小説・児童文学

【宝石×小説】誕生石の物語―地球への贈り物―~1月ガーネットの物語~前編

2025年1月31日

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【宝石×小説】誕生石の物語―地球への贈り物―~1月ガーネットの物語~前編

 

「ふぅん、これが地球か」

 ガーネットが降り立ったのは、とある山の中腹でした。今日は晴々とした日で、中腹からでも十分に遠くまでを見渡せます。このエリアでは宝山の頂からみた地球の青の主たる海は見えないようで、けれども代わりに瑞々しい緑が生い茂っています。山を下りきり丘をいくつか下れば村があるようで、ぽつりぽつりと家のようなものが確認できました。付近では放牧というのでしょう、牛や羊といった動物たちが安心しきった表情で、のそのそと動いています。

「宙からみるのと随分違うが、これはこれでいいね」

 ガーネットは景色を堪能しながら、肺いっぱいに息を吸い込みます。その空気はどこか美味しくも感じられ、頬を撫でる風は天界のそれよりも、ひんやりとしていました。

「……なぜだろう、地球の温度というのを調べてからやってきたのに、寒さを感じるな」

 推奨様のとられた十二人の弟子は誰もが大変に優れていましたが、その中でもガーネットは最も知識も行動力もあったと言えるでしょう。宝山に辿り着くのが一番であったならば、地球へと下見に降り立つのも一番でありました。
 推奨様からの話を元に、地球について調べ上げたガーネットですが、地球は降りるエリアや四季だけでなく、こういった山の中は冷え込むことが多いとまでは把握できていなかったようです。
 彼女が着ている服は、白い麻でできたシンプルな袖のない服と、ズボンです。彼女の紫がかった赤の髪は、ひとつの団子に束ねておりますが、髪の量が少々多いためにその団子からはさらに余った髪で編んだ一本の三つ編みが飛び出しています。
 髪を降ろした状態では身軽にひょいひょいと動き回る彼女には大変髪が邪魔になり、また、団子をひとつに束ねると今度はそれが大きすぎて綺麗にまとまってくれず、すぐに崩れ出すのです。そのため彼女の髪はこのような形になり、それがまた、彼女のトレードマークにもなっておりました。
 袖のない麻の服に結い上げた髪型では、山の中を吹く風は、たとえ穏やかであっても、冷たすぎたのです。ガーネットは二の腕を摩りながら、麓の先、丘を下ったその向こうにある村の方へと向けて、駆けだしました。けれど、駆けるといっても、ただ走るのではありません。彼女は天界で動き回るときのように、ひょいっと身体を軽やかにジャンプさせ、緩やかで安全な道を回ろうなどとは露にも思わず、目的地へと一直線に向かっていくのです。

「せっかく地球まで来たというのに、寒いからとすぐに戻っては面白くない。まずは暖をとりに行こう。あとせっかくだ、人間を近くでみてみたい」

 宝山を登りきったガーネットにとって、中腹から山を下りきるなど造作もないことでした。けれど、天候や気候に変化がなく、全てが軽い天界と地球では、景色から体感までがまるで違うのです。宝山の頂からみる絶景はそれは圧巻でしたが、好奇心旺盛のガーネットにとって、この地球のとある山腹からみる景色もまた、どこかのんびりとした心地になる美しい景色でした。
 けれど、地球には重力というものがあります。それは頭では分かっていても、実際にその身で体感するとなると話は別だったのです。どれほどに身体能力が高いガーネットであっても、景色に意識を取られていたからでしょう、ついうっかりと、足を滑らせてしまったのです。
 山肌が露わになった斜面とガーネットの足との間に小石が入り込んだようで、思い通りの動きをしなかったガーネットの足は、身体ごと、大きくバランスを崩していきます。

「うわっ、しまっ、た……」

 もし力を過信せずに道を歩いていたならば、ここまでのことは起こらなかったかもしれません。けれど、道ではなく、距離だけをみて一直線に進んでいたガーネットの進路は、山の中でもひどく足場の悪い所でした。かなりの距離を滑り落ち、ガーネットの身体は大きく宙へと投げ出されます。
 ただ幸いにも、彼女は天界人であり、その中でも優れた身体能力の持ち主です。反射的に身体の向きを宙で変え、斜面に飛び出していた枝をひとつかみし、くるりと回転すると、山道のひとつへと着地したのです。

「よっ、とっと……危なかった。重力とは油断ならないな」

 服についてしまった土を払い、ガーネットは何事もなかったかのように、再び駆けだそうとします。

「…………」

 けれど、足首に感じるのは違和感と鈍い痛みなのです。天界でも、それは大変に厳しい修行と訓練を繰り返しておりましたので、怪我自体は初めてではありません。しかし重力の影響でしょうか、怪我の仕方というのが天界のそれとは違うようで、足首が痛いだけのはずなのに、その痛みというのは鈍く広がっていくではありませんか。

「不覚。足をやってしまったか。地球には万慈草もないだろうし……近くに水源も感じられないな」

 ガーネットは辺りを確認し、仕方がなく、負傷した左足ではなく右足だけで、ひとり山道というのを歩き進めます。けれど、日頃、ひょいひょいとどこでも駆けていくガーネットにとって、それは大変に進むスピードが遅く感じられる道のりでした。黙々と左足を引きずる形で進み続けるガーネットは決して愚痴をこぼすこともなければ、不安げな表情をすることもありません。それでも、足首から広がる痛みというのは増す一方で、真っ青であった空は次第に橙色に染まり、あっさりと紫がかったそれへと変わっていったというのに、ガーネットはまだ山の麓にも辿り着いてはいませんでした。

「…………流石に腹が減ったな」

 ガーネットがついに弱音とまではいかないも、言葉を零し、目に止まった大きめの岩へと腰かけます。すると、空には星が光りだし、ガーネットが吐く息は、外へと放たれた瞬間に白く色を付け始めたのです。

「天界に戻るには滑った時点で下りすぎてしまっていたし、村まではしばらくかかりそうだ。……地球に下見に向かうと言っていたのは誰だったか……ひすいと……ダイヤモンドと……この怪我ではやはり、誰かに助けを頼まなければならないかもしれないな」

 すると、ガーネットが進んでいた道の先から、音が響きだしたのです。ガーネットは耳を澄まし、意識をその音へと集中させます。微かに感じる地面の揺れる音というのは、ゆったりと、けれどもガーネットの地球で表す体重というのよりも随分と重めでありました。さらに言うならば、それは四足歩行のそれというよりは、二足歩行の大きなもののように感じられるのです。

「……しまったな。足をやられると、地球の野生生物とやらに遭遇したときの対処法も変わってしまうな」

 ガーネットが反射的に立ち上がろうとするも、普段無表情のガーネットでさえ思わず顔を歪めてしまうくらいの痛みが足に走り、上手く立ち上がれないのです。さらによく見れば、足は大変に腫れあがり、熱を持っているようにも感じられます。
 けれども足音は近くなる一方で、ついに真っ赤な巨大な目が、ガーネットの姿を捉えたのです。

「……っつ」
「やはり。お嬢さん、大丈夫ですか?」
「……ん?」

 暗闇に慣れ始めた目に、突然に現れた真っ赤なそれは、あまりにも眩しくて認識するのに時間がかかってしまったのです。けれど、よくみると、その赤は野生生物の目のそれではなく、木の棒につけられた火であったのです。
 その火を持つのはひとりの人間の男で、彼は座っているガーネットに近づくと、その足を見るなり、「これは酷い。よく耐えたものだ」と呟き、その火をガーネットに渡してくるではありませんか。

「これを持っていてください。応急処置をしましょう」

 すると、その男は袋にもっていた水をガーネットの足にかけ、さらには水で浸した布を腫れあがった足首へと手際よく巻いていくのです。本当は全身がとても寒かったというのに、足首にかかるよく冷えた水と、足に巻かれたその濡れた布は、寒いどころかガーネットにとって気持ちのよいものでした。

「なんと、そんな薄着で。もしかしてあなたも、この向こうの村へと、交易にやって来た使者の方ですか? あなた方の村は海に近く、これほどの山には馴染みがないと聞きます。ですがこの辺の山は夏であっても大変に冷えるのです。驚かれたでしょう? さあ、私のものなので少し大きいかもしれませんが、これを羽織ってください」

 きっと、その人間の男も寒いから羽織を身に纏ってきたに違いありません。けれど、その男は迷うことなく、それをガーネットの肩へとかけるのです。

「かたじけない。……これは、あったかいな」
「はい。この村に住むには必需品です。さあ、肩をかします。もう少しの辛抱です。麓まであと少しですし、下には馬を待たせてあります」
「私を、助けてくれるのか?」

 ガーネットが驚いてそう問うも、男は目を丸くし、とても優しく微笑んだのです。男は地球の生物に例えるのならば熊のように大柄であるというのに、その笑顔はまるで稚児のように可愛らしいものでした。

「当たり前ではありませんか。こんな夜の山に、怪我をしたお嬢さんを置いてなど行くわけがありません。そもそも、あなたを助けにきたのです」
「私を? 失礼、あなたも天界からいらっしゃったのか?」

 男はゆるく笑んだまま、ガーネットに手を差し出すのです。

「海の向こうの村は、テンカイというのですか? 違う村の者だとしても、皆、同じ人間ではありませんか。山の向こうで人影がみえたというのに、ぱったりと姿を消してしまったのでもしやと思いまして」
「皆、同じ人間、か……。いや、有難い。実はそろそろ、ひとりで歩くのも限界だったんだ。ぜひ助けてほしい」
「はい、もちろんです」

 ガーネットが差し出された手を掴むと、男はとても丁寧にガーネットの腕を男の肩へとまわします。そして、あちらですと言いながら、男はわざわざガーネットの背丈に合わせて中腰になりながら、ゆっくりと、ゆっくりと歩き出しました。

「それにしてもよかった、あなたはとてもキレイな赤い髪をなさっているから村からでも気が付くことができたのです。あちらの村では赤い髪の方が多いのですか?」

 男が指すあちらの村というのはきっと、向こうの村へと交易にやってきた使者とやらの住む村のことなのでしょう。けれども、ガーネットはふと、自分の住まう天界を思い浮かべます。ガーネットは何百年も前に家族とも生き別れ、長い間、ひとりで暮らして参りました。好奇心旺盛の彼女は天界のあちこちへと赴きましたが、赤い髪の者と出会ったことはありません。同じ赤い髪であったのは、幼い頃にみた自分の母親くらいでしょう。もう顔だって朧げな記憶でありましたが、ガーネットは母親がそれは綺麗な長い髪をしていたことはしっかりと覚えていたのです。そのためにひょいひょいと動き回るガーネットにとって長い髪というのは実のところ不便ではありましたが、束ねてでも切る気にはなれなかったのです。

「……いや、いないな。赤い髪はもう、私ひとりだけだ」
「そうなのですか? でも地球は広いと聞きます。使者様のように海を渡り続けていたら、また同じ赤い髪の者とも出会えるかもしれません」
「海を……渡り続けたら、か。それは、いいな。同じような赤い髪の者と出会えるだろうか」
「はい、使者様の髪は大変に綺麗ですのできっと、すぐに相手もみつけてくださいますよ」
「……この髪を褒められたのは、いつぶりだろうか。懐かしい気持ちになるよ」

 ガーネットを支えながら、それも中腰で進む山道は決して楽な道のりではないでしょう。けれども男は終始、笑顔でありました。

「使者様、みえますか? あちらに馬を待たせてありますのであと少しです」
「ああ、みえるよ。……本当に助かった。私はガーネットという」
「ガーネット様、私はパイロと申します」
「様はいらない。皆、同じ人間なんだろう? パイロ」
「ははは、そうですね。ではガーネット。手を貸しますので馬に乗ってください」
「ああ、悪いがもう少し、世話になるよ」

 こうしてガーネットは人間の男、パイロの肩を借り、無事に麓まで下りきると馬へと乗ってパイロの住む村で休むこととなりました。
 パイロはガーネットのために空き家を貸し、さらにはあくる日には医者を寄こしてくれたのです。

「これはただの捻挫ではなく、骨にひびが入っています。全治二か月といったところでしょうか。安静にしてください」
「二カ月……」
「はい。パイロから海の向こうからはるばる交易に来られた使者の方だと伺っております。海の旅は身体に負担がかかります。完全に治してから行かれるとよいでしょう。そもそも、港のある隣の村までもかなりの距離がありますので」

 医者はガーネットの足首に木の枝を添えると、それとガーネットの足が離れないよう、とても丁寧に白く細い布を巻いていきました。不思議なもので、山を下りきりさえすれば引くと思っていた痛みはむしろ、増す一方でした。天界にいれば、足の怪我などたとえ骨折していようとも、数日もしくは長くとも一週間では治ったことでしょう。
 ガーネットは内心、地球ではひとつの怪我がこれほどに痛く、治るのにも時間を要することに驚きを隠せないでいました。それが表情にも表れていたのでしょう、いつの間にかガーネットの眉間には皺が寄ってしまっていたのです。
 けれど、それを動けないことの不満ではなく、不安ととったのでしょう。パイロが、ガーネットの目をみつめながら、頷くのです。

「大丈夫です、きっと間に合いますよ。昨日向こうの村で確認したときには、まだ次の出航までに二カ月半はあると言っていました。この家は気兼ねなく、そのまま治るまで使ってください。食事も私が用意しますよ」
「だが……」
「ああ、次に私が向こうの村へと行くときに、ガーネットの知り合いを探してきましょう。あなたの名と美しい赤い髪の女性だと言えば、すぐに伝わるでしょう。誰か頼れる者の名と特徴をお教えください」

 ガーネットは足さえ治れば、ひとりで再び山へと登り、天界へと戻る予定でおりました。けれども、パイロや医者にガーネットが天界人だと言うわけにはいきません。会話に度々登場する使者とやらと同じ、地球の中でも遠い村の出身の者としておいた方が良いでしょう。ガーネットはしばし考え、何となく思い浮かんだ名を口にします。

「……ダイヤモンド。もし、ダイヤモンドという……私と同じような服を着た白銀で短髪の男がいたら、伝えてくれないか。ガーネットは足を怪我したために、帰りの予定をズラす、と」
「はて、伝えるだけとは? ダイヤモンドさんをここまでお連れしなくていいのですか?」

 パイロがとても驚いたように言うので、ガーネットは大変に困ったように、言い足しました。

「ああ、私たちはそんなに深い付き合いはしないのだ。同じ目的を持ち、時に共に行動することもあるが、馴れ合う訳ではない。ただ、ダイヤモンドは私のすぐ後に続いてここへと来るようだったので、先に来た私の方が帰りが遅いとあの男は義に固いので、自分の仕事に集中しにくくなるだろうから」
「それは、すごいですね。……商売仲間というやつですか。同じ出身地でも、売る物が違うから協力もするし、相手の商売の邪魔にならないように慣れ合いもしない、と。これは驚きました。私たちはあまり商売というのはしないのです。村の皆で牛や羊の世話をし、時に狩を行い、日々の生活を回すのです」
「そうなのか、それはそれで興味深い。パイロの村の話をもっと聞かせてくれないか?」
「もちろんです」

 こうして、動けないガーネットが退屈しないよう、パイロは食事の時以外もガーネットの小屋を訪れては、パイロの村の話を聞かせてくれるようになりました。そして、時間をつくっては数日に一度、港のある村へと行ってはダイヤモンドがいないか探し、お土産を持って帰ってきてくれるのです。

「やあ、ガーネット。調子はどうですか?」
「パイロ!」
「すみません、今日もダイヤモンドさんを見つけることができませんでした。ですが、ほら。今日もザクロがあったので買ってきました」
「いつもすまない。……今日は、向こうはどんな様子だった?」

 ガーネットはそれは大事に、赤く真ん丸とした片手で掴めてしまうくらいの実を受け取るのでした。初めてザクロをパイロにもらったとき、この甘酸っぱさをとても気に入ってしまったのです。そして、あまりにもガーネットが喜ぶので、パイロはザクロをみつけては、ガーネットに買ってきてくれたのでした。
 ダイヤモンドの名は、適当に言っただけのため、本当にひょっこりとダイヤモンドがその港のある村へと立ち寄らない限り、見つかる訳がありません。それなのに律儀に探してくれるパイロにガーネットは申し訳なさを感じつつも、ダイヤモンドを探しに行った帰りには決まってザクロをお土産にもらってきてくれるので、ガーネットはとてもパイロが隣の村へと行く日が楽しみで仕方がありませんでした。

 

1月ガーネットの物語~後編~

 

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