小説・児童文学

ループ・ラバーズ・ルール_レポート29「勝負」

2026年3月14日

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ループ・ラバーズ・ルール_レポート29「勝負」

 

 小さな振動が徐々に大きくなると共に、ここら一体の太陽の残光は完全に遮られ、風が吹き荒れる。
 きっと新快速だろう、ゴゴゴと勢いよく通過したファルネは橋を激しく揺らし、その音を高架下で跳ねるように幾重もこだまさせた。
 外の風は肌寒さを感じるくらいに冷たく、けれどもファルネの通過のそれは冷たさよりは勢いと言えるだろう、豪風はリファやユーキ、摩季たちの髪を激しく攫っていった。
 ただその勢いに反し、その通過時間はわずか数秒程度なのである。微かな機械特有の匂いだけをその場に残し、ファルネはあっという間に次の駅へと向かっていった。
 しかし、髪の乱れなどなんてことはない。その乱れさえも演出の一部であるかのごとく、摩季は左手で豪快に顔にかかった髪をすくい上げるようにして整えると、勝負する目つきのそれで言う。

「用意はいい?」
「いい」

(…………)

 ただダイも負けてはいなかった。彼は逆に風など気にも留めないのだ。
 僅かばかりに乱れた前髪は、視界を遮っているようにも見える。けれどもその奥にはしっかりと、決意の備わった瞳が控えていた。
 もう目の前の標的、段ボールにしっかりと照準を合わせているのだ。
 こうした一切動じない姿は、勝負に対する真剣さを窺わせた。

「私はユーキちゃんと一振りずつ、交互でいくから。で、先に壊した方が勝ち」
「わかった」

 すると、先ほどの豪風で中からはみ出るそれが規模を大きくしたのだろう。色とりどりの細長い紙のそれは、紙テープと言われるそれであるとリファはようやくに認識するのだ。
 そして、その紙テープというのは、テレビやネットで目にする範囲で言うと、華やかな場や喜ばれる時に使われるものであったことを、リファは思い出す。

「…………」

『リファちゃんがこっちで!』
『ユーキちゃんがこっちっす!』
『リファちゃんの分って伝わるように……』

(これが……私の分……。中身、何だろう……気になる)

 杵の軽さや段ボールを壊すことばかりに意識の向いていたリファだが、壊したその先があることに、日頃大人しいユーキが熱心に壊そうとしていることに、合点がいったのだ。
 すると、これまでその真実に気付きもしなかったというのに、ひとたび気になって仕方がなくなっていくのである。
 まるで鮮やかな紙テープが、早く外に出たいと、踊っているように見えてくるのだ。
 途端にリファはソワソワとした心地になり、それは初めてここへとゴーカリマンを届けにやってきた時のようであった。

 ダイは本当にこの段ボールを壊してくれるのだろうか、中には何が入っているというのだろうか。

 そんな思いでダイの背中をみつめると、決してこちらを振り返った訳でなければ、リファが声を出した訳でもないというのに、ダイは段ボールを見据えたまま、言うのである。

「大丈夫だから」

 低く、柔く。けれども力強く言い切ったその言葉はリファの意識を完全にそちらに惹きつけた。
 そのまま、リファは自分の段ボールの行方、彼の背中から視線が外せなくなるのである。

 研究所でのテスト時くらいの集中力が、自然と発揮されていただろう。
 ショーが先と同じようにノリノリでゴーカリマンっぽい掛け声とやらでカウントを開始しているというのに、周辺の工場やファルネの踏切音のように、どこか遠くの方でその声が響いているように感じられるのだ。

 紙テープが揺れているから、風は吹いているに違いないのに。
 デコとポンが大きく口を動かしているから、彼らは声を発しているはずなのに。
 ショーが指を鳴らしているから、カウントは続いているはずなのに。

 ここに音があるということは拾えているというのに、まるで頭に入ってこないのである。

 そして、とうとうショーの手が動き、勝負が正式に開始されたのが分かった。
 リファの視界には審判を勤めるショーも、その横で応援をしているらしいデコとポンの姿もしっかりと入っている。さらにはその片隅で摩季が大きく杵を振り上げ、ユーキがそのツインテールを揺らしながら、どこか照れたように応援している姿も捉えることができている。
 リファの視界はちゃんと全体を映し出しているはずであるのに、その照準は完全にダイに合わせられていた。
 ダイが大きく振り下ろしたそれは、明確に段ボールの一打目で生まれた穴にヒットし、段ボールそのものを大きく破壊した。
 そして止まることなくダイが次の一打を振り上げたとき、向こうで「ユーキちゃん、交代! 次で終わるよ!」という摩季の声が響いたのだ。

 ユーキが返事をするころには、ダイはさらにリファの段ボールに激しい衝撃を与え、完全に右半分が壊れて段ボールが風に流されていった。
 それを川の方へと飛んでいかぬよう、デコが急ぎ拾いに行き、壊れた段ボールと引き換えに紙テープが一気に溢れてくるのだ。

「リファ! 次で最後だ! ここ、持って!」
「……つ」

 突然に振り向いたダイが、自身の着ているパーカーの裾を指しながら、言った。
 不意打ちであったから、言葉の意味は分かるというのに、到底、その指示の意味がリファに分かるはずがなかった。
 それなのに、反射的にとでも言うのだろうか、リファは迷うことなく、すぐさまダイのパーカーの裾を握ったのだ。
 リファがダイのパーカーの裾を握るのと、ユーキが受け取った杵を振り上げたのはほぼ同時くらいか、わずかにユーキの方が速いか。

「よし、いくぞ」
「うん」

 ただただ、リファはダイの声に反応して返事をした。
 すると、持っていたダイのパーカーがぐんと引っ張り上げられて、ふわりと、恐らくは柔軟剤だろう、爽やかな石鹸のような香りが漂うのだ。
 杵を振り下ろした風はバコっという音と同時に止んだが、その香りだけはずっと真横にいるダイと共にリファの傍にあり続けた。
 指先から伝わる熱を帯びたパーカーの布触りと、鮮やかな紙テープが舞う光景と、柔軟剤の香り。

 リファの中に鮮明に、強く、濃く、それらは新たに記憶された。

「よし、よしっ! ほら、こっちっ!」
「え?」
「ちゃんと最後は一緒に振ったってことで。チーム戦だし、リファが壊したことにかわりないから……大丈夫。ほら! 拾って!」

 ダイがそっと、けれどもしっかりと倒れないようにして支えながら、リファの肩を抱き寄せるようにして壊れた段ボールの前へと移動させた。
 視界いっぱいに広がるのは赤や青や黄色に、ひと際輝くピンク色。
 鮮やかな紙テープの色の中心にいるのはピンク色の怪獣で、その光景は、まるでたくさんの色がモゴロンから放たれているかのよう。

「…………」

 肩に添えられた手はあっという間に離された。
 ダイはまだ近くにいるために、柔軟剤の香りは微かに漂っている。けれども先ほどのような至近距離ではないし、リファの後ろにいるからだろう、次の風が吹くころには、ダイの香りというよりは、この場にいる誰かの柔軟剤の香り、に戻っていた。
 ただ、香りの代わりに、リファの視界の中に、ピンクの色がそこにあり続けるのだ。

「わ、レディーマン!」

 どちらのチームが先に壊せたのかは、もはやリファには分からなかった。
 けれどもきっと、ほぼ同時であっただろう。
 ユーキが壊れた箱を覗きながら嬉しそうにそのヒーローの名を呼んだのが、聴覚に訴えかけた。

「ま、引き分けってとこね」
「ははっ、若干俺らの方が速かったと思うけどね」
「うーん、微妙っすねぇ」

 リファは段ボールの前にしゃがみ込み、リファにとっての好きなもの、モゴロンのぬいぐるみを、拾い上げる。
 リファが懸命に何度も何度も引いたガチャキューブの掌サイズのものとは違って、しっかりと抱き心地が感じられるくらいには、大きいものだった。

「ま、たまには怪獣が勝つってのも、いいんじゃねぇ?」
「ま、そうね。僅差だったけど……もしかしたらそっちのチームの勝ちだったかもね?」

 そっとピンクの怪獣を撫でると、素材の違いだろうが、リファが持っているガマ財布やガチャキューブのマスコットよりも、ずっとずっと、ごわごわとしていた。撫でる度に掌に毛糸の感触が広がるのである。
 けれどもその感触が、自分は今、モゴロンを撫でていると強く思わせるため、それがまた、リファにとってはとても喜ばしかった。

「……モゴロン……」

 じりっと明確に足音が近づき、大きな影が被さると、振り返らなくても表情が思い浮かぶくらいに、嬉しそうなショーの声が響いたのだ。

「それはリファちゃんのだよ」
「ユーキちゃんは、レディーマンね」

 そして相も変わらず低く魅惑的な摩季の声が続くと、さらに背後で息を漏らすような笑い方の音が響き、小一時間ですっかりと聞き慣れてしまったデコとポンの「いえーい」という声が聞こえてくるのだ。
 ファルネが歓迎するように通過して、それを見計らったかのように外灯が点き、すっかり沈んでしまった太陽の代わりに、この付近を照らすのだ。
 そして、声が完全に五つ重なって、とても、とても温かく、リファの胸に届くのだ。

「「「「「ようこそ、特別なライブハウスへ」」」」」

 振り返ると、ユーキが満面の笑みでレディーマンのぬいぐるみを抱き、摩季がやはり妖艶に、デコとポンはそっくりな表情でどこか照れるように、笑っていた。

「いや~、二人には正式には清掃部なんだけどさ~。やっぱり、バンドの仲間としても歓迎したいっていうか、なんていうかさ~」
「観客も大事っつーか、それに音拾うには、音楽があった方がいいだろうしさ」

 ショーとダイの声が、片方は男性にしてはどこか高めに、もう片方は男性としても低めに、けれども同じように優しく響いた。
 そして、お揃いのそれぞれに紐の結び方が違うスニーカーで、それぞれが特徴のある笑みを、リファの記憶通りに浮かべている。

「……嬉しい。……ありがとう」

 リファも彼らに、部活のメンバーに心からの笑みを返した。

 リファ自身も、周りも。もうリファの表情に驚きはしなかった。

 

to be continued……

 

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ループ・ラバーズ・ルール

このレポートの該当巻は『Ⅵ』になります!

 

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第2・第4土曜日

 

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