるより前に、お父さんに連絡かな。へへっ」
何度も何度も角を曲がり、ようやくに現れるのはひと際長い廊下。そこには全く同じようないくつもの白い木製の扉の部屋がずらりと一定間隔で並んでいる。扉の横には、絨毯と同じく、赤を基調とした壁が続くだけで、特に部屋の番号や名前などは表示されてはいない。
本当に全く同じ絨毯の床に、模様のない赤い壁に、白い木製の扉がいくつもひたすらに続いているだけなのだ。
カイネはぶつぶつと尚も独り言をもらしながら、その扉ひとつひとつを確認もせず、廊下を進み続けた。ピンと伸ばされた背筋やドレスを無駄に揺らすことなく歩く後ろ姿は完璧な姫のままであるというのに、手はいつもの考え事をするときのポーズへと移っていた。それは腕を組み、その右手を顎へと添えるもので、カイネの癖でもある。
けれど、この考え事というのは部屋を迷っているからではない。
「……うん。でも、ちゃんと承諾をもらいにいくときに正装するんだから、いつもの服に着替えてから連絡しようかな」
そして、心が決まったとでもいうように、にっこりと微笑むと同時に、迷うことなくピタリとひとつの扉の前へと止まるのである。
『コン、コンコン、コンコン』
『コン、コンコンコンコン、コン』
カイネがリズミカルに扉をノックすると、中で待機している付き人の者が、決まった開錠魔法のノックを返してくる。
「それでは、私は三十分後には出ますので、ここで待機を願います。……向こうの部屋まで行って、ネロと合流したら、もう今日の護衛の任は大丈夫だわ」
「はい、心得ました」
護衛に短くそう告げると、白い扉の外側からの開錠魔法をかけながら、カイネは扉を開ける。その向こうには、涙を滲ませながらも穏やかな笑みを浮かべて待つ付き人たちの姿があった。
「みんな、」
が、カイネが部屋へと足を踏み入れた瞬間、視界がぐるぐると目まぐるしく変わっていくのである。たちまち付き人たちの顔は見えなくなり、空間そのものがすっぽりと暗闇に覆われていく。
「っつ……! 来るなっ!」
「カイネ様っ!」
咄嗟に護衛にそれだけを言い放つと、カイネはあえて扉を締めきらずに、自分の本来用意された部屋ではない時空間へと、迷うことなく飛び込んでいく。
……違う時空間に足を入れてしまったら、身体の一部を残すことの方が危ない。でも、何故!? ここはアヴァロン時刻のアヴァロン城よ!? それに、気配もいつも通り、何の狂いもなかったわ。
式典の時にくぐった宇宙間のような星々の散りばめられた美しい空間であるならば、幾分かはこの胸騒ぎもマシであっただろう。
けれど、明らかにこれは時間の渦の中。暗闇の中にいくつもの紫と青が重なるように渦巻いているのだ。
全身に魔力を漲らせ、神経を集中させていく。カイネはあまり攻撃魔法は得意ではない。もし使うならば、召喚魔法か特殊防御の類になるだろう。ドレスではあるが、正装のものだからこそ、ある意味で魔法防御には優れた生地の素材と装飾品を身に着けている。
「…………」
特に、誰の声も響きはしなければ、依然、気配というのも感じられないままであった。けれど、相手は隠れる気はないのだろう。暗闇に目が慣れてきたところでぼんやりと、カイネの真正面にいくつかの人影が浮かび上がってくるのだ。
一、二……、三、四……。少なくとも、五人はいるっ。
「………誰?」
カイネがムーの姫として割り当てられた部屋は、ある意味、アヴァロン城の中で二番目に強い防衛魔法陣が敷かれた部屋であった。一番目に強い防衛魔法陣が敷かれているのは日頃使っている方の、カイネの部屋。
もちろん、どの部屋だってセキュリティは強く、王族に優劣をつけての部屋割ではない。
ただ、次元を繋ぐカイネにはどうしても、アヴァロンへと訪れるのならば下手に跡をつけられて時空間を狂わされぬよう、最大限の防衛魔法が必要とされるのだ。
この部屋の存在自体を知っているのも、ムーの王である父とカイネ、アヴァロンの中でもごく一部である。そこに明確に時間の渦を繋がれ、それもカイネが知らない魔力の者が揃っているのである。
わざとらしく音をたてるかのごとく、人影のうちのひとつがカイネに向かって大きく近づいてくるのがぼんやりと分かった。
まずいわ。今はいつもの傘も持ってないし……人数が多すぎるわ。
カイネは扉の向こうにいる護衛にも、やはり入ってくるなという意を伝えるため、あえて姫としての凛とした通る声で、話し続ける。
「ここは私の一人部屋よ。私以外の誰も入れないはず」
二人一緒に渦に飲み込まれては、太刀打ちできない。扉をあけているから、声は届いているはず。どうか、入ってこないで!
……誰か、時空間を繋げる人を……ネロを呼んできてっ!
✶✵✷
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秘密の地下鉄時刻表Vol.5(No.21~No.25まで収録中)

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