オリジナル童話

ナタリーとキースの魔法茶屋~生きる刻があるうちはepisode1~世界の子どもシリーズ―現代編―

2021年4月29日

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生きるときがあるうちは

 カーテンの隙間から、日の光が差し込む。その光がいつもより遅めの朝を告げる。怠い身体をゆっくりと起こすも、普段なら横にいるはずの妻の姿は既になかった。ここ最近出歩くことが多く疲れ気味の自分を気遣い、起こさぬようにしてくれたのだろう。時計をみると、いつもならばとっくに店に向かっている時刻であった。

 光を遮るように、黒い小さな陰が窓際で動く。

「ミャー」
「やぁ、おはよう。朝寝坊したみたいだ。その様子だと、もう朝食はもらったみたいだね」

 二匹仲睦まじく、ターナーとアンジーが窓際のクッションの上で丸まっている。朝食を終え、日向ぼっこをしているに違いない。そんな二匹を微笑ましく思いながら、キースは一階へと向かう。

 朝のひんやりとした冷たい風が、窓から吹き抜ける。カーテンがふわりと揺れ、それに合わせて窓際に飾られた色鮮やかな花々と窓の外を眺める一人の少女の姿が交互に見え隠れする。少女はいつものように黒い髪を三つ編みにしており、白いワンピースから自分と同じように褐色がかった肌を覗かせていた。ただ、同じといっても少し違うのは、キースのものはその色によく焼けて健康そうというのが加わるのに対して、少女のはそうではないということ。

「おはよう、ナンシー。体調はどうだい?」
「パパ、おはよう」

 振り返りながら、少し弱々しくナンシーがほほ笑んだ。その顔はキースにそっくりだというのに、表情や深く透き通った緑の瞳はナタリーのものをそのまま引き継いでいる。

 娘はキースの大切な人と大切な人を掛け合わせたようで、そのことが強く奇跡を感じさせる。自分の中で大切なものが増えるということの意味を、いつも娘をみて痛感させられるのだ。

「今日もいつも通り。元気だけど、元気じゃないわ」

 ナタリーにそっくりの表情で、肩をすくめてみせる。さ、冷えるから、そう言って娘の肩にそっとカーディガンを掛けてやる。

「母さんは?」
「もうお店に行ったわ。アクセサリーの入れ替えですって」
「そうか」
「パパはいいの?」
「今日はあらかじめ臨時の休みを言ってあってね。喫茶の時間しかしないからいいんだ。午前中はナンシーといるよ」

 そう言うと、再び窓の外を見始めていた娘がぱっと顔を輝かせて改めてこちらに向き直る。

「本当? 午前中は体育とかの授業ばっかりで、私は自習。リモートも参加できなくて退屈してたのよ」
「なるほどねぇ。じゃあ、この自習の時間は家族の授業にしようか。よし、お茶を入れてあげよう」
「うん。じゃあ、いつもみたいにお話を聞かせて? 最近パパは忙しそうで、全然おとぎ話の時間がなかったわ」
「ごめん、ごめん。今日はナンシーの好きな話をじっくりと語るとしようか」

 ふふ、と笑いながら、ナンシーはまた窓の方へと向き直った。上半身を起こした状態のベッドに背中を預けながら。

 ナンシーは一日の大半をベッドの中で過ごす。学校にはほとんど通えず、リモートで授業に参加する日々だ。
 幼い頃からずっとそうであったから、あまり友達が遊びにくることもない。しかし、それはナンシーのせいだけではなく、この家がほぼ森の中に建てられているからと言ってもいいだろう。

 位置的にも車でなければ街へは出にくい。自然の中に溶け込むように建てられた家は木の温もりに溢れている。家の周りには様々な植物が植えられ、森の至るところで木々が揺れ、花々が輝き、鳥たちが飛び回っている。

 この窓からの景色を唯一の楽しみとして、娘は毎日を過ごしている。

 ナンシーの望みで、彼女の部屋ではなく、一番景色の良いこのリビングの窓際にベッドを持ってきた。

 ハーブティーの準備をしつつ、キッチンからナンシーの様子を伺う。依然、ぼんやりと窓の外を眺める娘の姿をみて、キースは切なげに眉を寄せる。

ときが足りない……」

 日本に来て、何年の歳月が過ぎただろうか。ナンシーはもうすぐ中学を卒業する。刻一刻と、タイムリミットは迫っていた。

 どれだけ追っても、例の扉にはなかなか辿り着けない。

「やっぱり地下鉄しかないか。でも、あちらから誰かに手伝ってもらわなければならない」

 いつになく、真剣に呟いた一人ごとにナンシーが反応する。

「何か言った?」

 そんな娘に、キースは何事もなかったかのようにいつもの陽気な声と笑みで誤魔化してみせる。

「いや、ちょうど出来上がったよ。さすがはパパだ、世界一のハーブティーの完成さ」
「そうね、自称、優秀な魔法使いで、美味しいハーブティーが入れられるのはパパだけだと思うわ」
「だろ? 熱いから気を付けて」

 ナンシーはマグカップを受け取ると、立ち上る湯気に何度も息を吹きかける。
 そして、警戒するように小さく一口目を口へと運ぶ。

 そっと目を瞑り、頷きながら言う。

「うん。いつも通り。世界一の味」

 と、年相応の無邪気な笑顔で。

 お茶を飲んだのは彼女だというのに、まるでキースが飲んだと錯覚するかのように、その笑顔が凝り固まったキースの心を溶かしていく。

 その後も何口か飲み続け、ナンシーの顔色は幾分いくぶん、よくなったように見受けられた。

 やはり、あちらへと行く方が、負担は軽くなり、娘の身体にはよいのだろう。

 

「それじゃあ、お話を聞かせて?」
「何の話にする?」
「うーん。やっぱり、はじまりのお話がいいな」
「いいよ」

 そう言うと、キースは娘の前まで椅子を運んで腰掛け、慣れた口調で語り始めた。

 

✲✲✲✲✲

 

 太陽は月と交互にこの世を守っている。

 

 月が地上を照らしている時は太陽が地下を照らし、
 太陽が地上を照らしている時は月が地下を照らしながら。

 二人にとって、自分たちの光を浴びる全ての者が可愛い子ども。愛しい存在。

 地上の者も、地下の者も、大切に大切に二人で守っていたのです。

 

 けれども、あることをきっかけに、それは大きく変わります。

 ある者はそれは人魚が涙を流したからだと、
 ある者はそれは魔法使いが禁忌きんきをおかしたからだと、
 ある者は竜が天を飛ばなくなったからだと、
 ある者は鳥族が森からでなくなったからだと、
 ある者はケンタウロスが心を閉ざしたからだと、
 ある者は太陽と月が喧嘩したからだと言うのです。

 きっと、その全てが真実で、そのどれもが正解で、そのどれもが間違いなのでしょう。

 

 とある人魚の姫が恋をしました。
 けれども、それは叶わぬ恋でした。
 なぜなら、その相手は陸に生きるケンタウロスの青年だったからです。

 人魚は草原を駆けまわるケンタウロスに恋い焦がれます。
 食事が喉を通らぬほどに。

 それを見かねたイルカや仲間の人魚たちが、人間になる秘薬を作ったのです。
 人になり、陸で生きたらいいと。

 その秘薬は、あと人魚の涙さえ入れれば完成でした。

 けれども、人魚の姫は決して涙は見せず、とうとうそれを飲むことはありませんでした。

 海で生きると決めていたのです。
 そして、知っていたのです。

 人になったとしても、ケンタウロスの彼と同じように陸を駆けることはできないと。
 人になってしまえば、もう今までのように海で泳ぐことはできないと。

 
 一方の、ケンタウロスの青年もまた、人魚のことを想っていました。

 いつも彼女の姿を探して、海際を走ってしまうくらいに。
 つい、時間があれば海を眺めてしまうくらいに。

 けれども、それは愛に変わる前に、終わってしまいました。

 彼もまた知ってしまったのです。
 彼女は海で生きるから美しいと。
 自分は陸で生きるから自分らしいと。

 交わらぬ愛はそれぞれの叶わぬ初恋となり、胸にきざまれました。

 そうして、トキと共に
 人魚の姫とケンタウロスの青年のその初恋は、大きな友情へと変化しました。

 後に人魚の姫は海の王となり
 ケンタウロスの青年は一族の長となりました。

 

 さらに歳月が過ぎ、ある人魚の娘が恋に落ちました。
 それは天を雄大に飛び交う竜族の青年でした。

 人魚の娘は心からその竜族の青年を愛し
 そして、その青年もまた人魚の娘をそれは深く愛しました。

 けれども、運命とは皮肉なもので

 人魚が海で水と共に生きるさだめなら
 竜族の青年は竜の中でも火を司る火竜だったのです。

 二人はどんなに想いあっていても、互いに触れ合うことは叶いませんでした。

 ほんの数秒、手を触れるか触れないか。
 この距離のまま、それでも互いを想いあい、共に生きていたのです。

 ある晴れの日は、竜の姿になった青年が海と並行するように波際を飛び、人魚の娘と泳ぎました。
 ある満月の夜は、人魚の娘が巨大な岩の上へと腰を掛け、天を見上げながら、竜の青年と語り明かしました。

 二人は確かに幸せだったのです。

 けれども、悲劇は起こってしまいます。

 ある日、人魚たちは危機的状況におちいってしまったのです。
 その場にいた竜の愛する人魚の娘は最も危ない状況だったと言って間違いないでしょう。

 誰も娘を助けることはできませんでした。
 一匹の竜を除いては。

 人魚の娘が死を覚悟したその時、真紅の竜が海へと飛び込んだのです。
 その竜には一片の迷いもありませんでした。

 竜の力は絶大です。
 人魚たちは、そして彼の愛しい人魚の娘は助かりました。

 その竜の熱い炎と引き換えに。

 竜は海底の奥深くへと沈みながら、息絶えていきます。
 人魚の娘は悲しみの涙をこぼし続けました。

 そこにある魔法使いの少年があらわれたのです。
 海を割き、沈みゆく竜を見事な魔法さばきで海岸へと運んでくれます。

 そうして、言うのです。

 間に合わなかったと。

 人魚の娘はそっと熱いはずの竜へと触れてみます。
 けれども、彼の熱は娘のことをもう拒むことはありませんでした。

 触れているはずなのに、あれほどまでに触れたかった彼の温もりを感じることができないのです。

 ですが、それでも竜は嬉しかったのでしょう。
 弱々しく、けれどもとても満足そうに、優しく、やさしくほほ笑んだのです。

 その笑みをみて、娘はとうとう声をあげて、泣き始めました。

 そんな人魚の娘と、命が尽きそうになっても、娘を想い微笑む竜をみて、魔法使いの少年は決めました。

 そして、手に持っていたものを人魚の娘に差し出して言います。

 自分は人になりたい。
 最後の魔法で君たちをそらへと送るから、代わりに君のその涙がほしいと。

 そう。彼が差し出したそれは、かつて人魚のみんなで隠したはずの秘薬だったのです。

 人魚の娘は知っていました。
 自分の涙を渡せば、その秘薬が完成してしまうことを。

 けれども、もう愛しい彼女の竜はきっと目を開けることはないでしょう。
 二人で星にでもならない限り。

 人魚の娘はどんどん冷たくなっていく竜の首にすがりながらいいました。

 どうか、彼と一緒にいさせてほしいと。

 魔法使いの少年は、その愛する人を想う人魚の涙と引き換えに、その願いを叶えました。

 

 そして、その魔法使いの少年は、その秘薬を持って、たった一人の愛する鳥族の少女の元へと走りました。

 少年は困っていたのです。
 夜を生きる魔法族と昼を生きる鳥族の二人では結ばれることがないことを。

 しかし、少年にはそれをくつがえすくらいの絶大な力がありました。
 何せ、歴代の魔法使いの中で一、二を争うくらいに優秀だったのですから。

 魔法使いが夜に生きるのは、星をむからです。
 そこからたくさんのことわりを得て、
 そして魔法を使うのです。

 だから、誰よりも星が詠めてしまう彼は
 たくさんのことを知りすぎてしまっていたのです。

 たった一人の愛する人が一緒でなければ、もう耐えられないくらいに。

 

 そして、悲しみもあれば救いもあるのでしょう。
 幸いにも鳥族の少女には半分、人間の血が流れていたのです。

 そのため、このたったひとつしかない秘薬で、二人ともが人となることができたのです。

 

 しかし、少年は自分たちに秘薬を使うだけでは終わりませんでした。

 この秘薬を元に、星を詠み、仲間たちに教えてしまったのです。
 昼を生きる方法を。

 仲間たちは大喜びで、夜を生きることを捨て、皆と同じように昼を生きることに決めました。
 本当は寂しかったのです。
 魔法族だけが夜を生きることが。

 

 けれども、太陽はそれをとしませんでした。
 自分が夜眠っている間に、魔法使いたちが月のいる夜を捨て、太陽のいる昼を生きること選んだのですから。

 

 怒った太陽は二つに分かれていた世のうちの片方、地下世界をさらに二つに分けました。

 そして、昼を生きることを選んだ新星しんせいの魔法使いたちには自分の光を浴びさせないと決めてしまったのです。

 せっかく昼を生きられるようになったのに、新星の魔法使いは再び、夜を生きなければならなくなりました。

 

 新星の魔法使いたちは、こぞって少年を責め、泣き暮れました。

 その時、見かねた月が教えてしまったのです。

 地上では太陽は眠っている。
 眠っている間は気づかない。
 だから、地上から光を持ってこれば良いと。

 

 そうして、責任を感じた少年の一族は、地上のロンドンへと繋がる秘密の地下鉄をこっそりと敷きました。
 太陽にバレないように、世の均衡きんこうが保たれるよう、天秤のルールを作って。

 

 こうして、世は三つに分かれてしまったのです。
 地上世界と地下世界と、そして新星の魔法使いの世界に。

 

 けれども、それは三つに分かれるだけでは留まりませんでした。

 何故なら、たくさんの悲しみを知った地下に生きるものはそれぞれの心を閉ざしてしまったからです。

 熱き炎を失った竜族は天から降りなくなりました。
 明るい羽を失った鳥族は森からでなくなりました。
 心優しいしずくを失った人魚は海を閉ざしました。
 友情で結ばれていたケンタウロスは、人魚にならって、どこにも訪れなくなりました。
 そして、夜を捨てなかった一部の魔法族はまだ誰も踏み入れたことのない未開の地へと旅立ったのです。

 さらに悪いことに、この心の閉ざされた世界が嫌になり、多くの精霊と妖精までもが新星の魔法使いの世界へと下ってしまったのです。

 こうして、地下世界のサンムーンは太陽と月の両方の光を得ながら、寂しい世界と化してしまいました。

 一方の新星の魔法使いたちは、自分たちの新しい世界をブライトアースと名付けて、明るい光と地上世界との秘密の交流を楽しみ始めました。

 けれども、新星の魔法使いたちの喜びもそう長くは続きませんでした。秘密の地下鉄は徐々に運行されなくなっていき、多くの光と愛が失われていったのですから。

 

 その後、また長い歳月が過ぎ、この三つの世界がそれぞれどうなったかを完全に知る者はとうとう誰もいなくなってしまったのです。
 どこもかしこも閉ざされてしまい、三つの世界を行き来したものがいないからです。

 

✲✲✲✲✲

 

「それで、いつも気になってたんだけど。結局、その大魔法使いウィルはその鳥族の子とどうなったの?」
「それは、大魔法使いウィルにしか分からないな。でも……彼らは秘密の地下鉄で最初に地上世界へと来たと言われている」
「どうしてわざわざ地上に来たの……?」
「きっと、愛する人と自由に結ばれたかったからじゃないかな」
「難しいわ。どうしてそうなるの?」

 ナンシーが眉を寄せ、考え込む。キースはそれにクスリと笑い、説明していく。あくまでパパの考えだけど、と付け加えて。

「人間には種族がないからだよ」
「どういうこと? だってここは日本で、日本人ばかりだわ。私はいっつも何人なにじんなのって聞かれるんだもの」
「そうだね。それに対して、ナンシーは何て答えてるんだい?」
「何人でもないわ。私はナンシーって」
「はははっ。本当にそういうところはナタリーにそっくりだね」
「あら、だってそうじゃない」
「そうだね。パパは本当に素敵な女性に囲まれて生きてて幸せだね」
「そうね。それで? なんで人間には種族がないの?」

 ナンシーが深い緑の瞳で、食い入るように見つめてくる。納得のいく答えを求めるかのように。

 キースは天井を見上げ、そっと目を瞑る。そのまぶたの裏で遠い彼の地かのちと、大切なあの人の笑顔を思い浮かべながら。

「いいかい、ナンシー。本当は人種なんて存在しないんだよ。ただ、出身地を分かりやすく言葉で表しているだけに過ぎない。いて言うなら、人間は人間種なんだよ」
「人間種……」
「人間は人魚や竜族、ケンタウロスや鳥族、そして魔法使いのように別々の場所に住まなくてもいいんだ。地上で、いつだって誰とだって一緒に生きて愛することができる。本当はね」

 キースは目を開き、そして娘に言う。

「人間は心のままに恋をして、愛し、愛されることが許されているんだ。だって、皆同じ人間だからね」
「それは……わかる気がするわ」

 そう小さく返事をして、ナンシーは再び窓の外をみる。その横顔はどこか、寂しそうだ。

 しかし、その様子は程なくして明るいものに変わる。

 「ジータ!」

 一匹の黒い猫が軽やかな足取りでこちらへと向かってきているからだ。自慢のふさふさの尻尾を揺らしながら、その口元に一凛いちりんの花をくわえている。

 ひょいとひとっとび、空いている窓のわずかな隙間からスルリと室内へと入ってくる。

 ナンシーが空になったマグカップを窓ぶちに置き、空いた手でくわえられた花を受け取る。

「わ、今日はピンクのガーベラね」

 少しハニカムように笑いながら、ナンシーは花の香を楽しんでいた。

「毎日、ジータはまめだねぇ。見習わないとなぁ」

 そんな父の言葉なんて気に留めず、ナンシーはきょろきょろとジータの周りを確認している。

「今日は一人なのね」

 ナンシーがそう言うのを聞き、キースはガシリとその肩を掴み、目を見開いて問質す。

「ジータに恋人ができたのか!?」

 もし、そうであれば、もしかしたら。

「ちょ、パパどうしたの? ジータは男の子のお友達はできたみたいだけど、恋人はいないわ」

 ナンシーのその言葉にキースは娘の肩から手を下ろし、逆に自分の肩の方をがっくりと落とす。

「いや、友達か。そうか」

 そして、この時のナンシーの言葉の意味をしっかりと受け取れていなかったことに後々気づくことになる。
 ただ、この時はトキとときのことで頭がいっぱいだったのだ。

 再び窓の外をぼんやりと見ながら、ナンシーが言う。

「どうして、大魔法使いウィルは自分たちだけでなく、仲間にも昼を生きる方法を教えたのかしら。私も……」
「…………」

 何となく、その言葉の続きは分かるのだが、キースは何も言うことができなかった。胸がきつく締め付けられる。
 それに気が付いたのか、こちらに向き直り、ナンシーがわざとらしく笑って言う。

「私も、ウィルと同じ立場なら、そうしたのかなって。ちょっと考えてただけ」
「…………そうだね。パパならどうするかなぁ」

 ちょっとした沈黙が流れる。それをさえぎるような形で、ニャーとジータが何かを促すように鳴いた。

「ごめん、ごめん。今日もお花を届けてくれてありがとう! はい、ご褒美」

 そう言いながら、ナンシーがベッドの傍に置いてあったジータ用のおやつを彼に渡す。ジータはあっという間にそれを食べつくすと、ナンシーの膝の上に丸まった。

 ナンシーが愛しそうに、相棒を撫でながら言う。

「今日はウィルの物語も聞きたいな」

 キースはいいよ、と言いながら、もう一度深く椅子に腰かけ直す。

「じゃあ、ウィルと鳥族の少女が出会った最初の物語を話そう。タイトルは……」
「「太陽の子ども」」

 そうナンシーが声を被せてきて、二人で顔を見合わせながらクスクスと笑い合う。

 今日も君に、物語を語ろう。いつか、それが君のためになると信じて。キースはゆっくりと、物語を語り始める。

 まるでその語りに合わせるかのように風が吹き、カーテンが揺れる。窓ぶちの花瓶には、先ほどのピンクのガーベラが加えられ、寂しいベッドの横を今日もまたひとつ華やかにしていく。

 窓の向こうの木の陰で小さな影が動いたことに二人はまだ気が付いていなかった。

 

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