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【小説×宝石】地球への贈り物_誕生石の物語~3月アクアマリンの物語~後編1

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【小説×宝石】地球への贈り物_誕生石の物語~3月アクアマリンの物語~後編1

 

 

 翌朝、久しぶりに弟子の十二人全員が顔を合わせました。地球に残る者、見送る者、両方が地球へと繋がる入り口の周りに集まりました。

「では、別邸の管理をよろしく頼む」

 翡翠に続き、一人、二人と躊躇うことなく入り口の向こうへと飛び降りていきます。いよいよ、ガーネットとダイヤモンドの番でしたが、ガーネットはいつまでもどこか寂し気な表情をしておりました。

「本当に……いかないのか?」

 ガーネットの問いに、アクアマリンはぐっと眉を顰め、苦し紛れに小声で言うのです。

「し、真珠さんと一緒に宝を創る約束をしてるんです。だ、だから一人ではないですし、ガーネットさんたちがいなくても、だ、大丈夫です……」
「そうか……そうであったか。ならば安心だ。私は……せっかくだから長く地球を周ってみようと思う。では、別邸の管理よろしく頼む」
「……はい」

 ガーネットはもう、アクアマリンの方を見はしませんでした。ただ入り口を飛び降りるだけであれば、彼女には何の躊躇いもないのでございます。
 すると、それに続くのは、やはりダイヤモンドでした。
 しかしながら、ダイヤモンドは飛び降りる寸前、アクアマリンの方を見ずにただ、まるで独り言のように呟くのでございます。

「ガーネットは……普通にアクアマリンとの時間が好きなのだ。無理に一緒に休憩したり食事を摂っているのではない。聖人しているかどうかではなく、ただアクアマリンと一緒に時間を過ごしたいから、そうしているのだ。……私も三人での時間も……気に入っては……いる」
「……っつ!」

 アクアマリンがそれに応えようとしたときには、既にダイヤモンドは姿を消しておりました。あっという間に、全員が大気圏へと突入したようです。
 それを固唾をのんで見守っておりましたが、やはり真っ先に地球へと行きたいと申し出るだけあり、あっさりと五人は地球へと降りて行ったのであります。

「無事に行ったようだ。では、私たちは作業に集中しよう」

 アメシストの一声に、全員がそれぞれの作業台へと散っていきます。
 それでも、アクアマリンはその瞳いっぱいに涙を溜めて、地球への入り口をみつめておりました。

(お二人から離れるなら今しか……ないと思って。いつか、突然一人になるのが私は怖かったのかも。でも……素直にこれからも一緒にいたいと……言えばよかった)

 アクアマリンが昨晩に告げたことの多くは、嘘ではないものの、真実でもありませんでした。確かに身体の成長は感じてはおりましたが、まだ一週間以上食事と睡眠の間隔あけるのは負担が大きかったのです。
 そして任を終えた後のこともそうです。一人でやっていかねばならぬのであれば一人でやっていけるのでしょうが、決して一人でやっていきたい訳ではなかったのでございます。
 二人に迷惑をかけたくない本音からでた言葉と、二人と一緒にいたい本音を隠した振舞いは、アクアマリンとガーネット、ダイヤモンドたちを複雑に絡めてしまいました。

「……ガ、ガーネットさんの長いってどれくらいだろう……本当に何百年も帰ってこなかったら、どうしよう。そしたらきっと、ダイヤモンドさんも帰ってこない……」

 思わずアクアマリンの口から本音が零れ出て、それに呼応するかのように、その瞳に溜まっていた涙が、ぽろり、ぽろりと美しい雫となって宙を舞っていきます。

 その涙が一体何滴ほど床に零れ落ちたでしょうか。
 アクアマリンの声を押し殺したような肩の震えが収まったかどうかの頃合い、背後から声がかかるのです。

「泣くくらいならば一緒に行けばよかったのに」

 アクアマリンが驚いて振り返ると、そこには真珠がおりました。もうとっくに全員が作業台へと向かったと思っておりましたので、アクアマリンは油断してしまったのです。
 涙を拭うよりも前に反射的に振り向いてしまったため、恐らくは真珠に泣き顔をみられてしまったでしょう。

「……これは……その……水量……調査……です」
「そうだな。地球や宝山ではなく、アクアマリンの心の水量調査が必要だろうな」
「え?」

 アクアマリンは大変に水仙術が得意にございました。十二人の弟子の中で一番に水の分析や扱いに長けていると言えるでしょう。
 例えばまだ聖人しておらずとも宝山に登ること自体に挑戦できたのも、この能力が大きく関わっておりました。
 アクアマリンは水仙術で自身の足元に水の層を作り、身体を浮かせ軽くすることで険しい道を進んで参ったのであります。
 また、どこからその水分を調達したのかというと、宝山を登り進めれば進めるほどにやっかいな霧を利用したのでございます。
 その日の気温をよく計算し、自分たちが進む周辺の霧の水分を取り込み、アクアマリンは視界を良好にしながらも、水の浮力を利用して効率よく進んでおりました。
 それはアクアマリンだけでなく、他の者にとっても大変に進みやすい道を作るに欠かせない条件であったともいえます。
 ガーネットとダイヤモンドもアクアマリンのこの力をよく分かった上で、霧すなわち水が厄介な場所を彼女に一任する代わりに、水分が比較的に少ない序盤を手厚くサポートすることで互いに協力しあっていたのであります。
 それは宝山に登り始めてすぐに出会った翡翠とアメシストも同じでありました。

 けれど、今まさにアクアマリンが零している水のそれは、誰がどうみても、水仙術の一種ではなく、明らかに涙でありましょう。
 それでも、アクアマリンが無理矢理に言ったその言い訳を、真珠は否定せずに、別の意味で肯定したのでございます。

「その水量調査が終わったら、一緒に宝を創る。……約束だ」

 アクアマリンはようやく、なぜここに真珠がいるのかの合点がいったのでしょう。
 ガーネットが発つ前に苦し紛れに申したそれは、彼女を納得させるための咄嗟の嘘であったのでございます。小声でガーネットにだけ聞こえるように申したものでありましたので、まさか真珠本人に聞こえているとは思ってもみなかったのです。

「ごめんなさい。勝手に名前を使ってしまって……。私が一人で残ると心配させるかと思って……その、昨日真珠さんは残ると言っていたので、つい……咄嗟に名前をお借りしました」

 アクアマリンは深々と頭を下げました。
 すると、どうでしょう。真珠はアクアマリンの肩を掴み、頭を下げ続ける彼女の身体をそっと起こすでありませんか。もしかすると、アクアマリンに触れるその手は微かに震えていたかもしれません。

「そういう意味じゃない。ちゃんと、咄嗟に俺の名前を言ったのは、分かってる。アクアマリンが困っているのを分かっていて、そうなればいいと思って、昨日わざと残ると言っておいたんだ。でも……アクアマリンが咄嗟でも俺の名前を出してくれたなら、俺はそれを聞かなかったことにはできない。だから、嘘の約束じゃなくって……俺が約束にしたいんだ、今この瞬間から」

 いつの間にか、真珠の言葉遣いはまるで親しい者が話すときのようにどこか崩れたものとなっておりました。
 茶に時折まだらで黒の混じる髪が印象的な真珠の瞳はとても澄んだ灰色をしております。アクアマリンにとって、真珠とルビーはどちらかというと避けてしまう恐い対象でもございました。けれども、真珠のその瞳からはアクアマリンが恐れているような、軽蔑や怒りの感情は見受けられないのでございます。

「約束してくれるって……本当に一緒に宝を創ってくれるってことですか?」
「ああ。俺を信じてくれるなら、今から一緒に地球を見に行かないか?」

(真珠さんは私に怒っているのではないの? それに地球に今から行くって……皆、もう出発してしまったあとだというのに……)

 真珠の言葉の全てがアクアマリンには突拍子もないことで、全くもって話についていけないようでございました。けれども驚きのあまり、アクアマリンの涙は本人が気づかぬ間に完全に消えてしまっておりました。

「えっと、待ってください。まず、一緒に創るって……私、ちゃんと聖人してないのに、いいのですか? 本当は一週間どころか、五日だってしんどいのです。他の方と比べすぐにお腹がすくし、眠たくなります」

 すると、真珠はどこか安心したように目を細めて穏やかに微笑みました。
 それは宝山を共に登っていたときを含め、アクアマリンにとっては初めてみる表情でありました。

「それはアクアマリンの力が……水仙術がすごいからだ。全くもって問題ない。大きな力を使えばそもそも聖人していても皆すぐに食事と睡眠を摂る。例えば翡翠も優秀で皆からの信頼が厚いだろう? 翡翠は大きな力を使う前と後、どれだけ聖人力が強くとも、あっさりと睡眠に入り回復に必要な成分の果実を小まめに補給する。タンザナイトも聖人はしているが、君の次に定期的に食事を摂るだろう? あれは聖人して間もないからもあるが、身体が十二人の中で一番大きい。だがそれは、他の者と比べタンザナイトの能力が劣っているからではなく、純粋に大きなエネルギーがいるから小まめに補給しているだけのこと。……逆に俺は……本当はアクアマリンより少し年上なくらいなのだ。聖人は早かったが、男にしては小柄であるため、燃費が良いというのか、俺は地変術が一番得意なんだ。だから能力的にも一度に大きくというよりも集中的に極所的に力を使うタイプであるから……食事と睡眠に関しては持久力はある方だ。でも叶うならば、もっと身体を成長させたかった。……食事と睡眠を摂り身体を大きくできるのなら、今からでもいくらでも食べて眠るくらいに」

 宝山へと向かう道中、たまに話すことはございましたが、真珠とこのように長く話す機会は宝山に登った後も特にはありませんでした。ただそれでも、年が近いと聞いたからか、それとも真珠の崩れた話し方がそうさせるのか、アクアマリンの口調も少しずつ、普段のそれへと変わっていくのでございます。

「翡翠さんやタンザナイトさんが小まめに補給するのも、食事や睡眠を摂ることが悪いことじゃないのも理解できたけど……でも。水仙術は基礎の基礎……。皆当たり前に使えるし、そんなにすごいとは思えない……」
「……そうか。ガーネットとダイヤモンドと一緒にいるから、君は自分の凄さを知らないのだろう。霧の水分まで完璧に計算した上で天界の天候に影響を与えずに水を操るなど、アクアマリン以外、誰だってできない。宝山を登るにあたり一番に厄介なのはあの霧なんだ。険しく迷路のような道に、晴れることのない霧。ガーネットとダイヤモンドでさえも、霧を晴らすのは無理だろう。もし彼らだけで登っていたら、霧の対策は諦めて力技で視界の悪い中突き進んだだろう。……翡翠も霧に強い能力を持つものが入山するタイミングを見て、合流を頼み出たのだ。彼らは交換条件に出せる自分たちの力が有能であることをよく理解しているから。……俺はルビーと違う方式で霧の対策をとったが、途中でそれらが難しくなり、迷ってしまった。どうにもいかなくなったところで、アクアマリンたちに出会い、合流させてもらったんだ」

 それは目から鱗が落ちるくらいに、衝撃を与える事実でありました。アクアマリンはずっと、ガーネットとダイヤモンドが情けでアクアマリンが得意である水仙術を使う任を与え、宝山へと連れていってくれたのだと思っていたのですから。

「本当……に? 私が動けなくなったせいでみんなに迷惑をかけたと思っていたのに……あのとき、私にもちゃんと役に立てていることがあったの……?」

 いつの間にか、アクアマリンの瞳には美しい雫の元となる水が、新たに生まれておりました。けれどもそれは、先に零した涙と同じであって、意味がまるで違うのでございます。

「……アクアマリン、本当にすまなかった。ガーネットとダイヤモンドは本当は三人で登りたかったのだ。人数が増えれば増えるほど、アクアマリンが調整しなければならない霧の範囲が増え、君に負担がかかるから。ただ、ガーネットとダイヤモンドはきっと君の性格をよく理解していたんだ。彷徨っている俺とルビーを見捨てはしなかった。代わりにある条件を出して合流に合意してくれたんだ。……だけど、その条件を果たすよりも前に、アクアマリンの限界が来てしまった」
「……私がまだ聖人していなくて、未熟だったから……」
「いや、逆だよ。アクアマリンが宝山を登りながら急成長したから、ガーネットとダイヤモンドが計算した以上の力を使えるようになり、無意識に皆の為に限界まで力を使ってくれていたんだ」
「じゃあ、あのときみんなが先に登って行ったのは……」
「もっと早くそうするべきだったのに、すまなかった。翡翠はもう一日待つ方がいいと言っていたのだが、ギリギリあの日の天候であれば俺とルビーでも霧の中を進めると思って先に出発したんだ。人数が減って……少しでもアクアマリンが楽になるように。あとはぎりぎりアメシストが一番に登れるようにみんなで時間を計算していたのだが……足にアクアマリンから水仙術をかけられたガーネットのスピードなんて誰も正確に計算できない。ははは、今思い出してもあまりにも速くて驚いた。それほどにアクアマリンが心配であったのだろう」

 動けなくなったアクアマリンのために荷を置いて一人先に登るガーネットへ、アクアマリンは最後の力を振り絞り、ガーネットの足へと自らに使っておりました水仙術を使い、彼女の身体を浮かせ軽くしたのでございます。
 あのときガーネットは、それはそれは驚くほどに速いスピードで猛進致しました。
 きっと、余程にアクアマリンの水仙術が優れており、さらにはその効果が切れる前にどうにか食料を貰いたかったのでありましょう。

「知らなかった……」

 アクアマリンはまるで水へと浮いているかのように、ずっとずっと背負っていた重い何かから解き放たれるような心地を感じておりました。
 軽さを知ったアクアマリンが、水が流れるかのごとく何処かへと行ってしまわぬようにでしょうか。真珠がそっと、アクアマリンの手を握ります。そして、ゆっくりと、アクアマリンに分かるよう、大きく視線を動かすのでございます。
 真珠に続きアクアマリンがそちらに顔を向けると、そこには地球へと繋がる入り口がございました。
 開かれたその入り口の向こうでは、青と白のバランスが絶妙の、美しい球体が浮かんでいるのであります。

「地球……」
「一緒に今から地球を見に行かないか?」
「私も今なら大丈夫かな? ……怖かったの。聖人していないのに地球へと行ってしまったら……逆に力がない私は馴染み過ぎてしまって、重力に合いすぎて、天界へと戻れなくなってしまうんじゃないかって……。でも、まだ少し怖い……」
「大丈夫、俺にいい案がある」

 

to be continued……

 

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