オリジナル童話

その手に触れられなくても~episode1~世界の子どもシリーズ―過去編―

2023年8月24日

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 かつて地球という惑星が誕生したその時、宇宙中が歓喜に沸いた。

 何億年ぶりか分からない、生命体の誕生した惑星だったからだ。

 それだけでなく、全てにおいて地球は特別だった。

 何せ、この地球という惑星ではどの星の生命体も体質に関わらず、普通に呼吸をし、ありのままの状態で過ごすことができたからだ。

 そのため、違う星同士の者が共存する場所として、この地球を宇宙中の拠点とする話が持ち上がった。

 それが地球を導き発展させながら見守る箱庭プロジェクト。

 宇宙中の全ての星々と言ってもいい国が、このプロジェクトの参加に名乗りをあげた。

 まずはエジプトを拠点に、他の中小国と協力してムーがユーラシア・アフリカ大陸を中心に発達を促した。

 次にヨーロッパを中心に、アヴァロンが芸術や天文学が発達するように人間を導いた。

 そして、日本を含む海域を中心としたアジアエリアをレムリアが

 オーストラリア大陸はアトラントの民が

 アメリカ大陸を中心としたエリアを後のアトランティスが

 人間を導き、地球が発展するように尽忠した。

 そのプロジェクトは順調に進み、多くの星々の者が、体質に関係なく交流を楽しみ、人間と地球を愛し、この豊かな惑星の成長を見守り続けた。

 ひとつ、厄介なことがあったとすれば、この地球で誕生した生命体、人間は不思議な力を一切使うことができないということ。

 最初のうちは、それらも問題なかった。

 けれど、人間が成長するにつれ、宇宙から導くためにやってきた者たちと自分たちとの違いに気づき、異変が起こる。

 ある者は不思議な力を持つ者たちを敬い、ある者は畏れ、ある者は嫉妬し、ある者は憎むようになった。

 そこで、地球の発展のためにもこれ以上人間を恐れさせないようにと、アヴァロンとムーの王が動いた。

 時空と次元を繋ぎ、地球の地下空間にミラーのように連動する新たな世界を作ったのだ。

 そして、宇宙中で条約が結ばれる。

 魔法といった不思議な力は今後、地球の地上世界では使わないこと。一部の事情を知る人間以外には、自分たちの正体を明かさないこと。

 そして、その条約が破られることのないよう、アヴァロンとムーの王は、地下世界と地上世界の間に、魔法といった力が一切使えなくなる特殊な魔方陣を敷き、この二つの時空間を繋いだ。

 こうして、地球にはことわりの違う宇宙で繋がる地上世界と地下世界の二つが誕生したのだ。

 この地下世界ではアヴァロンとムーの王が特別な扉を繋いだため、宇宙中の星々の者が、今までと同じようにありのままの状態で、自由に行き来できるようになった。そして、皆がこの地下世界で時空と次元を超えて、種族の垣根を越えて、その交流を楽しみ、地球は地下・地上共に目まぐるしい発展を遂げた。

 地上世界は人間たちの住む惑星として、地下世界は宇宙中の者が共存する中立都市、サンムーンとして。

 それでも、事件は起きる。

 魔法族のある者が、星を詠み、予知したのだ。
 大波がくることを。

 そこで地上世界でそれぞれの大陸を導く王たちは、不思議な力の使えない人間たちではこの波から逃れるのは難しいと判断し、何年もかけて安全なエリアに移住させたうえで、甚大な被害が予想されるエリアを大陸ごと地下世界へと隠した。

 けれども、それだけでは被害を抑えることはできない。
 なぜなら、地上世界と地下世界は連動しているからだ。
 そして、その大波の原因となる震源地が、海底火山であったことも災いしたのかもしれない。

 地下世界では、地上世界以上の大波にのまれることが予知された。

 それらの被害から逃れるため、皆、自分たちの星へと戻ることとなったのだ。

 一部の者たちを除いて。

 この時既に、宇宙中の者が共存するサンムーンでは、多くの愛と新たな種族を越えた家族が生まれていた。

 ある者は、この慣れ親しんだサンムーンから離れないと言う。

 ある者は、体質が父親とも母親とも違い、どちらの星にも合わなくなっていた。

 ある者は、体質が父親と母親、両方とも合い、どちらの星にも行くことができるようになっていた。

 自国の星へ帰る者、サンムーンに残る者、どこも選べない者、どこの星も選べる者。

 誰も、何も、どの選択も間違ってなど、いないのだ。そこに愛があれば。

 そこで行われたのが、最も波の被害が大きく自国の星へと帰ることのできない体質の者が多いアトランティスとレムリアを中心とした会議である。

 そこに同じく参加したのは、時空を繋ぐアヴァロンと、次元を繋ぐムー。

 その会議のことを、不思議な力をもつ宇宙の者たちは、四大陸会議と呼ぶ。

 そして、不思議な力をもつ宇宙からやってきた導き手のことを、地球に住まう人間たちは神と呼んだ。

 これは人間たちから神と呼ばれ、地球を見守るためにやってきた宇宙中の者たちが種族も星も国も関係なく、恋をし、愛を育み、生まれた子どもたち――……

 神々の才と力をもつ次世代が、生きる場所を決めようとした時に起きた、悲劇の物語。

 

 

 

 

その手に触れられなくても

 

 

 

 

「やっと見つけた」

 波の音と共に、何処かから声が響いてくる。
 けれど、今は真夜中。だからきっと空耳だと思い、リアはそのまま泳ぎ進める。

「……ネ」

 それでも、声が聞こえてくるような気がする。やっぱり誰かいるのかもと思い、リアは泳ぐのをやめ、そっと岩陰に隠れて様子を覗うことにした。けれど、向こうの方を確認してもやはり誰もいなくって、でも、誰かいたら困るから、容易に水音なんて出せないとすぐに警戒モードに入る。

「…………」

 音を出したくないため、水に潜ることもできず、動くこともできず、声を出すこともできず、仕方なく、岩陰から辺りをキョロキョロとする。

「イ……ネ……」

 どれだけ探しても誰の姿も見えないのに、何処かから波の音に交じって確かに声が響くのだ。

 きっと、男性の声。

 リアはさらに用心深く岩陰に隠れて、そっと満月に照らされている海岸側を覗き込む。
 誰かいるなら人魚にせよ、人にせよ、海岸の方に違いない。

「相変わらず、謎なことしてるな。あっちに何かあるのか?」

 いつの間にか声が近くなっていて、リアは驚いてその岩影をぴちょぴちょと動き回る。

 ああ、音を立ててしまった。

 それと共に、吹き出すような笑い声が響いてきて、ようやく岩の向こうではなく、その声がリアが隠れている岩そのものの上の方から響いてくるのに気が付いた。

「やっとこっち向いた」
「え?」

 見上げると、リアが今まさに隠れている岩の真上に、男性が座り込んでいた。

 い、いつの間に……!

 けれどこのタイミングで月が雲に隠れて辺りが薄暗くなり、男性の顔がよく見えなくなってしまう。ただ、長い黒っぽいマントが風と共に靡いて揺れているのと、茶色っぽいスーツのような服に身を包んでいるのが見て取れて、何となく、魔法族の人なのが分かった。

 よかった、人魚じゃないなら、攻撃まではされないかも。この辺りまで魔法族がくるなんて、珍しいわ。薬が欲しいのかしら……?

 怖くて隠れてしまいたいのに、何だか気になってしまい、リアは海に潜ろうとして、やはりやめる。

 またぴちょぴちょと動き回り、意を決して、身体を海中に沈め、目元までを水面に出して、じっとその男性を見る。

 そうしたら、少しずつ雲が晴れてきて、男性の顔が月灯りで徐々に露わになっていく。

「迎えにきた」

 まだ、顔の全てが見える訳ではない。けれど、すぐにその瞳にくぎ付けになった。

 闇夜の中に、透き通るように、けれども深い紅色の瞳がリアの目の前で揺れる。まるで、炎のように。

「……っつ」

 だから思わず、水面から上半身が出るくらいガバリと飛び出してしまったのだ。

 そのリアの動きに合わせて、一瞬、男性が目を丸くして驚いた表情をしたのが分かって、今度は慌てて、頭のそのてっぺんまで隠れるくらいに、海に身体全てを沈める。

「…………」

 だけど、やっぱり気になるから、また水面から目元まで顔を覗かせて、その男性の次の出方をみる。

「ふっ、ははっ。遅くなって、ごめんって。だから、怒るなよ」

 すごく気の強そうな顔立ちをしているのに、すごく優しく笑うから、怖い人じゃないかもと思い、また上半身を海から出す。

「さて、どうやって帰ろうか……というか、いつまで海の中にいるつもりだ?」

 何かを考えこむように、その男性が空を見上げるから、首を傾げる。

 何を言ってるのかしら。人魚は海の中にいるのが普通だけど。

「……ん?」

 リアが黙ったままだからだろう。男性がまた、リアの方を向く。

「どうした?」

 だから、リアも思い切って聞いてみる。

「あなた、だあれ?」

 男性が今度はものすごく驚いた顔をして、リアの瞳を食い入るように見つめる。
 すごい勢いでこちらをみるから、リアは慌てて、またぴちゃりと目元以外の身体を海に隠す。

「覚えてないのか……」

 ……私、薬をもらいにくる街の人間しか知り合いいないんだけど。

 でも、じっとこちらを数秒ほど見て、またその男性は言う。

「……なるほどな。何となくわかった。先に天空城へ来いってそういう意味だったのか」

 人魚違いなのかもと思い、リアはそのまま岩にもたれて、男性の次の言葉を待つ。
 けれど、何かをブツブツと呟きながら、よく分からない魔法陣みたいなの光らせて。

 何よ、声をかけといて、一人で解決して、放置なんて。人魚違いなら、人魚違いって言えばいいのに。

 そのまま泳いで帰ろうとしたら、それに気が付いたのか、男性が少し慌てたように言う。

「わ、待てって」
「……なあに? 何か用なの? それとも人違い? 人魚違い?」

 すると、男性はまた微笑みながら、言う。

「全然人違いじゃない。だから、ちょっと待てって。すぐ終わるから」

 そう言いながら、口で引っ張るようにして革の手袋を脱ぐその男性の仕草に既視感を覚えて、何故か胸がぎゅっと締め付けられた。

 そのまままたブツブツと呟いて、淡く男性の身体が光る。そして、こちらに向き直って、またリアに話しかけてくる。

「……なぁ、今の名前は?」
「今の名前?」

 男性が困ったように笑いながら、言い直す。

「いや、言い方が悪かった。名前を教えてくれないか?」

 そこで何となく、ああ、魔法族は幼少期の名前も名乗る習慣があるのかもと思い、一拍置いてから、言う。

「リアよ。入園前は、リギだった。あなたは? 魔法族よね?」

 そしたら、少し寂しそうに笑んで、満月をじっと見ながら、男性が言う。

「……アヴァロンだ。今は、アヴァロンと呼んでくれ」
「え?」

 再び、アヴァロンと名乗るその男性がこちらを向き、視線がぶつかり合う。
 吸い込まれそうなその紅い瞳が、儚く、なのに力強い炎のように揺れる。

「っつ……」
「……なぁ、リア」

 アヴァロンは視線を逸らすことなく、ずっとリアの目を真っすぐにみたまま、話し続ける。

「……明日も会いたい。またこの時間、ここで会えないか?」
「え? 私、ちょっと……」
「……大丈夫。何も、怖いことなんてしないよ」

 だから、リアは悩みながら、言う。

「いや、その。私、あんまり人目に付きたくないから、出歩かないの」
「……うん? そうなんだ。なんで?」
「えーっと、まぁ、その、いろいろ?」

 何故だか分からないけれど、初めて会ったはずなのに、アヴァロンにはいじめられてるって知られたくなくて、咄嗟に誤魔化してしまった。
 だけど、気づく。ここに来なければ、またこの人には会えないと。

 また会いたい気もするし、だけど、ここまで来るの、ちょっと怖いな。どうしようかな。

 悩んでるのが分かったのか、アヴァロンが言う。

「なぁ、頼むよ」

 そうしたらまた目が合って、今度はすっごく切実な感じに瞳が揺れるから、何となく本能的にこの瞳に弱いのって思ってしまって、リアは反射的に言ってしまう。

「……いいわ。明日も……くる」

 そうしたら、すごく嬉しそうにニコリと笑ってくれて、リアもつられて嬉しくなって、不安なはずだったのに、つい笑ってしまった。

「その笑顔、変わらないな」
「え?」

 そうしたら、またアヴァロンの身体が淡く光って、ちょっとしかめっ面しながら、ぼやく。

「くそっ。まだ馴染まないな」

 何だかその悪態のつきかたまでもが、ものすごく懐かしく感じられて、食い入るように彼を見つめてしまう。

 何だろう、この感覚。

 リアの視線に気が付いたアヴァロンが、小さく息をついて、言う。

「まだ長時間は出歩けそうにない。残念だけど、今日は一旦、戻るよ」
「え? ……う、うん」

 明日も会う約束をしたところなのに、まだ目の前にアヴァロンはいるというのに、離れるのが怖いと、衝動的に思ってしまう。

「それじゃ……あ……」

 アヴァロンはまだ何かを言いかけていたけれど、勝手に身体が動いてしまって、いつの間にか彼のマントの裾を掴んでしまっていた。

「…………」
「…………」

 そうしたら、ポンポンっと軽くリアの頭を撫でて、アヴァロンが微笑む。

「……心配?」
「えっ、あっ、えっと」

 なんて答えたらいいのか分からなくて、どうしてこんなことをしてしまったのか分からなくて、リアは慌ててマントを掴む手を離す。
 そうしたら、ちょっと視線を逸らしながら、アヴァロンがポケットから、紅いシルク素材の長いリボン紐を出して、リアに差し出す。

「……これ、目印」
「えっと」

 けれど差し出されたその手は、手袋をしていなくて。
 そして、アヴァロンの瞳は炎みたいに揺れるから、だからそのリボンを受け取りたいのに、海で水と共に生きる自分がその手に触れてはいけないと、思ってしまう。

 それと同時に胸がきつく締め付けられて、苦しくなって、気が付けば涙がポトリと雫となって海に落ちた。

「あ……れ?」

 そうしたら、アヴァロンが慌てて涙を拭ってくれて、言う。

「……ごめん。無理にとは言わないけど……えっと、そうだな。夜はさ、分かりにくいだろ? だから、その……俺との約束として、つけてくれたりしない?」
「……約束?」
「そう。このリボン、俺の瞳と同じ色なんだ。だから、えっと……ほら、明日も忘れないように、約束。分からなくなったら、そのリボンと同じ瞳を探して」

 リアは触れるのが怖くて躊躇ってしまうのに、アヴァロンはその手が水に濡れても構わないとでもいうように、躊躇うことなく、リアの零れ出る涙を拭い続ける。

「どう……かな? 紅は好きじゃない?」

 何故だか分からないけれど、涙が止まらないまま、リアは笑って言う。

「……ううん! 紅は好き!」

 だって、海の中には、赤色の階級はないから。だから、赤は私をいじめない色。

 リアはもう一度、言う。

「赤は……紅色は好き。だから、リボンつけるね」
「うん」

 そうしたら、またアヴァロンの身体が淡く光って、くそって悪態が聞こえてきて、彼が岩の上に立つ。

「あー、もう。せっかく会えたのに!」
「え?」
「いや、何でもない。明日、絶対に約束だから」

 アヴァロンの深く吸い込まれそうな紅いその瞳が、揺れる。

 やっぱり、炎みたい。

「うん」
「……大丈夫。俺は絶対に、約束は守るよ」
「え? うん……」

 すごく大切な約束みたいに、アヴァロンがそう呟いた。
 友達と会う約束は大事だけれど、何だかそれ以上の意味が込められてるかのような、そんな真剣な声色で。

 それが無性に嬉しくて、勝手に満面の笑みが漏れる。

「うん! 絶対に守ってね! 明日もここで約束ね!」

 強い風が吹き、岩の上に立つアヴァロンのマントを激しく揺らす。

「それじゃあ、行って。今から魔法使うから、近くにいたら、危ない」
「わ、分かった……!」

 そう言われて、素直にリアは岩から離れていく。
 この辺りは浅瀬だから、海底まではもう少し進まなければ、帰れない。

 離れ行くなかで、またアヴァロンが何かを呟く。

「何度でも惚れさせてみせるよ」

 ただ、もう離れすぎていて、波と風の音でその言葉をリアは聞き取ることができなかった。

 けれど不思議ともう不安はなくて、約束の紅いリボンが、海の中だというのに炎のように強く輝いていた。

 

 

 

 

その手に触れられなくても~Secretepisode1.1~君への贈り物

 

不定期更新、製本作業完了後、こちらでの掲載は終了となります✨お見逃しや読み直しは本よりお願いいたします!また、現在こちらでは「その手に触れられなくても」本編、リアのストーリーを連載中です🐚シリーズ全体としては書き下ろしを含む番外編込みで全て繋がっていきます✨宇宙間の星、国の関係やカイネの過去、各種族の秘密は番外編よりお願いします🐉💓

 

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