小説・児童文学

かぼちゃを動かして!⑭―フィフィの物語―

2025年4月21日

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かぼちゃを動かして!⑭―フィフィの物語―

 

 一呼吸して視線を本の方へと戻すと、ちょうど風でめくれたページがコウモリの巣について書かれているところになっていた。
 そこにも分かりやすく挿絵が入れられており、魔女が直接、コウモリの巣に対峙する形で藁を採取していた。その絵の魔女はなにかマントを被っているかのよう。

「……これだわ! エプリアはマントを透明にして巣を採りに行ってたのね」

 そこにもたくさんの注意書きがしてあるけれど、もちろん、それらは全て魔女語。さらには先ほどのように数字さえ書かれていない。

「うーん。でも、空気に触れたらダメって、どういうこと?」

 すると、またどこかから風が吹き、ゆっくりとさらに一ページほど本がめくれる。そのページには魔女とコウモリの巣を拡大したような絵が二つほど書かれていた。
 まず、落ちた藁を拾う魔女の絵には上から×の印が。そして、巣からはみ出たひと房の藁の部分に瓶を直接差し込む形で、藁をハサミで切ろうとしているイラストの上には〇の印がつけられていた。

「これ!」

 思わず声をあげ、目を見開くフィフィに合わせて、フリーとサディがクスクスと笑いながらフィフィの魔女のワンピースの袖を引っ張る。
 フィフィが二人の方を向くと、「しっ!」とサディが口元に人差し指を当てながら視線を書斎部屋の外へとやり、フリーがニコリと微笑みながら、そのドアの向こうをさらに指差していた。
 二人の視線と指の先には、ちょうどドアの前くらい、廊下の窓から差し込む日の光でくっきりと露わになった、いくつもの小さな影があった。

「…………っつ!」

 ああ、みんなだ。それできっと、さっきの風はウィニー。
 本のページを風で教えてくれたんだわ。
 風なんて誰だってどこから吹いたかなんて明確にはわからないから。私にも、ディグダにも。だから今の風は、魔法の風じゃなくって、優しさの風。それで今日は書斎部屋の窓は締めっぱなしだけれど、もしかしたらフィフィが気づいてないだけで窓は開いてたのかも。だから、この優しさの風がどこから吹いたのかは検討もつかないわ。うん、森の向こうの、その向こうかも。

 じわじわと確かに胸を温かくしながら、けれど声には出してはいけないから、フィフィはこの気持ちを、サディとフリーと微笑みあうことで、分かち合う。そして視線を戻し、本を持ち上げて、食い入るようにその絵をじっくりとみつめる。

「瓶を直接刺してから根本から切るのね。だからエプリアからもらったコウモリの巣は小瓶に入ってたんだ! ……あれ? でもあそこのコウモリの巣自体、外にあるのに、どういうこと?」

 腕を組み、小さく唸るも、魔女語は読めないのだから、考えるだけでは正確な答えなんてわからない。
 きっと、フィフィには今日一日だけを切り取ったとしても、まだまだ分からないことにも、知らないことにもいっぱい遭遇するのだろう。
 無意識に締まり切った窓を見て、屋敷の外にいるであろう二人を思い浮かべる。そして、目をつむり、雑念を払うようにして、フィフィは自分自身に言い聞かす。

 魔女になるんだ。魔女になりたいじゃなくて、魔女になるんだ。

「よしっ」

 目を開けると、不安げにみつめるフリーとサディが視界に映り込み、フィフィはあえて力強く微笑んでみせる。
 できないことはできないと、わからないことは分からないと、まずは認めなくちゃ。エプリアが教えてくれたように。

「私、わからないこともできないこともいっぱい。だからこれから先、たくさん勉強しないと」

 小さく決意を呟いて、書斎部屋の外にまで響くようわざとパタリと音が鳴るように本を閉じ、フィフィは勢いよく立ち上がる。
 サディとフリーがフィフィが立ち上がるのに合わせて飛び立ち、不安げに名前を呼ぶ。

「フィフィ?」

 だからフィフィは真っすぐと前を向きながら、言うのである。

「大丈夫! 勉強をするためにも、まずは試験に受からなくちゃ」

 とりあえず今必要な情報である採取方法は分かった。そして、本とエプリアの行動からして、理由はさておき、巣から切り離してから空気に触れてはダメなのだと……自信はないものの、フィフィは推測している。

 これ以上は悩むよりも動く方が速い。

 フィフィは本を抱え、走り出す。部屋を飛び出す頃にはたくさんの小さな影はきれいに隠れていて。
 階段を駆け降り出すと、今度はフィフィが今まさに走って巻き起こしている風で、長い髪がふわりとなびき、魔女帽子がコトコトと小刻みに動いた。

 階段を降りきった所で帽子を被り直し、再び、ひょこりとキッチンに顔を出す。

「ミス・マリアンヌ! 納屋に保存してある春の花の蜜を五種類ほど、一匙ずつ分けてほしいの。代わりにコウベニアの秋の実を採ってくるから……ねぇ、お願い!」

 すると、ミス・マリアンヌがいつもとは違う妖艶な笑みを浮かべる。

「あら、いいわよ? フィフィも少しずつ、女性になっていくのね。賢いお願いのできる女性はモテるわよ♪」

 ミス・マリアンヌの瞳の奥の紫が、絶妙にその紫の色の深み具合を変えて揺れ動き、神秘的な輝きをみせる。毎日顔を合わせているというのに、それでもドキリとするのだから、本当にミス・マリアンヌは“魅惑的”なのだろう。
 あまりものその色気にぽっと頬を赤らませながら、フィフィは続ける。

「あ、あのね……納屋の道具もいつもみたいに借りていい?」
「もちろん、何でも好きに使ってね」

 日々魔法の練習に励むフィフィは、納屋にある魔女の道具はいつでもなんでも使っていいと、ミス・マリアンヌから言われていた。けれども今日は、いつも通りのことでもしっかりと、確認は怠らない。

 ……さっき身に染みたから、念のため、ね。

 ミス・マリアンヌが目を細めて、とても優しく微笑みながら、付け加える。

「本当に、あなたは周りをよく見ている。私の自慢の可愛い魔女よ。……ちょうど、コウベニアの実の在庫が昨日切れたところだった。あれは秋の実しか薬には使えないし、貴重だから助かるわ」

 なんだか褒められたような気がして、フィフィは照れ笑いする。

「私こそ、春の蜜なのに、秋のものと交換してくれてありがとう……」
「ふふ、お互い様ね★ 素敵な物々交換の成立だわ♪ さあ、フィフィ。いってらっしゃい」

 フィフィはとびきりの笑顔をみせて、魔女のワンピースの裾をつまみ、小さくお辞儀をして、挨拶する。

「はい! 行ってきます!」

 そのまま走り出そうとすると、キッチンの奥からごとっと音が響く。
 それは窓の方向で、フィフィとミス・マリアンヌのやりとりを聞いていたのだろう。珍しく、エプリアとディグダの二人がポカンと口を開けて、少し驚いたようにフィフィのことをみつめていた。

 確かにフィフィはあまり賢くないかもしれないし、怖がりだし、魔法もできないし、分からないことも知らないこともたくさんだけど。
 でも、ちゃんと、できることがあるし、ひとつひとつ学ぶのよ。ただの馬鹿じゃないんだから。
 今はできることは少ないけどね、でもミス・マリアンヌからたくさんたくさん、薬草と魔女の嗜みは教えてもらってるの。今はできることで、なんとか回してみせる。

 なぜだか分からないけれど、今のフィフィは二人に声をかけたくなくってしまっていた。
 キッチンからの去り際、あえて何も言わず、どちらとも目もあわさず、だけど順調なんだからと伝えたくて、二人の方向をみながらほんの少し微笑んでみる。

 私だって得意なこと、やっぱりあるの。

 今度はキッチンの窓の向こうから風が吹き、フィフィの長い髪をふわりとなびかせた。廊下に出ると同時に、ミス・マリアンヌの大きな笑い声が響いてくる。

「あははははは。やだ、もう~。二人とも困っちゃうわねぇ、女の子の成長は急だから♪」

 走るとフィフィの足取りに合わせて木の床が軋む音が響いて、その音はなんだか、リズミカル。ミス・マリアンヌの笑い声が歌のようで、フィフィは少し指揮者のような気分になっていた。
 横を飛ぶサディが嬉しそうに声をかける。

「物々交換は魔女の基礎だもんね! ディグダも文句言えないね」
「うん! コウベニアはさっき、実をつけている場所をみつけたから大丈夫。あれは普通には採取できないから、誰も触らないわ」
「もちろん。私たちもミス・マリアンヌも疑ったりしないわ。フィフィはいつだって正直だし、できないことをできるとは言わないもの」
「……うん! 二人とも、ありがとう」

 必要なものは納屋に揃っている。帽子も被った。

 さあ、かぼちゃを動かすために! もう一回!

 

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