ループ・ラバーズ・ルール_レポート13「ゴールド」
真っ青な空に、白い雲が映え、きっと多くの生徒にとって過ごしやすい風が吹く午後最後の授業、リファはやる気なくそれを聞き流していた。黙々と教科書をただ読み進め、黒板に板書するタイプの先生であるために、呪文のようなぐもった声が数分ほど続いては、その三倍程の時間、コツコツコツとチョークを黒板に小さく叩くような音が続く。リファは窓際、前から二列目の席で、特に見る必要は感じないものの、定期的に教科書を見るフリをしては、黒板に書かれた文字を流れ作業でノートに写し続けた。風が吹くたびにレースのカーテンが揺れ、その内側の世界へとリファを招き入れる。それを拒むことなく、リファは授業を受けるフリをちゃんとルールとして守りつつ、カーテンの内側の世界へと入る度に、ここから対角線上、廊下側の後ろの席に腰かけるユーキの姿を、窓越しに盗み見た。ユーキはいつも通りに、真面目に授業を聞き、ノートをとって、リファよりも熱心に教科書にも目を通していた。その様はリファに面白くない、という感想を与え、そのような感想を抱く自分に驚きと、ある種の悲しさを感じていた。たくさん喋るようになったのは確かについ先日のことではあるけれど、リファにとって、ユーキにこのような、所謂マイナスの感情を抱いたことはなかったからだ。窓を見る度に、ユーキの姿をみようとしては、ユーキの前に座る戸田沖の姿まで目に入るのが、恨めしかった。戸田沖はユーキよりもさらに熱心に、食い入るように黒板を見つめては、教科書に目をやり、ノートにそれは速いペースで写すだけでなく、メモまでとっているのが、その手の動きで分かる。戸田沖もいつも通りで、むしろどこか調子が良さそうにも見えて、リファは昨日覚えたばかりの、拗ねた気持ちになる。気が付けば右眉が曲げられ、左頬はぷっくりと膨らんでいるのである。まるで、アニメでレディーマンが、ゴーカリマンと喧嘩して怒っているときのように。ユーキと戸田沖の姿はうっすらとしか見えないけれど、窓に映るリファの姿は鏡のようによく映り、初めてみる自分の姿にまた、驚いた。日頃、自分はこんな表情をしていたのだろうか、と。それに対し、どこかまたソワソワとした嬉しい気持ちにもなるのに、この姿を誰かに、特にユーキと戸田沖に見られては恥ずかしいと思い、ぱっと姿勢を正し、カーテンの外側の世界へと戻る。外側の世界へと戻ったのだから、ちゃんとしようと思うのに、やはり、授業自体には集中ができなかった。
「ふう……」
気を抜くとため息、というのが漏れてしまって、それもまたリファは自分でコントロールできるはずなのに、やっぱりしばらくしたら気を抜いて漏れ出てしまうのだから、とても困った。リファがこんなに注意力散漫になるのは、先日から刺激の多い日々を過ごしているからだけではない。今日はただ学校に来ただけではあるけれど、それでも、リファにとっては初めてのことが多かったのだ。例えば、休み時間。例の短い休憩時間というのをぼんやりと過ごそうとしたその時、今日はユーキがやはり移動教室ではないのに、話しかけてくれたのだ。それがリファにはとても嬉しくて、昨日のゴーカリマンの話をしていたら、あっという間にその十分という休みは終わってしまった。その次は移動教室で、ぽつりぽつりと、授業の話をして、さらにその次の休み、またゴーカリマンの話の続きをした。十分というのはとても短くて、リファは初めて昼休みというのが待ち遠しくなったのだ。けれどもどうしたことか、ユーキはお弁当を持ってくることが多いのだが、今日はすぐに席を立ってしまい、教室を出て行ってしまった。カフェテリアへと行ったのかもしれないと、リファはそれは熱心に、ユーキが戻ってくるのを見逃さぬよう、廊下の方をちらちらとチェックした。けれどあろうことか、ユーキは戻ってくるなり、リファではなく、戸田沖の所へと向かって、何やら会話をし、またすぐに教室を出て行ってしまったのだ。その次の休み時間もユーキは戸田沖と一言、二言会話した後、またどこかへと行ってしまったのである。リファはそれが気になって仕方がなく、いつもならばカーテンが邪魔ですぐに紐で結ぶのに、今日はため息とカーテンの内側の世界がお気に入りになってしまったのである。授業がようやくに終わり、この心のモヤモヤとしたものについて答えが見出せぬまま鞄に最低限の持ち帰る荷物を詰め込んでいると、リファが今一番見たくない顔が、テスト期間でもないのに、にゅっと現れたのだ。
きっちりと揃えた指で、眼鏡の中心部を押し上げ、どこか嬉しさを抑えたような笑みで、戸田沖が言う。
「初めて巣から出た、小動物のようですね」
「……そんな問題、今日は授業で出題されていません」
「ええ、そうでしょうね。ほら、また頬が膨らんでいますよ」
そう言われ、リファは慌てていつもの顔に戻そうとする。けれど、逆にいつもの顔というのが正しいのか、それはどんなものであったのかが分からなくなり、リファはすぐさま空気を抜き、頬の膨らみを元に戻す。ただそれ以上は、きょとんと瞬きを繰り返すしかできなかった。戸田沖はその様子をみて、今度はもう、嬉しさを抑えるのではなく、ただただ、目を細め、明確に笑いながら、付け加えるのだ。
「私は主に名前だけの参加ですが、下校時に自宅についてから、家の周りを一周ほど歩いて、自主参加をしておきます。では、また次のテストか、報告会で」
訳の分からないことを言う戸田沖にリファは首を傾げるも、彼は上機嫌で、部活へと向かってしまった。確か、戸田沖は理科研究部だったような気がする。リファにとって、学生生活の中でテストに参加するのがルールであるからそうするけれど、戸田沖の授業を受ける姿や、部活へと向かうその後ろ姿を見ていたら、彼は本当にテストというのが、勉強というのが、リファにとってのモゴロンと同じなのだろうなと、ふと思った。けれど、ユーキが慌てたように、リファの元へとやってくる。
「リ、リリリ、リファちゃん! 戸田沖君、何か言ってた!?」
ユーキも本当にいつも通りで、確かにどこか拗ねた気持ちもあり、どうやってユーキと一緒に下校しようかとHRの間中考えていたものの、戸田沖と話していたら、それも吹き飛んでしまったようだ。リファもリファで、いつも通り、まずは動作で答える。緩く首を振ると、ユーキは安心したように、息をついた。けれど、何故か戸田沖が最初に言った言葉がもう一度思い起こされ、リファは少しムッとした気持ちで、どこか抗議するときのような声色で、付け足す。
「……初めて巣からでた、小動物みたいって……言われた」
「え?」
そこからリファは、拗ねた気持ちが幾ばくか発達したような、怒っている訳ではないけれど、トゲトゲとした気持ちになって、困って仕方がなかった。
そこまで会話は多くはないけれど、これまでと違い無言ではなく、ぽつりぽつりと言葉を零しながら、リファたちは駅まで歩き進めた。
「小動物って、どの動物のこと……?」
思い出すとまた勝手に眉が曲げられていき、ユーキが少し困ったように笑いながら、うーんとリファの顔をみて、考えだす。
「そうだなぁ。巣ってわざわざ言ってるし、リスとかウサギかなぁ。でも戸田沖君は生物も詳しそうだから、習性とかまで分かった上で、あえて小動物ってぼかしてそう」
「……動物なら、モゴロンがいい……」
「リファちゃん本当にモゴロン好きだね!? モゴロンは……動物といえば動物かもしれないけど、どちらかというと恐竜っていうか……怪獣だね」
「……怪獣。……動物……猫しかあんまり知らない……」
すると、ユーキはクスクスと笑いながら、言うのだ。
「そういえば、リファちゃん猫にもハマってたね。でもそうだね、猫は一番似合うかもしれないね」
「拾われてくるから、巣では生活しない? 小動物に含まれる?」
ユーキは腕を組み、顎に手を添え、空を見上げながらううん、と少しばかり唸る。その様子をみながら、リファは無意識にユーキの考え事をする時の癖として、それを記憶する。
「どうかなぁ。野良猫も確かに住処を作ってるんだろうけど、戸田沖君の言う巣って、なーんか、森っぽいもんね? あ、でも、イリオモテヤマネコとか。猫でも野生感あふれる猫は、その範囲内でいけるかも」
それを聞き、リファは少し納得したように、小さく笑んで頷く。
「イリオモテヤマネコ。猫。……じゃあ、小動物でもいい」
ユーキが声をあげて笑い始めて、リファには笑うタイミングであったのかの理解が追い付いていなかったけれど、ユーキと会話をしながら笑うのは、楽しいことだとここ数日で気づいたのだ。とりあえず、イリオモテヤマネコならばリファも納得なので、何よりユーキが笑うと嬉しいので、戸田沖のことでトゲトゲした気持ちになるのはやめることにする。
そうしたらあっという間にジョウセイ駅についてしまって、今日は研究所の日だからかもしれない。エスカレーターが視界に入るにつれ、ぎゅっと喉が閉まって、もっとギリギリまで話したいのに、上手く言葉を見つけ出せなくなってしまった。
「じゃ、じゃあ、リファちゃん……また明日ね」
「うん、それじゃ……あ……」
改札口でファルネの定期パスを出そうとし、リファは鞄の中に悩みながらも詰め込んだものを見つけ、固まる。突然に止まったリファに驚くわけでもなく、ユーキはリファを穏やかな表情のまま、見つめ返す。今はどちらも声を出している訳ではないのに、そのユーキの仕草は、まるで『どうしたの?』と聞いてくれているようで、リファは鞄の中で掴もうとしていた定期パスではなく、もうひとつの物を握ってみる。本当につい先ほどまで、喉の渇きなんて感じてなどいなかったのに、リファは無性に水分が欲しくなって、顔がぽうっと熱を帯びてきたのが分かった。手の中の柔らかいそれは、決してリファが好きなモゴロンではないのに、どこかリファを熱くさせるのが、不思議だった。
「あのね、コレ。金色のゴーカリマン、持ってきたの。もし、昨日みたいに分けたいって言ったら、ユーキちゃんは受け取ってくれる?」
改めて両掌に包みなおしたゴールドのそれを、リファがユーキへと差し出す。手はちゃんとユーキの方に向けることができるのに、何故かユーキの顔を見ることができず、リファは視線を泳がせながら、俯き気味に、ユーキの動きを待った。けれど、ユーキは一向に何も言ってくれる気配はなく、リファはあまりにも自分の心臓が煩くなるので、ユーキの方を向きたくないのに、とても気になり、つい視線を向けてしまう。ユーキはリファの手元のゴールドのそれを、大きく見開いた目で、口をぽかんと開き、見つめていた。
「リファちゃん……わざわざ、持ってきてくれたの?」
ユーキに改めて問われると、リファの心臓の動きはより一層速くなり、顔の火照り具合が増すのを感じた。ユーキが視線をゴーカリマンからリファに移すのが分かって、今度はリファが、咄嗟に視線を逸らす。けれど、ユーキからの視線をいつになく感じ、リファは問いの答えを求められているのだと、観念して、心拍数を数えるように、小刻みに何度も頷いた。すると、手の甲に温もりを感じたかと思うと、ゴーカリマンを乗せるリファの手ごとユーキがぎゅっと、それを抱きしめる。リファが恐る恐る視線を向けると、ユーキは何度も瞬きをしながら、瞳を揺らし、ゴーカリマンを見つめていた。その少し潤んだ瞳の中にはゴーカリマンの金色のシルエットが映り込んでいて、まるで鏡のよう。
「あ、あ、あの。あ、ありがとう……。とっても、貴重なのに……全然、オーロラステッカーのお礼には勿体なさすぎるんだけど……でも、すごく……ほしいかも。貰っても、いいかな?」
ユーキが興奮気味に言うのが、リファには嬉しくて、今度は一度ほど大きく頷いた。ユーキが目を細め、笑ってくれるのが少しこしょばくて、けれど自然とリファもユーキと同じような表情になっていた。
to be continued……
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第2・第4土曜日