ループ・ラバーズ・ルール_レポート∞「ループとルール」
 閉じ切った瞼の向こうで、眩い光線が、体感したことのない速さで過ぎ去っていくのが感じられる。
  まだまだ知らないルールが、きっとこの宇宙の至る所にあるのが感じられて、唇を震わす。けれど、それはもう自分の脳の伝達を無視し、指令通りに動くことはなかった。今になって、自分の身体さえも、自身の脳から生み出されるルールに従っていたのだと分かる。それがどれほどに尊いことであったのかを知るには遅すぎて、けれどもそのことを理解したからこそ、自分のこれまでが、ルールだけに縛られていたのではないのだと証明されたのだ。そのことが胸をじわりと温かくさせ、光しか感じないこの空間の中でも、確かに温度というものが存在していたことを思い出す。
「いいか、今からルールを発動させろ」
(なんだろう、懐かしい感覚がする。でも、またルール? もうルールは嫌なんだけどな)
その声の主は、もう言葉を発することもできなければ、唇ひとつ満足に震わすことのできない状態である私から、それでも感情を読み取るように、柔く、けれどもきっぱりと言い切る。
「違う、そういうルールじゃないよ。いいか、まずは今ある二人分の体内の成分を足して、それで身体の形成が成り立つ場所をみつけるんだ」
(……ダメ。あるけど、形成が難しい)
「じゃあ、そうだな。そこに重力。重力のルールを加えて。きっと、今までより重い方がいい」
(重力が今までよりも重い? そうしたらきっと……)
「浮かなくてもいい。何も浮かさなくてもいい。これからは今までのルールを取り払って、俺が言うルールにだけ、集中するんだ」
 炭素、水素、カルシウム、硫黄。リン、窒素、塩素、マグネシウム。
  彼と私の身体中の成分のルールが、脳にせめぎ合う。
(そこに足すのは重力のルール。あそこはダメ。ここもダメ。ああ、でも、重力の計算を絡めると選択肢が生まれる)
二人は今、繋がっているからだろうか。ルールに該当する場所を思い浮かべただけで、取り巻く光が加速していく。
「よし、いい。それでいい。あとは、そうだな。一番大事なルールだ。この中で俺たちを繋いでいるルールをそのまま引き継げる場所を選ぶんだ」
(繋いでいるルール?)
何かが詰まるような想いで、けれども、脳に思い描かれる場所が次々に変わったかと思うと、瞼越しの光の速度が微かに緩んだ。
「ここはダメ。兄弟じゃない。ここもダメ。制度がない。なんでこんなに選択肢が一気に減る? そうか。最初、二人を足して、俺一人が形成される場所で探したな? なるほど、繋いでいるルールでしぶしぶ、この三つを導き出したのか」
 今の自分では到底、何もかもが理解できないというのに、無意識の向こうで、心が叫ぶのだ。だから嫌だったんだ、この三択では、と。
  けれど、息を微かに漏らすような笑い声ともいえない彼の声が、心地よく耳に残る。どこか拗ねるかのような熱がまた胸に広がって、再び、温度という概念を思い出す。
「うん、俺も同じ気持ちだよ。またいつもみたいな理由で俺一人だけが形成される場所を選んだのかと思ったけど、そうか。これは地味に嬉しいな」
もう彼の表情をみることも叶わなければ、思い出すことさえできないというのに、胸の熱がまたじわりと温くなって、愛しいという感情を、芽生えさせてしまう。
(ああ、ダメ。だからダメだったのに。この感情を再び芽生えさせると、私はこの三つから選ぶことができなければ、さっきまでの選択肢に彼を連れていくことができない)
途端に、全ての感覚がもはやないはずなのに、肋骨まで響くような、若干に苦しい、ぎゅっと抱きしめられる心地というのを、思い出してしまう。否、きっと、今まさにそれを体感して、憶えてしまったのだ。この喜びを再び。
「大丈夫だよ。同じ気持ちなら尚更、選ばなくていい。最後のひとつが、必然的な答えだ」
(でも、だって、それならダメなの。引き継げない。今のままで、引き継げない)
焦るという感情さえ思い出してしまい、やはりもう、戻れない。ひとたび感情というものを思い出してしまうと、堰を切ったかのように、溢れてしまうのだから。
(引き継げないと、どこの場所であっても意味がない。意味がないよ。嫌なの)
けれど、彼がまた、安心という感情をその声ひとつで、思い出させてしまうのだ。
「ルールは絶対だ。お前のルールに狂いはない。引き継げるから、この選択肢が残るんだ」
 もう全てが分からないはずなのに、前髪が横に流れて、額が露わになったのが感じられる。自分の顔全てを覆いつくせるのではないかというくらいに大きな掌が、慈しむように、頭上を行ったり来たりするのだ。
  すると再び、体感と共に思い出すのである。彼に頭を撫でられるのが、大好きであったと。
  止まることのない愛しいという感情は、同時に締め付けるような苦しさをも、思い出させる。
(本当は、本当はね……)
けれど、動かなかったはずの自分の唇が微かに揺れて、明確に、呼吸というものを、彼の吐息を感じることで思い出すのだ。柔い感触と、凄まじい熱量と、温かさしかない愛情と、共に。
「身体を形成する成分を半分にすると、俺たちは今のままの状態を保てない。あまりにも足りなさすぎる。だけど、ルールでここが選択肢にでるのは、そういうことだ」
(だって、だからダメなんじゃない。そうなると今のままじゃない)
「この場所のルールに従って、俺たちのルールを重ね合わせると、余りが生じる。それがお前のルールで、俺のループだ」
(……離れたくないの)
「お前はルールをそのまま、無意識下で使うといい。……だから俺を引き寄せて。それで俺はループ。記憶を持って、生まれる」
 明確に思い出した感触が再び唇に触れて、きっと、涙というものが勝手に溢れてきたのだろう。頬に冷たくも熱くもない、けれど、伝うという感触が感じられるのだ。
  唇を離すことなく、彼の掌の感触が、切実に。けれどもやはり慈しみに溢れて、優しく。私の髪を、頭を、何度も撫でるのである。
「お互いにこの場所でもう一度、赤子から生まれる。そうすれば、ルールに従って、ルールを引き継いで、ループできる」
彼がそういった瞬間に、光が音速で広がって、私の世界は終わった。
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