星のカケラ~クリスマス特別ストーリー~もうひとつのepisode0―勇気のカケラ④
🎄episode0より少し前の時期、クリスマスの物語になります。日記のような、独特な目線で物語が進んでいきます🍰
零れる息が瞬時に白くなり、それらを追うように空を見上げる。いつの間にか、チラチラと雪が降り始めていた。
「ねぇ、お願い。あそこのイルミネーション、すっごく綺麗なんだって」
「うーん、まあ、ちょっと遠いけどいくか」
クスクスと笑い合って、腕組んで、めかしこんだ恰好のカップルが横を通り過ぎていく。
「服のセンスがいいカップルだったな」
美しく魅せる服を着ているカップルは好感がもてる。あと、情報も最高にいい。
自分のリサーチでも、先ほどのカップルが言っていたイルミネーションが一番美しいと判断していたから。
「さっむーい。早くケーキ買って帰ろう。ピザ届いちゃう」
「だな。ってか、なんでそんな薄着ででてくるんだよ」
「いやー、コンビニまですぐと思って」
「ばっかだなー」
フリースにスウェットタイプのズボン。女の子が着るにはダボっとしていて、可愛らしい顔つきなのに、ボーイッシュなデザインなのが少しアンバランス。一方の男の方はしっかりとダウンまで着込んでいて、でも、きっとダウンの中身は女の子の方と同じような部屋着だろう。おおかた、女の子の方は室内でもフリースを羽織っていて、コートをいらないと判断して、いざ外に出たらフリースだけでは寒すぎてって感じだろうな。
正直、恰好は美しくはない。でも……
「やっぱ、綺麗だよな」
仲睦まじいカップルは、自分たちにしか分からないその空気感があって、やっぱりそれは美しいんだ。
そんな何組ものカップルを見送りながら、ぼんやりと目の前の大きなツリーから少し離れたビルに背をもたれかけて立ち続けていた。
「……寒いな」
この場所に立つのは、ツリーの真ん前で、だけど人の邪魔にもならない絶妙な位置だから。
それでいて、ちょうど店の入り口などに該当しない、背もたれになる壁があるから。
そして、自販機がすぐ傍にあるから。
今日何本目か分からないホットコーヒーを、飲む。
部活終わりで身体は実は疲れていたりする。ちょっと壁にもたれかかりたいくらいには。
「……寒いな」
定期的に零れ出る言葉はお決まりで、けれど、今年のクリスマスは特別だから、ここを去らずにはいられない。
「ホワイトクリスマスとか、クリスマスの中でも美しすぎるだろ」
それなら自分にとって一番美しいものを、この一番美しいクリスマスのシチュエーションで目に焼き付けておかなければ、それは到底、クリスマスを過ごしたなんて言えないだろう。
「寒すぎる~。ねえ、マフラー貸してよ」
「仕方ないな」
また、お決まりの会話をしてるカップルが横を通り過ぎて、思う。
本当にテレビとか漫画とかであるようなベタな会話って繰り広げられるんだな、と。
「マジ、クリスマスって怖いな」
そう言いながらも、自分もそのクリスマスマジックに踊らされているのだから、笑えない。
チラリと遠目に、先ほどのカップルを追う。結局、彼女にマフラーを貸していて、二人で笑い合いながら手を繋いでいる。
オシャレな恰好や美しい恰好というのは、時に機能性がないときもある。例えば、ミニスカートも、綺麗なワンピースも厚めの生地であったとしても、それらは美しく魅せる一方で寒さには弱い場合が多々ある。
そして、そういった寒さもまた、美しく魅せるのを妨げる。寒さで気分や身体が冷えては、美しく着飾っても、美しい表情が最大限には引き出せないから。
だから、そういう時のために、美しいものを守る強さっていうのが、日常の至る所、小さなことから必要で、それらを積み重ねることが、守り続けるということなのだと、自分は思っている。アンティーク品も、大切に思う美しい女性も。
けれど、正直に、ああいうカップルを見ていて思う。
「……たまには甘えろよな。いっつも難問ばっかだしてんなよ」
ああ、クリスマスマジックだ。カップルばかりみてたら、つい弱音が零れ出てしまった。
何時間も雪が降る中待ちぼうけをくらうと、流石に独り言も増える。
こういう時、スマホでゲームしたりとか映画みたりとかしたら、いいのかもしれない。
「けど、いつ来るか分かんないからな」
スマホに気を取られて、あいつの驚く顔、見逃したくない。
自分にとってはその表情の全てが何よりも美しいのだから。
どれほど高価な宝石やアンティーク品を差し置いてでも。
「それに……」
チラリと時間を確認するためにスマホの画面を確認し、少しばかり拗ねるような短い息を吐く。
「こねーんだよな。やっぱり会いたいとか、待っててとか、さ」
何組ものカップルを見ていてやっぱり思う。
クリスマスマジックはみんながそういう感じだからって、いつもより気が緩まって、そういう空気に踊らされて、ベタな台詞や行動をみんなするんだ。甘えたり、わがまま言ったり、さ。
「お前イベント好きだろうが。仕切るばっかじゃなくって、自分もイベント参加しろよ。こういう時くらい、素直にわがまま言えよ……ってか、そういうわがままの願望はないのかよ」
俺はわがまま言ってでも会いたい男性じゃ、ないのかよ。
「…………」
流石に寒さにやられて、誰もいないのをいいことに、愚痴が零れる。
全然連絡が来ないのに腹が立って、時間つぶしでもスマホを触る気に、なれない。
本当の意味で待ち合わせしてる訳じゃないから、どこの店にも入れないし、景色をみるしかない。なのに今日はクリスマスだからカップルばっかで、その観察も、普段なら気にも留めないのに、つい、気にしてしまう。
「あー、タックルかましたい。まあ、もうクタクタで動けねーから無理だけど。……クリスマスにまで本気で部活してんなよー。全員で休めばいいのに、全員で全力で部活すんだから、あいつら絶対みんな予定ないわ。ははっ、それなら部活休んで全員でクリスマスパーティーしたらいいのに。来年はどっかで俺が計画してやろっと」
だけど、部活のことを思い返したら、なんだか笑えてきて、そういうのでこの何ともいえない気持ちをやり過ごす。
そしたらスマホがついに鳴って、慌てて画面を食い入るようにみる。
『年末年始の部活のスケジュールについて』
けれどそれは正に今考えていた部活のことで。
「……キャプテン、真面目過ぎだろ。今日、クリスマスだって。色々とばしすぎな。ってか、紛らわしいんだって」
けど、最後の一文に良いクリスマスをとか律儀につけてあって、やっぱりちゃんと今日はクリスマスみたいで、あと、なんか憎めない。
「……みんな、どんなクリスマスにしてんだろうな」
結構疲れてきて、ついにその場にしゃがみ込む。降り落ちてきた雪が、地面に積もる雪へと誰にも気づかれることなく紛れ込んで溶けていくように、弱々しくレインの呟いた声も、周りの賑やかな騒音にかき消されていく。
✲
『来週、どうする?』
そう連絡をして、帰って来たのは一言。
『いつもの場所で、いつもの時間でいいかしら?』
だから、返す言葉も、一言。
『わかった』
偶然、毎週約束してる日曜日とクリスマスが被った。まあ、あいつは忙しいから、『ごめんなさい、来週はなしでもいいかしら?』のパターンの方が多くて、会えるのは4回に1度くらい。だから『いつもの場所で、いつもの時間でいいかしら?』はすごくいい返事の方だ。
別に、あいつが美しく輝いてるなら、それでいい。
忙しくとも、あいつの中に、俺の存在が一番にあるのなら。
けど、何て言うか、付き合い始めてから初めてのクリスマスなんだよな。
本当は少し、期待もしていた。
『クリスマスだから、どこかでご飯食べましょ』とか。
普通に考えたらあいつはああいう女だから、ありえないって、わかるのに。
いつだって、自分が楽しむことよりも、楽しませることに意識を向けるんだ。
だから、思う。
もし今日が偶然、いつもの日曜日じゃなかったら、約束さえなかったのかもなって。
で、また追加で連絡が来るわけだ。
『ごめんなさい。大学のクリスマスイベントが押してしまって。モデルの仕事の時間を夜にズラしてもらったの。今日はもう会えそうにないの。本当にごめんなさい』
別に、止める気なんてない。
あいつにとって、大学のイベントもモデルの仕事も、すごく大事なのがわかってるから。
「だけどそこは、遅くなるけど待っててとか、少しでも会いたいとか。何時までなら会えるとか……聞くところだろ。クリスマスなんだからさ」
で、俺もやっぱ心の奥底で年下なのが引っ掛かってるんだろうな、自分からは素直に会いたいとは言えないし、時間気にさせたくもないから、待ってるとも言えない。
『あっそ、何時に終わる?』
そう送ったきり。返信もなければ、既読さえつかない。
「おい、今日クリスマスだぞ。お前、ちゃんと空みてんのかよ。雪降ってるぞ、ホワイトクリスマスってやつ」
そしたらついに、街の灯りが消え始めてきて、街灯とツリーだけが、自分の周りを照らしている。
ひとり、またひとりと減って行って、ここは商店街へと繋がる道の広場だから、他の場所よりも消灯が、早い。
「…………終わったか」
23時には全ての灯りが消されて、ひとっこひとり、訪れなくなって。ついに自分を照らす灯りが、街灯だけになる。
「……寒いな」
流石にもうコーヒーを飲む気にもなれなくて、手袋越しでも指がかじかんで、ポケットに手を突っ込む。
「寒さにやられるのは、あんまり美しくないんだけどな」
そしたらついに、スマホが鳴る。
『ごめんなさい、今、撮影が終わったの』
だから即行で返信してやる。
『あっそ』と、一言だけ。
それから15分くらいして、もう商店街の方は真っ暗なのに、一人の美しい女が、コツコツと雪道の中、ヒールで器用に歩きながらツリーの真ん前に近づいてくるのだ。
「……見れなかったわ」
そう呟いて、じっと、光を失ったツリーを見上げていた。その手にはスマホが握られていて、視線をゆっくりとツリーから手元へと移し、ほんの少し瞳を潤ませながら、声を震わせて言うんだ。
「……レイン」
「っつ……」
くそっ。これだから毎回、振り回されても目が離せないんだよ。
本当はちょっとくらい泣けばいいと思ってた。
だけど、これは自分が望む泣かせ方ではないから。
泣くんなら、俺を頼って泣け。
そんな泣き方は許さない。
だから、寒さなんて全く感じてないかのように、ポケットに突っ込んでた手を出して、堂々と仁王立ちしてから、言ってやる。
「よう。おせーじゃねぇか」
そしたら、さっきまで涙滲ませてたくせに、驚きながらも意地でも涙引っ込めて、腹立つくらいに美しく、髪を靡かせながら振り向くんだ。
「レイン?」
「なんだよ」
「あなたまさか、ずっと待っててくれたの?」
「さあな。でも、お前も来たじゃねぇか」
「……そうね。あの、今日はごめんなさい」
「…………」
杏奈が俯いて申し訳なさそうにするから、すごく腹が立つ。
「下を向くな。笑え」
「なっ、人が謝ってるのに……!」
まあ、それだけ言い返せるなら大丈夫だな。
杏奈の反応をみて、レインはふんと、得意げに笑う。
そこはごめんなさいじゃなくて、嬉しいとか、ありがとうとか、抱き着いて喜ぶところだろうが。本当は寒かったんだぞ。
心の中でだけそう呟いて、ぐいっと杏奈の手を引っ張る。
「ほら、いくぞ」
「え? どこに?」
「美しいものを見にだよ」
数歩ついてきたところで、ぴたりと杏奈が立ち止まる。
「……ごめんなさい。今日はすごく遅くなってしまったから、お父様が駅まで迎えに来てくれるの。24時には」
またすごく申し訳なさそうな表情をして下を向くから、さらに力強く引っ張って、杏奈を抱きしめる。
「これ、やるよ」
「え?」
そのまま杏奈の首元に、ネックレスをそっとつける。
「これ……」
「ああ。オパールのネックレス。ブローチはブラックオパールだったから、あれに合うように小ぶりのホワイトオパールを花に見立てて、お前の家紋に合わせたデザインにして作ってもらった」
「レイン……ごめんなさい、私、今日ここに来る前にプレゼントを買おうと思っ……」
それ以上の言葉が言えないように、そのままその口を塞いでやる。
今日は腹立ったから、ちょっと強引だけど、これくらい許せよな。
「なっ、レイン……ここ、外よ?」
「もう誰もいないから大丈夫だ」
「そんなこと……」
普段余裕かましてるのに慌ててるのがちょっと嬉しくて、今日はめちゃくちゃ待ったからもう一回、今度は深めに、口を塞ぐ。
「ちょっ……レイ……」
「黙って」
腹立つくらいに蜜のような味のする口づけは、俺とお前だけの秘密。
本当は周りに見せつけたいけど、やっぱりだめだ。
この恋人しか見れない美しい瞬間や、二人の触れ合う感触は、俺だけのもの。
ゆっくりと唇を離し、目の前にある、潤んだ釣り目がちの大きな瞳の美しい女性を見つめる。
普段は絶対に頬を染めたりなんてしないのに、ほんのりとピンクに染まっていて、ずっと寒かったのに十分に自分の体温も上がってきた気がするから、満足して、笑う。
「プレゼント交換も終わったし、行くか」
「だ、だから……え? ちょっと、色々分からなくなってきたじゃない」
さらに慌ててるのがすごく嬉しくて、そのまま手袋をとって、しっかりと指を絡めて手を繋いで、歩き出す。意味が分かるよう、わざとらしく、唇を舐めながら。
「お前からのプレゼントはさっきもらった。それで、今から駅に行く」
「ちょ、ちょっと……」
「大丈夫だ、24時1分には帰してやるから、今日は1分だけ遅刻しろ」
「……もう」
少し怒った風な口ぶりだけど、これはそういうんじゃない。いつものちょっと年上ぶってるやつだ。だから、大丈夫。そのまま、繋いでる手に力を込めて、駅は駅でも、駅の横のビルの非常階段を登っていく。
✲
「レイン、一体、何するの?」
「まあ、いいから見てろ」
時間はギリギリだけど、間に合った。23時58分。そこから数十秒後、ポケットのスマホが鳴り出したのを確認して、前方を指さす。
「あのツリーをみろ」
「えっ」
本来、待ち合わせ場所そのままに、商店街前広場のクリスマスツリーの限定点灯式をみる計画だった。けれどそれは間に合わなかったから。
「いくぞ、3……2……1」
「すごい……」
少し離れたところにある、ショッピングモール前の巨大ツリーが少しずつ、色を変えていく。
まずは、ピンク。次に、青。そして、白。
「綺麗……」
「だろ?」
最後に淡いオレンジに光ったかと思うと、3回ほどチカチカと点滅して、それらは一気に色を落とし、夜のクリスマスの中に、姿を消していく。
「うそ……」
「あそこのツリーは、毎年23時59分に消灯するんだ。その時、ライトの確認に、一瞬だけど、全部の色の光が点く」
「……知らなかった」
「こういうのは企業秘密だからな。さ、降りるぞ。俺はビルを降りてすぐに隠れるから、安心しろ」
「うん。ありがとう」
いつの間にか雪もやんでいて。風が吹く中、急いで階段を降りていく。前方を行く杏奈とその後ろを追いかける自分。
本当は自分が前を歩きたかったけれど、狭い階段だし急いでるから、さり気なく場所を入れ替わることができなくて、そのまま。
この光景は、まるで24時の鐘に合わせて帰るクリスマスのシンデレラを追いかけるかのよう。
「気をつけろよ」
「わかってるわ」
ちょっと強気すぎるシンデレラだけどな。
けど、安心しろ。
後ろを歩いてても、こけそうになったらちゃんとお前がこける前に、腕を引っ張ってやるから。
「じゃあ、行くわ。今日はありがとう」
「ああ」
階段を降りきった所で、振り返ったかと思えば、フワリと極上の笑みを残して、あっさりとクリスマスのシンデレラは行ってしまった。
じっとビルの陰に身を隠し、「お父様、遅くなってごめんなさい」なんて声が響いてきたのを確認して、ほっと息をつく。
「無事に帰れそうだな」
もうクリスマスのライトの光もなければ、クリスマスの雪も降っていない、ただの12月26日をひとりで歩き出す。
「まあ、待つ甲斐があった美しいクリスマスだったな」
けど、来年のクリスマスまでにはあの人との約束を守って、堂々と綺麗な夜景のみえるクリスマスディナーに二人でいきたいところだな。建物の中は寒くないし。