秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―No.28_過去編~その手に触れられなくてもep20~
空気がピンと張り詰めたかと思うと、静かなる、けれども先と同じようにまるで戦闘が行われているかのごとく、凄まじい氣と魔力が行き交っていた。それがこの程度で済むのは、ムーの王が鏡の向こうにいるからだろう。けれども、片方が鏡の向こうにいるというのに、ここまでの魔力と氣が行き交うのもまた、静かに言葉以上の何かをぶつかり合わせているのが、まさに宇宙三大国と呼ばれるムーとマルアニアの王であるからとも言えた。
『…………』
「…………」
もう身震いする気力さえないはずであるのに、王たちの悍ましい程の魔力のやり取りは、カイネの全身に鳥肌を立たせた。
星を詠んでも詠まなくても、きっと……私の命はない。
そして、もう時計盤のことも、ネロが竜であることも、これ以上に隠しようがないのだ。
足掻くことも、受け入れることもし難い状況で、せめて何を望めばいいというのだろうか。
けれども、突然ムー側が魔力を引っ込めたかと思うと、まるで王というよりは普段の父のように、鼻で笑いだしたのだ。
『ふんっ。鼻が利くというのは本当に厄介なことだな。ネロも子どもの頃から、何処にいてもカイネを見つけたものだ。……時計盤のことはさておき、竜のことまで把握しているとはな。まあ、いい。その筋とやらは今はあえて聞かないでおこう。……だが、それを知っているのならば何故、カイネに命がけで星詠みをさせるというのだ。ムーの王位継承者が損なわれるということは、同時に時計盤に選ばれし者が宇宙から去るということになる。それこそ敵の思うツボだ』
「……カイネ王女だけが命を失えば、宇宙を二分するような戦になるだろうね。だが、ネロ王子も同時に命を失えば、どうなると思う?」
口を噤んだつもりであったのに、行き交う言葉はとても恐ろしいもので、カイネは不本意ながら、息を吸い込む音を響かせてしまった。
戦が避けられないのならば、せめてマシな方を選ぶということだろうか。もしくは、私が私を諦めて……星から何か情報を見出せば、戦は防げるのかしら。
血の気が引くと共に、抉られるような痛みを伴うのに、まるで空っぽの抜け殻になったかのような心の喪失感がカイネを襲ってくるのだ。
『はは、ははははは。私に選べと言うのか? ……決まりきっている答えを問うてどうなる? ふんっ、馬鹿にするのも大概にしろ。何を言われてもカイネに星は詠ませない』
「……っ!」
王の迷いの無い声は、この先どんな決断になろうとも、今という一瞬一瞬のカイネの時間に、心に、灯を取り戻してくれたのである。この絶望的な状況でさえ、カイネは息をし、身体は疲労を感じ、心が叫ぶように嘆き、そう、まさに生きているのだ。
「ほう」
一方のルーマー王もまた、それに反論するでもなく、怒りを滲ませることもなく、やはり落ち着いた低い声で、一言一句をはっきりと発音しながら、問い直すのである。
「その答えは、宇宙中が戦争になってでも変わらないと?」
『……ルーマー王よ。あなたも私も王である。国を背負う者として、皆が命の危機に瀕している時に王が娘だけを贔屓する訳にはいかないときもあるだろう。だが、これは贔屓ではなく、犠牲だ。そもそも、娘も大切なムーの国民である。……誰か一人を生贄のように捧げるなど、王のすることではあるまい。それも、まだ子ども。直に成人を迎えるが、それでも若い。私が王でなくとも、星を詠むのが娘でなくとも、こんなこと認める訳がないだろう』
「では、ネロ王子に……あの特別な星詠みをさせるのか?」
「ダメっ!」
会話を遮るつもりなどないはずであったのに、気が付けばカイネの腕には力が入り、ルーマー王がいる方向へと乗り出すように、身体を動かしていた。生気を取り戻したからだろうか、五感が少しずつ、蘇ってくるのだ。
聴覚がまず捉えたのは父の微かに息を漏らすような笑い声で、さらにその遠くの方から、やはり恋人が『カイネ!』と強く呼んでいるように感じられた。
「ダメ。あの星詠みは負担がかかる。ネロには絶対にさせない。他の魔法族にだってそう。通常の星詠みも、無理に続ければ身体に負担がかかる。絶対にそんなこと、させないで」
『大丈夫だ、カイネ。カイネに星を詠ませないからといって、それをアヴァロンに押し付ける気など毛頭ない。ふっ、それにネロも我が子同然。王の前に、カイネやネロ、父として我が子にそんなことはさせん』
父の言葉に背を押され、カイネは再び、ルーマー王の方へと魔力を乗せて、強い視線を送る。けれども、ルーマー王は依然、顔を俯け、鏡の向こうにいるムー王に注視しているようであった。
ネロにあの星詠みをさせてはダメっ。身体に負担がかかってしまう!
何もまだ、解決策は思い浮かんではいないけれど。
……まだ諦めてはダメ。……ダメ。
「分かっている。私も、優秀な王女や王子に命を捨てて星を詠んでほしい訳ではないのだ。カイネ王女のことを、私も我が国も疑ってはいないし、そもそも他星も賢い王であればカイネ王女が介入していないことはすぐに判断がつく。……事態の大きさも含めてね。だが、問題はそこではない。……時計盤と羅針盤を使わずに、時間に介入する者が現れ、わざわざカイネ王女に罪を擦り付けるような形で動いている。ムー王は現時点で完璧に無罪だと誰が見ても分かる状態。だからこそ、カイネ王女を何としても主犯に仕立て上げ、そのまま罪の規模をムー国としてまで広げる算段なのだろう。大国ムーが堕ちれば容易く世論は犯人が思うままに動き、誰もが過去が変えられたことさえ分からない状態で、ねじ曲がった未来へと進んでいくこととなる。……時間を司る星のアヴァロンを除いて、ね。そして、アヴァロンが堕ちぬ限り辛うじて宇宙の中に時間を守ろうとする正義が残る。だからこそ、ムーと同時に証拠の有無など関係なく、犯人はアヴァロンにも早い段階で何かしらの罪を被せるに違いないのだ。……ムーとアヴァロンを滅ぼし、過去に平気で介入する思考の持ち主だけが自由に時空間をコントロールし始めれば、どうなる……? 残念なことに、物事の表面しか見ぬ者は、どの真実を知っても自分たちの都合でそれを認めない。そして正しさよりも便利さを、無償の愛よりも己が利益を貪欲に求めるのだ。……真理や真実だけではカイネ王女の疑いは晴れない。犯人が分からない状態で、ひとつでも多くの国をこちら側につけねばならないのだ。……となれば、情報。カイネ王女しか見出せない犯人以外の皆が欲しい情報……特別な星詠みがいる。逆を言うと……それ以外にカイネ王女の潔白を証明する手立てが……現時点ではみつからない」
ルーマー王の感情や言葉に嘘がないのが漏れ出る魔力から感じ取れる。……それにずっと一貫して、言っていることは正しい。
だけど、要求がっ。星詠みからは、あれほどに悍ましい光景をいくつも見たというのに、波に強い土地はないとしか、分からなかった!
解決の糸口が見えないもどかしさは、やはり怒りのような感情を彷彿させ、カイネはそれを抑え込むのに爪が掌に食い込むくらい、拳を握った。ただ、焦りは無意識に何か言葉を発しようと、喉を震わせるのである。けれども具体的な内容は思い浮かばず、空気を飲むというのを数回程繰り返した折、落ち着いた父の声が、それも思いがけない内容の言葉をその声に乗せて、空間に響かせた。
『ルーマー王よ、アヴァロンの国竜の言い伝えは、他には知らぬのか?』
「言い伝え? まだ我々が知らぬ特別な能力があるとでも?」
「……!?」
カイネも特にこれ以上の言い伝えを知りはしなかった。この状況でわざわざ父、ムーの王がその話題を出すということは、とても重要なことなのだろう。さらに言えばアヴァロンの竜は即ち、カイネの恋人のことでもある。知らないことの不安と、知っておきたい気持ちがカイネの心の中で急速に広がり、どんなものであるか見当のつかないそれは、カイネの全身に緊張を走らせていった。嫌に動悸が激しくも感じられたが、それらを振り払い、鏡の中が覗きこめるわけではないというのに、ルーマー王がもつ手鏡を、カイネは食い入るように見つめた。
to be continued……
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秘密の地下鉄時刻表Vol.6(No.26~No.30収録)
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秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―更新日
第1・第3土曜日
先読みは「秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―_星を詠む」より🚇