星のカケラ~クリスマス特別ストーリー~もうひとつのepisode0―勇気のカケラ③
🎄episode0より少し前の時期、クリスマスの物語になります。日記のような、独特な目線で物語が進んでいきます🍰
「瀬戸君……大人の取引を、しないかい?」
バイトあがり、そそくさと帰ろうとしたその時、神妙な顔つきでそんなことを言ってきたのは店長だった。
「あー、遠慮しておきます。じゃ、おつかれっした」
きっぱりと言い切ってペコリと頭を下げ去ろうとするも、引き続き背後から声が響く。
「実はね、今年からクリスマスパックという商品が、出るんだ。例えば、学生からはひとりだけ……女の子から一人だけね、クリスマス期間も連日ロングでシフトに入ってくれるって言ってくれる子が、いるんだ。誰とは言わないけど、ひとりだけね。例えば、あとひとりくらい……ロングでシフトに入ってほしいんだ。誰にとは言わないんだけどね、誰にとは言わないんだけど……いつもより入荷する材料も多いから、荷物運んだりとかできる子がいいなと、思っているんだよ。誰にとは言ってないよ? 誰にとは言ってないんだけどね?」
ゆっくりと振り返ると、シフト作成中であろうパソコンの画面を見つめたままの店長の顔にブルーライトが不気味に反射していた。
「……そこに大人の汚さはありませんか? 俺が取引に応じてシフト表が出されたその時、聞いてねぇってことには、なりませんか?」
店長が無表情のまま、顔をパソコンから自分の方に向ける。
「いいかい? この取引に、大人の汚さは、ある……。どうしても困っていると言ったらシフトに入ってくれるであろう女の子に頼み、ひとり確保した。そして、その子の次であれば、こういう取引に応じてくれそうな君に、こうやって声をかけている」
それを聞き、小さくガッツポーズをとる。
「その言葉、一番信用できます。俺、入ります。女の子が誰かとは、聞きません。俺はクリスマスにシフトに入る、それだけ、明言します」
店長が立ち上がり、ゆっくりと近づいてくる。自分よりも何歳も年上の男性が目を見開いて、切実そうにガシリと肩をつかんでくる。
「君ならこの取引に応じてくれると思っていた」
「……取引なんて人聞きの悪い。俺はクリスマス、シフトに入るとしか言ってませんよ」
「ああ。シフトはね、平等に作成するからね、そう、平等に。だからこの話は……」
「分かってます。俺はシフトに入るとしか、言っていません」
二人で握手を交わした。これは、断じて取引ではない。緊急事態にシフトに入る心優しいアルバイトと店長の涙ぐましい絆の証だ。
✲
「っしぃあああーー」
店を出て、もう一度小さくガッツポーズをとる。本来ならあんな忙しい期間のロング連日勤務なんてごめんだけれど、今回は逆にその方が、いい。
「確実にクリスマス一緒に過ごせる……」
彼女もロングのシフトを連日で入るっぽい感じだったから、必然的にバイトとは言え、クリスマスは一緒に過ごせる訳で。
「別にね、そんなんじゃないけど。でも、クリスマスはクリスマスだからね」
そんな独り言を呟いては、一人で頷き、歩き進めていく。
毎年クリスマスはカップルで過ごす感じの日だから自分にはまるで無関係で、街もバイト先も人で溢れるから、寮にこもるか水戸と適当にご飯食べるかがお決まりだったけど。
理由がバイトだろうが、何だろうが、クリスマスはクリスマスだからね。
「……別に何もないけど。でも、クリスマスはクリスマスだからね。今までで一番バイト楽しみかも」
そしたら若干、ウキウキとしてしまって。そういう時に限って、知り合いに出会ったりして。
「おい! そこのニヤニヤしてる長身男! こっちに来い!」
「げっ。何だよ、そこの眼鏡カチャカチャしてる演劇バカ男」
うげっとするような行列の中に、水戸がいた。
「よぉ、瀬戸! 今日は珍しく機嫌良さそうだな。ならちょっと頼まれてくれよ!」
水戸の向こうには演劇部の友人がもうひとりいて、そのまま視線を店の看板まであげていき、それを確認した上で冷静さを取り戻す。
「あー、悪い。俺はファンシーな店に興味がないんだ。アレルギー反応がでる」
「あー、わかる。俺もアレルギーがでるから水戸を確保してた。マジで頼む」
そのまま列から外れた水戸が、しっかりと自分の腕を掴んだ。
「このままニヤニヤと独り言呟いて歩いてる方がやばいぞ。きっと、アレルギーになる。俺の代わりに列に並べ」
「……独り言なんて言ってねぇ」
「否、言っていた。クリスマスに予定が入ったんだろ? よかったな……」
「……うるせぇ。バイトになっただけだ」
「ふん。とっとと代われ。俺も今からバイトなんだ」
「……それで、このファンシーな店への行列、何?」
女子ばかりの行列の中で、友人が必死にジェスチャーで頼み込んでいるのが分かり、水戸が手を放さないので、小さく溜息をついて、仕方なく、水戸の代わりに列に加わる。
「俺はバイトに行く」
「悪かったな、水戸。それで、瀬戸、逃がさねぇ。一緒にアレルギーになってくれ」
「……この行列、何?」
「女子に人気の雑貨屋。なんか、コラボとかでクリスマス限定のうさぎのグッズつきのお菓子が今日発売なんだ。なんだっけ、すっごい人気のうさぎのキャラ……すぐ売り切れるやつ」
「ああ、今流行ってるアレね。……そんなにうさぎ好きだったっけ?」
すると、僅かに目を見開いて、視線を瀬戸から行列の前へと向け、気まずげに、友人は予想外のことを言うのだ。
「……彼女に、クリスマスプレゼント……このうさぎのキャラすごい好きなんだ」
「え、お前、彼女いたっけ?」
「……棚瀬だよ。ついこの間から」
「……マジか」
「お前、幽霊部員だからな」
「……さーせん。代わりに一緒に並びます」
いつの間にか、演劇部内でカップルが出来ていた。友人はブツクサと女子ばかりの列に並ぶのは恥ずかしいだの何だの言うくせに、どこか嬉しそうでもあって。
「マジかー。彼女ってすごいな。マジかー。クリスマスって怖いな」
あまりの変貌ぶりに笑ってたものの、何を言っても結局嬉しそうな友人が横にいて、さらに先ほどのシフトのことが頭から離れないものだから……魔が差した。
「ご購入できるのはお一人様につきおひとつになります。三色ありまして、白、ピンク、水色になります」
「……白で」
つい、買ってしまった。
「何だよ! 瀬戸も買うんじゃねーか!」
「……うるせぇ。並んだのに何も買わない訳にはいかないから、買っただけだ」
「ふうん。嫌だったら絶対に断るタイプのくせに。まあ、今はあえて詳しくは聞かないでおく。付き合ってくれてありがとな! 今度なんか奢るわ」
「うぃ」
その日から自分のシンプルな部屋に似つかわない、ファンシーなキラキラとした白いうさぎがクリスマス仕様で、お菓子を抱いて鎮座することになる。
「……クリスマス」
そのうさぎのぬいぐるみと目が合う度に、ソワソワした。
✲
けれどもどうしたものか。
クリスマスの週のシフトがでる直前、店長がニンマリとしながら言ってくるのだ。
「……瀬戸君、やるじゃん。大丈夫、ちゃんと二人とも18時にはあがれるようにしておいたから」
「え? 何がですか?」
「…………あれ? えっと、やっぱり何でもない」
訳が分からずに聞き返すと、店長は慌てて逃げるように、シフト表をででんとバックヤードのいつもの所に貼り出したのだ。もう、出してしまえばこっちのものだとでも、言うように。
「…………」
じっとそんなシフト表を見つめて、確認する名前は二つ。
来週はクリスマスの週で、ほぼ連日、ロングでシフトに入っている。自分も、彼女も。
被っている時間がほとんどで、クリスマス当日は、入りから休憩時間、あがりまでが全て同じ時間だった。
思わずニヤけそうになる口元を慌てて手で覆うように隠す。周りからみたら、まるで考え事をしているかのような素振りに見えるようにして。
そうしたら、クリスマスパックが始まっている今週からほぼシフトが被っている彼女がバックヤードに入ってくる。
「おはようございます。あ、シフト、ありがとうございます」
「う、うん。大丈夫。ずっと連日入ってくれてたから、元々陸野さんたちは夕方までのシフトにしてたんだ。気にしないで。こっちこそ、こんなにたくさん入ってくれてありがとうね。じゃ、じゃあちょっと店の方に行くよ」
不自然なくらいに店長がぎこちなく笑って、バックヤードを去っていく。
「瀬戸君、おはよう。今日もよろしくね」
彼女はまるで、いつも通り。いつも通りだというのに、何となく嫌な予感がして、店長のさっきの言葉と態度がひっかかって、本当は聞きたくなんてないのに、焦る気持ちが口を勝手に動かして、つい、聞いてしまう。
「あ、うん。おはよう。……シフト、何かあったの?」
そうしたら、こっちの気持ちなんて知りもしないで、なんでこんなにシフトが一緒かなんて疑いもしないで、笑顔で彼女は言うんだ。
「実はちょっとクリスマスに食事に行く予定が入って……シフト入れるって言ってしまった後なんだけど、夜だけは帰らせてもらえないか、お願いしてたの。もしかして私のせいで瀬戸君のシフト、変わっちゃったりした?」
「…………あ、いや、大丈夫」
「ほんと? よかった」
そう言いながら彼女が近づいてくると共に、ファンシーなものなんて全く分からない自分には想像のつかない香水かなにかの甘い香りが漂ってくる。
そんな彼女はきっと、本当はすごく遠い所にいるはずなのに、自分のすぐ傍、真横でシフト表をみている。
それがすごく不思議で、全てがすごく馬鹿げていた。
物理的には数十センチの距離なのに、関係的には計ることさえできないような距離なのだから。
ああ、自分は、ただの仕事仲間。
「来週は全部一緒だね。クリスマスパックが出てからすごく忙しいし、頑張らないと」
「……うん。そうだね、頑張ろう」
そのまま会話も終わってしまって、その日からほぼ毎日顔を合わせて嬉しいはずなのに、全然、嬉しくない。
やっぱり、クリスマスはクリスマス。
ああいうのは、カップルとかのイベント。
あー、しくった。
闇取引なんてするんじゃなかった。
あー、ひでぇ。
直前でこんなのないだろう。
毎日、顔を合わせては複雑な気持ちになって。
毎日、いつもより忙しいバイトを終えてクタクタで。
毎日、帰宅してどうすることもできないファンシーなうさぎと目が合う。
「やっぱりこんなの聞いてねぇ。今までで一番バイト行きたくない」
そんなことを呟きながら眠ったクリスマスイブ。朝起きたって自分にはサンタなんて来ていなくて、どうすることもできないファンシーなうさぎを、結局、鞄に突っ込んで、バイトに向かう。
✲
「おつかれさまでした」
「……おつかれさまでした」
ありえないくらい忙しかったバイトが二人同時に終わり、彼女が急ぎ、更衣室へと向かう。
「…………」
いつもはこんなに急いで着替えにいったりしないのに。
そんな自分も、いつもはそそくさと着替えて帰るくせに、今日はのそのそとバックヤードで時間を潰す。
多分、ここのバイトメンバーで言うなら、着替えてから帰るまでの時間が一番短い自信がある。彼女と一緒にあがる時を除いて。
いつもは即行で着替えて帰るけど、彼女とあがり時間が一緒の時だけ、すぐには着替えない。
早く着替え過ぎたら、さり気なく駅まで一緒に帰ることができないから。
彼女は着替え終わってもバックヤードでみんなが着替え終わるのを待って挨拶してから帰るタイプだから、だから、いつも自分の方が着替え終わるのが後になるように、彼女と一緒の時だけ時間を計算している。
でも、こういう時に限って、嫌な勘ってあたるんだよなぁ。
今日は着替えずにそのままバックヤードにいたら、着替え終わった彼女が更衣室から出てきて、一瞬だけこちらに視線を向けて、言うんだ。
「お疲れ様でした! お先に失礼します」
「うん、お疲れ様」
別に毎回、彼女の服をチェックしてるとかそんなんじゃないけど、今日はすごく可愛い恰好をしてた。白寄りのベージュのリボンのコートに、コートの隙間から見える、白い上品なワンピース。彼女が普段バイトには着てこないような、服。
やっぱり、ファンシーなうさぎは、その持ち主に相応しそうな子の元へは、行かないみたいだ。
なんとなく、彼女と同じ頃合いに駅付近に辿りついて何かを目撃してしまったら嫌だから、今日はゆっくりと帰りたい。そう思って、ここでバイトを始めてから一番といっていいくらいに、ゆっくりと着替えていたのに、更衣室の向こうから、また声が響いてくる。
「瀬戸くーん。これ、陸野さんの忘れ物。届けてあげてくれない?」
「……嫌っす」
「頼むよー。まだ今なら店の前くらいにいると思うから」
「…………すっげー嫌です」
「今日、夜雪降るって。あんなに頑張って働いてくれたのに、風邪ひいたら可哀想じゃないか」
「あー、もう。わかりましたよ」
結局店長が急かすから、いつも通り即行で着替え終わって、更衣室からでる。
「また傘っすか?」
「うん、また傘」
店長から渡された傘を見て、思う。
あー、届けたくねぇ。勝手に彼氏にでも何にでも、雪から守ってもらえばいい。
だけど、変な妄想が働いて、思う。
もし傘届けなかったら、カップルがよくする相合傘的なのする感じ?
あー、やっぱり俺すごく優しいから届けてあげよっと。
カップルでもひとりひとつ傘持ってる方がいいよ。うん。
「そうっすね。傘はひとりひとつ必要ですね。風邪ひかないように」
そう言うと、店長がちょっと吹き出したように笑いながら、言う。
「……瀬戸君ちょっと今、意地悪なこと考えなかった?」
「いえ、俺、超優しいっす」
「そっかぁ。そんな優しい瀬戸君に教えてあげるよ。彼女はね、きっと君の鞄の中に入ってるちびちびうさぎっ子シリーズはすごく好きだと思うよ。あと、駅で待ち合わせしてるって言ってたんだけど、瀬戸君は傘をちゃんと届けて、相手が誰か目撃してきた方がいい」
「……なんすか。俺……本当にクリスマスにバイト入るしか言ってないですからね。もう闇取引はしないって、誓ったんで」
笑顔で店長が、缶コーヒーを2つ渡してくる。
「これ、二人にお礼。陸野さんにも渡しといて。瀬戸君はいつも、言葉も行動も本人には分からないようにするけど、周りにはあからさまに分かるくらい態度に出てるから、取引がしやすくていい。あと、闇取引じゃなくて、大人の取引ね」
「……俺にとったら闇取引です」
「まあ、どっちでもいいけど。でも、クリスマスだからね。素直に大人の言う事聞いてみたら、ちょっとくらいいいことあるかもよ?」
「……目撃して俺の心は死なないですか?」
「……約束しよう。きっと、目撃しておいた方がいい」
「信用していいっすか?」
「うん。絶対に目撃してきて。今、瀬戸君にバイト辞められたら困るから。あと、お正月の伏線。お正月、彼女は帰省するからシフトには入らないけど、気分が良くなったら瀬戸君はシフトに入りたくなるかも」
「……その言葉、傘を届けるだけの勇気にはなります。それで、それが本当なら、俺は正月にシフトに入る理由がありません」
「……ブレないね。早く行ってきて。あ、あとお正月のシフトの件、いつでも連絡待ってるよ!」
「……おつかれっした!」
ちょっとソワソワとした足取りで、駅まで向かう。
そうしたら、前とは違って人がたくさんいるのに、やっぱりすぐに、後ろ姿であれが彼女だって自信満々に分かってしまう。
だから、名前を呼ぶ。
「陸野さん!」
本当は、クリスマスに堂々と一緒に過ごせるくらいの関係になって、下の名前を呼びたいんだけどさ。
「え?」
そうしたら、あの時みたいに、やっぱり僅かに口をぽかんと開けて、無防備な表情で振り返るんだ。
「傘、忘れてる」
「あ、本当だ」
だけどあの時と違って、仕事仲間であっても、向けてくれる笑顔がほんの少し、違う。
そのほんの少し分、そこら辺の男よりは信用してもらってると思う。
笑顔で、彼女がお礼を言いながら、傘を受け取る。
「あと、これも店長から」
「わ、ありがとうございます」
「そ、それで……」
まだ彼女の待ち合わせ人は来ていないらしく、心臓が激しくなる。
あー、もし店長が大人の嘘をついていて、心臓が破裂する案件だったらどうしよう、と。
鞄に詰め込まれた、ファンシーなうさぎ。渡すか、渡さないか。
彼女の今からの予定。思い切って聞くのか、聞かないのか。
そうしたら、彼女が駅の向こう側の方をみて、「あっ」と小さく声を漏らす。
「ちょっとだけ、隠れさせて」
「え?」
急に、彼女が自分の後ろ側に立って、隠れ始める。
きっと無意識だと思う、彼女の手がコート越しだけど、自分の腕に触れていて。それできっと無駄に背の高い自分を何かのポールのように使いながら、小柄なその身体を隠して、どこか様子を覗っている。
「……やっぱり、そういうことだったんだ」
「…………」
状況はよく分からないけど、この状況ならしばらく続いてくれてもいいと、普通に思う。
全然、ポール替わりでも何でもいい。
「ごめんね、もうちょっとだけ、協力してもらってもいい?」
「えっと、うん」
すると、彼女は自分の背後からひょっこりと出てきて、じっと見つめていた先に手を振る。
「お姉ちゃん、こっち!」
「あ、萌咲。バイトお疲れ様。あ、じゃあ、私はこれで……」
陸野さんのお姉さんらしき人が、すぐ横にいた男性にそう言いかけたところで、彼女が早口で言う。
「待って、あのね。今、休憩時間なの。バイト一緒の瀬戸君。夜も忙しそうだから、バイト18時あがり難しくなっちゃって。ご飯、行けないかも。ごめんなさい。お姉ちゃん、今からでも変わりの人、見つかるかな?」
「え、あ、そうなの?」
「うん。ごめんね」
「あ、えっと……」
陸野さんのお姉さんが、気まずげに男性の方を見上げていて、その男性は何故か自分の方をみていて、不思議と目があった。
何となく、この流れはそういうことだろうなと察し、慌てて自分の出番を感じて、言う。
「本当に、すみません。今日はクリスマスなのに風邪で急遽休みの人が出て。陸野さんが引き続きバイトに入ってくれたら助かります」
「あ、もちろんです。萌咲、私は大丈夫だから。ご飯も、気にしないで」
「うん。じゃあ、もうちょっとだけ、頑張ってくる」
「萌咲……ありがと」
そのまま、自然の流れで店の方向へと二人で歩き出し、お姉さんたちは反対の方向に進んで行く。
そして、店に辿りつくか辿りつかないかの所で、陸野さんが大きな溜息をつく。
「おかしいと思ったんだよね。急に、ユニバーサルプリンスホテルのクリスマスディナーに行こうって。絶対に彼氏さんと喧嘩したか何かだったんだ」
「あー、なるほど」
けれど、お姉さんが姿を消した方向を見ながら、すごく嬉しそうに、陸野さんが笑って言う。
「全然、仲直りできたなら、いいんだけどね。クリスマスだし。あーあ、でもディナー食べたかったなぁ。あそこは予約が取れなくて有名なのに」
「……そうなんだ」
「でも、瀬戸君がいてくれてよかった。私ひとりだったら、お姉ちゃん絶対に私とご飯行くって意地張った気がするし、バイトって信じてくれなかった気がする」
「……いいタイミングで、傘届けられたかも」
「うん。本当にありがとう」
でもきっと、お姉さんも陸野さんの嘘に気付いてる気がする。
それで、こういう子だから、やっぱり自分も想い続けてしまうんだ。闇取引してでも。
だからほんの少し、勇気を出してみる。
「あ、えっと。俺たちも……クリスマスディナーとかは無理だけど、お互いにクリスマスのシフト頑張ったし、お疲れ会、しない?」
「瀬戸君、いいの? 急に夕飯の予定がなくなっちゃったし、もうお腹ペコペコだから、嬉しいかも。あんまり一人でご飯とか、得意じゃないからどうしようかなって思ってたの」
「う、うん。俺もお腹空き過ぎて、寮まで我慢できそうになくって。あ、そこのカフェとか」
「そうだね、そこのカフェならすぐに入れるかも」
思いがけず、クリスマスに起こった奇跡。
自分にも滑り込みでサンタがやって来た。
クリスマスはクリスマスだから。
バイトのお疲れ会でも、何でも、やっぱりクリスマス。
二人で食事をしながら、鞄から、うさぎを取り出す。
「これ……いらない?」
「これ! ちびちびうさぎっ子シリーズのクリスマス限定品! どうしたの?」
「あー、友達が彼女のプレゼントに買うっていうのに、一人で並べないからって付き合って……でも、俺、甘いのあんまり食べないし……うさぎとかも、その、使わないから……」
「そうなんだ。でも、いいの? 私が貰っても……」
「うん……俺が持ってても困るし……貰ってくれたら、助かる……」
「ありがとう、私、実はこのシリーズ好きなの」
「そ、そっか。ちょうど……よかった」
嘘は、言ってない。だけど、まだ正直にも言えなくて。
けれど、彼女がすごく嬉しそうにファンシーなうさぎをみつめながら、笑ってくれているから。それだけで、全然、いいんだ。
少し、前進。
それにクリスマスは、クリスマスだからね。
仕事仲間でも、どんな形でも、プレゼント渡したっていいと思うんだ。
ニヤけそうな口元を、慌てて手で覆って隠す。あたかもぼんやりと、窓の外の景色を眺めてるかのように見せかけて。
本当に見ているのは、窓に映る、彼女の笑顔。
直視したら怪しまれるから、なるべく窓越しに、見つめるようにしている。
あー、お菓子とうさぎで少しでも自分に心、傾いたりしないかな。
あー、お疲れ会じゃなくて、普通にクリスマス、一緒に過ごしたい。
いつの日か、下の名前で呼べるその日を目指して。
彼女の笑顔とファンシーなうさぎに誓ったクリスマス。