ループ・ラバーズ・ルール_レポート23「署名」
顔をあげたユーキの瞳や表情は先日のような怯えは帯びておらず、むしろ、そこには固い決意が宿っていた。
摩季とユーキの二人は数秒程視線を交わしたかと思うと、先に摩季がふっと息を漏らしながら笑ったのだ。
「のった。……いいね、それ。みんなは、どう?」
(……っ!)
今回は摩季に一本とられた。
ユーキに至っては、先を越されてしまった。
そんな謎の感覚が大慈の中を駆け巡っていった。それと同時に、そういった思考は本来ならば悔しさからくるものであるはずが、何故か腹の底から、まるで生まれるよりも前に持っていたか大切な何かに結び付いて、喜びを感じていたのだ。
それらは大慈に笑みを浮かべさせていた。
つまらないプライドから生じた誤解が解けたからでも、リファにまた会えるからでもなく、それらも含めて、もっと、もっと。
何かが上手く回り始めたように感じたのだ。
「いやいやいや。当たり前じゃん! ってかユーキちゃん、そんなん頼まなくても大丈夫だよ! 別に、ここは俺らの場所って訳じゃあないからさ! なぁ、ダイ! デコポン!」
「そうっす!」
「むしろ大歓迎っす!」
祥がどこか嬉しそうにニカっと笑いながら、デコポンコンビが当たり前だと断言するように強く頷き、それにのった。
けれど、ユーキは祥たちに反応することなく、黙ったまま、今度はじっと強い瞳で大慈の答えを待っているのだ。
きっと、彼女はこの場所を一緒に使いたい、それを文字通りの意味だけで聞いているのではないのだ。
そして、今日彼女がひとりで来たのもまた、そういうことなのだろう。
今日は不自然に立ち止まり、視線を送りつけるような人物はいない。
即ち、ああいうのはジョウセイ高校の子であれば日常茶飯事という訳ではないのだ。
ユーキは昨日からあえて核心には触れずに、けれどもちゃんと行動で問い、状況を示唆してくれている。
そして今、まさに、彼女はこちらの出方で、見張りつきの自分たち、否、見張りつきのリファを受け入れる器と、こういう状況に対応できる力量があるのかを問い、恐らくはリファのために、大慈たちに断る機会をも、与えているのだろう。
漠然と感じていた違和感を、それは本当に違和感なんだと明確に突き付けられた気がした。
すると改めて、泣くほどにモゴロンに何かを求め、見張りを撒いてでもここへ来てくれたこと、そして、それほどの中で、自分もゴーカリマンを分けたいと言っていたあの子の想いが、強く大慈の中に入り込んでくるのだ。
それら全てがどれほどのことであったのかを、大慈は分かった風にしていて、完全に分かってなどいなかったのである。
すると、胸が焼けるかのような、強い衝動と衝撃に覆いつくされて、全身がブルリと震えたのだ。言い訳のように、ジョウセイ高校の子だからと思おうとしていたそれは、逆に言うと、偶然でも出会えたのだから、そもそもの、その出会いそのものを絶対に手放してはいけないと思うべきところだったのである。
(情けねぇ。……それでも、もう一度、会えるなら。今度は……)
大慈の中で不思議と湧き上がる、腹の底からの感情と、今、まさに脳を駆け巡る考えとが合致したとき、それらは決意となって、確かに大慈の中に宿るのだ。
大慈は今度こそはっきりと、この場に当人、リファはいないが、いないからこそ、こうして出会いやタイミングを見出してくれたユーキに、言葉以上のそれが伝わるように、その目をじっと見ながら、言う。
「守るよ」
その瞬間、ユーキは目を見開いて、泣きそうな表情で、深々とお辞儀をした。
そして大慈の言葉を聞いた祥やデコポンコンビが驚いたような表情でこちらを向くので、大慈もまた、ユーキを真似て、補足する。
表向きの理由というのをリファとユーキがいつでも作れるように、まずは核心に触れず、状況を理解した上で、大慈の本心と部活動として仲間と動くときのそれを重ね合わせて、不自然のないような言葉で。
「……ちゃんと大学生として、ジョウセイ高校のルールとか。門限とか。ファルネの時間とか。そういうの、俺らも守るよ。だから、安心して。あー……、まあ、説得力はないけど。まあ、俺ら、こういう風に見えるけど、意外に真面目だったりするから」
すると、大慈の声に合わせて、祥はもちろんのこと、デコポンコンビも、恐らく大慈と同じように訳ありであることを理解していそうな摩季も、全員が大慈に同意すると示すかのように、改めて頷いたのだ。
「ありがとう……ございます」
それをみたユーキは、どこか安心したように、肩の力を抜き、息を吐いた。
落ち着いたら脚が震えだしたのか、小刻みに揺れているのが見て取れて、大したものだなと大慈は感心した。
ユーキはタイミングを逃さないし、ここぞという時に勝負する度胸も持ち合わせている。
一見リファとはタイプの違う、弱そうな女の子に見える。
だが、何かしらの事情があるにせよ、やはり一線を画す、独特な雰囲気を持つ美少女の友達たるものをユーキもまた持っているのだ。
友達としての想いだけでなく、一緒にいれるだけの立場や、周りをみて判断し、行動できる力も。
彼女はそれらを持っていて、ちゃんとそれを、友達を守るために使っているのだ。
その後、ユーキは表向きで言える範囲内でだろう、言葉を選びながら、リファがかなり厳しすぎる門限や財閥の派閥問題ゆえに行動制限があると補足を入れた上で、少しでも心身が休まるよう、部活動として、ここをこの時間に訪れたいと、説明してくれた。
「法的に……部活の時間も、本人が希望すれば権利に含まれるから」
かなり真剣に、それをユーキは言うので、大慈は思わず摩季に視線をやる。大慈はそういうのに詳しくはないが、摩季は恐らく、詳しいはずなのだ。
興味のないフリをしているクセに、しっかりと聞いているのを大慈だけでなく、その場にいる全員が分かっていた。ユーキも黙ったまま、大慈に合わせて視線を摩季の方へと向け、反応を覗っている。
「去年の法改定で、子どもの義務教育が高等学校まで引き上げられた。世間一般にはそれが当たり前の感覚であることが多いから見逃されがちだけど、子どもの権利についても法的にかなりの詳細が明記される形でね。ま、端的に言うと、今回の話で言うなら、本人が部活動がしたいと主張したことが証明されれば、それは義務教育の中に含まれ、その権利は今まで以上に手厚く保護されるって感じかな」
摩季の補足説明を、大慈たちにも決して瞬時に完璧に理解できたわけではなかったものの、雰囲気を掴むには十分であった。
大慈は静かに、摩季の説明に何度も小さく頷いた。
「オッケー。要は普段リファちゃんが厳しい門限とか行動制限とか。そういうのがあるなかで、ゆっくり過ごせる時間っていうのを俺らも手伝えたらいいってことかぁ。……で、その理由として、部活動を使うと。うんうん。俺らも話合わせるから任せといて。ま、ある意味ここは、音があり過ぎる形で防音性抜群だからねぇ」
祥はどこまでを分かっていて、どこまでを分かっていないのか。何事も本能的に上手くこなすことが多い友に、大慈はある種の可笑しさを感じ、笑みを漏らす。それに合わせて、ふっと息だけが零れ出た。
「それで、お嬢ちゃんたちはここで何の部活動をするの?」
摩季のその問いに、ユーキは不敵な笑みを浮かべ、言う。
「清掃部です」
「清掃部!? なるほどなぁ。河川敷にごみ拾いはセットだもんなぁ。……でも一応ここ、毎日工場の人たちが清掃活動してるし、俺らもポイ捨てとか絶対しないからね。ゴミは意外にないんだよなぁ。うーん、毎日。毎日。……まあ、一日一個でもオッケーか? うんうん、オッケーだよな」
毎日来る理由をちゃんと作れるのか祥が真剣に悩みだすと、ユーキはどこか誰もが頷いてしまうような声で、凛と背筋を伸ばし、訂正するのである。
「違います。清掃するのは邪魔な音。ここではごみ拾いじゃなくて、音を拾うんです」
「音拾い!? 大喜利!?」
「本気の……音拾い。リファちゃんの本当の心の音を、拾うの」
to be continued……

∞先読み・紙版はこちらから∞
このレポートの該当巻は『Ⅴ』になります!
※HPは毎週土曜日、朝10時更新中💊∞💊
ループ・ラバーズ・ルール更新日
第2・第4土曜日