小説・児童文学

ループ・ラバーズ・ルール_レポート6「同じ」

2025年2月8日

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ループ・ラバーズ・ルール_レポート6「同じ」

 

 リファは依然、どこかソワソワとした心地で駅までの道を歩き続けていた。本当はユーキにどこでステッカーを買ったのか、他にも学生生活で必要とみなされる、ルール内で買えるモゴロンのグッズというのはどんなものがあるのかを、聞いてみたくて仕方がなかったのだ。
 数分置きに横を歩くユーキを盗み見るも、その表情もまた、いつもと変わった様子はなく、リファだけが落ち着きがないことが分かり、そのことがまた、さらにリファの心をソワソワとさせ、聞きたいのに余計に聞いてはいけないような気にさせた。
 何故か今日の帰り道は瞬きの回数が多くなっており、リファの心拍数は上りぎみで、喉を震わそうとしては、思うようにそれができず、代わりに頬がほんのりと紅潮するというのを繰り返した。

「……それじゃあ、リファちゃん、また明日ね」
「うん、また明日」

 ジョウセイ駅は二階に改札口があり、リファたちはいつも高校側にある東口からエスカレーターを利用する。今日も気持ちとは裏腹に、あっという間に駅につき、お決まりの言葉を交わしてユーキとは別れた。
 ユーキは必ず、リファを改札口まで送り届けてくれる。そして来た道をそっくりそのまま引き返し、下のロータリーのところで迎えの自家用車へと乗り込むのだ。
 ユーキはどちらかというと物静かで、同じ制服を着ているというのに、どこか上品さがあった。学校のルールでは鞄や靴は特に指定はなく、ユーキは髪色よりも少し濃いめの革の鞄とローファーを使っている。
 先日や今日のように、俊敏に動くときはまるで鈍器のようにそのツインテールを振り回すのに、普段それらは歩いていても、全くといっていいほどに揺れない。そのことがよく分かるのが、リファがユーキの後ろ姿を見届ける、この改札口で別れたあとのほんの数十秒である。
 制服は白いシャツに、女子も男子もどちらも、学校のロゴの入った灰色に黒チェックのネクタイを結ぶことが指定されている。ズボンかスカートは自由に選べ、どちらもネクタイと同じように灰色の上質な生地に、黒いチェックの柄が入っていた。多くの女子はスカートをひざ丈で着用している。
 リファも特にスカートの丈とやらに拘りはないのだが、最初の採寸から転入するまでの数か月に一気に背丈が伸びたのもあり、どちらかというと、ジョウセイ高校では珍しく、太ももあたりの丈でスカートを履くこととなったのだ。スカートの丈的に学校のルールでは範囲内らしいが、どうにも、他の子よりも短く見えるのがリファは気になって仕方がなかった。一度ほど、ユーキにスカートの丈について、本当に自分はルール内なのかと確認したこともあるが、「丈はクリアしてるから大丈夫だよ。リファちゃんの足が長いだけ」とよくわからないことを言われたのである。ただ、制服の注文はとても面倒であったのを憶えているので、リファはユーキの大丈夫という言葉を信じ、そのままにすることにしたのだ。
 ユーキがくだりのエスカレーターに乗ったのを確認し、リファはファルネの改札をくぐる。今日はいつもよりも、ユーキの後ろ姿が目に焼き付いた。
 リファは常々、心のどこかで、同じ制服なのに、一緒に歩いているのに、制服も、歩き方もリファとユーキではどこか違うと思っていた。きっとそれは今も変わらずにそうであるのに、あのユーキの鞄の中に、今日リファが分けてもらったのと同じゴーカリマンのステッカーが入っているのだと思うと、何かがユーキもリファと同じような気になって、気が付けばまた、口元が緩んでいた。
 改札より向こうにはエスカレーターはなく、エレベーターか、階段で再びホームへと下りることとなる。その階段を踏む足が、どこか軽やかでリズミカルなのを、リファは自分で気がついてはいなかった。
 ホームのベンチ前、そこには腰かけず、いつもの場所でファルネを待つ。リファが改札横の店を熱心にみるのをやめ、ファルネに乗ってガチャキューブを求め始めた頃。ユーキと別れてすぐにホームへと降りれば、この位置からはちょうど、ロータリーからユーキの黒い自家用車が通り過ぎていくのが自然と視界に入るのに気づいたのだ。
 改札横の店をみるのも気に入っていたが、リファはこのユーキの自家用車を視界に入れる時間も、気に入っていた。
 今日もそれを、ポータブルデバイスを触るフリをして視界に捉えていた。けれど、ユーキの自家用車の車体が完全に消えるかどうかの頃合いで、轟音と共にファルネがそれを遮るのだ。いつもぴったりと、このタイミングでファルネは到着し、ユーキの車は駅を離れていく。
 リファの視界には、もうファルネのドアしか映ってはいない。研究所で過ごすように力を使わずとも、ファルネは到着後およそ数秒程で、自動的にその扉を開いた。
 全てのタイミングがリファにとっては計算通りであるのに、どのことにも力自体を使っていないことが、リファにはどこか不思議で、けれども当たり前に体調もよければ、気分もよかった。

 この辺りは住宅が少ないからか、夕方のこの時刻、降りてくる人は各車両から一人、二人ずつくらいだ。きっとお目当てはジョウセイ駅の中規模なショッピングモールに違いない。
 多くの人がここから二駅先のセントパークにある、国内一と言われる大型モールを利用する。けれど、なぜここにも規模を抑えたショッピングモールがあるのかというと、主に寮生活をするジョウセイ高校の生徒や、もう一つ先の駅、工場付属の社宅で生活をしている層が利用しやすいよう、日用品に特化した店のラインナップが固められているのからだ。
 セントパークで売り切れた商品がここに残っているということも度々あり、一部の主婦層にも密かに人気でもある。また、ジョウセイ高校の生徒は惜しみなく買い物にお金を使うため、二駅違いにショッピングモールが存在しても、潰れることも廃れることもなく、保っているらしい。
 けれど、乗り込む人というのもまた、高校があるにしては少ないのは、やはり自家用車と寮の利用者が多いからだろう。乗車する人の中に制服姿の者は誰一人としていなかった。おおよそ、店をここと決めてやってきた主婦層ばかり。
 リファはそれらの人がファルネに乗り込むのを見守って、そっと、踵を返す。

 最初の頃は都度、切符というのを購入していた。しかし学生は定期パスというのを購入できるらしく、リファは正式にファルネ通学が決まってすぐに、その買い方をユーキに教えてもらったのだ。切符を買う手間が省けたくらいに思っていたが、この定期パスはリファが思っていた以上に使いやすかった。なんでも、ジョウセイ駅と自宅のサントウ口駅との間の駅も自由に乗り降りしてよいらしいのだ。
 それを知ってすぐの頃は、そんな便利な機能もリファにとって、縁のないものだろうと思っていた。
 ところが一転、リファは最大限にこの機能を利用している。
 むしろ、この機能がなければ、リファがガチャキューブを引きに行くことはおろか、こうして今、わざわざ駅のホームにファルネに乗らずに残る、という選択もしてはいなかっただろう。

 いつも、リファはどこかで研究所関連の者に見張られている。そのために、本当に、学校と研究所と自宅の移動以外をすることはなかった。
 けれど最近、どうしても行きたい場所があるとき、リファはその場所へと行ってみるようになったのだ。それも直感的に何となく、一度違う場所に寄ってから、本当に行きたい場所に行くというような形で。
 そしてそれも不思議と、初めてゴーカリマンのガチャキューブを引きたいと思い、セントパークで下車したことがきっかけであった。
 あのとき、まさか一切の寄り道をすることのないリファが、ファルネの途中下車をするなんて誰も思いもしなかったのだろう。
 研究所が遣わせた見張りの者は、うっかりと、リファの下車を見逃してしまったのだ。

―ゴーカリマンガチャキューブ初日、セントパーク駅―

「……いない」

 それは思いがけず発生した、本当にリファだけの、自由な時間であった。
 リファは最初こそ一か月のどこかのタイミングでガチャキューブを引けばいいと考えていたというのに、ファルネに乗ってすぐの頃合い。突然に今、モゴロンが欲しくなってしまったのだ。ふと、店員のセントパークの本店にもあるという言葉が頭を過り、それこそ思い付きでセントパークへと降りてみたのである。

(……いない……。いない……!)

 見張りが誰もいない。
 その状況を理解した瞬間に、見える景色は全く変わらないというのに、どこか視野が広がったような気がして、何かがリファの胸の中で小さく弾けた。
 さらにリファは、見張りを撒いてはいけないというルールがないことをも瞬時に記憶へと深く刻んだのだ。

(……誰も……いない……)

 途端に、足取りが自然と早歩きに変わっていき、リファはまっすぐに改札目掛けて進み始めた。けれども、リファにとっての見張りという者がいなくても、一般の人というのは周りに溢れる程いたのである。
 セントパーク駅はあまりにも人が多く、周りを無視して進むということが難しかった。

(こっちに……行きたい……人……多い……。……なるほど……)

 けれども、ひとたび人の流れというものに乗ってしまえば、無理に進もうとするよりもスムーズに動けることが分かったのだ。
 リファは前の人に倣い、上手く人の波に乗って、改札の外を目指した。

「…………」

 確実にリファは目的地まで歩を進めることができている。決して止まっている訳でもなく、緩やかに、かつ順調に進んでいるというのに、リファはどうにももどかしい気持ちになっていた。完全に密着している訳ではないのに、人の熱気がこちらにまで感じられ、呼吸をしてはいけないというルールはないのに、あまり息を吸ってはいけないような気になってくるのだ。
 リファはなるべく身を縮こまらせて、必要最低限の息を静かに小さく吸い込んでは吐くというのを繰り返し、満員のホームからエスカレーター、改札口の方へと、流れに逆らわずに進み続けた。
 そしてとうとう改札を出て数十歩を進んだところからだろうか、リファにとって心地の良い、パーソナルスペースというのが保たれ、圧倒的に呼吸がしやすくなるのである。

「………」

 気が付けば、再びその足は早歩きへと変わり、徐々にそれらは駆け足へと変わっていった。

(こっち、それから……こっち。……それから、こっち……!)

 日頃の研究所での能力テストの成果であり、学校での社会勉強の効果だろう。リファは決して、急いでいるその間中も、力を使わなかったし、けれどもその身体能力の高さというのを大いにいかした。
 あらかじめ調べて記憶しておいたガチャキューブを置いているという本店の道筋を最短ルートで進み、人とぶつからないよう注意を払いながら、不自然のないスピード、早歩きよりも少しばかり速い速度を保って、走り続けたのだ。

「……っ……!」

(あった……! ガチャキューブ……。モゴロン……!)

 そして、その店の一部を捉え始めた所で、リファの瞳に、チラシに載っていたガチャキューブが堂々と店の前に鎮座しているのを見つけたのだ。それを目にした瞬間、リファの中でモゴロンを手に入れたいという想いが強くなり、ショップ店員との間に勝手に作ったルールの優先順位が、各段にあがったのである。
 さらには見張りのいない買い物の時間というのは、リファのこっそりとモゴロンを手に入れるという目的を遂行しやすくなるのが即座に頭の中で計算でき、それらは何とも言えない高揚感をリファに与えたのだ。

(……モゴロンを……手にいれる……!)

 

レポート7

 

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ループ・ラバーズ・ルール

このレポートの該当巻はⅡです

 

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