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【小説×宝石】地球への贈り物_誕生石の物語~3月アクアマリンの物語~前編2

2025年3月30日

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【小説×宝石】地球への贈り物_誕生石の物語~3月アクアマリンの物語~前編2

 

「私……このままで……いいのかな。宝……贈り物をする心って、どういうものなのかな」

 アクアマリンはひとり、休憩室でなかなか見出せぬ答えに想いを馳せておりました。
 そもそも、推称様の弟子に選ばれたことにも疑問を抱いておりますのに、どうして任を素直に受けることができましょうか。
 ただただアクアマリンは宝を贈る任が嫌なのではなく、畏れ多くも、それを受けてよいのか自信がなかったのでございます。

 アクアマリンはまさか、宝山に登った先があるなどとは露にも思ってなかったのでございます。
 そして、宝山に登ることとなった経緯というのも、宝山そのものに興味があってのことではございませんでした。

 アクアマリンが宝山に登りたいと申したのは、ガーネットの宝山に登りたいという目標を聞いたときでございます。

『私はいつの日か、宝山に登ってみたいのだ』

 ガーネットがその目標を声に出して言い出した頃というのは、宝山に登るなど畏れ多く、さらには誰も未だ成し遂げたことのない、大変に難しいこととして認識されておりました。
 ガーネットのその目標は、当時ではすなわち夢物語のようなことで、村の中では、向こう見ずな愚か者だと笑われてしまうくらいの、大望でありました。
 けれどもずっと傍にいたアクアマリンとダイヤモンドは、ガーネットであればそれが可能であることを肌で感じていたのでございます。

『私もいつか登ってみたいです!』

 アクアマリンがそう申したのは、ガーネットはそう遠くない未来で村を出て宝山への登頂を成し遂げるに違いない、そうであれば宝山へと登ったガーネットにいつの日か会いに行きたいという、純粋な想いからでございました。
 けれども、アクアマリンは本人が自覚していないだけで、ガーネットやダイヤモンドからみても、幼き頃から十分に素質があったのでしょう。
 その言葉は、二人にとって少し違う形で受け取られたのでございます。

『そうか! ならば共に登ろう!』
『……私も……アクアマリンに負けぬよう、修行量を増やしておこう』

 そして、ガーネットやダイヤモンドと切磋琢磨しながら修行を重ねた結果、助けられながらにはございましたが、アクアマリンも共に登頂することが実現したのでございます。

(ガーネットさんたちと一緒にいたいというだけで宝山に来てしまったけれど。他の方のように志が足りないから、聖人できず未熟なのかもしれない。なんの宝を贈ればいいのか、未だ思い浮かびもしない。私は任を終えるのに時間がかかってしまうかもしれない。でも、お二人は違う。優秀なガーネットさんたちにこれ以上迷惑はかけられない。……うん、決めた)

 アクアマリンは悩みに悩み抜いて、答えを出します。
 いつものように食事の休憩に入る頃合い、ガーネットとダイヤモンドにそれを打ち明けたのでございます。

「私、作業場に残ります」
「わかった、なら……」
「でも、ガーネットさんは行ってください。……ダイヤモンドさんも」

 アクアマリンが誰かの言葉を遮るなど初めてのことでした。
 ガーネットの赤い瞳が明確に丸められ、あまり表情を表に出さないダイヤモンドでさえも、微かに目がいつもよりも開かれておりました。
 けれど、アクアマリンが気を遣っていると思ったのでしょう。ガーネットが微笑みながら、やはりダイヤモンドはいつもの冷静さを取り戻し、揃ってアクアマリンに言います。

「いや、大丈夫だ。地球へは行こうと思っているが、すぐでなくてもいい。私も今回は残ろう」
「ガーネットの言う通り、宝を創ることが大切なのだ。私も地球へと向かうのは急がなくともいい。……翡翠が帰ってきてからにしよう」

 それでもアクアマリンは納得しないようで、ぶんぶんと首を振ります。その動きに合わせて彼女の淡い水色のツインテールが大きく揺れます。髪の色をさらに濃くした円らな水色の瞳は、どこか潤んでいるようにも見受けられました。けれども、その瞳にはアクアマリンの可愛らしさや慈悲深さ以上に、大変に強い意志も宿っておりました。
 珍しく眉も上げられたかと思うと、アクアマリンは迷いのない通る声でガーネットたちに言い切るのであります。そして、その表情は真剣そのものでございました。

「私、もう大丈夫です」
「え?」
「…………」
「他の方よりもこれからも小まめに食事や睡眠を摂るようにしようとは思っていますが、ここ最近、身体の成長を感じるんです。一週間以上、飲まず食わずでも、寝ずともやっていけそうなんです。だからもう……食事なども付き合って貰わなくてもいいですし……それに宝を創る任を終えたら、宝山に残るか、村に戻るかはまだ決めていませんが、どちらにしても聖人として、一人でやって行こうと思っています」

 ガーネットは固まってしまい、瞬きを繰り返すばかりです。
 ダイヤモンドも何か思うものがあるようで、じっと黙ってアクアマリンの瞳のその奥を見定めるかのように、視線を返します。
 けれど、アクアマリンが引くことはありませんでした。その瞳に強い意志を宿したまま、視線を逸らすことなく、続けます。

「ずっと子どもの頃から面倒を見て下さって、お二人には感謝しています。ですが、もう本当に一人でも大丈夫なんです。今後は私のことはお気になさらずに。……どうか、お二人とも、地球へ行ってください」

 真っ先に視線を逸らしたのはガーネットにございました。視線を逸らすというよりは、反射的に俯いてしまったという方が近いかもしれません。弱々しく、話すというよりは、まるで独り言のように呟くのでございます。

「……そうか、アクアマリンはもうとっくに一人で大丈夫であったのに、私が色々と邪魔をしてしまっていたのかもしれないな……」

 ダイヤモンドは依然、アクアマリンの瞳のその奥にある何かを見るように、視線を逸らすことはありません。アクアマリンも黙ったままに、それに応え続けました。
 そうして数秒の沈黙の後に、折れたようにダイヤモンドが視線をそらし、小さく頷くのでございます。

「わかった。私とガーネットは一度、地球へと行って来よう。だが、アクアマリン。聖人したとしても、共に食事をしたり助け合うのは、別に悪いことでは……」
「……いいえ。一人で色々と試してみたいのです! それに、それに! 聖人後もそれぞれ修行のペースが違います。だからどうかもう……」

 珍しくアクアマリンが声を荒げたからでしょうか。あまり他の弟子たちは使わないというのに、タイミングよく休憩室へと真珠が入って参りました。

「……っ」
「…………」

 アクアマリンは慌てて口を噤み、顔を伏せます。
 ガーネットも特に顔をあげることはありませんでした。
 そんな二人の前へと出るように、ダイヤモンドが真珠へと視線を向けます。

「すまない、今取り込んでいる。食事か仮眠ならば自室を使ってはもらえぬだろうか」
「別にここに休憩しに来たわけではない。だが、ちょうどいい。そのことに関して伝言だ。明日から翡翠をはじめ、半数は発つことになる。地球へと行くものはもちろん、別邸に残る人数も減るので全員が万全の状態である方がよいという結論に至った。故に今晩は自室で完全なる睡眠をとり、明日に備えてほしい。無論、体力が在り余り特に睡眠が必要でなければ無理にとは言わない。その辺りは自室に戻ったのちに好きにしてくれたらいいが、これは推称様がおっしゃられたことでもある。これより作業場も休憩室も一旦締めるので、準備ができたら出るようにとのことだ」
「過信は禁物。相分かった。すぐに私たちも自室に戻り、食事と睡眠で英気を養おう」
「ああ、よろしく頼む」

 真珠は確かに伝言だけを告げると、あっさりと休憩室から去ろうと致します。その後ろ姿を見守るようにして、ダイヤモンドは腕を組み、小さく唸るような声をあげました。

「しかし、もう既に半数が向かうと決めているのか。ならば今回は見送るべきか……」

「ああ、言い忘れていた。半数といっても、あなた方三名が地球へと行くという仮定でのカウントである。地球へと行く者の人数が減る分には構わないので、あなたたち三人は好きに選んでくれていい」
「……それは助かる。真珠も地球へと行くのか?」

 真珠は俯いたままのガーネットとアクアマリンの姿をみつめながら、けれどもきっぱりと答えます。

「私は残る」

 そして、今度こそ休憩室を完全に後にするのでありました。
 扉が閉まる音を合図に、休憩室はシンと静まり返ってしまいます。
 ただ、真珠の伝言はガーネットにとっては大変に希望のあるものともなっておりました。

「……アクアマリン。別に地球へと降りて、私たちと共に行動をする必要はないのだ。大気圏を通過するまで、皆一緒に行動する。翡翠がいれば、誰もが心強いだろう? 無理にとは言わないが、行ってみるのも悪くないと思う」
「そうだな。恐らく、大気圏を越えれば逆に皆がそれぞれに好きなところへと向かうだろう。私もそのつもりだ。まあ、一旦自室に戻り、今晩はそれぞれで食事と睡眠を摂ろう」
「……はい」

 

後編1

 

 

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