小説・児童文学

ループ・ラバーズ・ルール_レポート12「女の子」

2025年6月14日

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ループ・ラバーズ・ルール_レポート12「女の子」

 

 大慈の声は、珍しくも明確に怒りの滲む、とても低いものでであった。
 驚いて相方の方をみると、その視線は今度こそ完全にリファとユーキへと向いていた。祥もそれに合わせて再び視線をリファたちへ向けると、リファの気持ちが落ち着いてきたのだろう、彼女たちのぎこちない抱擁は終わっており、リファはどこか照れるような、一方のユーキは何かしらの決意が感じられる表情をしながら、向かい合っているのである。

 出会ったばかりの全く違う世界に住む女の子。

 何も考えずにリファをみると、そのようにしか見えない。それなのに、彼女が纏う独特の雰囲気と美しさ。真っすぐすぎる不器用さ。それらは違う世界にいると感じさせるのに強く祥を惹きつけ、そしてやはり、お節介な性質を擽り、放っておけないと思わせるのだ。
 きっと、普段ならば祥は後先考えずにこういうことに首を突っ込んでしまうだろう。けれども今回、その祥でさえ躊躇ってしまう壁のようなものがあった。それはリファが嫌だとか、そういうのではなく、あまりにも違いすぎる何かが、無意識ながらに恐怖としてそこに立ち塞がったからかもしれない。
 けれども、日頃面倒ごとを嫌い、トラブルは巧みに解決する……のではなくむしろ回避する大慈が、完全にその瞳に彼女を捉えていたのだ。
 大慈は面倒ごとが嫌いだからこそ、推測を頭の中で繰り広げることがあっても、それをあえて口にすることはない。
 にも関わらず、その日頃は口に出さない推測を、凍えた猫が道で鳴いていれば必ずに保護する祥に、独り言だろうが、会話だろうが、聞かすということは、そういうことなのである。
 開いて塞がらない口を無理矢理に閉じて、大慈をみて、さらにリファを再び見つめる。
 するとリファの姿はそのままに変わらないというのに、祥の瞳に映るリファはたちまち、その様を変えるのだ。

 出会ったばかりの、同じゴーカリマンが好きな女の子。

 おまけに不器用で、どこか危なっかしい。
 エリートな彼女は飼い主など必要ではないのに、道で助けを求める鳴き方さえ知らずに進む、迷子の子猫のよう。
 祥の掌でしっかりと重みをもって存在するゴーカリマンのマスコットが、ヒーローがするべきことを諭しているかのごとく、太陽の光に反射して、胸元の金の刺繍を光らせていた。
 彼女の魅惑的な部分を、同じ世界にいてまるで違う世界を生きているととるのか、まるで全く違う世界を生きているようで自分たちと同じ世界を生きているととるのか。
 それを決めるには十分なくらいに、ゴーカリマンのマスコットのこの重みが、祥の心を掴んでいた。
 余計なお世話であろうと、祥は鳴いている子猫を放っておける性格ではない。それも懐くまではいかずとも、分け与えた餌のお礼を健気に持ってくるような性格の子となれば尚のこと、助けない理由はなかった。
 ただ今回のお節介はきっと、祥が日頃行っている猫の保護の範疇では到底済まないだろう。
 祥は猫の保護に関してはよく理解している。自宅でも飼っていれば、大慈やデコポンコンビ、あげくは摩季から大学の教授にまで勢いを伸ばし、信頼できる飼い主を見つけることも得意としているのだから。
 けれども、今回は保護どころか、安全な所へと猫が巣立つのを見守るのさえ、骨が折れる案件とも言える。すると、祥では何かしらの問題への対応力が、本人がもつ能力は別として、それを使い切れるだけの頭脳を持ち合わせていないということが障害となって立ち塞がる可能性があった。
 けれどそれさえ、どうにかなりそうなのである。
 その頭脳を持ち合わせている相方が、不器用ながらも遠回しに猫を助けたいと自ら申し出ているのだから。
 ならばもう、祥は首を突っ込む、それを確定事項とするために、いつもの言葉を口にするより他ないのだ。
 祥は大慈の方をみずに、けれどもわざとらしく大げさに、ピューっと口笛を吹いた。そして、大慈にむけての会話として、ただただ大きな声で独り言を呟くのである。

「なんか、助けてあげらんねぇかな~」
「……まぁ、俺らにはエリートの問題は解決できないだろうけど……もし別のことで困ってるなら、逆に助けてあげられるかもね」

 やはり、相方も素直ではないけれど、困っている猫は放っておけない優しい奴なのだ。祥はニカっと笑いながら、リファとユーキの方へと一歩を踏み出す。すると、その足並みが横にいる相方とピタリと揃うのだ。全く同じタイミングでいつもならば偶然被ってしまった全く同じブランドのほぼ同じデザインのスニーカーが揃うはずなのに、今日は祥だけが普段通りのスニーカーの豪快な縦結びの紐を揺らした。
 そのことに違和感というよりも漠然とした焦りを覚え、祥は自分の足元ではなく、大慈のそれに目を向ける。
 すると、大慈は祥と同じスニーカーではなく、一足先に社会人にでもなったかのような黒い革の靴を履いていたのだ。それは姉の店をバイトとして手伝うバーテンの制服の一環のもので、柄じゃないと言うわりには様になっているその姿で、二歩目は祥よりも断然早く、リファへ向けてその歩を進めていた。
 また先を越される、反射的にそう思って祥が次の一歩を大きく踏み出そうとしたそのとき、二人の真ん前を黒い影が遮ったかと思うと、その影が壁となり、突然にリファの姿が見えなくなる。

「私、あんたたちみたいな子、好きよ。ほら、使いなよ。あいつらと違って、私のは綺麗だから安心して」
「げっ、何だよ~。つーか、摩季、今サラっと失礼なこと言ったくね?」
「…………」

 気が付けば、大慈と祥が足だけでなくその手を動かすよりも前に、摩季がリファにハンカチを差し出していた。摩季が手渡したそれは、白いレースの花柄のもので、綺麗な女の子が安心して使えそうなものだった。
 確かにそういったものは、祥や大慈が用意できるものではない。祥はポケットから出そうとした、ギターを手入れする用に持ち歩いている、ファイバー素材のハンカチを。恐らく大慈は、バーテンの制服を着ているから、食器を拭くのに適した何かを持っていたに違いないそれを、揃ってポケットにしまい直した。
 二人してのそのそと近づくと、リファがちょうど、摩季から渡されたハンカチで涙を拭っていた。けれど拭っているのは、リファではなくてユーキで、リファの涙を拭いながらも、ユーキは祥と大慈に視線を向けていた。まるで睨むようなそれに自分たちが気づいたかと思うと、ユーキは一度ほど、視線を彼女が降りてきた自家用車のさらにジョウセイ駅側の道へと向けたのである。流石の祥も、それを見逃しはしなかった。
 けれども大慈はもっと前から気が付いていたのか、視線を動かすことなく、ユーキに小さく頷いているのをみて、今度は漠然としたものではなく、明確に現実的に相方は先を進んでいると、焦りを越して悟るようにそう思ったのだ。けれど、リファと出会えたように、ああいうバイトができたり、今も何とか状況についていけているのだから、馬鹿ではないということにしておいてほしいと、祥はあえて、間抜けに口なんて開けずに、特に顔に出やすいデコポンコンビにこのことが気づかれないよう、いつも通りにニカっと笑う。

「まあね~。俺も大慈もハンカチなんて持ち歩くタイプじゃないからね~。リファちゃん、涙止まった? 泣いてたらモゴロンが悲しくなっちゃうロン!」
「……モゴロン……今日は放送日だ」
「あー、確かにね。今いい所だから、リアタイで観たいかもな」
「ん? 待て待て、俺らはバンドの練習があるくない? ダイ、君は帰ったら駄目ロン!」
「……違う、モゴロンは今日は帰るロンって言う……」

 冗談が通じないリファの言葉はストレートで、それなのに、今の状況にぴったりとハマるものを言うのだから、この子は本当に色んな意味で祥の心を掴む天才だ。
 どんな意味であるのかは明確には知らないし、あまり知りたくもないがきっと、大慈にとってもそうなのだろう。
 リファの言葉がツボに入ったのか、大慈がまた腹に手を添えて、背を反らし、珍しくも声をあげて笑い始めるのである。大慈が声をあげて笑うなど、年に数回あるかどうかだ。それなのにその珍しいことが、この一時間も経たない時間で何回起こったことか。
 摩季だって面倒ごとに顔を突っ込むタイプではないのに、祥や大慈よりも先にハンカチを貸していたり。絶対に事情のじの字だって把握していないだろうに、デコポンコンビも既に馴染み、笑っている。
 祥たちと話すときは、必ずその瞳の奥底に警戒心を残していたのに、ユーキまでもが、それを忘れて笑い出すのだ。
 みんなが、リファの言葉で笑っているのに、リファだけがそれを分からず、けれどもどこか先日よりも和やかな表情で、何故周りが笑っているのかを、一生懸命考えようとしていた。
  視線を泳がすリファがふと祥の方を向く。すると、二重のくっきりとした、綺麗な形の瞳と目が合った。色白の彼女は、手入れの行き届いた、焦げ茶の鎖骨くらいまである髪を、首を傾げると共に、揺らす。前髪は眉くらいで重めに切り揃えられていて、焦げ茶よりは深めの、けれどどこか澄んだ瞳が、髪の茶と肌の白に絶妙なバランスで繋ぐように合わさるのだ。抜けているようで、それなのに、彼女自身も気づかぬ何か不思議な雰囲気と魅力の象徴を担うその瞳は、どこか芯がある。ひとたびこの瞳に囚われたら、逃れられない。それくらいに印象的な瞳をもつ彼女は、毛並みの整った、高貴で気まぐれな、猫の女王のよう。左右均衡のとれた顔のセンターを務める鼻も、すっと筋の通った、高さも完璧なもので、彼女が話す度に微かに揺れるその唇は、きっと、リップなんて塗っていないだろうに、艶やかで、厚すぎず薄すぎないそれは、どこにも欠点が見当たらなかった。

「ちょ、リファちゃん! 面白過ぎるロン!」

 女王に仕えるには、この美しさに慣れなければ、話しにもならないのだろう。祥はユーキが先ほど示した視線の先をしっかりと認知した上で、もし何かが起こったときにちゃんと動けるよう、まずはこの美しさに慣れようと、道化のようにモゴロンのキャラを演じてみる。

「せっかくだから、一曲俺らの演奏、聴いていくロン!」
「え?」

 するとリファは興味を示し、ユーキは考えるような表情を見せたので、祥は真意がユーキに伝わるように、ニカっと笑いながら、あえてユーキの目を挑むように見ながら、言うのだ。

「ここ、音がすっげー、いい感じに響くんだわ。だけど、工場とかファルネの通過音で、河川敷より向こうには音があり過ぎて、ここでしか響かないんだよ。バンドが思いっきり練習できて、周りからクレームがちゃんと来ないくらいにさ」

 ユーキが目を見開いたのをみて、大慈がひとり何も言わずに、準備に取り掛かる。それに続くように、摩季が高架下の定位置へと続き、デコポンコンビがヘコへコと頭を下げながら、ギターを取り出す。

「……会話が埋もれるのは分かるけど……バンドの演奏なんて埋もれるわけ……」
「まあ、みてなって。今から十五分ほど、ゴールデンタイムが始まるから」

 ゴゴゴと、定例の時刻に最初のファルネが通過すると同時に、まずは大慈が、高架下に隠していたドラム缶のそれを勢いよく叩く。

「じゃ、聴いててね。お嬢ちゃんたち」

 歌うモードに切り替わった摩季が、マイクに向かって、低めの声をさらにしゃがれさせて、リファとユーキに軽くウィンクする。リファもユーキも、ほんのりと頬を染めたのが分かって、祥はこいつ本当にズルいなと、内心苦笑いする。普段はどちらかというと、何事にもそっけないくせに、ひとたびボーカルスイッチが入れば、喋りは流暢になり、振舞いは女の子をメロメロにさせるような、色気のあるものへと変貌するのだ。反対ホームのファルネがさらに通過して、向こうの方で踏切が絶えず、鳴り始める。これが、祥たちの合図。デコポンコンビが嬉しそうに足踏みして、ギターがイントロを演奏しだし、摩季が全力で歌えるよう、祥はベースを、弾きだす。
 今から十五分、この辺りをファルネが、ひっきりなしに通過し続ける。
 この橋は自分たちだけの、ライブハウス。
 音が籠って響くのに、この音は、周りには響かず、自分たちだけのものとなるのだ。

 

レポート13

 

∞先読みはこちらから(レポート11~15収録中)∞

ループ・ラバーズ・ルールⅢ

 

付録としてPDF特典トランプがつきます
各キャラのイメージで絵は描き下ろしてます❤♦♧♤

Ⅲのトランプ付録はA「Rifa」

 

はるのぽこ
ルールの記憶のところに、随時リファのメモを更新中✨

 

※HPは毎週土曜日、朝10時更新中💊∞💊

ループ・ラバーズ・ルール更新日
第2・第4土曜日

 

 

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