宝山石輝~地球への贈り物~-4月-ダイヤモンドの物語⑤
ダイヤモンドが天界へと戻ると、まるで待っていたかのようにガーネットが駆け寄って参りました。その手にはやはり、緑色の宝石が握られております。
「ダイヤモンド! 帰ったのか!」
「……ああ」
「見てくれ、出来たんだ」
ガーネットはとても嬉しそうに笑いながら、その緑色の宝石を、ダイヤモンドに差し出しました。
いつからでしょうか、ガーネットは笑みがとても柔らかくなったのを、ダイヤモンドは気づかないフリをしつつも、いつも彼女を見ているがために、よく知っておりました。
真珠に背中を押されて戻ったはいいものの、正直、素直にその緑なる宝石の完成を祝える気分ではございませんでした。けれども、ダイヤモンドにとって唯一の弱点であるガーネットを無視するなど、彼には選択肢にさえ加わらないのでしょう、感情と表情を押し留め、それを受け取りました。
「これ……」
けれども、ダイヤモンドの掌で輝きを放つのは、まるでダイヤモンドが創った宝が緑に染まったかのような石なのです。不本意であったにも関わらず、ダイヤモンドはその宝石をまじまじと幾度も角度を変えて観察しては、光に差してその輝きを確認致しました。
「すごいだろう?」
「あ、ああ」
とてもダイヤモンドの宝と似ているというのに、よく観察すれば、違うものであることが分かるのでございます。けれど、均衡にカットされたそれは、宝石の内でいくつもの線が連なり、緑の色を深く、美しく、魅せるのです。
「ダイヤモンドの創っているその宝のカケラを、翡翠に見せてもらったんだ。あの輝きは格別だ。カケラの状態でもあれほどに美しいなんて。これは、ダイヤモンドの宝を参考に創らせてもらったんだ」
「……そう……だったのか……」
「真似るようなことをしてすまない。けれども、ちゃんと成分は違うんだ」
「いや、そんなことは気にしないが……」
ガーネットはダイヤモンドを真っすぐにみつめながら、最近みせるようになった柔い笑みを浮かべます。けれどもその笑みは、柔くはあっても、ガーネットが嬉しい時にみせるそれで間違いありませんでした。その証拠に瞳がしっかりと細められ、どこか弾けるような喜びが伝わってくるのです。
ガーネットのその笑みはどこか美しく、けれども好奇心旺盛なこれまでの彼女らしさを残した威勢の良さが混じっておりました。
「綺麗になった」
ダイヤモンドがついうっかりと、何も考えずに思わず呟いてしまった感想にございました。
それはこれまでとは違うダイヤモンドの心の内に秘めた想いが外へと出た瞬間でもありましが、ガーネットの口から外へと飛び出る言葉は、これまで通りの反応なのでございます。
「本当か? ダイヤモンドもやはり見ていたか。そうなのだ。最初に出来上がった緑のものよりも、ダイヤモンドのものを真似て作ったものは形がとても綺麗になったんだ。これならパイロとアンドラの結婚祝いにしても問題ないだろう」
「そう……か……」
徐々にガーネットの表情からも声色からも、弾けるような喜びはその影を潜めていくというのに、パイロとアンドラのことを想ってでしょうか、彼女の秘めた美しさだけは、深みを増していくのです。どこかに寂しさを帯びているのに、決して、それ一色ではないのが感じられました。
緩く上がった口元と穏やかな瞳の揺れが、まるで明け方の世界を包んでいくような広大な海のそれのように、優しく、そして柔く、彼女を魅せるのかもしれません。
「……パイロに贈ると意気込んでいたな。これほどに綺麗な宝石だ、きっと、彼も喜ぶに違いない……」
ダイヤモンドの頭に過ぎるのは、次に己が生み出すであろう石の色にございました。
その色を黒く染めるのか、青く染めるのか。はたまた、青黒い仕上がりになるのか。
日頃は考えることのない、多くの感情が、内にひしめきあっておりました。
ただ不思議なもので、その色はダイヤモンドの感情に左右されるというのに、最終的な決定権は意図せずともガーネットが所持しているのです。
そのため、ダイヤモンドの創る宝の色の行方は、鍵を握るガーネットはおろか、創る張本人であるダイヤモンドも含め、誰一人として、この天界に知る者はおりませんでした。
ですが、当のガーネットはそれどころかダイヤモンドの言葉の意味自体をも、理解していないようなのでございます。
ガーネットはどこかきょとんとした様子で、聞き返しました。
「……パイロ? どうしてパイロに贈るのだ?」
「パイロとアンドラの結婚祝いなのだろう? 相手の瞳に合わせた宝石を贈ると喜ばれると言っていたじゃないか」
ダイヤモンドの口調は、本人も気づかぬ間に、どこか苛立ちを帯びていたかもしれません。そのことに対する驚きか、もしくは、ダイヤモンドに言われたその言葉自体に驚いたのか。ガーネットは虚を突かれたようは表情の後、淡々と言うのです。
「ああ、そうか。同じ贈り物であっても、男性から女性へと贈るのが多いのであったな。……だが、違う。これはパイロを経由するのではない。私から直接、アンドラへと贈りたいのだ」
「ガーネットが、アンドラに直接? ……なぜ?」
今度はダイヤモンドが虚を突かれる番にございました。すると、いつも表情をあまり表に出さぬ男が、どこか呆けた顔をしていたからでしょう、とうとうガーネットはその肩の力を抜き、脱力したような笑みを漏らすのです。
「……本当に、どうしてだろうな。私はどうやら、自分の感情に気づくのが遅いらしいのだ。ただ、アメシストとアクアマリンを見ていて、きっと、そうした方がいいと思ったのだ」
「…………」
いつも通りであるのに、いつも通りではないガーネットの言動は、恐らくは彼女の本当の気持ちの表れであり、しっかりと自覚の伴うものなのでしょう。
悲しみよりも心の痛さの伴うその言葉と、どこか遠くをみつめる彼女の表情は、ダイヤモンドの中で何にも染まらぬ真っすぐなガーネットの新たな一面として、刻まれていきました。
けれど、一体誰の入れ知恵でございましょうか。こればかりはアクアマリンやアメシストからの影響ではないでしょう。ガーネットが声色をいつも通りに、力強く、決意を帯びたそれで、付け加えるのです。
「相手の幸せを本当に祝えたその時、次に進めるらしいからな」
「……そう、か……」
宝山の、それも山頂付近に建てられた別邸内は大変に整えられた環境にあります。それなのに、まるで何処かから風が吹いたかのごとく、ガーネットの髪が視線を完全に合わせられないダイヤモンドの片隅で、揺れました。
反射的にその赤を追って視線を動かすと、ガーネットが、満面の笑みでダイヤモンドを見据えておりました。
「本当にどうしてか……私はいつも、困った時に名を呼んでしまうのは、ダイヤモンドであるのだ。だが、気づくのが遅い私でも……もう少しでそれがどうしてなのかも、ようやく分かる気がするんだ」
「……え?」
「そのためにも、早くこの結婚祝いを届けに行きたいと思っている」
まだそれがどうしてであるのかが分かる前であるからでございましょう、ガーネットの表情はこれまで通り、好奇心に満ちた行動的な女性のそれの域を出ることはありませんでした。
けれども自覚に先立って飛び出した言葉は、まるでこれまで通りのものではないのでございます。感情が表に出にくいダイヤモンドの頬を、ガーネットの髪の色のごとく、赤く染める程には。
ダイヤモンドはしばらく、まるで心臓が止まったかのごとく、息を止め、固まっておりました。
「しかし……確かに結婚祝いにするのならば、ダイヤモンドの言うように、アンドラだけでなく、パイロにも贈った方がいいのは間違いない。……この宝石はダイヤモンドのものを参考にしなければ、完成しえなかったもの。ダイヤモンドに届けてもうらおうかと思っていたのだが、やはり私も一緒に行きたい。よければ、ダイヤモンドと私から、パイロとアンドラへの結婚祝いとして贈っても良いだろうか? ……ん? ダイヤモンド?」
「………………ああ。では、ガーネットからアンドラへ、私からパイロへ。二人への贈り物としよう」
「よかった。助かる!」
その日の晩、ダイヤモンドが生み出した石は、その色を淡いピンクへと染めました。
石を創っている間中、煩く鳴りやまぬ心臓の音は、ダイヤモンドにしか聞こえぬはずでございますのに、翡翠や真珠、アクアマリンたちにはその音がまるで聞こえているかのごとく、終始笑みを浮かべて見守っていたそうにございます。
***
「……できた」
そしてそれは、パイロとアンドラへと結婚祝いを届けに行く約束の直前でありました。
ダイヤモンドは最も硬度の高い幾重にも光が屈折する透明なる宝石を、推称様へと提出致しました。
その石は地球で大変に価値も人気も高く、ありとあらゆる宝石の硬度の基準となるものとして、広く知れ渡り、愛されます。
なかでも色を帯びたものは、ぐんと希少価値をあげ、さらに人気を高めることとなりました。
「ようやくに納得するものができたようでよかった」
「ああ、完成形を決めたのだ」
ダイヤモンドはとても清々しい笑みで、黒や青、ピンクや黄に色を染めたそれを差し出して言いました。
もうその瞳に迷いはなければ、見つめるその先には、まさに会話をしている翡翠ではなく、向こうで今にも地球へと飛び出しそうな、一人の赤い髪の女性がおりました。
「透明なるものを提出したが、私はこの宝の可能性を信じ、色の種類を追求することにしたのだ」
「へぇ、いいね。となるとやはり、赤色のものが出来上がった時が完成ということだね」
「……ああ。弱点があるのも、いいと思えるようになったからな」
後に、ダイヤモンドはその石の色を赤く染めたものを見事に完成させ、硬く、一途に思い続けた大切な女性へと、秘めた想いと共に、贈ったと言われております。
ダイヤモンドが贈ったその宝石は、ダイヤモンドが創った中で最高傑作であると語り継がれており、女性の赤い髪と瞳に、大層よく映え、彼女の内に秘めたる情熱的な美しさを、よく魅せ、女性もまた、生涯にわたり肌身離さずにその宝石を身に着けていたそうでございます。
ダイヤモンド
レッド・ダイヤモンド
デマントイド・ガーネット
💎宝石メモ💎
ダイヤモンドはその硬さで有名です。宝石の硬さを相対的に数値化したものを「モース硬度」といい、そのモース硬度は最高値の10となります。ですが、方向性のある割れ方をする劈開性をもっています。そのため、衝撃に弱い性質があります。
また、カラーバリエーションが豊富で、カラーダイヤモンドは珍しいとされています。なかでも、レッドのダイヤモンドは希少であることで有名です。
ガーネットは赤い色の宝石として周知されていますが、黄色や橙色、緑色のものも流通しています。ガーネットはグループ名で、色や効果などバラエティ豊かです。
ダイヤモンドと縁の深いガーネットとして、パイロープ・ガーネットとアンドラダイト・ガーネットがあります。
パイロープ・ガーネットはマントル由来の赤色のもので、同じくマントル由来のダイヤモンドの指標石ともされています。そして、アンドラダイト・ガーネットは褐色、黄色、緑色のもので、その中でもクロムにより緑色に発色しているものをデマントイド・ガーネットと言います。
デマントイド・ガーネットの名前はダイヤモンドのように輝くことに由来しています。
翡翠につづく

宝石の勉強を始めて、印象が変わった宝石のひとつが、ダイヤモンドでした👓✨
ダイヤは硬くて高価というイメージであったのが、衝撃に弱いという性質を知り、高価だから大切に扱うのではなく、ダイヤだから大切に扱わなくてはならない、と私の中で切り替わった瞬間に、改めてダイヤモンドという宝石の魅力を知った気がしました
天然のレッドダイヤモンドは本当に希少で、所持するなんて次元ではなく、実物を目にする機会があるだけでもとても幸運な宝石だと思います✨
博物館や展示会でお目にかかる機会があればぜひ私も見てみたいです💎
ダイヤモンドの物語がずっと書きたくて、4月まで来るのが楽しみで、1月のガーネットの時からソワソワソワソワしていたのですが、ようやくに書けて本当に楽しかったです📝💓
宝石がメインの神話風の物語にしているつもりなのですが、恋愛を謳っている他タイトルよりも一番恋愛小説を書いているような感覚でした!(笑)
そして次はいよいよ翡翠になります🎏
翡翠は日本の国石なので、拘って書きたく、12月全体を通しても、翡翠単体でも、かなり練り込んだ構成で執筆にとりかかりたいと思っています!
そのため、宝石の物語は一旦お休みにさせて頂き、しっかりと時間をかけて勉強・執筆、原稿が全て完成してから、第5土曜日の枠で更新に組み込みたいと考えています<(_ _)>
第5土曜日は少ない&他タイトルとの兼ね合いもあるので、原稿完成後もいつからHPの更新に組み込むかは未定となります💦
早く読みたいと思ってくださる方向けに、長編シリーズのように、先読みとして原稿が完成次第、製本版を先に出せたらと思っています!
1月~4月までも順にまとめ中です✨
途中から不定期更新となってしまったのですが、ここまでお読みいただき本当にありがとうございました💎
他のシリーズにも、特に秘密の地下鉄の現代編はかなり宝石を登場させる予定なので、ぜひ、応援いただけると嬉しいです<(_ _)>✨