ループ・ラバーズ・ルール_レポート25「清掃部」
摩季の声が止まり、それを合図にギターとベースが最後のひと音の弦を弾く。それに一拍置いて、本当に曲の最後を告げる一音を、ダイがドラム缶の側面で、高めに響かせた。
バンドの演奏が終わっても、ゴゴゴとファルネが頭上を通過し、周りの音が無くなることはなかった。橋の揺れ具合も最高潮で、一昨日の演奏の時の記憶からして、きっと今通過中のファルネがゴールデンタイム最後のものだろう。
「……すごい……」
リファが小さく声を漏らすと、何度も頷くユーキが上品に、けれども力いっぱいの拍手を横で送っていた。
(拍手っ。私も……すごいを……伝えたい)
リファも見よう見真似で、必死にユーキに倣い、拍手を始めるのだ。
普通に手を叩けばそれでよいはずなのに、ちゃんとしようと思う心があるからだろうか、リファは熱心に摩季やショーたちの方を向いては拍手をし、手を叩いたままに、定期的にユーキの方へと視線を向けては、ユーキの真似ができているかの確認をした。
摩季もショーもダイも、嬉しそうな笑みを浮かべている。
リファは今、自分が喜んで拍手をしているのに、拍手をすると摩季やショー、ダイたちが喜んでくれるのが不思議で、けれどもそれがリファにとってもさらに嬉しいことであるのが分かり、益々拍手の音を大きくしていった。
(ゴールデンタイム……。音が溢れて、それなのに、喧嘩しない)
身体はかなりの疲弊を感じているのに、リファはどこか息がしやすくなったような気がしていた。
今日と先日の演奏から分かったのは、だいたい、ショーたちの言うゴールデンタイムとは十五分くらいで、演奏するのは平均三曲ということ。
あまりジョウセイ高校のテストに音楽は出ないため、リファは特に音楽の勉強を多くはしていない。けれども、恐らくはメロディの繋ぎ目の変化的に、摩季たちはファルネの通過音で時間を計りながら、三曲目を巧みに短縮ないしは部分的な繰り返しを挟んで、十五分全てを余すことなく使っているのだ。
演奏が終わった後も、まだ彼らの奏でるメロディが続いているようで、リファはつい、リズムをとるかのように、身体を動かしてしまいそうになる。モゴロンを抱きしめている訳ではないのに、フワフワとした心地と、胸がじわじわと温かくというよりは熱くなる心地は、一昨日よりも圧倒的に強かった。
「どう? 最高でしょ、私たちのライブハウス」
「はい!」
珍しくユーキが大きな声で返事をするので、リファは驚いた。
ユーキの頬は紅潮しており、バンド演奏中に何度か盗み見たユーキの様子は、摩季にどこかうっとりするような、熱い視線を送っているものだった。
摩季の声はゾクリと背筋を震わせてしまうくらいに低く妖艶で、けれどもしっかりと空気に乗って、音が耳へと馴染むように自然と流れ込んでくるのだ。
確かに最高だとリファも思い、返事をしそびれたリファは、代わりに何度も頷いておいた。
「ここ、ほんとーに、すごいだろ? なかなかライブハウスを借りるなんて予算的に難しいからさぁ。でも、毎日練習したいじゃん? ここだと近所迷惑とか考えずに気兼ねなく練習できるし、何より音の響きが最高なんだわ」
「そーなんっすよねぇ」
「十五分だから短いけど、それがまた毎日ここに来たくなる絶妙な時間っていうかさぁ」
「そーなんっすよねぇ」
ショーがニカっと笑い、デコポンコンビの興奮でやや高くなった声がよく響いた。
リファの中でゴールデンタイムは特別というのが、この場所は心地が良いというのに加え、新たな記憶として追加された。
さらにはここを部活動で使用するのだ。もっと、記憶するべきことは多いに違いなく、リファはみんなから一斉に零れ出るゴールデンタイムとバンドの情報のどれを記憶しようか悩んだ。
すると、ひとり黙々と奥でドラム缶に触れるダイの声が、リファの耳に入ってくる。
「まあね。けど、十五分つっても、やっぱり観客がいると全然違うな」
「だなぁ、それもでかい。今日はみんな特によかった」
「音が弾けるっつーか、なんつーか。あー……ドラム缶じゃなくて、ドラムがやりてぇー」
(…………違う)
リファはここ数日でたくさんの、特別な音、というのを耳にした。摩季の声は思わず聴き入ってしまうくらいに魅力的で、喉の震わし方も、音程のとり方もルールに逸れることなく、安定的で美しい。
デコポンコンビのギターも、ショーのベースも。彼らの演奏は、楽譜に沿ったルールでいうと、時折ズレる時もあるが、音がどこか温かいのだ。ダイのとるリズムもまさに楽譜のルールそのもので、けれどもそこに、このバンドのルールというのだろうか、全員の音を漏らすことなくこの空間に繋いでまとめていくのである。
全員の奏でる音が、周辺の工場やファルネの通過音が。どこかで絶えず、そして、心地よくここには響いている。けれどもそんな中で、リファがグンと意識を持っていかれるのが、ダイの声なのだ。ダイの奏でるドラム缶の音も好ましいのだが、本当にダイの声そのものが、リファには何かが、周りとは違って聞こえるのである。
決して、ダイは歌ったりなどしてはいない。元々声が印象的で、記憶する特徴として、リファはダイの声に標準を合わせていたために、他と違うという認識を持っているのかと思っていた。
けれども、ダイは今、リファの対角線上におり、一番遠い所にいるというのに、まるで耳元で優しく囁かれたかのように、低い声が、柔くリファへと浸透していくのだ。
「…………」
(なんでだろう……。他の人と、違う気がする。知りたい。もっと、聞きたい……)
すると、ドラム缶を転がし始めたダイが、ふとリファの方へと視線を向けたのだ。
薄暗い高架下ではその表情はよく見えない。見えないのだが、リファは一般的なそれと比べて、視力が少々優れている。
ダイの顔をよくみようと、ぐっと、視力の部分だけレンズのルールに合わせて、半ば無意識的にリファの体内に留まる程度に、力を開放した。
すると、細い目が僅かばかり大きくなったかと思うと、その瞳でしっかりとリファの姿を捉え、彼は数秒ほど固まったのだ。
けれどもダイは程なくして、ショーとは違う特徴の、記憶しがいのある独特の笑い方で、息を漏らしたような微かな笑い声ともならない音を、この空間へと放つのである。
思わず漏れ出たというようなそれは、バンドの演奏前後に摩季がみせる、テレビに登場するような人たちと同じようなキマったそれではない。それなのに、まるで写真を見ているかのように、とてもよく、一瞬の記録として記憶された。
(ダイがこっちをみて……笑ってる……)
すると、リファの全身に血が巡るようにして、熱を感じるのだ。
けれどもそれは、モゴロンを手にしたときと似て非なるもので、温かさというよりは熱い感覚と、先ほどのシートベルトの時のような恥ずかしさに加え、喜びが入り混じっているのである。
「ふふっ」
気が付けばリファは笑っていた。どこか柔らかく目が細められ、しっかりと口角があがる笑みは、声までも漏らさせていたのだ。
すると、たちまちダイの顔は赤らんでいき、まず始めに、カラコロと弾けるようなバチの音が地面から響いた。
「うっわ」
ダイの少し大きめの声、次に激しくグワングワンとドラム缶が回る音がしたかと思うと、それはドラム缶でのリズムをとる演奏音の域を越えて、ひとつの金属音として派手に高架下へとその音と振動を響かせたのだ。
演奏の時よりも激しいそれは、まるで、ゴールデンタイムの延長戦かのように、本来ならばただの騒音になるはずが、不可思議な曲でも奏でているかのように、面白くリファの耳へと届いた。
「おやおや、ダイ君。最後にソロパート追加かぁ~?」
「だー、もう、うっせぇ!」
ダイの声が金属音に負けじと響き、ショーたちの笑い声が重なっていく。そして、リファは改めて気づくのだ。
音だけでなく、声だけでなく、表情だけでなく、会話。
会話というものも、この空間が心地よいかどうかの要因に含まれるのだと。
「ダイさん言ってくださいよ~。俺らも手伝いますよ?」
今度は笑いながらデコポンの片割れがそう言うと、もう片方がジャジャジャーンとギターを鳴らすものだから、音が、会話が、弾けていくのだ。
その弾ける様など本当に見えはしないというのに、高架下は太陽が沈むのに合わせて、外灯が点くまでの時間、暗くなる一方だというのに、どこか空間そのものが明るく変化していくような気がしてくるのだ。
横から響くユーキのクスクスと笑う声に、正面にいる摩季の「馬鹿なやつら」と言う、まるで歌うかのような笑い声が混じり、リファは益々、視界が良好になるかのような感覚を覚える。
すると、リファの身体の中でも何かが弾けそうで、けれどもそれが何か分からず、たちまちもどかしくなってくるのである。
ショーに手伝ってもらいながら、ダイは倒れたドラム缶を抱き起すと、器用に底の一部を浮かせてくるくると回しながら、移動させていく。
ダイはドラム缶が置き終わるまで、リファの方へと再び視線を戻してくれることはなかった。
それはドラム缶を動かすのに忙しいからかもしれないし、会話が弾んでいるからかもしれない。けれどもリファはどうにかもう一度、視線を合わせたいという謎の衝動に駆られていたのだ。
そのために、リファは一切、ダイから視線を外さなかった。
そしてそのまま、ダイはドラム缶を隠し場所とやらに戻すと、いつまでもからかうようにギターを弾くデコポンコンビに長い脚を見舞って、どこか怒った口調で、けれども浮かべている表情は笑顔のそれで言うのである。
「おら、追加演奏も終わったわ!」
「も~、なんすかぁ。追加演奏の終わりの合図叩き忘れて、俺らをその脚で叩いてるんですかぁ~?」
「本当にドラムが好きなんだからぁ。バチだけじゃなくて、脚でも叩いちゃうなんて~」
「おー、ドラムは本来足も使うからな。ここに運べないからドラム缶なだけなの。足使う回数まだまだ余ってるから、いっぱい蹴ってやるよ」
「きゃ~怖い怖い」
笑い声が、響く。
続く。
演奏が終わっても、ファルネが通過していない時も、この空間には心地の良い音が溢れていた。
デコポンコンビからダイの長い脚が離れた頃合い、顔をあげたダイと再び目が合った。ダイはどこか気まずそうに頭を掻きながら、けれども、ふっと息を漏らすように再びリファに笑みを返してくれた。
『泣くほどに欲しいなら、普通にもらったら?』
『そんなに好きなんだ』
途端にリファの中でモゴロンを分けてもらった時の記憶が蘇っていくのである。
その記憶はリファの中にある感情と思考との両方に訴えかけ、まるでダイがひっくり返したドラム缶のように、グワングワンと音を立てるようにして、脳を、身体を、回転しながら巡っていくのだ。
リファはダイを見つめながらゆっくりと瞬きをし、グワングワンと繰り返し巡り廻るその感情と思考との回転が止まるのを待った。
(……っ。似てる……そう、……モゴロンの感覚と……似てる)
数回目の瞬きを終える頃だろうか、突然にその回転は止まり、カチッと音をたてるようにして、リファの中、リファの大切な感情と思考の隠し場所へと戻ったような気がした。
そしてそれは、ようやくにピースが揃った歯車のように、気持ちよく合わさり、稼働し始めるのである。
するとたちまち、リファが今目の当たりにしている事実と、今感じている感情とが合致し、しっかりと結びついていくのだ。
(……っ……。感情。……これが、感情……)
気がつけば、リファは大きな声をあげていた。
「……すき……私、この場所が……すきっ……!」
そして感情を出すことは、ひどく清々しいものなのだと、リファ本人の理解が追い付くよりも前に、リファの脳と心は自然と、感情の受動を、その表現方法を。無意識的に、けれどもしっかりと、記憶していた。

次回のループ・ラバーズ・ルールの更新は2026年になります💊
2025年ありがとうございました!🐍✨
2026年もよろしくお願いいたします🐎✨
製本版のⅥも2026年に出すと思います📚
年末年始も、多分、特別更新する予定です!🎍✨
(まだ完全に準備できてないんですが💦笑)
来年の連載タイトルもほぼこのままでいくつもりなのですが
2026年の更新スケジュールや年末年始の特別更新の内容が決まりましたら
お知らせ予定です!
お時間あるときぜひ、年末年始も遊びに来てください✨
次の土曜日には年明けてるなんて信じられないです😲
皆さま、良いお年をお迎えください🐍→🐎💓
to be continued……
∞先読み・紙版はこちらから∞
このレポートの該当巻は『Ⅴ』になります!
※HPは毎週土曜日、朝10時更新中💊∞💊
ループ・ラバーズ・ルール更新日
第2・第4土曜日