秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―No.31_過去編~その手に触れられなくてもep23②~
星詠みは膨大な魔力を要するため、大きな星詠みをする際にだけ開かれる、天然石で創られた部屋がアヴァロンには存在する。魔法族はそれぞれの星が選んだ石というのを魔力補助の意味も兼ねて身につけるが、それだけでなく、その石そのもので創られた部屋というのは、星を詠むのを大きく助けるのだ。無論、全ての石の部屋がある訳ではない。ただ、アヴァロンの者であれば最も星のエネルギーに近いと言われているアイオライトは誰であっても力を増幅させるため、アイオライトはアヴァロンの要となる部屋や場所、至る所に装飾として多用されていた。
そして魔法族であれば誰でも使えるようにと、王城には星の間という純度の高いアイオライトが使用された部屋があるのだ。その他にも一族で相性の良い石や星の選ぶ石が被ることは多く、太陽の間や月の間のように、王より許可の出た石は、星の間程の規模ではないものの、星詠み用に天然石で創られた特別な部屋がいくつか存在する。
カイネが主に星詠みで使っていたのは太陽の間。ネロがよく使うのが月の間であった。それらの間を繋ぎ、そして隔てるのが太陽と月の狭間の間である。カイネが天井を見上げると、声が届かぬところにおられる方に代わってだろう、ネロが短く説明を付け加えた。
「……王が俺の代わりに天井を太陽と月の狭間の間に繋いでくれている。俺がこの部屋をそのまま、トキの調整のなされた式典の空間を縮めて繋いでいる状態で、さらにその中に、星詠み部屋を召喚する形で皆に繋いでもらった」
ねぇ、星はずっと、もう一度星を詠めと囁き続けている。だけど、太陽と月の狭間の間まで繋がっては……力が反発する。……ネロ、一体、どうするつもりなの?
ネロが座標の話をし始めた頃くらいからだろうか。星々はいくつかの光景を、恐らくはネロの今後の展望をカイネにも伝えるためだろう、『ネロを信じてもう一度星を詠め』という囁きと共に、視せてくるのである。
星の声はとても優しい。けれど、婚約者の提示する作戦は、カイネにとっては、あまりにも残酷だ。けれども、それが全てカイネを守るためであるのが痛い程に分かるからこそ、そうでなければどちらの命も助からないことを本能的にも知っているからこそ、嘆くような切なさと寂しさが、ただただひとつの言葉として、嫌だと叫ばせるのである。
けれどもきっと、それがネロの選ぶ道であり、信じているからこそ、カイネは式典のトキのダンスのように、今は分からぬ道であろうとも、ネロと共に歩み続けるに違いなかった。例え……離れ離れになろうとも。
「……もう一度……星を詠むというのか? だが……それ以上詠めば命が……いや、いい。それ以上は聞きはしない。元々、無理を承知で頼んでいたのだ」
ルーマー王の問いにカイネは何も答えられなかった。代わりに、風など吹いていないというのに、ネロのマントがそれを否定するかのように、マントを靡かせる音を空間中に響かせていく。
さらに、流石はアヴァロンのハミル家だ。気が付けばそのうちの一人が、カイネの前に跪いていたのだ。カイネがゆっくりと視線を下ろすと、男は深く被っていたローブを外し、顔を露わにする。その男はアヴァロンらしい漆黒の髪を緩くひとつに束ねていた。褐色がかった肌はいつもならばとても健康そうにみえただろう。けれども、今日はどこか顔色が悪ければ、瞳の色が左右で違うのが印象的であった。
「否、二度目は星を詠んで、星を詠まない。……まずは今から時間を巡らせる。どの情報を渡そうと……どうせこの記録をみせるんだろう? なら、一言一句漏れがないように記録しておくといい。……皆が今日の式典から無事に自国へと帰れたのはアヴァロンのおかげじゃない。……カイネのおかげだ。カイネが一度、命がけで星を詠んでくれたから、時刻封が破られたことに気づくんだ」
「それはどういう意味だ?」
カイネがネロたちのやり取りに気を取られていたからだろう、突然に指先に鋭い痛みを感じたかと思えば、ハミルの魔法陣が発動していた。
きっと、床で青く光るアイオライトの色に呑まれてしまったから。
きっと、アヴァロン特有の真っ赤な魔法陣の色に混じってしまったから。
カイネの指先から滴り落ちる血の一滴は、血の色が何であるかが分からない状態のまま、ハミルの詠唱と共にどこか深いところへと溶けていってしまった。
「カイネ様、このようなことになってしまい、申し訳ありません。アヴァロンがひとり、タルバニア・ハミルにございます。未来永劫、我が一族は忠誠を誓います。血の契約を交わさせていただきとうございます」
ルーマー王が交わした血の契約と違い、これは主従関係が発生する魔法が使える者の中でも極稀にしか知らない特別な魔法陣のようであった。カイネの血が馴染んだのを確認し、今度はタルバニアがナイフで切ってみせた指から血を垂らしていく。
タルバニアの瞳は嘘偽りのない真っすぐなもので、カイネは頭が追い付かないからか、婚約者もこれを同意の上であるからか、どこか拒めない運命的なものを感じ、ただただ黙って頷いた。
主人となるカイネが頷いたからか、はたまた、魔法陣が発動した時点で関係ないのだろうか、契約の成立を合図に身体の血が大きくうねるようにドクドクと流れを速くしたのが感じられた。
契約をしたからといって、カイネの方に特に痛みは生じない。けれどもタルバニアはひどく苦しそうに胸元を掴んだかと思うと、跪いた状態から倒れるかのごとく体勢を崩したのだ。
「うっ、ぐ……」
「きゃっ、大丈夫!?」
カイネは小さく息を飲み、目の前で跪くタルバニアの額に触れた。カイネに突然触れられ、驚いたのだろう、タルバニアは反射的に顔をあげたのだ。途端に痛みで俯き加減であったタルバニアの表情がカイネからもよく見えるようになり、再び露わになったその左目をカイネはじっとみつめる。そこにはカイネが先ほどにみた悍ましい波の光景と、さらには真っ赤に染まった火の海の光景が幾度も、何種類も高速に切り替わっては映し出されているのだ。額に触れるその指から震える振動が伝わったのだろう。痛みを和らげるためか、それともカイネから隠すためか、タルバニアは自身の手で左目を覆って、無理矢理に笑んでみせたのだ。
「あなたも……あれを視たのね? それが分かっていて、契約を……」
「ぐっ、この程度で動けなくなるなど、恥ずかしゅうございます。……この痛みは……永遠に……自ら望んで刻むものなのです。決して、忘れは致しません」
すると、タルバニアは起き上がっているのも辛いであろうことが容易に見て取れるというのに、ネロの方へと向きなおると、声を荒げた。
「……ネロ様、やはりそうでございました! 時間が巡りました! これで……時間守をしていたトキの私が時刻封が破られたことに気づくことでしょう。ぐっ……本当にカイネ様は無茶をなさる。……あの量の星を……先ほどお詠みになったのですね。う、ぐあ……くっ……ネロ様お願い致します」
「分かった」
すると、途端に地面いっぱいに巨大な魔法陣が出現するのだ。それらはアヴァロンの特有のそれであるだけでなく、空間そのものが時計であるかのごとく、十二の数字と時計の針が重なって浮かび上がった。秒針は絶えず一秒を刻み続け、長針と短針が答えを求めてくるくると幾度となく交差していく。
「時間と次元を繋ぎし特別な座標において、全宇宙に関わりし運命の分岐点みつけん。これよりアカシックレコードに特別な記録を刻まん。我が名はネロ……ト……ント……アヴァ……ン……に……し……なり」
最初、地面はネロが敷いた特別な魔法陣の赤とアイオライトの青に呑まれ、赤く、時に青く、けれども混じり合って紫に、ところどころサンストーンとムーンストーンの色味を交えながら不可思議かつまるで宇宙のような光を放っていた。けれども光はすぐさま動く方向を定め、高速に一定の方向へと流れ始めるのだ。それらは光の動きが変わったと認識する頃には、混じり気のない白一色になり、光の流れは、あっという間に空間そのものの光へと変わっていった。
宇宙のトキが、それを……受け入れたのだ。
to be continued……
!attention!
先読み・製本版Vol.7(No.31~No.33.3,34~35,song)はかなり長いため、HPでの更新時は全12~15回に区切っての更新となります🐚(それでも後半の各話は長めになるかと思います)ちょっとした特別仕様で構成&特典を付ける予定です🐉
先読み・製本版Vol.8(No.36~40)はちょっと長い代わりに読み切り単行本としても機能してお楽しみ頂けるような構成にしております🎆HPでの更新は全5回~10回に区切っての更新となります(MAX10回なので、区切りを考えて5回以上10回以内になるかと思います)現代編に突入してます🌟

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星を詠む
誰の為に?
星詠み(先読み)はこちらから☆彡
付録としてPDF特典タロットがつきます✨
各キャラのイメージで絵は描き下ろしてます❤♦♧♤
このepisodeの該当巻は『Vol.7』になります!
タロット付録は6「月夜のダンス(恋人)」です
※HPは毎週土曜日、朝10時更新中🐚🌼🤖
秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―更新日
第1・第3土曜日