秘密の地下鉄時刻表

秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―No.35_過去編~その手に触れられなくてもSecretepχ3➁~竜の宝石-Kaine no namida-後編

2026年2月7日

スポンサーリンク

竜の宝石-Kaine no namida-後編②

 

 ひそひそとした声がやんだかと思うと、誰も息をしていないのではないかというくらいに、シンとその場が静まり返った。
 テレシオは頭を下げている状態のため、ムー王やカイネの表情は分からない。もっとも、テレシオは身をもって実感している。こういう場では、カイネもムーの王も、本当の表情など出さないということを。

 だからただ、許しを得るまで頭を下げ続けるしかないのだ。
 歌しかないテレシオは、どうしても、どうしても、カイネのために歌う許しが欲しいのだから。
 すると、カイネよりも前に声を飛ばす空気が読めない男がひとりいるのである。それはもちろん、ひどく醜い感情を宿した宰相の声。

「な、な、な、何を言っておる!!! おのれ!! お前は我が国の宮廷楽師だろうが。我が国のためだけに、歌わぬか!!!」
「芸術に国は関係ないと、先ほど仰っておりませんでしたか? 良い音楽を追求するために、誰のために歌うのかを決めることもまた、芸術として大変、美しいと思います」
「な、な、な、何を……!」

 さらにカイネよりも前に声をあげたのは、カンサリダナ国の王子であった。恐れもなければ、躊躇いもなく、堂々と言い切る姿は、とても清々しく、彼の音は心地がよかった。
 そして、その勇気は他の者にも伝染し、意見は賛同を得たのだろう。
 宰相の言葉を遮るかのように、いくつかの拍手が響き、その音はどんどんと大きくなっていくのだ。
 きっと、この場にいる半数以上の支持は得られていると、テレシオは拍手の音の具合で判断した。
 すると、テレシオの頭に何かが触れ、顔を下げる視界の中に、白いシルクのドレスの生地が、映り込む。

「テレシオ=ラ=ルーレ。顔をあげなさい」

 恐る恐る顔をあげると、芯の強さと慈愛に満ちた瞳の美しい女性が、真っすぐにテレシオをみつめていた。眉はキリッとしており厳格に、けれどもほんのりと緩む口元は柔さを秘めており、その瞳は優しくも力強い。相反する表情がここまで美しく共存すると、それはまさに、存在そのものが芸術。神秘的だった。
 けれど、彼女の凄いところは、これほどに芸術的に美しいというのに、温かな血を流し、今を生きているということだ。
 その証拠に、彫刻や名画にはない、肉声。どうすればこんなに愛に溢れた音を作り出せるのだろうというくらいに、テレシオの耳を、心を、魂を震わせるような柔く真っすぐな声を放つのだ。

「我、何次なんじの忠誠をもって、次元の番人にしょす」

 テレシオの前で眩くカイネが黄金色に輝くと共に、その両腕に黄金の花の文様が浮かび上がったのだ。そして、カイネはその花の紋様を腕に纏った状態で、テレシオの額へと触れる。すると、それに合わせて確かに熱いのに、とても優しいエネルギーがテレシオの額からその身体へと駆け巡っていくのだ。

 熱くて、でも、温かい。

「…………」

 気が付けば、カイネから放たれる眩い黄金の光は収まっていた。
 驚いてポカンと口をあけてカイネの方を見上げると、いつものニコリとした可愛らしい笑みで、彼女はテレシオに向かって手の甲を差し出していた。

「誓いの証を」

 正直、テレシオには何が起こったのか理解ができていなかった。けれど、カイネがあえて姫の微笑みではなく、カイネの笑みを向けてくれているのが、カイネを知っているからこそ、分かるのである。
 だからこそ、テレシオは本能で、その手の甲にキスを落としていた。
 決して売れるために女の子たちを口説き落とすように使っていたようなものではない、本当に、テレシオとして本気のものを。
 ついに、カイネはテレシオに手の甲へのキスを許してくれのだと喜びに震えた瞬間に、本当は出会った時からずっと、テレシオの心の奥底、魂が、カイネのために歌いたいと叫んでいたことをテレシオ自身が知ったのだ。

「…………」
「…………っつ!」

 ただ、テレシオは楽師だからこそ、耳が良すぎるのである。
 カイネとの誓いに浸っていたい想いがあるというのに、周りの音が、明らかに驚嘆と動揺で満ちているのに気づいてしまったのだ。
 どよめくこの場を、テレシオはカイネに忠誠を誓うからこそ、テレシオとしても収められるだけ度量を、今はまだ持ち合わせてはいなくとも、今この瞬間から身に着けて実行せねばならないと思っていた。
 カッコイイ台詞など思い浮かびはしない。けれども半ばやけくそで、楽師としてのプライドだろう、声だけは美を意識して、腹の底から忠誠の音を直球に奏でるのだ。

「忠誠を誓います」
「はい。あなたを信頼します。芸術に国は関係ありません。私のために、次元を繋ぎ、自由に歌いなさい。あなたの音楽で愛を伝え、平和を広げ、喜びも悲しみも、全ての感情を、謳いなさい」

 そうして生ける芸術が与えてくれたのは、黄金色の薄く平べったい円形のそれ。その円の中には数字が書かれているのである。

 これって、まさかっ!

「は、はいっ」

 それは伝説のように宇宙に伝わる代物のひとつで、次元を繋ぐムーの王と王位継承者が持つと言われる、十二枚のメダルのひとつ。次元メダルだった。
 忠誠を誓い、次元の番人に任命された者は、主を守るため、忠誠を誓った事象に関してであれば、時計盤から次元を繋ぎ行き来することを許されるらしいのだ。
 おとぎ話のような代物のそれを、テレシオは今、手にしているのである。

 テレシオは類稀なる有益な魔法が使える訳でも、宇宙でも指折りの強い武術を持つ訳でもなければ、そういったものに匹敵するような特殊な能力を持ち合わせている訳ではない。
 ただただ、歌いながらハープを奏でる、楽師なのだ。
カイネはそんな一楽師に、次元メダルという重いものを、託してくれたのである。これほどの公の場で、堂々と、神々しく。

 そしてもうひとつ、テレシオは大きな何かを託されたかのような音を拾うのである。あのどよめきの中、ムー王がほんの一瞬、潤んだ瞳で呟いた言葉だ。至近距離にいたからこそ、聞き洩らさなかったとも言えれば、王はもしかすると、わざと聞かせてくれたのかもしれない。

「良い決断をした。だから時計盤は娘を次の王に選んだのだ」

 その言葉はまるでそのままに進めというように、ムーの芸術サロンの時から成長し、ちゃんとカイネがお気に入りだと指名するに値する楽師になれたことを認めてもらえたと思えるものであった。
 テレシオはこの瞬間から、王の言葉を胸に深く刻み、肌身離さず次元メダルを身に着け、カイネのために歌い、音楽を磨き、宇宙中に素晴らしい音楽を届けることを誓ったのだ。

 結局、その後に宰相が騒ぎだし、主催国の王が勝手に退出。芸術サロンは突然の中止を余儀なくされ、お開きとなった。
 けれど、半数以上の国が席を立たずに残り、テレシオの歌を聴いて行ってくれたのだ。もちろん、カイネも。
 次元メダルを託されたあの日、ずっと明かされていなかったムーの王位継承者が正式に明かされると同時に、カイネが初めて、姫の権限を使った貴重な瞬間であったことを、後に他国の姫や王子から聞いて、テレシオはより一層、身が縮こまるような想いになった。
 けれども、ムーの芸術サロンに招待された時のように、あまりにも光栄すぎるメダルは、力云々ではなく、カイネに認められる喜びそのものだったのだ。

「さて、今日は精霊郷に新しく手に入れた楽譜や絵具を届けよう」

 だから今日も、テレシオは堂々とメダルを首にかけ、芸術を愛する日々を送る。
 テレシオはもちろん、すぐにカンナブリア国の宮廷楽師はクビになった。けれどもこちらに落ち度はなければ、テレシオはきっちりと歌って帰ったのだ。しっかりと契約書も残していれば、既に桁違いの報酬を振り込んでもらった後のため、テレシオには痛くもかゆくもなかった。
 けれども仕事は大切である。思いがけずというよりか、計算通り時間に余裕ができたテレシオは、まずは次元メダルを使い、アヴァロンへと赴いた。
 アヴァロンはサンムーンの座標を繋いだままにしているため、その時間軸であれば、宇宙中の各国を未だ訪れることが可能であるのだ。
 テレシオは今や責任ある次元メダルを託された身。忠誠を誓ったカイネのために歌うという目的があれば、メダルを用いて時計盤から次元を繋ぐことができる。しかし、それはある種、主人であるカイネの魔力をメダルを介して使うということだ。
 カイネの体調は万全ではない。テレシオは決して、メダルを無暗に使いたくなどなければ、使う気もなかった。けれども、メダルを使わないというのもまた、変に周辺国に怪しまれても困る。
 テレシオが最初にアヴァロンへと向かったのはこの状況を打開するためだ。テレシオはメダルを使わずに堂々とアヴァロンから各国を訪れる理由を作ることにしたのである。
 もちろんそれは、芸術の発展のため、音楽の旅の続きをすることの申し出だ。
 といっても、今回は地球の芸術発展ではなく、宇宙の芸術発展。さしては芸術のジャンルも音楽だけに留まるつもりはなかった。
 芸術的な女性のために歌う役目を与えてもらっているのだ。テレシオは宇宙中へと全ての芸術を運ぶ旅に規模を広げ、芸術の重要性を強く提言し、芸術の旅を提案した。
 例えば旅の内容は、テレシオが新たに覚えた歌やその国の楽器で音楽を奏でて次の国へと伝え、さらに次の国で覚えた歌や楽器を、さらなる国へと伝えたり。絵画や彫刻といったありとあらゆる芸術作品を運んだり、といったものだ。
 すると、先日の芸術サロンも良い効果をもたらしたのだろう、それはアヴァロンだけでなく、多くの他の国からも賛同を得ることができたのである。
 テレシオは申請や許可のあった国々へと、星を越えて音楽を届けては、絵画や楽器をあちこちへと運び、芸術交流の足となった。そして、それを平和に誓ってあらぬ疑いをかけぬため、時計盤はあえて使わないと明言することで、見事カイネに負担をかけずにアヴァロン経由で芸術の旅をすることを可能としたのだ。
 しかしこの方法では前回の音楽の旅とは違い、時間は調整されずに常に流れるため、テレシオは訪れる星や国のタイミングや暦の計算を怠ってはいけなかった。
 といっても、計算をしてくれるのはムーやアヴァロンの暦計師だったのだが、なにせ、必ずカイネの元へと戻れるようテレシオは細心の注意を払った。
 サンムーンの暦で言うならば数か月に一度の頻度でムー国へと、動くことのできない姫に代わって、旅で少しずつでも成長した歌を披露すると共に、様々な星や国の芸術作品や記録、絵画を持ち帰ったのだ。

「本日はこれらの図録や絵画、壺などを持って参りました」
「……とても、温かいわ。自然の中にいるかのように、優しいエネルギーに溢れてる」
「はい」

 本来ならば、こういうものが大好きなカイネははしゃぐに違いないのに、どの土産をみようとも、冷静かつ無難な感想しか呟かない。
 テレシオを遣わせて勝手に次元を繋ぎ、他の国と戦争の計画を企てる密書とやらを運んでいないか見張らせてもらう、なんて言う輩がいるからだ。毎回、テレシオの帰還時、芸術品の受け渡しや報告には他国の者、といってもだいたいは決まった顔ぶれの国々の者たちが、一緒だった。

 せっかくアヴァロン経由で旅をする理由を作ったんだ。本当は月の王子からの恋文や、友達からの贈り物や手紙をそのままにお土産に渡せるのが一番なんだけどなぁ。

 ささやかな楽しみさえ、彼女には許されない。

 でも、それでも芸術は彼女のささやかな楽しみを密かに守るのだから、すごいのである。
 本当に芸術を知らない利益ばかりを求める者は、芸術から伝わる感情というものを知らない。
 カイネは楽器の演奏や、絵を描くこと自体は苦手みたいだったが、芸術鑑賞とやらは昔からジャンルを問わずに得意だと、本人が言うのである。最初は半信半疑だったテレシオも、カイネが得意と自分で言うことは、本当に得意であることをこの旅を機に、知るのである。

「全て素敵だったけれど、これとこれとこれが好きだわ。この三つを買うので、一度私の部屋へと運んでもらえないかしら?」
「畏まりました」
「もちろん、他の物も素晴らしいわ。美術館への展示と一般に販売するものとを分けて、必ず持ち主が決まるよう、手配するわね」
「はい」

 カイネは美術品の独り占めというのが好きではない。自分で購入したものも、時期をみて子どもたちや街の者が観られるよう、城の開放しているエリアへと設置する。そして、テレシオが持ち帰ったもの全てを自分の物にするのではなく、他の国にも惜しみなく回し、美術館への展示や一般販売など、愛する者の目に触れ、所有者が決まるよう動いた。
 テレシオも楽器や楽譜に関しては貢献できることも多かったが、絵画に関しては詳しいとは言えず、分からないままに、言われるものを運ぶというのを繰り返していた。正直どれもが素晴らしいが、どこから作者が変わったのか、それぞれのどこが違うのか。何を基準に、どれを選べばいいのかなど、分かりはしなかった。
 けれどもカイネは必ず、テレシオがムーへと持ち帰る絵画や陶器といった数々の芸術作品の中から、アヴァロンや精霊郷の友達の作品を見つけ出して、それらを購入し、まずは自室へと飾るのだ。そしてその後、城の開放エリアのそれぞれの絵画が映える場所へと、それらを設置するのである。

 はは、すごいなぁ。やっぱり今回もみつけた。

 精霊郷の子らが最初にテレシオへと絵を託した際、言っていたのだ。
 みんなとの思い出の場所や出来事が連想されるものを、みんなのエネルギーを込めて描いているから、カイネなら気づいてくれるはずだと。
 すると、カイネは見張りがいる故に感情を表にはしないが、今回も含め、テレシオが何も説明をせずとも、絶対にそれらを漏らすことなく見つけて、とても愛しそうに購入するのだ。
 そして、これはカイネの知らないことだが、その代金は精霊郷の子たちに支払われるのではなく、テレシオに一任される。
 それは密かに、精霊郷の子たちからテレシオが頼まれたことだ。
 カイネは購入するだろうけれど、贈り物に代金はいらないから、そのお金でカイネが喜びそうなことをしてあげてほしい、と。
 カイネは自分にお金を使わないだろうし、自分たちではムーへ行くことも、何かしてあげることもかなわないから、と。
 だからテレシオは、カイネが喜ぶであろう、子どもたちに音楽を教える費用として、そのお金を使うことにしている。

 昔は音楽も、お金も、チョロいところで歌って貰えるだけ貰えばいいと、テレシオは思っていた。
 兄のようにすごくなければ、広く音楽を伝えることも、大きなお金を動かすことも、できないから。それならば、自分にとって自由で楽な道を選べばいいと。
 けれど、テレシオは太陽の姫と出会い、知るのである。

 愛をもって使うお金はトキに面倒なことを越えて、たくさんのさらなる愛と喜びを動かすと。

 

 

to be continued……

 

はるのぽこ
2月は一部更新スケジュールが変更になります💎詳しくはコチラより<(_ _)>

✶✵✷

 

星を詠む
誰の為に

星詠み(先読み)・保存版はこちらから☆彡

秘密の地下鉄時刻表

このepisodeの該当巻は『Vol.7』になります!

 

※HPは毎週土曜日、朝10時更新中🐚🌼🤖

秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―更新日
第1・第3土曜日

先読みの詳細は「秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―星を詠む」より

 

 

秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―星を詠む(先読み)

秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―

ループ・ラバーズ・ルール

フィフィの物語

宝山石輝

はるぽの物語図鑑

-秘密の地下鉄時刻表

© 2026 はるぽの和み書房