小説・児童文学

【宝石×小説】誕生石の物語―地球への贈り物―~4月ダイヤモンドの物語③~

スポンサーリンク

【宝石×小説】誕生石の物語―地球への贈り物―~4月ダイヤモンドの物語③~

 

 ダイヤモンドはその日から、創り上げた石の質を向上させるため、懸命に検証と改良を重ね続けました。
 他の弟子たちはダイヤモンドのその決断に驚きこそしましたが、同時にその理由を思えばこそ、納得もしておりました。そして、熱心に自分にとっての宝の完成を目指すダイヤモンドの姿は、宝山全体に非常に良い影響と空気を与えたのでございます。
 皆が宝を創る任へと高い意識を持って取り組むだけでなく、その個性の重要さに強い理解と可能性を見出したのであります。

「まだまだだが、少しずつ、形になってきた気がする」
「ああ、私もだ」

 完成形まで行かずとも、ダイヤモンドのそれを参考に、ひとり、またひとりと、周りもそれぞれの特性をもった宝となりうる物の何かを掴み始めたのでございます。

「…………」

 一方のダイヤモンドはというと、ひたすらに自分の求めるそれを追求しつづけ、まさしく、その宝は完成に近づいておりました。
 どうにも、その石の性質を思えば、衝撃に弱いことは避けられないでしょう。けれども、硬度はもう他の誰が創ろうとも追いつけないであろうくらいに、群を抜いて硬く、突出した個性として強くその魅力を放っていたのでございます。

「これならば……会いにいってもいいだろうか……」

 衝撃に弱いとはいえ、ここまで硬度をあげきれば、衝撃に関しても気を付けてさえいれば宝石としての耐久性は十分に満たしていると言っても過言ではないでしょう。
 十分に硬度と質をあげきったと、ダイヤモンドは確信しておりました。
 けれど、ダイヤモンドが動くよりも前に、まるでタイミングを見計らったかのように、決して見失うことのない気配を、地球へと繋がる入り口の方から感じるのでございます。

「……くる」

 ダイヤモンドの持つ石のそれは、あとは魅力を存分に引き出すカットを施すだけでありました。試作のカット状態であっても、それは十分過ぎるくらいに美しい輝きを放っていると言ってもよいでしょう。
 ダイヤモンドは今度こそ、それをうっかりと落とすことのないように握りしめ、突然に戻ってきたガーネットへと声をかけます。

「……ガーネット。下見にしては、長かったな。もう皆、それぞれの宝を作り始めている」
「私も作る気になったのだ。……ダイヤモンド、ひとつ、頼まれてほしい」
「……いいだろう。それで、宝はどうする気だ?」
「……下見が長かった分、もう原理は分かっている。後は試すだけさ」
「よく言う。これは難しいぞ」

 ですが、それはわずか一晩のことでございました。
 ガーネットは宝山へと戻るや否や、あっという間に赤い石を生み出したのでございます。どこか紫がかったその赤い色味は、まるでガーネットの瞳と髪のようでありました。
 あえてカットは施してはおりませんでしたが、耐久性も含め、十分にそれは宝として成り立つものであると言えるでしょう。

「ガーネットならやりかねないと思ったが、まさか一晩で創り上げるとは」
「ダイヤモンドこそ、その手に持つ物……。もう完成しているも同然ではないか。他の皆もまだ完成していないのではない、あえて完成させていないのだろう?」
「そう思うのならばなぜ、ガーネットはそんなに急ぎ宝を提出し、それを完成とするのだ?」
「どうしても、すぐに提出しなければ私にとって宝は意味を成さなくなってしまったのだ」
「…………」

 ガーネットのその言葉に迷いはございませんでした。ガーネットは特に試行錯誤を重ねることなく、できあがった宝を推称様へと提出致しました。
 ダイヤモンドがすぐに提出しなかったのと同様に、ガーネットにはすぐに提出しなくてはならない理由があるのでありましょう。
 そして、ガーネットはどこか肩の力の抜けた様子で、入り口の向こう、星々の輝く宇宙空間の中で、存在そのものが宝であるかのように輝く青い球体、地球を眺めながら、言うのです。

「ダイヤモンド、ひとつ頼まれてくれると約束しただろう? 地球へとこの宝を直接持っていきたい。ついてきてほしいのだ」
「……………わかった」

 ダイヤモンドは、ガーネットの頼み事を聞くため、完成間近の宝を置いて地球へと参りました。予想に違わず、降り立つ場所は最初にガーネットが降り立った地であり、ダイヤモンドが初めて創り上げた宝をうっかりと壊してしまった地にございました。
 ただ、予想外のことがあったとすれば、それはガーネットの行動にございます。

「商売を上手くいかせて、アンドラを迎えに行くといい」

 ガーネットは急ぎ創り上げた宝を、地球で生きる人間、パイロという男へと直接渡したのでございます。それも、その男にアンドラという女性を迎えに行くため、その宝で商売をするようにと、助言まで添えるではありませんか。

「必ず上手くいかせます。ガーネットもどうか元気で」

 パイロの言葉に、ガーネットは笑みを浮かべて応えました。
 長年傍にいたダイヤモンドからすると、ガーネットのその表情は、決して嬉しい時にみせるものではありません。けれども、それは悲しみに暮れたものでもなく、どこか清々しさも見受けられる、穏やかなものであったのでございます。

「私はダイヤモンドと共に、一か月後の船ではなく、すぐに発つことにするよ。また会おう、パイロ」

 その後、パイロたちに見送られながら、ガーネットとダイヤモンドはあえて港のある隣の村の方向へと歩き進めました。そして、頃合いを見計らい、すっかりと暗くなった山の山頂付近へと、パイロたちのいる村を避けて、向かうのでございます。
 鍛え上げているダイヤモンドであっても、この付近の夜は、ひどく寒さを感じました。けれども、ガーネットが震えひとつみせずに黙々と歩きますので、何一つ、言葉がでなければ、村の者が着ていたような、温かそうなそれを持っている訳もなく、彼女に寒さを凌ぐものを与えることもできないのでございます。

「…………」
「…………」

 ダイヤモンドはガーネットに頼まれた通り、共に地球へと参り、パイロという男にまだ手が加えられていない宝の源、その赤い石に、カットを施して形を整えた上で装飾品として商売することを強く勧めました。
 そして、言われるがまま、あたかも足を痛めていたガーネットを迎えに来たかのごとく振舞うことも忘れは致しませんでした。
 けれども、それはガーネットの希望通りに頼まれたことを聞いているはずであるのに、むしろその逆のことをしてしまったように感じられるのでございます。

 十分な標高へと達したところで、心配していた足の怪我は、やはり十分に癒えているのでしょう。ガーネットはそこまで助走をつけずとも、ひょいっと軽い身のこなしで宙へと飛び出ると、そのまま天高く飛んでいくのでございます。
 ダイヤモンドもまた、遅れをとらない程度に、一拍置いてそれに続きました。
 大気圏を抜けて天界へと戻る間中、ダイヤモンドは黙ったままのガーネットの後ろ姿を見つめながら、本当にこれで良かったのかを考えては喉元まででかかった言葉を飲み込むのというのを繰り返すばかりでございました。
 そして、飲み込んだ言葉の代わりというのでありましょうか。ダイヤモンドは此度、完成間近の宝を持ってきてはいないというのに、何も握りしめるものがないまま、その拳を強く握っておりました。
 ダイヤモンドはいつも通り、そつなく頼まれ事をこなしたのは間違いございません。けれどもそれと同時に、その内に多くの感情を溜め込んだのは、言うまでもありません。
 決して、ガーネットの意に反したことをした訳ではなければ、ガーネットが悲しんでいる訳でもないことは、ダイヤモンドも、きっと天も承知しております。けれども、一体どうしてこれが、ガーネットにとっての喜びとなる行動であったとダイヤモンドに言えるのでありましょうか。

「…………」
「…………」

 緊張を孕んだ行きはひどく長く感じられましたが、帰りは整理のつかない心に反し、あっという間に天界へと到着してしまったのでございます。

「ダイヤモンドがいてくれてよかった、とても助かったよ」
「……これくらいなんて事はない」
「そうか、それでも私一人では難しかっただろう。ありがとう」

 ガーネットは珍しく、作業台でも休憩室でもなく、そのまま自室へと戻ろうとしておりました。その後ろ姿はどこか憂いを帯びており、決していつも通りのガーネットとは言えませんでした。けれどもやはり、ダイヤモンドは内に多くの想いを秘めているというのに、だからこそでありましょう、今にも溢れそうな感情を上手く言葉として出せないのでございます。何度、不本意な喉の閉まりを感じたことでありましょうか。
 すると、そこに淡い水色の影が差し掛かるのでございます。薄っすらと涙を浮かべたその瞳は、まっすぐにガーネットの姿を捉えておりました。

「ガーネットさん!」
「アクアマリン?」

 抱き着くのと、泣き出すのがほぼ同時でありました。優秀過ぎる弟子が住まうこの別邸に、まるで子どものように純粋なる声が、誰もの耳にそれは心地よく、響くのでございます。恐らくは推称様のおられる本邸まで、もしくはもっと遠く、天界と地球を繋ぐ宙の星々まで、届いたことでありましょう。

「私、本当はまだ全然一人前ではありません。ですが、必ず立派な聖人となって、ガーネットさんが村へ帰られても、地球へと行かれても、宝山に残られても、何処に行かれても。会いに行きます」
「っつ……否、アクアマリンは十分に一人前だ。だが、……よかった。すごく嬉しい。私もこれから先、アクアマリンがどこで過ごすことになろうとも、必ず会いに行こう。……それに、私は村へと帰る気も地球へと行く気もない。もうしばらく、ここでやりたいことがあるのだ」
「はいっ!」

 その言葉に大層アクアマリンは喜び、他の弟子たちも、特にダイヤモンドもひどく安心しておりました。
 そしてアクアマリンとのすれ違いが解消されたからでございましょうか、あくる日からガーネットとダイヤモンドとアクアマリン、そこに時折真珠が混じりながら、これまで通りの穏やかな時間というのが流れていくのでございます。
 ただこれまでと違うことがあるとすれば、それはダイヤモンドの内に秘めたる想い、でありました。
 ダイヤモンドはあまりにも、想いをその身に閉じ込め過ぎたのでございます。

「…………青い」

 ある日の晩、ダイヤモンドは堪えきれなくなった想いをぶつけるように、一心不乱に宝を創る任に打ち込みました。
 すると、完成間近であった大粒の透明なる石は、細かいカットの最終段階を前にして、その石の色を青く変えたのでございます。
 ですが、色が付いたとはいえ、全く別の石になった訳ではありませんでした。硬度も十分にあるそれは、美しく輝く所以であるその屈折率もそのままに、光を放っているのでございます。けれども、ダイヤモンドがずっと完成を目指しておりましたのは透明の、幾十にも光が重なって美しく輝く宝石とは少し違うのは一目瞭然でございました。

「これでは……完成とは言えない」

 ダイヤモンドは青く染まってしまったその石を掴み、呆然と呟きました。あまりにも力が抜けたその声と様は、いつ石を落としてしまうかも分からない程に弱々しいものでございました。一縷の望みをかけて角度を変えて隅々まで確認致しましたが、透き通るような青が、光を重ねて輝くのでございます。

「まるで、悲しみの色だ」

 あまり感情を表に出さないダイヤモンドの、隠すことのない大きな溜息が、別邸に人知れず響きました。誰もが作業に夢中になっておりましたので、それを知るのはダイヤモンド自身と、本邸で弟子を信じて待つ推称様くらいでありましょう。

 ダイヤモンドは確かに、ガーネットの地球への、パイロという男への想いに、それらを抱えるガーネットの姿に、悲しみを抱いておりました。ですがそれ以上に、ガーネットが戻ってきたことに、あのような決断を下したことに、秘めて喜びを感じていたのでございます。
 そしてその喜びを感じてしまう己の心に、それなのにアクアマリンに便乗し機があればガーネットと過ごそうとしてしまう自分自身に、ダイヤモンドは一番の悲しみを感じておりました。
 ここ数日、その全てを誰にも、特にガーネットにバレぬよう、必死に抑え込んでいたのでございます。

 薄っすらと色づいたこの青は、大層美しいというのに、ダイヤモンドに赦しを与えは致しませんでした。
 硬く意思を貫くダイヤモンドにとって、どれほどに美しくとも、青いそれでは、到底、完成と言えるものではなかったのでございます。地球へと贈る宝としても、ガーネットに自身の想いと共に、見せるものとしても。

 

to be continued……

 

はるのぽこ
余談

次の更新は第5土曜日でなく、間に合えば年末年始に持ってきたいなと思っています💎

翡翠のストーリーが、めっちゃくちゃ書きたいのがあって🙈
そしてアクアマリンのこともあるので、ものすごく真珠の物語まで一気に書きたかったんですが💦
ライフスタイルに合わせて2026年の連載タイトルを決めて進めていきたいので、ダイヤモンド以降、仕事や他のタイトルの進捗と合わせて調整を入れる予定です✏✨

年末年始はダイヤモンドの続きだけアップするかもしれないですし、全然何も現段階で考えていないのですが、もし何かするならば、たまには普通に恋愛ものならラブラブなものを、日常的なものならほっこりするものを、ファンタジーならひたすらにメルヘンなものを用意したいなと思いました……お正月ですしね🗻🌞

恐らく次でダイヤモンド編は完結かと思いますので、ぜひ、不器用な彼を温かく見守ってあげてください💎✨

 

誕生石の物語―地球への贈り物―

短編・中編一覧

秘密の地下鉄時刻表―世界の子どもシリーズ―

ループ・ラバーズ・ルール

フィフィの物語

はるぽの物語図鑑

 

-小説・児童文学

© 2025 はるぽの和み書房