オリジナル童話

その手に触れられなくても~episode0.9➁~世界の子どもシリーズ―過去編―

2023年8月22日

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 チェルシーは紅色に金の混じった、菊柄の着物に身を纏い、優雅に正座して、筆をとり、達筆な文字を次々と特別な巻物に書き記していく。

 一本に束ねられていた髪は、ハーフアップに結び直されている。その髪留めは真珠と緑のダンビュライトで作られた特別な一点もの。緑のダンビュライトは大変珍しく、奇跡的に仕入れられた一品だ。これは、かつてカイネが海に囚われる前に、チェルシーに贈ったものである。
 いつもの荒々しい覇気を抑え、とても優雅に筆をとる姿は美しく、天空城中の者が見惚れる。

 チェルシーの美しさは、その容姿だけに限らない。日頃から鍛錬を行い、強き龍騎姫として戦うだけでなく、こうした所作や王としての立ち居振る舞いの全てを、努力に努力を重ねて、身に付けている。

 背筋を伸ばし、着物だとは思えないくらいにすらりと、筆を動かすその仕草ひとつひとつがあまりにも自然で、けれどもどこから見ても美しく、少し釣り目気味の瞳に合わせた化粧が、儚さに華を加える。

「……何用でしょうか?」

 背後から近づく殺気に、見向きもせず、筆を滑らせながら、チェルシーは問う。

「レムリアの女王陛下より預かりました、密書を持ってまいりました。直々にお返事をすぐに頂戴するように承っております。どうか、お目通しを」

 そう言いながら、相手が殺気を強めたのを感じ取る。今、あえてカリバーンは入口付近に下げている。そして、自慢の剣も。
 今のチェルシーにとって、自身を守る術は、己の体術のみ。それも着物の状態での。
 それでも、その殺気に臆することなく、正面を向いたまま、筆を滑らせ続ける。

「先ほど、既に密書は頂戴しました。連絡の行き違いでは? まだ、先ほどの密書を届けた使者はそこにおりますよ。今、龍族のどの者が、女王陛下の声明文の配達係を担当するかで揉めております」
「…………」

 男はそれでも殺気を緩めず、そして、自分からチェルシーの前に出ようとはせず、密書を背後から差し出している。
 それに対しても、チェルシーは応じない。

「…………」

 そのまま見向きもしないチェルシーに、男はようやく、殺気をそのままに、チェルシーの前へと出て、密書を差し出す。それも、立った状態のまま、上から。

「先ほどの者は、ただの子どものおつかいのようなもの。早く、こちらにも目を通して頂きたい。そして、早急に返事を頂く」

 けれど、チェルシーはそれにも応じず、ふっと笑みを漏らす。

「それはそれは。ですが、我は今、取り込み中でして」

 一向に見向きもしないチェルシーに、怒りを滲ませ、殺気を強めて、男が言う。

「思いあがるな。お心の広い女王は龍族を独立民族としてお認めになられておるが、お前たちがレムリアに属することに違いはない。女王陛下のめいより大事なものなどあっていいと思うな」
「…………」

 一瞬、殺気が漏れそうになるのをチェルシーは必死で抑え込み、そのまま筆を滑らせ続ける。

「……今すぐ目を通せ」

 そう言いながら、男が密書を投げつける。それさえも、チェルシーは無視し続ける。

「龍族への出陣要請だ。直ちに……」

 そこで、ようやく書きあがった書を、チェルシーは派手に投げつけて、宙(ちゅう)に舞う長い巻物に、龍族の者しか分からぬ詠唱を行う。

「な、何をして……」

 そのままチェルシーの達筆な文字が黄金色に輝き、それらが巻物から浮かび上がる。その文字が天空城へと紛れ込む花弁が揺れるかのごとく、黄金の花のように舞う。
 それに合わせて、チェルシーが立ち上がり、龍族の習わしに従って、いにしえより続く舞を踊る。

 着物であるのに、ぐっと強く大股に一歩を踏み出し、手を左右に勢いよく突き出す。
 それと同時に、殺気がダダ洩れであった男が、あまりの圧に弾き飛ばされる。

「なっ……」

 けれど、トンと一歩受け身を取り、転ばずにグッと踏みとどまり男は後方で体制を整える。

 それに構うことなく、また踏み足を変えて、力強く、けれども優雅に回転し、さらに腕を上下に強く突き、チェルシーは踊り続ける。その動きに合わせて、さらにちゅうを舞う黄金色の龍体文字が光を強めて、高速に動いていく。
 このタイミングで、まずはカリバーンが声をあげ、続き天空城中の龍族の者が、チェルシーの舞に合わせて、足踏みをしていく。

 ビリビリと天空城中が揺れ、凄まじい圧の氣で満たされていく。

「くっ……」

 あまりにもすごい圧に男が動けないでいると、チェルシーは射るような目つきで、男を見下(みお)ろし、最後の舞の一歩に、渾身の力を込めて、男の真ん前で、床を大きく揺らしてみせる。

「……龍義りゅうぎ金色こんじきいんの舞」

 男が眉を顰め、膝をつく。
 チェルシーがゆらりと男の前にしゃがみ込み、紅色のオーラを全開に出しながら、言う。

「其方が、レムリアの証人である」
「……な、なんだ?」

 瞳孔を開ききった状態で、瞳を赤銅色に揺らしながら、チェルシーは不敵に笑う。

「我が名はチェルシー=カルバリア=ディゴン。龍族の王也。此度、古の義に則り、龍族は盟友アヴァロンと婚姻の話し合いに入る」
「は?」
「我ら龍族はしきたりを重視する民族。めでたき婚儀に戦はご法度。これは宇宙の平和条約にも約束されている。故に龍族の名にかけて、全ての国との、休戦状態に入る。これは誓いの舞であり、これは誓いの巻物である」

 男は目を見開きながら、言う。

「今、何といった?」
「盟友アヴァロンと、婚姻の話し合いに入る。これより、婚儀まで龍族の義に則り、全ての国との休戦に入る」
「そ、そんなことが……」

 その言葉とともに、男の額に金色の龍体文字が浮かび上がる。

「これは、龍族以外の国の代表の者に見届けてもらわねば成立せぬ。先ほどの使者に頼もうかと思ったが、良いタイミングで主が来てくれたので助かった」

 ※金色の姻の舞。龍族に伝わる、龍族独自の舞。龍義の舞のひとつ。婚姻といった、めでたき日を平穏に過ごすための契り。各国に攻め入らないと宣誓し、不可侵を求めるもの。龍族の武具に封印がかかり、代わりに強い結界が天空城中に張り巡らされる。この契りを破った国にはその末裔まで龍の呪いがかかると言われている。

「は?」
「これは破ると、その額から血を巡って龍の呪いがいくからのう。主のように殺気ダダ漏れの強い者でないと、耐えられぬ故になぁ?」

 また、チェルシーが射貫くような目で、男をねめつける。

「くくっ、くくくくっ。女王陛下によろしく伝えてくれ。兼ねてからの盟友である、アヴァロンの王族との婚姻の話し合い故、邪魔してくれるなと。これほどめでたいことはなかろう? レムリアにとっても悪い話ではない」
「……なっ」
「そうじゃのう。我は自然を取り扱う者のひとり。同じく自然と共に生きる精霊郷の王にもぜひ、式には出席して頂きたい。ふううむ」

 チェルシーはわざとらしく顎に手を添え、一歩後ずさり、怯えた顔でこちらを見上げる男にニヤリと笑いかける。

「そうじゃ、そうなるとムーの王に次元を繋いでもらわねばならぬなぁ」
「……ムーの、王に?」
「そうじゃ。精霊郷の王に、大移動して頂くのも悪かろう? 時空はアヴァロンで繋いでもらえるからのう。ああ、そうそう。せっかくムーの王に次元を繋いで頂くのじゃ。各国に招待状を出して、宇宙中の星から招待客を招き、盛大に式を挙げてもよいのう。……このレムリアで」
「……宇宙中から、招く、だと?」
「そうじゃ。あの時の……波の時のように。全ての国を招待すればよい」

 チェルシーの瞳が赤銅色に光る。

「そ、そんなことが出来るものかっ!」

 また一歩後ずさる男に、チェルシーがニコリと笑う。だが、その瞳は殺気に満ち溢れていた。

「それはそうじゃのう。式に来るかどうかは、その者の意思が大切故になぁ。ちゃんと招待状は送るつもりじゃ。ああ、既にムーの王には、招待状と共に、次元を繋ぐ依頼を出しておる。そして、精霊郷の王にも、招待状を既に送っておる」
「な、なんだと?」
「故にな、龍族で一番の早馬となる緑龍が皆、招待状を届けるのに出払っておるのじゃよ」
「は?」
「だからのう。先ほどの使者と揉めておったのじゃ。大切な大切な麗しき女王陛下の密書を緑龍たちに頼んで逸早く届けることが出来ないのは何事だと」

 チラリと、男が入口付近を振り返った。その寸で、チェルシーの麗しき女王陛下という言葉を聞いて、吐きそうな顔をテトがしたのを、カリバーンが足を踏みつけて、女王に心酔しきっている顔を無理矢理作らせていた。

 それを合図に、ある意味怒りをぶつけるように、迫真の演技でテトが派手に叫ぶ。

「だから! 龍族の婚姻の話は勝手に進めたらいいだろう!? 女王陛下の、あの方の、大切な密書の係をようやく承ったんだ! 緑龍を連れ戻してくれ!! 女王陛下の声明文を届けるのが先だ」
「……そう言われましても、困ります」

 その様子に、男が驚きを隠せないといった様子で、テトをじっと見ていた。これで、少しはテトの疑いが晴れるやもしれない。そうなれば、スパイとしてもうしばらく、レムリア内を探ってもらうことができるだろう。

「しつこくて困っておる。主があの男も連れて帰れ」
「……声明文はどうなる?」
「ん? そうじゃのう」

 ガバっとわざと先ほど男が投げつけた密書を踏みつけて、チェルシーが不敵に笑いながら言う。

「龍族は婚儀の準備に入る故、戦はできぬ。女王に逆らって、女王と戦争がしたい訳ではない。故に、声明文の配達は承ろう。緑龍は出払っている故、我が側近、カリバーン直々に届けさせよう」
「……側近自らに?」
「ああ。そうじゃ。龍は礼儀を重んじる。婚姻の話し合いがなされるのに、男の側近を傍には置かぬ。あれは緑龍並みに速い故、それで手を打とうじゃないか」

 入口付近で、その言葉を聞いていたカリバーンが大きく口を開ける。それを今度はテトが足を踏んで、無理矢理顔を作らせる。

「……わかりました。我が主の命(めい)により、このカリバーン直々に、声明文をお届けいたします」
「……本当に緑龍並みに速いんだな? 女王陛下の大切な密書だぞ?」

 その言葉を聞き、男が再び、入口の方を見やる。そのタイミングで、大量の各国に配る予定の声明文の束を、テトがカリバーンにと渡す。

「……ふん。これで声明文の配達の件は信じたか?」
「…………」
「よいか? 女王に必ず伝えろ。アヴァロンの王族との婚姻の話が持ち上がっておる故に、邪魔をするなと。先ほどの龍義の舞、主の額にしっかりと印が結ばれている故に、必然的に伝わるとは思うがな」
「……わかった、伝えるだけ、伝えよう」
「声明文の配達係はしてやる。じゃが、我ら龍族は婚儀が終わるまでは一切、戦には手を出さない。覚えておけ」
「……ふん」

 男はチェルシーに向かって礼をするでもなく、そのまま立ち退く。行くぞ、と入り口で声をかけ、テトを連れてレムリアの海へと戻っていった。
 男とテトのエネルギーが海に戻るのを感知した途端、チェルシーが大の字になり、大きく倒れこむ。

「ぬおおおおおう。流石にきつかったぞ……」
「ああっ! チェルシー様! 大切なお着物が皺になります。というか、私が声明文の配達係ってどういうことですか!?」

 ずかずかとチェルシーに歩みよるカリバーンをチラリと見て、鼻を鳴らしながら、チェルシーは再び、天空城の天井を見る。乱れる呼吸を整えながら。

✿✿✿

 男が到着する10分前――……

「はぁああああ!? 急に菊柄の着物を着ると言い出したと思ったら、今度は剣をあの武庫にしまうだなんて!!! 冗談ですよね!?!?」

 完璧に着飾る時間がないため、チェルシーは普段の服から黒い胸周りの甲冑のみを外して、上から着物を羽織る。
 日ごろ、動きやすさを重視するチェルシーは、伸縮性のある生地でできた、へそがでる形の、袖のない胸元迄の羽織のような衣に、太もも辺りまでの短い和柄のスカート、黒い太もも辺りまであるソックスを履いている。

 そのままポイと脱ぎ捨てたロングブーツから、ゴンと重みのある音が響く。ブーツには沢山の暗器が仕込まれている。
 これらの衣は自身の髪に合わせて、紅ベースに襟元が銅で彩られた、チェルシーのお気に入りだ。

「うむ。直ちに剣も例の武庫へと収めよ」
「正気ですか? 暗器も剣も持たずに殺気ダダ漏れの者と対峙するなんて!!!」

 そんなカリバーンの制止を無視して、チェルシーは長く一本に束ねた髪を解く。

「カイネの髪飾りを」
「はっ」

 龍族の女の者が、手早く髪をハーフアップに結い直していく。

「チェルシー様!!! 無茶が過ぎます!!!」

 そんなカリバーンにふんと鼻を鳴らし、言う。

「煩い。着替えておる。どっか下がっておれ……!」
「なぁああっ!!??」

 そう言われるとぐうの音もでず、カリバーンは絹の間の扉の向こうから叫ぶのをやめ、仕方なく、剣を置きに行く。

 程なくして、化粧まで施したチェルシーが道場へと戻り、カリバーンはぐっと息を呑む。
 そこで待っていたテトも、驚きを隠せなかったのか、思わず、口を滑らせる。

「えっ? 赤銅色の……龍騎姫?」

 チェルシーはまたもふんと鼻を鳴らし、言う。

「主たち、なんだその反応は。あのなぁ、カイネとて、普段こそ事件ばっかり起こすが、公の場ではちゃんと姫としてふるまっておったぞ?」
「…………」
「まぁ、剣を交える戦だけが、戦いの場ではないと言うことじゃ」

 そう言ってのけるチェルシーが優雅に笑み、普段の凛とした美しさから一転、ほうと誰もが見惚れてしまうような、儚げな雰囲気で周りを飲み込む。それをカリバーンがわざとらしく咳をして、仕切り直す。

「それで、わざわざ龍族の伝統の着物を着られて、武庫に剣を戻して、何をするつもりです?」

 その言葉を待ってましたと言わんばかりに、いつものニヤリとした笑みで、チェルシーがケロリと言う。

「うむ。婚姻の話し合いとやらを、しようと思う!」

 それを聞き、カリバーンが目を見開きながら、叫ぶ。

「はぁああああ!!??」

 チェルシーは真剣な表情で続ける。

「我らがムーを攻めるなど、あり得ぬ。じゃが、今、出陣要請を断れば、謀反の意ありとみなされ、龍族と女王との戦となろう。必然的に、盟友のアヴァロンの竜族が引っ張り出され、それを皮切りにアヴァロンとレムリアの戦に持っていかれる」
「……はい。ですが……」
「じゃから、婚姻の話し合いの場をつくる!」

 俯きかけたカリバーンが、何かに気づいたように、驚いて言う。

「もしかして、そういうことですか!?」
「うむ。めでたき婚儀の際に、戦はご法度。先に、婚姻の準備に入り、宇宙の平和条約に則り、龍族の正式な義として、表向き堂々と断る」
「……それは、可能かと思いますが……大人しく応じるでしょうか?」
「ん? だから、わざわざ剣をしまったのじゃ。本当に正式な義として進める故な。宇宙で決まっておる盟約を堂々と破るということは、宇宙中にここは約束を破る国だと自ら知らしめることになろう。さすれば、声明文とやらの信憑性も薄れる」

 黙って聞いていたテトが頷く。

「なるほど。自分たちを正当化して声明文を出すからこそ、宇宙での条約を守らないといけない状況。これを逆手にとるということですね」
「そうじゃ。理解が早くて助かる」

 それでも、分かっても分からないというように、カリバーンが言う。

「~~っつ。ですがっ! こんな急にどこの国の誰と結婚すると言うのですか!?」

 それに対しても、チェルシーは待ってましたと言わんばかりに、ニヤリと笑う。

「もちろん、アヴァロンじゃ」
「なっ!!」

 今度はテトが食いつく。

「カイネはどうなる!? ネロが迎えに来るんだろ? 二人は……恋人同士だった」

 今度はフワリと優しく笑み、チェルシーが、天空城にいる全員に言う。

「だからじゃ。よいか、皆の者、よく聞け。必ず、『アヴァロンの王族との婚姻の話が持ち上がっている』という言い方を徹底しろ。言葉を間違うな」

 カリバーンとテトが、目を見開く。

「テト、お主なら知っておろう? アヴァロンにはもう一人、ネロ以外にも王子がいるじゃろう?」
「……そうか、そういうことか」

 神妙に頷くテトに対し、未だ、カリバーンはぐっと押し黙っている。それを気にするでもなく、チェルシーは続ける。

「うむ。アヴァロンの王族との婚姻の話が持ち上がっている、ということで堂々とネロと兄王をこの地に呼び寄せる」
「……では、兄王と結婚なさるのですか?」

 そのテトの質問に、チェルシーが盛大に声をあげて笑う。

「はははははっ。そんな訳なかろう? だから、言葉を間違えるなと言ったのだ。必ず王族とつけ、婚姻の話が持ち上がっている、と言い回れと。別に正式に龍族の義に則り婚姻の準備をした上で、話し合いの途中で決裂して婚姻の話が流れたということにすれば、問題ない」

 カリバーンがついに声を荒げる。

「だから! そうなれば、チェルシー様の印象が……お噂が悪くなります。婚姻を断られたとあることないこと言われたり、揚げ句、カイネ様を裏切ったとも、言われかねない。ゆくゆく、本当にあなたが嫁がれる時に、これが尾を引くかもしれない」

 そんな主を心配するカリバーンに向け、チェルシーは小さく呟く。

「我は……結婚する気はないのだ。嫁ぐのならばあの男と、決めておる」
「…………ですが、あなたは唯一の、龍族の王族の……」

 かき消えそうなカリバーンの言葉に、チェルシーがまた優しく笑う。

「うむ。そうじゃな。万が一にも、これから先、どこぞの国の王子と婚姻の話が持ち上がれば、此度の話は大きく影響するかもしれぬ」
「……なら、他の方法を……」
「だからのう。これでよいのだ。あの男の元以外、嫁ぐ気はない。そして、例え政略結婚でも、噂話に振り回されるような男など、こっちから願い下げじゃ。あの男以外の元に嫁ぐならば、あの男以上の者でなければ、我は首を縦には振らぬ」
「……わかり、ました……」

 驚いたような顔をして、カリバーンが引き下がる。それに対し、テトが問う。

「だけど、ムーが黙ってないんじゃないですか? 龍騎姫とアヴァロンの婚姻となれば、真っ先にみんなが思い浮かべるのはネロの方だ。そうなると、カイネを見限ったと勘違いされかねない」

 それに対しても、チェルシーは自身の髪飾りにそっと触れながら、優しく微笑んで、言う。

「だからこそ、カイネから贈られた髪飾りをつけておる」
「……それ……」
「うむ。カイネはよくアクセサリーを作っておっただろう? これは我とカイネとの大切な約束の髪飾り。故に、我らの関係を知る近しいものは、すぐに分かる。我らが行う龍義の舞はのう、書簡と共に、我らの舞の残像が送られる。大切な契り故にな。だからこそ、カイネのエネルギーの籠ったアクササリーを身に付けておったら、分かる者はこの意味が分かる」
「……髪飾りは、わかる……でも」

 尚も心配そうにするテトに、チェルシーはあえて憮然とした態度で言う。

「まぁ、普段の我やネロ、カイネたちの様子をみておったら分からんじゃろうがのう。アヴァロンもムーも何故に大国か分かるか? ちゃんとあの言い方で書簡を送れば、ムーの王はすぐに真意に気づかれよう」
「……そうですね。そうかも、しれません」

 カリバーンは黙りこくり、テトも納得したようで、小さく頷く。

「それでな、逆に此度の話で、敵と味方とをしっかりと見極めるのじゃ」
「というのは?」
「ここ最近、不自然に、ずっとネロとカイネを支持しておった中小国が、あの時の平和条約からこぞって抜けたのじゃ」
「それって……」
「うむ。あと数か国、比較的大きな国が粘ってくれておる。それゆえに持ちこたえておるのだ。我らも、その心に応えねば」

 カリバーンが目を瞑り、言う。

「……ということは」

 チェルシーが、堂々と上を見上げ、言う。

「うむ。舞と共に、招待状という名の書簡を、各国に送りつける。カイネとネロと親しき者は必ずや、招待状の出欠の返信として、天空城に何かしらの知らせをよこすだろう」

 カリバーンが諦めたように溜息をつき、言う。

「……ですが、どうやってアヴァロンとムーの王に知らせるのです? あそこは特にどの星よりも遠い。緑龍に頼んでも、辿り着くまでにどれほどの月日を要するか……。 それに、カイネ様が見つかったとして、病み上がりのネロ様に再び時空を繋ぐなど……」

 チェルシーが手をあげ、その合図をみて、龍族の者が慌ててチェルシーから離れる。

 只ならぬ氣が全身に巡らされ、チェルシーの身体から紅色のエネルギーが溢れ出る。

「……下がって!」

 カリバーンに言われ、テトも慌てて龍族の者に倣う。
 すると、チェルシーは力を漲らせ、赤銅色の髪と瞳を眩く揺らしながら、あえてテトの方を見て、言う。

「よいか? なぜネロが今まで眠っており、ムーの王が、他の国からどれだけ物流を止められようが、攻められそうになろうが、応じずにギリギリまでかわしておったのか、教えてやろう」

 テトは目を見開き、カリバーンでさえも知らなかったようで、「まさか……」と小さく悲鳴めいた声を漏らす。

「そうじゃ。この5年間、ネロとムーの王は密かにあの扉の時空と次元を繋ぎっぱなしで耐えておったのだよ。カイネを迎えに来れるようにな」

 そう言って、チェルシーがドンと勢いよく、自身の手を床へとつけて、一気に全身を纏う紅色のエネルギーをそこに放つ。
 儚げな衣装とは裏腹に、ギラリと光るその瞳と表情は、まさに龍騎姫。戦うかのごとく、戦闘に酔うかのように、誰もが怯んでしまう程の気迫が感じられる顔で笑む。

「テト=セオルド=レレリアント、しっかりと見ておれ。主のその強き心と、我らに見せた信頼に応えよう。我は、天と地を結ぶもの……赤銅色の龍騎姫、チェルシー=カルバリア=ディゴン。龍族の王也」

 ガッと天空城中が凄まじい風圧と共に、眩い光に包まれる。

 この世界では、誰もが自分たちの能力や出自の分かる正式名をなるべく隠すようにしている。基本的に、信頼のおける者に以外、明かさない。いつどこで、何が命取りになるのか分からないからだ。
 それでもテトは自身の力と正式名を、誠意をみせるためにチェルシーに真っ先に明かした。
 その心意気に、チェルシーは応えることにしたのだ。カイネのために。新しき友のために。

 凄まじい風と光がぱっとおさまり、チェルシーが静かに言う。

「……レムリアの地に、あの時空と次元の繋がった扉を結んだ」

 その言葉を聞いて、テトは息を呑む。
 一方でチェルシーは小さく息を乱すも、すぐさま立て直し、笑う。

「ようこんなもの、ネロもムーの王も、何年も繋ぎっぱなしにするわ」

 それぞれ得意とする能力がある。けれど、それらは使う力が大きければ大きいほど、消費する魔力も大きく、生命に関わってくる。ネロは力を使いすぎ倒れた状態でもなお、時空を繋ぐのを止めなかった。故に、時空を繋ぎっぱなしのまま回復を計ったので、目覚めるのに時間がかかったのだ。そして、ムーの王もまた、どれだけ遠く離れようとも、近隣国から攻められそうになっても、誰にも悟られることなく、次元を繋ぎ通した。

 その命がけで繋がれていた扉を、チェルシーは天に密かに隠していたのだ。そしてまさに今、その扉をチェルシーがレムリアの地に、自身の能力で結んだのである。

 カリバーンが、すっと前に出て、言う。

「……間もなく、次の使者が到着します」

 チェルシーが低く、笑う。

「くくく。エネルギーが動いた。流石じゃのう。ネロもムーの王も扉が繋がったことにすぐさま気づいたようじゃ。緑龍、こちらもすぐに扉をみつけて、そこから招待状として書簡を堂々と届けよ。扉はレムリアの地のどこかに繋がっておる」
「はっ!」

 すぐさま、緑龍が動く。
 すると、何かをさらにチェルシーが感じ取り、愉快だと言わんばかりにまた笑う。

「くくく。精霊郷の王も気づかれたようじゃ。精霊郷も動きやすいように、派手にひっかき回す。故に、安心せよ」

 その言葉にテトは瞳を揺らし、小さく頷く。
 チェルシーが玉座の方へと歩き出し、白龍たちが特別な筆と巻物を運んでいく。それに合わせて、言われた通り、カリバーンとテトが配置につく。

「舞台は整った」

 チェルシーがボソリとそう呟いた。

✿✿✿

「全く! 力の使い過ぎですよ!! あの扉を繋いで、龍義の舞まであんな圧を込めて踊って!!!!」

 天井とチェルシーの間に、カリバーンがぬっと顔を出し、怒りだす。

「それに、やっぱり納得できません。別に、男の側近だから離れないとダメだなんて決まり、無かったですよね!?」

 チェルシーは面倒だな、と思いつつ、カリバーンに言う。

「うむ。さっき、我が作った」
「なぁあああ~~~~!?!?!」

 ひょいと起き上がり、チェルシーはシュルリと帯を解き、着物を投げ捨てる。

「ああっ!」

 それが地面に落ちるよりも先に、カリバーンが慌ててキャッチして、主を訝しげにみる。

「……私は納得してませんからね。それに、あんな声明文を届けるなんて、そんな……」

 カチャカチャと白龍が持って来た胸周りの甲冑を装着し直し、暗器が大量に仕込まれたロングブーツをまるで羽かのごとく、いとも簡単に持ち上げて、履いていく。

「よいか? 今から言うのは、我の独り言だ」
「はい?」

 カリバーンの方をみず、けれども、カリバーンに向けて、チェルシーは独り言を言う。

「我の忠実な側近が、声明文を各国に届けにいくような気がする。じゃが、城主と喧嘩して、悩みながら飛んでいたら、うっかり事故にあって、サンムーンの森の方に落ちるやもしれん」
「…………」
「ああ、何ということじゃ~。大切な声明文が、池に落ちて濡れてしまった。乾かさなくては……そう思って火を出したら、今度は炎が強すぎて、声明文の束が破片も残らず全て燃えてしまった」
「…………」
「こわ~い城主の顔が浮かび、失意の中、サンムーンの森を彷徨っていたら、うっかり転んで、頭を打ってしまうかもしれぬ。そうなると、あらどうしたものか。帰る場所も、自分の本来の仕事もわからない。困ったのう」
「…………」
「自分を探すため、サンムーンで色々と聞き込みをするやもしれぬ。そうすると、段々と自身のことを思い出して、失態を挽回するために、城主のため、サンムーン内で龍族に続く味方を集めようと思うかもしれぬなぁ」
「…………」

 ようやく、チェルシーはカリバーンの方を向き、ニコリととびきりの笑顔で言う。

「我は、味方を懸命に集めてくる側近がいるならば、たとえうっかりと声明文を燃やしてしてしまうという失態を冒しても、快く赦すぞ」

 カリバーンがげっそりと肩を落とし、先ほどテトから受け取った、きっと今から事故にあう可能性の高い配達で、うっかり濡らして、乾かそうとして燃やしてしまうかもしれない声明文の束を握りしめて、言う。

「記憶喪失だなんて……また……」

 チェルシーがふんと鼻をならす。

「あの女王め。……確かに色を封じれば記憶は曖昧になる。じゃが、あのテトの言い方。あれは完全に記憶を奪う程のまじないをかけられておるということじゃろう。そんなこと、許される訳なかろう?」
「はい」
「記憶は……心は、大切だ。思い出は、心にしまわれていく」

 天空城にまた風が吹き抜ける。それに合わせて、天空城の遥か下の方から、先ほどの男ともテトとも別の、レムリアのエネルギーの者が張り付いているのが感じ取れる。

「……せめてもの仕返しじゃ。よいか、しっかりと撒いてから、うっかりと事故にあい、うっかりと声明文を燃やし、都合よく忘れて、必ず大切な我ら仲間のことを思い出せ。龍族の名にかけて、な」
「はい。龍族の名にかけて、私カリバーンは、もし仮に記憶を失うことがあったとしても、誇り高き龍族と、忠誠を誓う主のことを必ずや思い出すでしょう」

 チェルシーがとても優しく笑う。

「うむ。約束じゃ」

 カリバーンもまた、ふっと微笑みながら頷く。

「よいか、特にケンタウロスの動きに注意しろ。ケンタウロスの長は……女王の恋人だった故にな」
「はい」
「陸の戦士、ケンタウロスがあちらにつくと、ちと厄介じゃからな」
「姫も、くれぐれも天空城から出ないでくださいね」
「……うむ。きっと出ぬ」

 最低限の確認を終え、最後にもう一度、「絶対に天空城から出ないでくださいね」と叫んで、カリバーンは勢いよく、龍に姿を変えながら、天空城を飛び立った。あまり時間が空いてしまっては、見張りに怪しまれるからだ。

 それを見届けて、チェルシーは唸る。

「しっかし。剣がないのは辛いのう」

 舞に誓ったため、剣は武庫からは出せない。しっかりと、龍族の武器には舞の封印が成されている。そしてその封印と引き換えに、天空城に最も強固な結界が張られているのだ。

「いやぁあ。じゃがうっかりと、ブーツは絹の間に置いておったからのう。これは舞の範囲外だのう」

 わざとらしく笑いながら、白龍に言う。

「仕方ない。傘を持ってまいれ」
「畏まりました」

 しばらくは、とてつもなく頑丈な傘を使うとしよう。
 そう考えながら、チェルシーは天空城の外、吹き抜けから雲の遥か下にあるであろう、海を見つめて呟く。

「……カイネ、必ずネロが迎えに行く」

 あれほどまでに探して見つからなかったのは、恐らく、眠っていたからだけではない。いじめられている故に、きっと、目立たぬように身を潜めながら海で過ごしていたのであろう。

「何色だって、主は美しい。大丈夫。我の自慢で大切な友じゃ。もう少し、待っておれ」

 そして、カリバーンのエネルギーと共に、その跡をつけるかのように、数人の殺気の満ちたエネルギーの者が動き出したのをチェルシーは感じ取る。

 それと同時に、レムリア内で扉の気配もしっかりと感じ取り、不敵な笑みを漏らす。

「ちと、あの波の時とは場所がズレたかもしれぬが、ちゃんと繋がっておるな」

 勢いよく風が吹き、さらにチェルシーが笑う。

「派手にやっておるわ。カリバーンのスピードについていけるかのう。くくく」

 ゆるりと中央の玉座に戻り、ドカッと腰掛ける。

「あの波の時の、再来よのう」

 レムリアのあちこちで、様々なエネルギーがひっきりなしに動き始めた。直ぐに、招待状という名の書簡の返事も届くことだろう。

 ゆらりと赤銅色の瞳を揺らし、チェルシーは低く、けれども信念の籠った声で、呟く。

「女王よ。どちらが先に、おのが正義を貫くかな」

 くくく、と天空城中にチェルシーの笑い声が響く。

「戦はせんが、この勝負、必ずや勝ってみせよう」

 その声と共に、また風が吹き、一枚の白い花弁がチェルシーの前に舞う。
 それにふっと息を吹きかけ天空城の外へと飛ばすと、ニヤリと笑む。

 

 

 

「化かし合いじゃ」

 

 

 

その手に触れられなくてもepisodeχ

 

 

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