オリジナル童話

ナタリーとキースの魔法茶屋~生きる刻があるうちはepisode2~世界の子どもシリーズ―現代編―

2021年6月17日

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生きるときがあるうちは
 

 今回の企画の要とも言える打合せは、手ごたえを感じる形で終えることができた。繁忙期と重なった新企画。忙しさはまさに、ピークと言って間違いないだろう。どうしても出社しなくてはならない案件が多く、出張も度々あった。だが、それもあと少し。この調子で行けば、あと一息で落ち着くことができるだろう。

「渡辺君、お疲れ様。よかったよ、さっきのプレゼン」
「ありがとうございます」

 先輩に声を掛けられ、タクは安堵の息を漏らす。

「そろそろ落ち着きそうだな」
「そうですね、山場を越えた気がします」

 オフィスへと戻りながら、スマホの電源を入れる。すると、そこには妻からの着信履歴と、メッセージがいくつも入っていた。

「え?」

 タクは立ち止まり、スマホを食い入るようにみつめる。

「どうした?」

 先輩に声を掛けられるも、頭が冷静に回らない。

「す、すみません! ちょっと、直帰させてもらってもいいですか?」
「あ、ああ」
「すみません、家族の一大事で」
「あ、ああ。分かった。大丈夫か?」
「本当にすみません、また、連絡させて頂きます」

 何度も頭を下げ、言い終わるか言い終わらないかのうちに慌てて駅へと向かい始める。道中、電話を掛けなおすも、妻には繋がらない。

「くそ……っ! ケンっ!」

 繋がらないスマホを握りしめて、いてもたってもいられず、歩幅はどんどんと大きくなり、いつの間にか全力で駅まで駆け出していた。

『ケンが家出しちゃったの』
『探してるんだけど、みつからない』
『近くの公園にも、友達の家にもいってないみたい』
『塾も見たけど、来てないって』
『どうしよう、見つからない』

 何度かけても繋がらないことを考えると、まだ探している最中なのだろう。

『電車乗った。すぐ帰る。俺が探すから、家で待ってて。遅くなってごめん』

 ちゃんと話が聞けてない今、何があったのかは分からない。けれども、心当たりがないことはない。明らかに仕事が忙しすぎた。妻も、万全の状態ではないなかで、家事と育児をこなしてくれている。けれども、ケンは小学校高学年。つい、未就学児のアカリに手が行きがちだ。最近、ケンに構ってやれていなかったという反省が沸々と湧いてくる。先週末のサッカーの試合だって、出張で観に行くことができなかったし、昨日も一昨日も家に着いたのは子どもたちが寝静まった後。会話だってできていない。

「ごめん、ごめんな。……無事でいてくれ」

 生憎、今日は曇りで、どうも太陽は味方してくれそうにない。まだ夕暮れ時だというのに、空は朱色に染まることなく、一気に色を落とし始めている。

「おそい」

 電車は確かにいつもの速度で見慣れた景色を通り過ぎていくのに、いつもの何倍にも路地が薄気味悪く目立ち、そして、いつもの何百倍にも速度が遅く感じられた。

 苛立ちを隠せないまま、それでも、じっと窓の外を眺め続ける。我が子らしき姿を探して。けれども、目に入る人影は通勤帰りの大人たちばかりで、ただただ焦るばかりだ。さらには、今、まさに子どもの行方がしれないというのに、電車の到着を待つことしかできない自分に苛立ちが募る。

 掌のスマホが震え、慌てて画面をタップする。

『まだ見つかってないの。どうしよう。そろそろ暗くなってきたし。本当にどうしよう。でも、アカリもしんどそうなの。だけど、あなたの言う通り、そろそろ家に帰ってくるかもしれないよね。うん、家で待ってる。ごめんね』

 頭を掻きむしり、髪をきつく握って引っ張る。

 まだ、見つかってないのか。

 再び視線を窓へとやり、空を見つめる。やはり、曇ったまま、夕日で町を照らしてくれることはなさそうだ。視界に家族でよく訪れる飲食店が入り始めた。

 深呼吸をして、一言、妻に返信をする。

『大丈夫。必ず連れて帰るから。一旦、身体休めて。アカリをよろしく』

 ガタリと電車が大きく揺れ、身体が進行方向とは逆に傾く。いつもより遅いと罵ったことを根に持つかのように、心とは逆の方向に身体を引っ張るのだ。それを踏ん張りきって、空気の抜ける音を合図に扉が開き、同時にスタートを切る。我が子の元へ向けて全速力の。

 何度も物や人にぶつかりそうになるのをギリギリですり抜けて、ホームを降りきる。そして、スーツとは思えないくらいのスピードで町中を駆け回りだした。

 人、人、人。多くの人が行き交うというのに、自分が一番よく知る子どもの姿が見当たらない。駅前のスーパー。広場。近くの公園。少し離れた大きめの公園。家までの大通り、ケンがよく使う狭い道や学校周辺。塾にも、塾の近くのコンビニにも姿は見えなかった。

 入れ違ってしまっただけかもしれない。そう思い、行ったり来たり町中を往復する。

 「ケン……どこにいるんだ?」

 秋に突入しようとしているのに、気温はまだまだ暑い。シャツを捲し上げただけでは、到底、暑さを和らげることなどできなかった。腰を屈め、焦りとも暑さのせいとも走ったからとも言える視界を邪魔する大粒の汗を拭う。片手に抱える背広と、たっぷりと資料の入った重い鞄がうっとうしく感じられる。

 ふと視線を下にやると、一匹の猫と目が合った。全く知らない、初めてみる猫だ。けれども、不思議と目が離せなくなった。白い毛並みに茶色のぶち模様。色だって、毛並みだって違うというのに、無性にアンジーに会いたい衝動に駆られる。

「アンジー!! なんで気が付かなかったんだ!!」

 タクは急ぎ、駅前でタクシーを捕まえる。

「お客さん、どこまで?」
「ここ道なりに、喫茶店の魔法茶屋まで行ってください。子どもを探してるので、なるべくゆっくりお願いします」

 運転手に有無を言わさぬ圧でタクは言い切った。

 道すがら、キョロキョロとあたりを交互に見渡す。至るところで灯りがつきはじめ、完全に辺りが暗くなり始めていることを物語っていた。心配してくれた運転手と一言、二言会話をし、ケンの特徴を伝えた上で子どもを見ていないか聞いてみたが、そんな子はみてないし、すれ違った子は皆、塾へ入っていったとのことだった。

 ゆっくり進むことで焦れるような思いと、見つけるために少しでもゆっくり進んでほしい気持ちが交差して、ついビンボーゆすりをしてしまう。時々タクシーが揺れるも、運転手は黙って目で人が追えるスピードで走らせ続けてくれた。

 隣町まで、車でならば10分もかからない。小学校高学年。おまけにサッカーもしていて体力はある。歩こうと思えば、何とか歩ける距離だと言えるだろう。

 例えば、町内にいないのであれば、ケンがよく知っている場所は魔法茶屋である。普段、子ども一人で校区外へは行くなと自分たちからも学校からも強く言われているが、家出をしようとしているのならばどうだろうか。

 タクは思案しながらも、極力瞬きしないで、辺りを見渡し続ける。見逃さないように、路地へと続く箇所を特に意識しながら。

 この辺りの住宅街は行き止まりが多い。一人で歩いたことのない道を行くのなら、使うのはこの大通りになる可能性は高いのだ。けれども、ケンが好奇心を見せて、もっと奥へと進んでいたら。道に迷っていたら。不安は拭えない。焦る気持ちを抑えながら、必死に探していく。ああ、どうか魔法茶屋にいてくれ。そう強く念じて。

 その間に、タクシーはもう、魔法茶屋の姿をとらえ始めていた。

「おや?」

 運転手の声に合わせて、顔を正面へと向ける。すると、茶屋のある付近は真っ暗で、普段なら賑わっているはずの客影もなく、ガランとしていた。

「おかしいなぁ。普段ならやってる時間なんやけどね」
「ちょっと待っててください」

 タクは慌ててタクシーを降り、茶屋へと駆け寄っていく。人の気配はなく、シンと静まり返った店のその入り口には臨時休業の札が掲げられていた。ドア側に面した大きな窓は星空柄のカーテンで閉め切られており、中を覗くことはできない。ダメ元でドアノブに手をかけるも、案の定、施錠されていた。

「なんでだ……」

 ゴクリと唾を飲み、タクは震える手で、電話帳からよく知る人物の名前をタップする。

 一人目は……でない。

 仕方なく、その下に連なっている人物の名前をタップするも、こちらもでない。

 三人目の名前をタップしようとして、流石にやめた。

 あかりのともされていない店の前はまるでふたの閉まった宝石箱のようで。振り返った先に続く駅側は信号機の色や、行き交う車のライト、所々にみられる飲食店の灯りで華やいでいる。ところが一転、正面の店の向こう側へと目を向ければ、一本の坂道がカーブとなり奥を見せない形で、ひっそりと続いていた。

 その入り口をほんのりと照らすオレンジがかった外灯がいとう。その周りは生い茂る巨木で囲まれ、森へと続いている。

「まさか、それはないよな……」

 タクは手を震わせながら、タクシーへと戻る。

「お客さん、どうします? 待ってる間に無線で聞いてみたけどね、この辺りにケンちゃん?らしき子を見たっていうドライバーはいないんだわ」
「ありがとうございます。色々とすみません。えっと……この奥の道を進んでください」
「この奥!? こっちは確か何もなかったし、一応、私有地やった気がするけどね」
「はい、知り合いの家があるんです。もしかしたら、と思って」

 なかば絶望的な気持ちで、タクはキースさんたちの家を目指す。

 手の震えと冷や汗が止まらなくなり、あまつさえ、吐き気さえしてくる。

 もし、こんな森の中に入っていたら、と。

 気が気ではないものの、それでもよく目を凝らして、左右を交互に見渡していく。せめてもの救いは、キースさんたちがかなり短めの一定間隔で、外灯を設置してくれていることだ。雲は月さえも隠し、月光までも味方にすることを許さない。だが、そんな中で、キースさんたちが設置した外灯の温かなオレンジの光が希望となって、タクの心を励まし続けた。

 けれども、その道中も息子らしき姿はなく、外灯の灯りの希望とその間から覗く暗い森がみせる絶望とがせめぎあっていた。

 キースさんの家に着くと、幸いにも家の灯りはついていた。タクはまたもタクシーの運転手に待っててほしいと頼むと、急ぎチャイムを鳴らす。

『はい』
『タクです。すみません、ケン来てませんか?』
『タク!? こんな時間にどうしたんだい? ケンは来てないなぁ。ちょっと待って』

 数秒後、ガチャリと音がして、キースさんが顔をだした。それと同時にアンジーが飛び出してくる。

「タク! 何かあったのか?」
「アンジー。キースさん……ケンが、家出したんです」

 ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、ナタリーさんとナンシーちゃんまでもが顔を出してくる。

「ケンちゃんが家出!?」
「……もうかなり暗いわね。シエナも心配で仕方ないでしょう」
「はい……あの、ちなみにこの辺りの森って……」

 言いかけてヒュッと喉がなった。今から、森を探すのか。もう一度、町や駅周辺を探しに行くのか。どれが正しいのか、もう分からなくなってきていた。

「タク……落ち着いて。ずいぶん汗だくだけど、いつ水分取った?」

 言われてはっとする。もういつからか覚えていなかった。キースさんが振り返り、それに対して小さく頷いたナタリーさんが家の中へと入っていった。

「タクさん、森は大丈夫」
「え?」
「私、今日もずっと家のいつもの窓際にいたけれど、ケンちゃんはもちろん、人影はみてないわ」
「ナンシーちゃん……。だけど……。言いにくいんだけど、この家に来るまでの道も子どもなら勝手に……」

 きっとナンシーちゃんは気をまぎらわせるために言ってくれたのだろう。けれども、今はそんな優しさはいならいのだ。タクは視線を合わせぬままそう言うも、ナンシーちゃんがさらにそれをさえぎった。

「本当。この辺りはジータたちも散歩してるし、それに……」

 そう言いながら、ナンシーちゃんは少し遠くを数秒みつめた後、そっとうなづいた。

「うん、やっぱり、本当にこの森は絶対に大丈夫」

 その言葉につい、かっとしてしまう。子どもが森に入った可能性があるのに、大丈夫な訳がない。

「いくらナンシーちゃんでも! 森に子どもが入ったら危ないし、適当なことを……」

 優しさから言ってくれているのは分かっている。相手は中学生だ。けれども、最後の頼みの綱であったこの家にもいなくて、タクは平常心ではいられなくなってしまっていた。

 つい、強い口調で突っかかってしまう。

「ニャー!!」

 が、今度はそれをアンジーが遮った。

 その鳴き声を聞き、はっとしてタクは言葉を飲み込む。

「ごめん、ナンシーちゃん。でも、やっぱり心配で……」

 そう謝るタクに、ナンシーちゃんはふるふると首を振った。

「分かってます。でも、本当に大丈夫だと思います。……少なくとも、この家の周りは本当に一日見ていたので、間違いはないです」
「でも……」

 そう焦るタクに家の中から戻ってきたナタリーさんがペットボトルのお茶を差し出してくれる。

「タク、一度水分補給はした方がいい。倒れたらケンをみつけるにも、みつけられないからね」
「そうよ、はい。お茶飲んで」

 そう言われると、確かに喉はカラカラだった。タクは小さく頷き、そのペットボトルを受け取る。

「さぁ、飲むといいよ」

 キースさんに促されるまま、お茶を一気に喉へと流し込む。

「タク、本当に森の方は大丈夫だ。俺たちもこの辺りの防犯や安全対策はしている。所々に防犯カメラは置いてるけど、特に映ってなさそうだったし、何より、ケンが来たらアンジーたちがわかる」

「ニャー」
「でも……」

 不安がつのる中、時計を見ると、もう19時半を過ぎていた。いよいよ、焦りと不安が最高潮に達そうとしていた。
 
 学校に電話をして協力を依頼して、いや、まてよ。警察の方が先なのか……?

「タク! タク!!」

 心ここにあらずのタクの肩を何度もゆすり、キースさんが言う。

「俺たちも探すのを手伝う。悪かったね、帰ってきたところで電話に気が付かなかったみたいだ」
「心配だと思うけど、もう一度各所探して、20時・21時を過ぎても見つからなかったら、しかるべき所に連絡をしましょう」
「…………」

 不安で、言葉が上手く出てこなかった。けれども、視線を感じ見上げたその先には、よく知るあのブラウンの瞳と美しい緑の瞳が頼もし気にこちらを見ていた。

「私はお店を開けて、ケンちゃんがいつでも来れるようにしておくわ」

 ナタリーさんはウィンクして、先に行ってるわ、と足早に車へ乗り込んで店へと行ってくれた。

「タク、俺はこの町を探そう。さすがにこの町は君より詳しいからね」
「……すみません」

 すると、ナンシーちゃんが手を挙げて言い始めた。「私も探す」と。

「ダメだ」
「どうして? ケンちゃんは弟同然よ。今日は体調も良いし、何より今は夜よ」

 そう言うナンシーちゃんにキースさんがさらに付け足す。

「体調の問題じゃない。危ないから言ってるんだ」
「でも……!」
「ナンシー。別にナンシーだから無理とか言ってるんじゃない。普通に危ないんだよ、夜に出歩くのはね」
「途中で倒れたりしない。足手まといにならないようにするわ」
「だから、そういう問題じゃないんだよ。ナンシーが心配してくれるのは十分に分かってるし、だからこそナンシーに頼みたいことがある。ケンが行きそうなところに、必ず誰かがいる方がいいんだ。分かるね? シエナが自宅にいて、店にナタリーが行ってくれた。じゃあ、ここは? 頼めるかい?」
「……わかった」
「ありがとう。頼むよ」

 ナンシーちゃんがキースさんの期待に応えるように頷いた。

「タクさん、ここは私とジータに任せて」
「ありがとう、ナンシーちゃん」

 彼女はニコリと笑うと、家の中へと戻っていった。

「それで、どうする? 俺の方がこの町は詳しい。だから、俺はこの町を探すとして、タクは一度、戻るかい?」

 タクは真剣に悩んだ。まだ探しきれてないこの町を手分けして探すのか、もう一度ケンの行きそうな場所を探して回るのか。

「……こっちの町はキースさんにお願いして、俺はもう一度、自宅周辺を探しに行きます」
「よし、行こう」

 キースさんに促され、タクは再びタクシーに、キースさんは自身の車でケンを探しに向かう。
 一度、20時半には落ち合うと約束して。

 キースさんの車にはターナーが飛び乗り、タクと共にアンジーがタクシーへと飛び乗った。

 

「ケン……無事でいてくれ」

 

✵✵✵✵✵

 

『母さんなんて、大嫌いだ! アカリなんか、もう知らねぇ!! 家出してやる!!!』

 別にどこも行く当てなんてない。ただ、そう言って飛び出してきた手前、どこかへ行かなくてはならないような気がして、とぼとぼと歩き進めていた。

 母さんは自分を探しに来てくれるだろうか。父さんも。それとも、母さんも父さんもアカリさえいれば、どうってことないのだろうか。

『きゅるるるる~』

 切なげに鳴ったお腹をさする。今日はまだ、おやつも食べていない。一瞬、素直に家に戻ろうかと考えて、ブリブリに破かれた表彰状を思い出し、首を大きく振る。

「いや、絶対に戻らない! あれは……俺の宝物だったんだ!」

 じわりと涙がにじむも、上を向いてぐっとこらえた。
 スポーツ選手なるもの、弱音を吐いたらダメなんだ。……ダメなんだ。
 カッコいいサッカー選手は、きっと、こんなことで泣いたりなんてしないんだ。

 そう自分に言い聞かせて、ケンは唇をめた。

「おい、行こうぜ」
「おう!」

 すると、遠くの方で知った声が聞こえて、慌てて角を曲がって身を隠す。そして、そっと気づかれないように覗いてみると、功輝と英寿が公園に入っていくのがみえた。仲の良いクラスメイトだ。

 ケンだって本当は公園に行くつもりだった。けれども、今行くと、功輝と英寿と鉢合わせてしまう。普段は仲が良いけれど、こんな弱った姿を見られるのは何だか恥ずかしいような、そんな気がして。数分ほど、角の所でウロウロして悩んだあげく、結局、公園へと行くことは出来ず、そのまま足は違う方へと向かって行った。

 気の向くままに歩き続け、辿り着いたのは駅前。勢いで家を飛び出したものだから、お金なんて持っていないし、塾へ行くのもまた、必ず誰かと顔を合わすことになるから何だか気が引けた。

 行き場所が見つからないまま、広場のベンチに腰掛ける。すると、一人のおばさんが声をかけてきた。

「あら、僕。ママの買い物待ってるの?」
「え? あー、あ、はい」

 一人でいるなんてバレたら怒られると思い、とっさに嘘をつく。すると、おばさんはケンの斜め後ろをみて、頷いた。

「あら、ちょうど、ママお買い物終わったみたいよ」
「え?」
「はい、これあげる。この券みせたら子どもは無料だから、またパパとママと一緒に来てね」

 そう言って、おばさんは数枚の紙きれを手渡して、今度は駅から出てきたおじさんの方へと足早に行ってしまった。

 

「お待たせ、待たせてごめんね」

 そんな声がして、振り向くとスーパーから出てきたらしき女の人がいた。両手にはパンパンに詰まった重そうな買い物袋を提げている。ちょうど、母さんと同じくらいの年齢の人だ。その人が手を振る先には、幼稚園くらいの女の子とその父親らしき人がいて、笑顔で手を振り返している。

 きっと、さっきのおばさんは勝手にあの人が保護者だと勘違いしたのだろう。

 楽しそうに笑う親子の姿をみて、何だかチクりと胸が痛む。もし、自分がいなければ、あんな風に母さんと父さんもアカリと一緒に笑うのだろうか。

 

 一緒に笑ってほしかったこの間のサッカーの試合。褒めてほしくて見せた表彰状。本当は可愛くて大好きなアカリと母さん。

 誰も来てくれなかった、サッカーの試合。破かれた表彰状。泣きわめくアカリと、アカリに駆け寄る母さん。

 

 沈んだ心のまま、ふと横をみると、高校生らしき人の会話が耳に入ってきた。

「このネックレス、魔法茶屋で買ったんだ~」
「え~、かわいい。いいなぁ」

 それを聞いて、ケンは思いつく。

「そうだ。魔法茶屋」

 チラリと、隣町の方を見る。あっちは禁止されている校区外。子ども一人で行ってはいけない。行ってはいけないけど。

「うん。もうすぐ、六年生になるしな。ちょっとくらい、平気だろ」

 そう一人で呟いて、自分で許可を出して、ケンは魔法茶屋を目指して歩き始めた。魔法茶屋が今日は臨時休業だと知らずに。

 そして、今手にしている紙切れが、ケンの運命を左右する、思いがけない出会いを引き起こすと知らずに。

 

生きる刻があるうちはepisode3

 

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