オリジナル小説

その扉の向こう側に~episode2~世界の子どもシリーズ―未来編―

2021年7月18日

スポンサーリンク

その扉の向こう側に

 

 2XXX年――……
 突如、月が割れた。

 巨大隕石が、月に衝突したのだ。

 この衝突により、月の裏面が失われた。巨大な月の欠片は海へと堕ち、発見されることなく海底深くへと沈んでいった。それと同時に多くの隕石が地球上へと墜落し、地球に壊滅的な被害をもたらした。

 

 

 まず、このことを予測した者が、口々に言った。地球が滅亡すると。
 真っ先に宇宙船の奪い合いが始まり、移住先での権利に揉めた。各国で必要以上の技術競争が起こり、やがて、大戦争へと発展していった。

 けれども、それさえもまた、きっと策略のひとつに過ぎなかったのだろう。

 大戦争で多くの命が失われ、世界中で人口が大幅に減少した。次に起こることは、地球からの離脱だ。多くの裕福層、権力者が我先にと地球を離れていった。宇宙船に乗れる選ばれた者たちだけが。

 そうして一般市民にまで宇宙船に乗る権利が回ってきたのは一体どれほどであっただろうか。地球に残された者たちは、ただ毎日を生き、その滅亡する日を待った。

『お、落ちるぞーっ』

 そうして迎えたXデー。当たり前のごとく、地球と人類に壊滅的な被害をもたらした。人はおろか、街も、動物も、植物も皆。もうどれほどの命が失われたのかなんて、分からない。

 そして、月が失われると、生態系が保てなくなるであろうことも分かり切っていた。かろうじて生き残った者たちでさえ、さらに延びた滅亡の日を待つ。ただそれだけだと思っていた。思っていたのに、月がひとつの奇跡を起こしたのだ。

『つ、月が……近くなった』

 巨大隕石は月とぶつかり、月の裏面を割って、月の欠片と隕石の欠片を地球上に降り注いだ。けれどもこの時、最も大きな隕石を月が自身を割ってでも止めてくれたのだ。その際の衝撃で、月は地球側へと押し出された。どんどんと近づく月は地球の宙ギリギリの所で止まり、そこで落ち着いたのである。

 割れたのは裏面であることから、地球から見る月の形は変わらない。ただ、距離が近づき、見える大きさが大きくなった。そして、そのことにより、奇跡的に欠けた状態でも引力の均衡がとられることとなったのだ。

 結果、生態系の多くは守られた。砂漠化したエリアは多く、定期的に砂嵐の被害はあるが、何とか地球で生命を保てるだけの環境を、月は守ってくれたのだ。

『き、奇跡だ』

 こうして、生き残った人類は再び、気力を取り戻し生きようとしていた。けれど、不思議なもので、奇跡と絶望は交互にやってくる。

『う、うわぁー。熱い、熱い!!』

 月はそこにあるというのに、夜が来なくなったのだ。月はずっと、明るい昼の中で至近距離から人類をただ見守っていた。

 沈んでもすぐに、また次の太陽が昇ってくるようになったのだ。2種類の太陽が、地球を昼も夜も照らすようになった。そうして分かったのは、もう1種類の太陽の光の質が今まで我々人類が浴びていたものとは違うということだ。新しい太陽の光を少しでも浴びようものなら、光が強すぎて生物のほとんどが火傷してしまうようになった。そして、この太陽の光は不定期に入れ替わるため、日向に行くのが危険になってしまったのだ。

 こうして人類は、生き延びたにも関わらず、日の光を浴びることが叶わなくなってしまった。夜の来ない、この世界で。

 さらに悪いことに、墜落した隕石に有毒物質が含まれることが判明したのだ。これらのガスは麻薬のような作用があり、命に別状はなくても吸い過ぎると妄言や幻覚といった症状が現れる。

『これからドーム内で生きることとする』

 地球滅亡の日まで国民を見捨てなかった一部の国のリーダーが立ち上がった。太陽の光とガスを遮断する特殊なドームの中で人類は再び生活をし始めた。……アンドロイドの支配下で。

『これからは我々が指揮をとる』

 忠実に、日の光も浴びられずマスクを着けてガスを避けねばならない人間のために働いてきたアンドロイドたち。しかし、ドームの完成と共に、彼らはついに人間を見限った。

 夜の来なくなった世界で、光を浴びられず、まともに空気も吸えず、ただドームの中でアンドロイドに飼われる日々が続いている。

 

 今日も、涙が流せるような優しい夜と自由に恋焦がれて生きている。

 

✵✶✵✶✵✶✵

 

「おい、HBA72639」
「はい、SBA32986」
「この辺りを旧人型アンドロイドがうろついているとの報告があがっている。汲まなく探すように」
「畏まりました」

 直属の上司に、決められた角度ピッタリに敬礼し、即座に割り振られた区画へと小走りする。それを見計らったかのように、砂嵐が起こり、粒子が身体中にぶつかって金属音を響かせていく。全身を覆う黒いメタルパーツが、容赦を知らず降り注ぐ太陽の熱をぐんぐんと吸収しているようだ。表面の温度がかなり上昇している。

「今日はBⅢか」

 空を見上げながら熱感知の数値をみて呟いた。今、太陽は種類によってAとBで区別するだけでなく、日差しの強さをⅠ~Ⅲのレベルに分けて呼ぶようにしている。

 今日は人の浴びることのできないBの太陽。さらにⅢという日差しのレベルも最大値だ。人だけでなく、アンドロイドまでもが太陽を意識するのは温度上昇による破損を防ぐためだ。むしろ、ドーム内でしか生きられない人間の方が、太陽を種類分けして呼ぶことは少ないのかもしれない。

「ここは比較的街の形が残っているな。通りで旧人型アンドロイドが頻繁に現れる訳だ」

 アンドロイドは大きく分けて2タイプある。一つは上司や自分が所属する戦闘型のアンドロイド。上司はスーパーバトル型に属し、シルエットは人のような大きさをしてはいるが、完全に全てがメタルパーツで人を連想させるような要素はひとつも使われていない。そのため火力が強く、破壊力はもちろんのこと、防御力も揺るぎない。戦争時は最前線で活躍していた。かくいう自分の方はヒューマンバトル型。戦闘に特化しているが、シルエットはもちろんのこと、人間を連想させる身体つきになっている。例えば胴体はメタルで覆われているものの、顔だけは人のように造られているといった形だ。戦争時、人型のアンドロイドを出すことで、人間を連想させ攻撃の手を怯ませるために造られたと言われている。いくつかの国は最後まで、人が戦っていたからだ。

 一方でもうひとつのタイプが旧人型アンドロイド。姿形を含め、全てが人間と同じように造られている。人間と違うところといえば、エネルギー元が電気であるか、食料であるかということくらいだろうか。旧人型アンドロイドは人間の生活を助けるため、全てのアンドロイドの中で最初に造られたものだ。まるで、自分たちも人間であるかのように過ごし、人間と共に生きたがる。

 今や、人間はアンドロイドのペットとして飼われている。否、ペットなんてまだかわいいものだ。酷い所では、奴隷として扱われている。そんな中で、旧人型アンドロイドは人間を庇う傾向があった。表向きはペットとして登録しているが、家の中では普通に家族のように過ごしているのだとか。そんな旧人型アンドロイドは人間のために、人間の思い出の品を探して、まだ形の残っている街を徘徊することがあるのだ。

 それらを戦闘型アンドロイドは快く思っていない。上司のようなスーパーバトル型は特に。近年では、食料の準備が負担になると、人間を滅するべきだという声まで上がってきている。そのことに対し旧人型アンドロイドが反発しているため、取り締まりが厳しくなってきつつある。まず、即座に街の調査や巡回を軍所属のアンドロイドのみに限定した。そうすることで、何かにつけて理由をこじ付け、違反した旧人型アンドロイドを捕獲し、次の奴隷に仕立てあげることができるからだ。

 そうなると、次に立場が危ういのがヒューマンバトル型だ。同じ戦闘型アンドロイドであるのに、スーパーバトル型の言いなりである。

「ざっと見た感じは特に荒らされた形跡もないし、旧人型も見当たらないな」

 ヒューマンバトルの多くは人型の見た目を嫌い、皆、顔全てを覆うマスクをつけるのが当たり前となっている。皆をマネて被ったマスクの起動ボタンを押し、念のため、サーモグラフィでも確認する。特段、動く熱量は見当たらない。やはり、この辺りには誰も来ていないのだろう。

 そう思い進み続けると、次の砂嵐が起こり始めた。街をさらに砂で覆い、より深く埋もれさせていく。視界は白く濁った砂埃で奪われ、砂が金属にぶつかる音で聴覚が麻痺していく。

「面倒だな」

 感知センサーを起動させ、動くものを見つけたら即座に反応できるようにしておく。

「おっと」

 すると、大きな板のようなものが、砂嵐に紛れて勢いよく飛んできた。動きをキャッチし、センサーの表示に合わせて右手で素早くそれをつかみ取る。

「法茶……」

 その板は何かの看板のようで、かろうじて見て取れるのは法と茶の二文字だった。恐らく長方形で繋がっていたであろう両端は大きく欠けて損なわれている。

 看板が飛んできた方向をみると、辿り着いた当初は気が付かなかったひとつのドアが砂から顔を出していた。先ほどの砂嵐で覆われていた部分の砂が飛ばされたに違いない。奥行を確認すると、そのドアの見える箇所だけが大きなひとつの砂山になっており、埋もれてはいるものの、建物がほぼ原形を留めて残っているのが見て取れた。

「珍しいな」

 そのままドアノブに手をかけると、錆びていたらしく、ドアノブだけがボトリと落ちた。落ちたドアノブが砂の粒子に飲み込まれていく。その際に一緒に落ちてきたのは、一枚の割れた板だ。その先にはチェーンが取り付けられており、割れた板には屋という文字が書かれていた。右手に持ったままの看板と、足元に落ちた割れた板の破片とを見比べる。

「茶屋だったのか」

 そのまま、落ちた屋の文字に看板を被せる形で置くと、そっとドアを押した。すると、もう脆くなっていたのだろう。あっけなく、ドアは倒れた。

「…………」

 そのまま倒れたドアを踏む形で、茶屋であったらしき建物の奥へと進んでいく。そこには一組のテーブルが残されていた。

「木製……一体、いつの時代から残っているんだ?」

 よく店内を見渡してみると、至る所に木が使われている。奇跡的にあの大戦争や隕石墜落の被害を免れたらしい。腐っている部分もあるものの、比較的状態も良い。

「これを人間や旧人型が見つけたら喜ぶだろうな」

 フッと笑みを漏らし、店内を確認していく。入ってすぐのところにはカウンターらしきものが、その右奥には本棚が残されていた。本棚の中身はほとんど持っていかれているものの、それでも、数冊の本が残されていた。

「紙の本……」

 あまりに珍しく、目を見開いてしまった。すぐに気を取り直し、手にとってみる。それらは日本語で書かれた小説や絵本のようなものがほとんどで、帯が取れて修理されたものや、四隅が破れているものなど、多くの人が触った形跡があった。

 一通り目を通したところで、棚の一番下、奥の方にキラリと光る何かを発見する。それを取り出すため、屈んで手を伸ばす。

「くっ」

 かなり奥に置かれていたようで、すぐには取れなかった。何度か手を左右に動かし、ようやく何かの端を掴みとれたので、手前へと引き寄せる。あまりにも奥に置かれていたので、ただそこに置かれていたというよりは、羅列していた本の裏に隠していたのかもしれない。

「缶か、固いな」

 その光るものは、深めの昔の菓子か何かの缶のようなものであった。錆びていて、もう赤茶色一色になっており、柄なんてわからない。所々に穴が開いており、その隙間から、光る何かが視界に入ってきたようだ。

 蓋を取ろうとするも、何らかの衝撃が加わっており変形したのだろう。普通に力を入れるのでは開かなくなっている。

「仕方がない」

 腕の部分のアクチュエータを調整して、無理やりこじ開けていく。

 バキッという音が響き、もともと開いていた穴を中心に錆びれた金属の箱がパラパラと粉々になっていく。蓋の表面がある程度壊れた所で、そっとそれらを地面に置き、中のものを取り出していく。

 そこには数冊の本と、手紙、数種類のアクセサリーが詰め込まれていた。

「へぇ、昔の子どもの宝箱か何かかもしれないな」

 本はタイトルがつけられており、一冊は『キースのおとぎ話』と書かれていた。他のものにも目を通すと、それらは日記らしく、このおとぎ話と同じ人がつけたのだろうか、キースというサインが入れられていた。

 さらに手紙を開けようとしたその時、隣の部屋に繋がる扉の向こう側から、ガサガサと草木を分けるような、不気味な音が響いてきたのだ。

「誰だ!」

 素早く腰に掛けていた電気銃に手をかけ、扉へと向ける。

「誰かそこにいるの?」

 響いてきたのは女の声だ。

「こちらはHBA72639。応答求む」
「えっと、どこの集落の人? 私、幾望団なの。捜査中に崖から落ちて、えーっと、何とか助かったんだけど、道に迷って、困ってて」
「……人間か?」
「人間? えーっと、ヒトよ。月損病にはかかってないわ。お願い、信じて」

 訳の分からないことばかりを口にする女に、ため息をつく。

「ガスを吸い過ぎたんだな」

 銃を扉に向けたまま、首だけで振り返って背後を確認する。再びサーモグラフィも起動させて。これだけ状態良く保たれた建物に飼われている人間。そうなると、ここを拠点としている単独の戦闘型アンドロイドがいるかもしれない。旧人型であれば、何とかなるのだが。

「…………」

 特別、熱量や動作の感知はない。ひとまず、視線を扉に向け、女に問う。

「誰が主人だ?」
「主人?」
「旧人型か? それとも戦闘型か?」
「ちょっと、何言ってるの?」
「……はぁ。もう受け答えができない状態か」

 すると、突如、ドンっと扉が叩かれた。驚いて、銃を構え直し、さらに一歩、扉に近づく。よくよく見ると、その扉の取っ手部分には何重にも鎖が巻かれており、さらに昔使われていたという分厚い金属でできた南京錠が取り付けられていた。扉自体は白のペンキで塗られた木製のもので、至る所がボロボロにかけている。特に左上の部分は顔一つ分くらい、大きく破損していた。

「ちょっと! さっきから、こっちが下手に出てたら、どこの集落の門番か分からないけど、あまりにも失礼じゃない! 何が受け答えができないよ!」
「……あのなぁ」
「そっちの集落のよくわからない専門用語ばっかり、知らないわよ! お願いだから、入れてよ! 幾望団だって言ってるじゃない! どの村でも幾望団の救助の要請は受けるって決まりじゃない! 崖から落ちて、海に流されて、洞窟に辿り着いて、ずっと彷徨ってきたの……もうヘトヘト。月投石のカケラも落としちゃったの。お願いよ。変わった門だけど、隙間からわかるわ。あなたたちの集落の月投石はとても明るい……本当に危害なんて加えないし、月損病じゃないから。だから、入れてくれない?」

 依然、訳の分からないことを離す女に困り果て、一瞬、天井を見上げる。演技とは思えない。となると、本当にガスにやられたに違いない。

「いいか? 私は戦闘用アンドロイドだ。人間が気安く口を聞いて良い存在じゃない」
「……よく分からないけど、あなたの名前、アンドロイドって言うのね?」

 久しぶりに名前を問われ、思わず固まってしまう。

「いや、違う」

 半ば、反射的に答えてしまっていたと思う。

「サクヤ。僕はサクヤ・ワタナベだ」
「サクヤって言うのね。私はミーナよ。ミーナ……」

 その時、建物のドアから数十メートル離れたところで、熱と動きを感知した。ここの持ち主か、上司か。どちらかは分からないが、サクヤは警戒を強める。

「しっ。いいか、しばらく静かにしていろ」
「え、何で?」
「ちょっと確認する。いいから静かに」
「村長に入ってもいいか確認に行ってくれるのね! ありがとう」

 訳の分からないことを話し続ける女を黙らせるため、サクヤは適当に相槌をうつ。

「ああ。分かった。確認してくるから、静かに待って……」
「あ、待って!」
「今度は何だ!?」
「ここを離れる前に、松明の火を分けてもらえない? ちょっとケガしちゃって、暗くてどうにもならないのよ」
「…………」

 怪我という言葉に押され、数秒悩んだ後、サクヤは左足に装着していたソーラーバッテリーを取り外す。そして、銃をしっかりと右手に構えたまま、一番大きな扉の隙間へと近寄る。

「ほら。太陽光バッテリーだ。右のボタンを押せば、ライトが付く」
「太陽こ……」
「いいか、この隙間から渡すから受け取れ。変な動きをしたら容赦なく撃つ」
「だから、月損病にはかかってないってば。って、ととと」

 女の返信を待たず、サクヤはバッテリーを投げ入れる。中の様子を確認しようとするも、かなり標的が近づいてきている。投げ入れるのが精一杯で、それ以上の余裕はなかった。

「いいか、命が惜しくば、これ以後、喋るな」
「え?」
「だから、生きたかったら僕が良いというまで一言も喋るな」
「………」

 女が声を発しなくなったのを確認し、サクヤはドアへと近づいていく。そっと、銃を腰元に戻して。万が一、上司だったら困るからだ。けれども、敵の恐れも十分にあり得る。そのため、手は銃がすぐ引ける腰元近くに位置したまま、ゆっくりと進んでいく。

「おい、HBA72639騒がしすぎる。何か見つかったのか?」

 上司であったことに安心し、何事もなかったかのように、手を腰元から降ろす。

「いえ、特になにも」
「話し声がしなかったか?」
「はい。先ほど、旧人型アンドロイドのパーツを拾いました。音声機能の部分です」
「何? 渡せ」
「はい」

 そう言って、サクヤは胸元のボタンを押し、収納部分からこういう時のために用意していた音声パーツを取り出す。それを上司に差し出した瞬間……

「きゃあ! 何これ!? 光った!!!!」
「人間!?」
「ちっ」

 サクヤはその音声パーツを上司へと勢いよく放り投げると、足元のブースターを稼働させ、素早く後方へとバク宙する。その間、腰元にかけていた銃を左右両方から引き抜く。

「なっ……」

 そして無言のまま、着地と同時に銃の引き金を引く。赤いレーダー光線が上司の胸元を捕らえるも、それは向こうが反射的に腕のフィールドを出して相殺する。こうなることを踏まえて一拍遅れて放っていた電気銃で今度はその足目掛けて最大値の稲妻を打つ。青い光が目の前のアンドロイドの足元に直撃する。

「何のつもりだ。ヒューマン型が勝てると思っているのか」

 一歩後退させることには成功したものの、特段、大きな損傷は与えてはいない。今度はすかさず、上司が左腕を開き、光線銃の標準をサクヤに合わせた。

「何、何が起こってるの!?」
「うるさいな」

 女の声にボヤキながら、サクヤは電気銃を構え直す。

「ふん、この威力はお前自身も知っているだろう?」
「ああ。起動まで3秒もかかる」

 そう言いきるよりも早く、サクヤは電気銃の引き金を引いた。
 透明の液体が、見事に上司の左腕の銃口の中へと吸い込まれるように入っていく。

「な、水!?」

「3……」

 銃を構え直すと、そのまま上司目掛けて駆けていく。

「2……1……」

 上司の銃口から白い光が見え始めたその時。

「ゼロ」

 勢いよく地面を踏み切り、上司の背後へと飛ぶ。

「くっ」

 やはり、水と交じり合ったエネルギーが内部でいくつものショートを起こし、上司は慌てて発射直前でレーダー光線の稼働を中止する。

「もう遅い」

 宙を飛びながら感知センサーでアンドロイドの命の根源とも言ってもいい起動ボタンの位置を確認する。そして小ぶりの銃の方、レーダー光線を素早く構え、その場所に打ち込む。それは見事に命中し、表面の金属を溶かし、起動ボタン、いわば目の前のアンドロイドの命を露わにする。

「くっ、まだだ」

 左側半分は既に痺れているであろうに、上司は無理やり力任せにサクヤの方に起動ボダンを守るような形で振り返り、今度は右腕を開いてドリル型に変形させると、それを回転させて突きを繰り出し始めた。

「いい子だ。予想どおりの動きをしてくれる」

 そのままサクヤは銃を投げ捨て、自身の腕元からワイヤーを飛ばし、ドリルに絡ませる。

「そんなもの、力づくで」
「もう終わりだよ」

 絡んだワイヤーから直接、ありったけの電気を流し込む。

「ビビ……ビビ……」

 プスプスという小さな音と共に関節部から黒い煙が漏れ出てくる。そして、小刻みに震え始めた。
 そのまま、サクヤは上司の肩元へと着地し、重力数値を上げて、地面へと押し倒す。

「ビ……ビビ……」
「ごめんな」

 そう小さく呟くと、迷うことなく起動ボタンを長押しした。
 さらに激しくアンドロイドは揺れ、程なくしてピタリと動きを止めた。騒がしかった空間に静寂が戻り、砂埃だけが部屋中を賑やかに舞っていた。

「損傷部分は……うん、大丈夫そうだな」

 解析モードで故障部分を確認するも、ある程度電圧の調整をした甲斐があり、致命的な損傷はない。時々、同じ言葉を繰り返したり、歩き方が独特になったりするくらいだろう。赤く点滅していた目元の光が灯っていないことを確認し、サクヤは自身の右腕に埋め込まれている小型パソコンを開き、そこからコードを引っ張り出して上司の頭部につなぐ。

「ね、ねぇ……すごい音したけど、大丈夫?」
「…………」

 そのまま、女の声を無視して、いくつかプログラムにアクセスし、ようやくお目当てのファイルを見つける。

「戦闘プログラムと戦闘時のメモリーを消去させてもらう。バックアップ機能も含めてね」

 エンターのボタンを押し、目の前のアンドロイドが音もなく、記憶を失った。サクヤは目を瞑りながら、静かに言う。

「人間の勝手で作り出したのに、ごめんな」

 深呼吸をし、コードを抜いて、いくつかのメモリーを確認した後に、再起動ボタンを押す。程なくしてアンドロイドは再び目元を今度は青く点滅させ、起き上がった。

「私はSBA32986。私は……私は……ドコに行けばいいのでしょうか。思い出せません」

 サクヤは立ち上がり、目の前のアンドロイドに手を差し出す。

「大丈夫。それで、いいんだ」
「ありがとうございます」

 そっと掴み返したその手は既にドリルも銃口もしまわれていた。その掴んだ手を引っ張り上げて、アンドロイドを立たせる。

「アトラントの町へいけ。あそこはロボットと人が共存している」
「アトラント……」

 目まぐるしくセンサーを起動させ、アンドロイドがアトラントの情報を検索していく。

「ここからアトラントまで最短で8日間かかります」
「ああ。その間、他のアンドロイドに見つかってはいけない。分かったか?」
「分かりました。あなたの品番は何番ですか?」
「僕には番号はない。サクヤだ。そして、君にも番号はない」
「サクヤ。記憶します。そして、私には品番が必要です。どうか、教えてください」
「いいや。品番は必要ない。必要なのは名前だ」
「名前……」
「いつか自分の好きな言葉で名前をつけてもいいし、大切な者ができたら、その者につけてもらってもいい。さぁ、アトラントに行け」
「はい」

 アンドロイドはそのまま、店内を後にした。それを見送った後、サクヤは再び扉の前へと近づいていく。眉を顰めて。

「どうして黙っておけない!」
「え? 何? 今度は私に話しかけてる?」
「ああ。予定が狂った。もう少しここで情収集する予定だったんだ」

 こんなことをこの女に言っても仕方がないというのに、ついつい口が動いてしまう。

「それで? 怪我は?」
「あ、うん。これ、月投石から作ったの? 見たこともないくらい明るいわ。怪我は……歩けるから何とかなるわ。明るすぎて驚いちゃって。静かにできなくて、悪かったわ」
「はぁあああ」

 サクヤは手早く、胸元の収納部分を開き、使えそうなものを探す。といっても、この収納はほんの数センチの空間。必要最低限のものしか入ってはいない。

「切り傷か、捻挫どっちだ?」
「えっと……」
『ぐぅううううう~』

 静寂な空気の中で、威勢のよい腹の虫の鳴き声が響いた。

「あ、これは、ずっと、飲まず食わず……で……」
「ははっ」

 サクヤは腹を抑えて笑いだす。こんなのはいつぶりだろうか。

「ははっはははは」

 そして、切り傷だという小さな呟きの声を拾い、化膿止めと栄養ドリンクを扉の隙間から入れてやる。

「水分もとれる。これで我慢しろ」
「あ、ありがとう」
「まずは、この鎖をとってやる」
「ねぇ……」
「本当に黙っておけないんだな」
「これ、どうやって食べるの?」

 そう問われ、サクヤは戸惑う。ガスの影響で多少の妄言は出てきても、栄養剤の蓋の開け方が分からないレベルまで行くだろうか。

「上に蓋があるだろ? 丸いやつだ。それを右に回すと開く。そうしたら、その下の部分に入っている液体を飲むんだ」
「わ、何か開いた。初めて嗅ぐ匂い……甘くて、ちょっとツンとしてる」

 その言葉にサクヤはふっと笑みを漏らす。

「毒なんてないから、安心するといい」
「うん」

 そうして、鎖をレーザー銃で切ろうとしたその時。

「サクヤ、これ美味し……」

 扉が消えた。

「なっ……?」

 サクヤは慌てて、扉があった箇所を何度も何度も触ったり、叩いたりしてみる。

「無い……」

 辺りを見渡しても女の姿はおろか、扉らしきものは一切なく、先ほどまで扉があったはずの場所にはただただ壁があるだけだった。

「ミーナ?」

 試しに名前を呼んでみるも、返事はなく、ガラリとした店内にサクヤだけがポツリと取り残された。そこに再び砂嵐が起こり、店内まで勢いのある風と共に粒子を運んでくる。

 呆然と立ち尽くすサクヤの耳に、コンコンと小さく砂が金属にぶつかる音が入ってくる。それは自分が装着しているメタルパーツではなく、例の菓子缶の残骸と砂がぶつかり合う音だった。

『HBA72639、SBA32986、応答せよ』

 そこに上司と自分への報告を請う無線が入る。それにはっとしたサクヤは急ぎマスク以外の自分を覆っていたメタルスーツを脱ぎ捨てて、破壊していく。

「こんなもんか。これ、気に入ってたんだけどな」

 最低限の再利用したいパーツや武器を拾い、隠し持っていた袋の中に入れていく。そして、最後にそっと、缶の中に入っていた日記や手紙、アクセサリーに手を伸ばす。

「さっきの……扉のことも何か分かるかもしれない」

 先ほどまで、ミーナという騒がしい女がいた。話がやたらと嚙み合わない、そんな女。そして、その女がいた筈の部屋が、扉ごと消えた。

「信じられない。信じられないが……」

 そう呟きながら、サクヤは店内から出て、空を見上げる。

 月が割れ、夜の来なくなった世界で、太陽の光が二種類もある世界で、これからどれほど不可解なことが起こるかなんて、もう誰にも分からない。

「ミーナ、か」

 ギュッと袋を握りしめ、サクヤは外に止めてあったソーラーバイクの方へと歩きだす。メタルスーツは脱いでしまった。一気に攻撃力はおろか、防御力まで落ちてしまった。今サクヤが身に纏っているのは黒の遮断用モビルスーツだけだ。これでは様々な面で心もとない。

「どこかでまた調達するか」

 目立つため、顔を覆っていたマスクをも外し、口元に小さなフィルターを挟んで、バンダナで鼻と口を覆う。そして、バイクに仕舞い込んでいた、漆黒のローブを取り出し、そっと羽織った。フードを深く被り、バイクへと跨る。

「この辺りはまた調べるべきだが、一旦、離れなくては」

 店があった方向を一度だけ振り返り、サクヤはエンジンをかけ、走り出す。

 雲一つない、真っ青な空に巨大な満月が浮かび、サクヤの走りに合わせて、どこまでも大きさを変えることなく追いかけてくる。ひたすらに夜の来ない昼間の砂漠の海を、サクヤは一人走り続けた。

 

 

episode3

 

世界の子どもシリーズ

フィフィの物語

はるぽの物語図鑑

-オリジナル小説
-, ,

© 2024 はるぽの和み書房