小説・児童文学

ループ・ラバーズ・ルール_レポート5「ファルネ」

2025年1月25日

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ループ・ラバーズ・ルール_レポート5「ファルネ」

 

 HRの終わりの合図を告げる鐘が鳴り、教室の至るところで机と椅子がぶつかりあう音が響いた。少し乱暴なもの、椅子が微かに床と擦れる音、鞄を取る際に机にまで振動が伝わるもの。どれもが程なくしてピタリと止まり、次第にどこか遠くで、会話のような声が続きだし、もっと遠くで吹奏楽部が楽器を運ぶ音、運動部の部室の扉が開く音、グラウンドを誰かが歩き、乾いた土と靴が小石を挟む学校特有の音へと変化していく。そんな中で、トントンと控えめに、けれどどこか跳ねるように床を蹴る音が近づいてきて、いつものタイミングでリファは椅子を引き、鞄に手をかける。

「リファちゃん、帰ろう」
「うん」

 ユーキの声に合わせて、リファもまた、学校から自宅へと移動を開始する。二人が下校するのは、なるべく人が出払ったあと。下校時刻に特別な決まりがある訳ではないが、その方が混まないし、校門を出るまでの間に話しかけられることも少なくなる。何より、部活をしない二人にとって、急ぐ理由がさほどなかった。ジョウセイ高校ではほとんどの生徒が何かしらの部活動に所属している。ここに通う生徒の多くが、所謂、財閥令嬢や御曹司。将来を期待されるからこそ、勉強はもちろんのこと、部活に励むのが好まれる姿らしいのだ。けれど、この部活というものは、推奨はされるけれど、学校が定めるルールにそれを義務付けるものはない。リファは多くの部活とやらから声をかけられたが、なぜルールに定められた能力テストでもないのに、わざわざ運動をしなければならないのか。なぜ既に授業で勉強を済ませた後なのに、さらに古典や理科の研究をせねばならないのか。そういうのがあまり理解できず、どの部活であろうとも、好んで活動するというフリをするのは難しいと判断したのだ。運動部では一般的な運動能力値まで力を抑えて、周りと会話をしながら動くのは厄介の一言。正直、あまり動かない文化部と呼ばれるものは、知識としては研究所で習ったものばかりなので、知らないフリをすることや、周りに合わせて感動する、という反応を示すことができるとは到底思えなかった。リファの中で、感情を理解するというのが最も正解率が低いからだ。
 研究所としても、表向き、法律というルールが変わった為にリファが希望すれば部活への所属は学校通学と合わせて認めなければならない。また、学生らしい生活というのを送るために、勉強時間というのも、義務ではないけれども設けている方が政府への印象というのがよいらしく、渋々、週に三日ほどは自宅へと帰ることを許可されている。それでもリファ自身が部活を希望しないとなれば、研究所は内心、喜んでいるだろう。これ幸いにと、自宅へと戻らない日は勉強時間や自由時間というのを一切設けずに、研究所へと直帰するようにと強く指導されている。
 別に自宅が好きな訳ではない。両親と呼ばれる人たちと会話をすることはないし、手洗いと入浴の時以外は部屋からでないことが自宅で過ごすことの条件であるからだ。リファは帰宅してすぐに玄関から階段へとあがり、自分の部屋へと直行するようにしている。それでもたまに、彼らが手洗いや外へ出ようとするタイミングと被ってしまうと、防ぎようがなく、顔をあわせてしまう。その度に、彼らはリファをひと睨みし、リビングへと無言で戻っていくのだ。リファもリファで、そのことに文句はなかった。
 そもそも、リファがこの両親と呼ばれる人たちと会ったのは、法律が変わった一年ほど前が初めてであった。両親はリファの姿をみて、ほんの少し顔を歪め、特に母親の方は最後まで自宅にリファを置くのを嫌った。それでも自宅で過ごす時間分の生活費というのが、日頃リファが被験者として研究所で過ごす謝礼とは別で支払われることを知り、彼らはリファが家に帰ることを許可したのだ。リファは別にどちらでもよかったのだが、法律というルールで、被験者を含む全ての十八歳以下の子どもの教育を、学校で受けさせることが義務化されたので、学校へと行かなければならなかった。そのルールを守るために、周りが取り決めたのがこのルーティーンだったので、ただそれを受け入れたのだ。
 無言のままにユーキと並び、いつものように徒歩十分くらい先にある駅を目指す。駅までにいくつかテニスコートがあり、月に一度くらいの頻度でジョウセイ高校の生徒も練習試合などで使用している。ボールが跳ねる音と、ラケットを勢いよく振る音が一定の間隔で続いていく。今は婦人会の使用時間なのか、本格的な運動というよりは、緩やかにラリーを楽しむような、笑い声の混じるもの。徒歩の者は少なく、歩道を歩くのはウェアを着たこのテニスコートの利用者とリファたちくらいだ。定期的に車が二人を追い越していき、時折、自転車とすれ違う。この辺りは埋め立てられたエリアだが、最寄りのジョウセイ駅はファルネ川沿いに造られており、そのまま線路沿いを進み続けると、やがて川がみえ始める。ここから一駅程の区間の河川敷は綺麗に整備された芝生エリアがあり、けれどもその周りの多くを倉庫や工場が占め、学校や商業施設といった人が密集するような要素はあまりない。その駅をさらに進むと、周りの景観が賑やかになり、高層ビルが立ち並ぶビジネス街へと突入する。しばらく大きな駅が続いた上で、さらにそこを抜けると、ぽつぽつと住宅街がみえ始め、田舎と呼ばれるサントウエリアに突入する。リファの自宅は、そのサントウエリアに入ってすぐのところに位置していた。
 本来ならば、ジョウセイ高校の学生はファルネは使わない。みんな、付属の寮へと戻るか、自家用車での送迎があるからだ。けれど、自宅へと帰るのにリファの親がリファを迎えに来るわけなどなく、ましてや、世間の言葉で言うとリファの出自自体は一般家庭に部類されるので、従来通りでいけばジョウセイ高校へと通えるような身分ではないらしい。それさえもリファには法律が定めるルールとしての子どもに受けさせる義務教育の権利とやらの水準を満たせばどうでもよく、セキュリティの面で研究所や政府が指定したのがジョウセイ高校だったので、リファはそれに従い、転入したのだ。リファにとって、法律と、研究所と、社会のルールというのを守っていればそれでよく、その三つの中でどこのルールが優先されるかは、リファには関係がなかった。ただ、今回の突然行われた法改定で、その三つの中で無理矢理にリファに適応するルールというのを選んだからか、リファが被験者であることを隠すことが学校へと通う次に最優先で守るルールとして取り決められた。そのため、学校にいる間は登下校も含め、研究所はリファに関わることができない。研究所の介入がなければ、リファはやはり一般家庭の少女で、けれど、政府が法改定により特例で動いたので、ジョウセイ高校へと転入するにあたり、ジョウセイ高校での肩書き、というのが用意された。どうも、オズネルを二分する財閥のひとつ東条ゼンヤの生き別れの孫娘という設定らしいのだ。ただ、東条グループは後継者を既に決めており、母親が一般家庭に駆け落ち同然で嫁いだために、寮や豪邸ではなく、慎ましやかな家で、今まで通り家族の時間を過ごす、ということでこじつけたようなのだ。転入してすぐの頃は、周りから絶えずヒソヒソと噂されたものだ。けれども体育や日頃の授業の受け答え、転入テストの結果をみるなり、誰も、何も、言わなくなった。むしろ、それらは次第に応援されるような形へと変わっていったのだ。そのきっかけというのもまたファルネが大きく関わっており、リファがファルネ通学をしているのを、ジョウセイ高校の者が目撃したことが発端であった。
 セキュリティでいうと、政府も研究所もファルネをあまり使わせたくないのが本音だろう。本来、東条グループが用意する自家用車で登下校が行われる予定であったらしいのだ。けれど、車に乗るという習慣がなかったため、校門に送迎車がくると説明されても、リファには理解ができなかったのだ。転校初日、登校時は研究所から自宅を経由して、東条グループの秘書という人と共に確かに車に乗せられ、学校へと赴いた。そのまま、言われた通りに下校時も校門の前に行ってみたのだが、車の存在を確認できず、自宅の住所というのを渡されていたので、ポータブルデバイスで検索して推奨されたルートで、リファは自宅へと戻ったのだ。ただ、実際には東条グループの者も、確かに校門横に設けられた自家用車専用の駐車場に車を待たせていたようなのだが、一向に現れないリファに、研究所関係の者に送迎されているに違いないとの判断に至ったのだ。研究所は研究所で、リファがファルネで学校に向かっているとは夢にも思っておらず、東条グループの迎えに合わせて研究所へと出入りしていると思い込んでいた。こうして、ジョウセイ高校の者が目撃し噂になるまで、一人でのファルネ通学の発覚が遅れたのである。
 ただ、やはりリファにとって、特に社会のルールや、周りの感情というのは、難しく予想がつかないというのはこういうことだろう。リファがファルネ通学をする姿を、周囲は健気な少女、との評価を付けたようなのだ。
 東条という有名グループの孫娘であり、成績は常に一位。それでも、母親が一般家庭に嫁いだために認められず、文句ひとつ零さずにファルネ通学を続けるのは、ジョウセイ高校を卒業して東条ゼンヤを見返すためだ、と。
 噂は噂を呼び、そこからリファの預かり知らぬところで、たくさんの逸話が誕生していた。力を抑え損ねて陸上部よりも速く走ってしまったり、プールの授業では全国記録を越える成績を残してしまったり。ルールに反して間違うということができないがために、ジョウセイ高校の者でも難しい全国模擬というので一位をとってしまったり。それでも部活に属さないのは、謙遜しているからだとか、勉強するために部活をするのを我慢しているとか、実は自宅の両親が病気で看病しているとか、本当は世界最難関のガーブリア大学を飛び級で卒業しているとか。リファの知らない言葉がリファと結びついて飛び交っていた。
 けれど、こういう謎めいた噂というのは、リファの正体を隠すためには便利らしく、政府も研究所も悩んだ末に、この噂を利用することを選んだ。そのまま、リファのファルネ通学の続行が決まり、東条グループとの接点も必要最低限で済むようになったのだ。
 そして、そのことで政府が慌てて用意したのが、ユーキの存在だ。ユーキはもともとこのジョウセイ高校に通う生徒ではあったのだが、リファが学生生活を円滑に送ることができるようにと、政府と研究所が極秘でサポート業務を依頼した女学生である。ユーキは常に、表向き、学友として一緒に過ごし、学生らしい振舞いができるよう、都度、リファに教えてくれる。きっとこの件で割を食らったのは、ユーキだろう。突然に拒否権のない、政府が最も重い箝口令を示すSS極秘プロジェクトの一旦を任され、残りの学生生活の間中、リファの面倒をみなくてはならなくなってしまったのだから。さらに言うと、ユーキも本来ならば自家用車での送迎があった。それなのにサポーターに抜擢されたがために、リファに合わせて駅までを一緒に帰宅せざるを得なくなってしまったのである。
 そのためいつも、駅でユーキとは別れ、ユーキはそこから自家用車へ。リファは自宅へと帰る際はひとりでファルネに乗り、自宅へ。研究所へと戻る際は、ファルネに乗る前から、研究員の誰かが日替わりで一般人に紛れ込み、リファが寄り道しないように見張るというのを、リファのファルネ通学が判明後、徹底している。もっとも、自宅へと帰る際も、リファの両親が自宅付近に研究員が近づくのを拒んだために、表向きリファはひとりだが、いつも遠くから、誰かが自宅に入るまでを見張っているのを知っている。
 正直、提示されたルールさえ破ることがなければ、リファにとって、政府も研究所も自宅も、全てがどうでもよかった。けれど、ユーキに対しては、リファの間違いにより生じたファルネ通学により巻き込まれただけなので、申し訳ない気持ちが、いくら感情の鈍いリファにでも、常に心の奥底にあった。けれどそれでも、偶然に得たこのファルネ通学は、リファに多くを与え、申し訳ないと思いながらも、ユーキを開放するために、車に乗るとリファからは言いたくなくなってしまったのだ。ファルネを乗る際、周りにたくさんの人が行き交うけれど、本当に、生まれて初めて、ひとりの時間というのを得たからだ。ファルネを使う時間は、研究所のようにネットワーク制限がかからないので、ポータブルデバイスを自由に使うことができる。暇つぶしに使ってみて、そこで偶然、ゴーカリマンのアーカイブをみつけ、自宅の時間というのを、ゴーカリマンを観ることに使うようになったのだ。昨日は、猫の出生について調べてみた。すると、たくさんの猫の画像や動画が現れ、猫という存在は、ゴーカリマンを観る時とは別の、じわじわとリファに、緩やかで優しい刺激を与え、リファは今、その感情の答えを模索中だ。今度、猫を見かけたら触ってみたいと、リファは思っている。あの動画のように、背を地面へとつけ、目を細めてあの小さな肉球のついた手を、リファに見せてくれるだろうか。
 さらにファルネは、このポータブルデバイスを使うということだけでなく、買い物という時間をリファに生み出した。もともと、学校生活をするにあたり、研究所から両親にだけでなく、リファにも準備金というのが渡されていたのだ。どうも、不自然にみえることがないよう、周りの友人に合わせて小物や服を購入したり、文具や日用品を揃えることが目的らしい。リファも手帳やペンなどをいくつか買い揃えたが、服は制服があれば十分なので、特に新たに買うことはなかった。けれども、ファルネの駅に直結してショッピングモールというのが併設されている。それらの店の一部は本当に駅の改札口付近まで行き届いており、偶然、改札付近の店のポップアップ商品で、モゴロンのガマ財布というのを、みつけてしまったのだ。

『……モゴロン……』

 減ることのない準備金は、毎月、リファに新しく渡されるので、貯まる一方で財布に入りきらなくなってきていた。ルール的に、新しい財布は必要かもしれない、小さく心の中で誰かがそう呟いたような気がして、リファは入りきらなくなった分を置いておく自宅保管用とは別に、持ち歩く用の財布を購入することにした。
 すると、買い物自体は初めてではないのに、そこからリファの中で、買い物という概念が少し変わったのだ。必要なものがなくても、必要なものがないか、時折、その店をみてみたくなり、何度か店を覗くことで、店員が一か月限定のゴーカリマンのガチャキューブが始まると、一枚のチラシをリファにくれたのだ。それがちょうど、一か月ほど前であった。ゴーカリマンのガチャキューブは、リファにとって必要なものかと問われれば、それはマスコットで、学生生活に使うものではない。

『……私、チラシ大丈夫です。マスコットは学校生活で使うところがないから……買ったらダメ。……ルールの中に、含まれない……』
『……でも、いつも熱心にゴーカリマンコーナーみてるよね? ジョウセイ高校ってそんなに校則厳しいのかい? あー、じゃあ、ほら、夜道歩くと危ないし、こういうキラキラしてるマスコット鞄につけてると、目立って防犯に良いかもしれないよ。……ま、こっそり一個くらい、いいと思うけどね~。あ、システムが複雑だからうちの店にはガチャキューブが置けないんだけどね。そこの高架下のガチャコーナーか、二駅向こうのセントパークの本店ショップでやってるよ。ま、チラシは無料だからさ。よかったら、はい』
『……キラキラするマスコットは、防犯につけていい……』

 店員は笑って頷き、まるでゴーカリマンの仲間のヒーローのように店へと戻っていったのを、リファは今でも鮮明に憶えている。
 あくる日、本当に高架下にガチャキューブと呼ばれるものが設置されていた。頭の中でずっと、こっそり、一個くらいはいい、という言葉が離れなくなり、リファは店員の言葉を買い物のルールに加えることにしたのだ。こっそりと、モゴロンのマスコットを一つほど、入手するために。そして、表向きのルールも必要だと考え、初めて引いたときに出てきた、金色のゴーカリマンを鞄に防犯として、学生らしい生活を送るためにつけたのである。そこから、リファは熱心に、ガチャキューブに通い始めたのである。ただ、今日ユーキからゴーカリマンにはリファがまだ知らないグッズというのがたくさんあることを教えてもらったので、リファは駅の真横の雑貨屋か高架下とセントパークのガチャキューブにしか行ったことがないけれど、今度、ショッピングモールの奥まで探検してみようと、密かに計画し始めていた。シールならば手帳に貼れるので、学生生活に必要というルールから漏れ出ないかもしれない。

 

to be continued……

 

はるのぽこ
ファルネ=列車です🚄少しずつルールの記憶に言葉一覧的なの作っていこうと思います📚

 

※毎週土曜日、朝10時更新予定💊∞💊

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