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ループ・ラバーズ・ルール_レポート26「誘惑」

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ループ・ラバーズ・ルール_レポート26「誘惑」

 

 この特別好きな場所で、空間で。リファはしっかりと心の音を奏でた。
 ルールなど意識していなかったというのに、まるで見計らったかのように、その声は、宣言は。ファルネとファルネの通過音の間に滑り込んだのだ。
 それに賛同するようにどこか遠くで、工場の機械の稼働音が拍手のように絶えず、安定的に。重機と金属が幾度もぶつかるような音が歓声のように高々と聞こえてくる。
 全員の視線がリファの元に集まり、それが一層、先ほどの宣言のような言葉がみんなに届いたような気にさせた。そして、リファの心は擽られるようにどこか恥ずかしく、けれどもそれ以上に清々しい気持ちが、不思議とリファの口を大きく開かせ、口角をグンと持ち上げ、目の前の彼らが見えなくなるくらいに目を細めさせた。
 いつだって気を緩めてなどいけないはずであるリファは、本能的にだろう、視界が遮られるのを嫌う傾向にあった。それゆえに眠る時以外にここまで目を細めることなど決してなかった。
 けれども今は、目を瞑っている訳ではないのに、勝手にグンと上がりっぱなしの頬が、しばらくの間、リファの心からの反応として視界を遮ったのだ。
 目の前の彼らならば姿がみえなくとも大丈夫だと、彼らに対しては気を緩めても安全だと、リファの中の何かが本能的に、自身の理解が追い付くよりも前に、心と身体のそれを結び付けたのだろう。
 視界が悪くなるのに細められる目。食事の時でもないのに反射的に開く口と、威嚇している訳ではないのに相手に見せる白い歯。
 それらの動きは、とても、とても、リファの何かを大きく開放させたのだ。
 頬があがればあがるほど身体の痛みは強くなるはずなのに、あまりにも心地のよいそれは、この反射運動を止めたいとは一ミリたりとも思わせなかった。
 リファは笑っていたのだ。
 本人も笑っている、笑いたいと認識を持ちながら、恐らくは生まれてから一番であろう、満面の笑みで。

「リ、リファちゃん!」

 身体に何かがぶつかる感触が加わり、リファは反射的にそれを受け入れ、その対象物に腕を回した。
 あまり視界が良好ではない中での気配や感覚のみでの把握となったため、それがどれほどのスピードでの接近であったかは判断がつかない。けれども、その対象物、ユーキはかなりの勢いとスピードでリファの元へと駆けてきたというのに、確信を持って、リファを気遣って直前でその衝撃が和らぐよう、優しくリファに抱き着いたのが分かった。
 そこに驚きはなく、ただリファは柔く微笑んだまま、今回は自然とその抱擁に応えながら、ユーキの方へと視線を移した。
 ユーキはリファの細いウエストに腕を回し、その手を固く、とても固く結んでいるというのに、決してその想いのまま、きつくリファを抱きしめはしなかった。ユーキのきつく結んだ手の震えが微かにリファの身体に振動するに留まり、ユーキの温もりだけが、リファの周囲に感じられるのだ。

 今朝の登校時から感じていた優しさというのは、しっかりとリファの中に蓄積していたのだろう。
 リファには誰かの、特に相反する感情や行動の共存というのに理解が追い付かない傾向にある。けれども今は、ちゃんと分かるのだ。
 ユーキはリファを強く抱きしめいと思っており、きつくその手を結んでいる。けれどもリファの怪我を気遣って、決してその想いのままに抱き着かないように、温もりだけが伝わるようにしてくれているのだ。

「ユーキちゃん……、部活、楽しい」
「……うん、うん!」

 リファがそう言うと、とうとうユーキは潤んだその瞳から涙を零したのだ。
 リファは明確に楽しいという感情を、嬉しいという感情を感じているからこそ、笑っている。
 けれどもユーキは楽しいということに同意する一方で、泣いているのである。ただ一方で、ユーキの反応や声色から、部活が楽しいと同意するそれに嘘がないのも感じられるのだ。
 こればかりは、いくら蓄積したユーキの優しさから多くが理解できるようになったとしても、すぐにその理由というのがリファには思い付きはしなかった。そうしてふと、自分がされて嬉しかったように、今回はリファから遠慮がちにユーキの背に添える腕に、ほんの少しだけ力を加えてみたのだ。怪我に響かぬ程度に。
 日頃のリファであれば、それが目的に一番に適しているのであれば、必要に応じて自身の身体に痛みを伴おうが、そのままに動く。
 ただ、今回ばかりはユーキが気遣ってくれているのだから、リファが自ら身体が痛むことをしてはいけないと、そう思ったのだ。
 その想いのどこまでがユーキに伝わったのかは、分からない。けれどもユーキはリファが力をほんのりと込めるのに合わせて、涙こそ零しながらも、ニコリと微笑み返してくれたのだ。

「へへっ、リファちゃんもユーキちゃんも今日の部活はまだ終わりじゃないぜ! もっともっと楽しくなるからさ! さ、二人ともこっち!」

 するといつの間にか片付け終わったらしいショーたちが、リファとユーキを囲んでいたのだ。そして、リファの気のせいかもしれないが、どこか潤んだ瞳のショーが、とても強く鼻を擦りながら、けれども満面の笑みを浮かべているのである。
 やはり意図を読み取るのが苦手な相反する感情や行動の共存するその様を、リファはじっとショーを見つめ、理解しようと努める。
 すると、背後のファルネ川の方から吹く風が、リファの露わになった二の腕に触れ、急激にというよりはいつの間にかリファの体温を奪っていることに気が付くのだ。まだくしゃみをするほどの冷えや震えは感じてはいないが、確かに河原で夜を過ごすには少し肌寒い時期にはなってきたかもしれないと、リファは思った。

「リファちゃんがこっちで!」
「ユーキちゃんがこっちっす!」

 リファがショーの様子に気を取られていたからだろう、その場で固まっているリファとユーキを促すようにデコポンコンビが呼ぶのである。あまり表情を大きくはみせないダイと摩季までもが、うっすらと微笑んでおり、ジャーンと思わず声が聞こえてくるのではないかというくらいにショーが大袈裟に手を広げながら、背後に隠していたそれをリファとユーキに示すのだ。
 すると、デコポンコンビのそれぞれが嬉しそうに段ボールの塊の前でニンマリと双子のようにそっくりな笑みを浮かべ、依然、リファとユーキを呼び続けるのだ。その手にはまるで鋭利さを損なった斧のような木の棒が握られており、動きを合わせているのではないかというくらいに息ぴったりにデコとポンは交互に身体を上下させていた。

「ま、仲間になるならこっちの流儀にも付き合って貰わないとね。覚悟はいい? お嬢ちゃんたち」

 歌っている時同様、ゾクゾクとするような低音ボイスが響く。
 流し目というのだろうか、そこにマイクはなくともそういう雰囲気が醸し出され、摩季の誘い方はひどく妖艶に、けれどもリファとユーキには魅惑的に聞こえた。まるで危険な冒険を促されるかのように。
 その冒険が何であるのかを理解していないというのに、摩季の誘い方はリファをどこか逸る気持ちにさせた。
 一方でユーキは、緊張によるものだろうか、身体の強張りをみせると同時に、摩季の歌に魅せられた先ほどよりも強く、どこかうっとりとしたような表情と、その瞳に好奇心のような光を揺らしていた。
 リファは早く動きたい衝動と、強張りをみせるユーキの気持ちに合わせたい想いとが入り混じり、反射的に動かそうとした身体をピタリと止める。
 すると、リファのそれを感じてか、ユーキの不安を読み取ってか、摩季のそれとは違う、低く、けれども落ち着いた柔い声が、あと一歩を押す言葉を続けるのである。

「あー……、大丈夫。騒がしい呼び声と怪しい言い方で混乱させたかもしんないけど、何て言うんだろう。ちょっと珍しい動きになるだけっていうか。危なくはないし、普通に楽しいはずだから」

 声につられて顔を動かすと、ダイと視線が絡みあった。
 確かにダイは二人に向けて声をかけ、リファとユーキ二人ともが並んでこの場にいるからこそ、こちらを向いているだけに過ぎない。
 けれどもどこか確信めいて、リファはダイがその言葉を二人に向けて言うと同時に、強くリファに向けて訴えているように感じられたのだ。
 ダイの表情はどこか困ったようにこちらの反応を伺っているようにも見える。
 けれどもまさにリファと目が合っているその瞳からは強さしか感じられないのである。絶対に嘘はつかないから信じろ、とでも言うような。
 それらはやはり、リファの中で言う複数の感情が見て取れる判断が難しい表情のひとつである。けれども、この数日で起こった数々の出来事による成長と、どこか本能めいたものが、そうさせるのだろうか。リファは瞬時に、ダイの声や表情から、絶対に信じて大丈夫だと、ショーやデコポンコンビの呼びかけに、摩季の妖艶な誘いにのる方へと心を大きく傾けたのだ。
 リファは微かに首を動かして頷くと共に、目を瞑りダイと絡み合う視線をきった。
 そして、ゆっくりとリファからユーキの手を握り、引っ張るようにして、言うのだ。

「ユーキちゃん、大丈夫。行こう」

 その突然の動きにユーキはひどく驚き、それに対してリファは目を細めて微笑んだ。
 決してリファを取り巻く全ての環境下での感情や表情を理解しきれた訳ではない。
 ただ、ダイの表情や声がそうであるように、ユーキが日頃そうしてくれるように、リファもまた言葉では足りない伝えたい気持ちを、表情や行動を添えて伝えようと、真似てみたのである。ちゃんと、添える表情というのは、困った顔ではなく笑顔の方が今はいいという判断をもしながら。

(これは、私が動く番)

 リファが一歩を進むと、じりっと躊躇って踏ん張るような足を数秒程ためて、ユーキは動かしたのだ。
 いつもよりも重い足取りは、率先して動きたいと思う時の反応ではないだろう。けれども、ユーキの動きは硬いままでありながらも、その表情と瞳は、どこか嬉々としているのだ。
 それはまるでリファが初めてモゴロンの財布を購入した時のようで、リファはまたひとつ、ユーキと同じところをみつけ、心がじわじわと喜びに満ちる感覚になっていく。

 日頃、ユーキは所謂、世間の常識というのに疎いリファが危ないことをしようものならば、すぐさま助けてくれているのをリファはよく理解している。そして、ユーキの性格を思えばこそ、ユーキは注意深いからこそ、恐らくはこういう妖艶な誘いというのは、惹かれる一方で慎重になるのだろう。
 リファは世間の一般的な常識というものを学んでいる最中であるために、元々のリファが注意深い方であるのかどうかは、分からない。
 けれども、常識を勉強中のリファであるからこそ、外の世界で出会うことの全てに、そもそもの恐れが、まだないのである。
 もしくは、ネオパルコが基準でるからこそ、外の世界の些細なひとつひとつは、恐れと認識できないのかもしれなかった。

(きっと、ダイは嘘を言わない。ショーは絶対に優しい人)

 賑やかなデコポンコンビの笑顔は本当にダイの言う楽しそうの一言で、摩季の誘いは例えそれが妖艶であっても、魅力的な要素をふんだんに秘めているのだ。
 大丈夫だという確信があるのならば、今はリファがユーキを引っ張る時なのだ。ユーキがいつもしてくれているように。

 リファもまた、摩季ほどではないが誘うようにして、あと一押しの確認の声をあげる。

「ね?」

 すると、ユーキの瞳が完全に好奇心に飲み込まれ、微笑みは楽しさへと覆いつくされた。

「うん!」

 さらにリファが握るその手に力を込めた頃には、二人は同時に次の一歩を大きく踏み出していた。

 

はるのぽこ
本年もよろしくお願いいたします🐎✨VIは1/11くらいにあげる予定です📚多分……!

 

to be continued……

 

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ループ・ラバーズ・ルール

このレポートの該当巻は『Ⅵ』になります!

 

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第2・第4土曜日

 

 

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