オリジナル童話

earth to earth~古の魔法使いepisode1~世界の子どもシリーズ―現代編―

2021年11月18日

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いにしえの魔法使い

 開け切った広大な大地のど真ん中に、一本の巨木が聳え立っていた。一体、何人分の、いや、そんなものでは例えられないくらいに太くしっかりとしたみきの大きな木だ。ぐんと広く枝を伸ばし、そこから青々とした健康そうな緑の葉が瑞々みずみずしく生い茂っている。それらはまるで傘のようにこの果てしなく続く大地を優しく包み込んでいた。
 きっと、生命が誕生する遥か昔からあったのだろう。そう思わせてしまうくらいにその巨木は神秘的に、この地で生きる全てのものを守るかのように、そこにいた。

「ここは、どこだ」

 小さく呟くも、どこか夢見心地ゆめみごこちな自分の声が音としてこの空間に放たれることはなかった。その代わりに、ズシリと重かった身体が一気に軽くなる。どこともなく消えてしまった自分の声はまるで、ここで息を吸う許可と引き換えであったかのように感じられてくる。

 いつまでも見ていられそうなその巨木を見上げ、無意識に一歩を踏み出した。

 ザラリとした感触が足の裏を襲う。下を向くと、自分は裸足だった。

 こんな所に裸足で立っているなんてありえない。そう認識したとたん、灼熱しゃくねつの太陽が身体に強烈な光を浴びせ、真夏の猛暑日を思い起こさせる。気が付けば額や首筋を汗が伝い、ピッタリとTシャツが身体に張り付いていた。着ている服は寝る前に着た綿の真っ白な半袖のもので、下は高校の時から使っている紺の体操パンツ。そこでようやく、分かってくる。

 ああ、これは夢か。

 そう思うのに、自分を照らす太陽の光も、身体を伝う汗も、全身に感じる暑さもやけに生々しい。ただ、これだけ暑いというのに、足の裏から伝わる大地に残った熱が妙に心地よく、食い込む小さな砂が疲れ切った足つぼを程よく刺激する。まるで、自分を歓迎してくれているかのごとく。

 そんな心地の良いザラリとした感触を噛み締めながら、巨木へと近づいていく。草原とは違うものの、砂漠という訳でも、枯れた大地という訳でもなく、時折、地面から草花が顔を覗かせている。それらが、気を付けてとでもいうように、優しく足に引っかかるのだ。その感触がまた、生命を感じさせて気持ちがよかった。

 そんな地面に咲く草花に笑みをもらし、また視線を巨木へと戻して歩き進めようとしたその時、一人の娘の姿が飛び込んできた。巨木のほぼ真下で、膝を立て、向き合うような形でただ、そこにいる。

 彼女は白い布でその身を包み、腰元を蔦紐のようなもので縛っていた。布はタンクトップのワンピースのようになっており、そこから覗かせる手足は褐色がかっている。それがもともとなのか、日に焼けているからなのかはよく分からない。
 髪は深い黒をしており、それらを三つ編みに束ねている。その美しい肌と髪が服の白によく映えた。さらにそこへ巨木から差し込む日の光が加わり、より一層、娘を神秘的に輝かせてみせた。

 そのまま立ち止まり、じっとその娘の後姿を見ていた。否、あまりの美しさに目が離せなくなってしまったのだ。
 どれだけ時間が過ぎようとも、娘は背筋をピンと伸ばしたまま、微動だにせず、少し頭を下げる形で巨木に向き合い続けていた。後ろ姿のため、はっきりは分からない。けれども、雰囲気からして、手を組んで、何かを祈っているようにも見える。

 こっちを向いてほしい、そう強く願うと同時に、その娘の後姿があまりにも美しくて、声をかける勇気も、それ以上近づくこともはばかられた。

 ただただ不思議で仕方なかった。たった一枚の、白い布からできた服を身にまとっているだけだというのに、人はこんなにも美しくいられるのだろうか。

 さらに時間が過ぎ、娘がスッと立ち上がった。どこか、巨木の向こう側を見ているようであった。立ち上がって見えた娘の腕にはキラリと光る何かがつけられていることが伺えた。

「キース。来てはいけません」

 娘がそう声を発したとたん、全身がブルリと震えた。

 ああ、やっぱり、こちらを向いて欲しい。

 衝動的にそう思った時にはもう、無意識に彼女に向かって手を伸ばしていた。自分と娘の間にはかなりの距離があり、届くはずなどないのに。

 だから、一歩でも多く彼女に近づこうと足を動かしたのだ。すると突如、草花が急激に伸びはじめ、足を掴み、自分を引き戻していく。

 あちらの世界に。

「嫌だ」

 無我夢中でそう言葉を放った瞬間、彼女の三つ編みが勢いよく揺れた。こちらを向いたような、そんな気がする。けれども、既に自分はあの居心地の良い大地を踏んではいなくて、今度は背中をじっとりとした嫌な感触が襲う。

 それと同時に、聞きなれた音がガンガンと頭に響いてくる。

 ああ、目を覚ましたくない。

 心の奥底ではそう思っているのに、抵抗虚しく、草太は反射的に目を開いてしまった。

 

✵✵✵

「夢か」

 ピピピピピピ――……。

 アラームが耳元でなっている。これが現実だと言わんばかりに。

 起きて真っ先に視界に入ってきたのは自分の腕だった。草太は夢の最後と同じように手を伸ばしていた。ただ、向かう先が天井に変わっているのだが。

「はぁあ」

 大きくため息をつき、伸ばしていた手を勢いよく額にあてる。

「……夢か」

 そのままゴロリと寝返りをうつ。視界に映るのはごちゃごちゃに崩れた書籍の山と、空の缶ビール。食べかけのスナック菓子に、汁の残ったカップラーメン。

 先ほどまで感じていたあの美しい世界から一転、これが自分の世界なのである。

 いつ頃からだろうか。草太があの子の夢を見るようになったのは。

 もちろん毎回、同じ夢を見る訳ではないし、同じ夢であったとしてもあの子はおらず、例の巨木だけがそびえ立っている時もある。ただ不思議なことに、目を覚ますと覚えているのに、夢の世界へと誘われた瞬間に、まるっきり今までの夢を忘れてしまうのだ。
 そして、また同じことを繰り返すのである。あの何とも言えない大地の感覚と、どうしようもなく惹かれてしまう彼女の存在。ただ、その光景を見ているだけの自分。

 それでも、今日はいつもと違った。彼女が動くところを初めて目撃したのである。それだけではない。彼女の声をも聞くことができたのだ。そして、顔こそ分からなかったものの、こちらを向いてくれたような、そんな気がしたのだ。

 それらを思い出し、ほんのりと心が温かくなる。

 これで、今日も耐えられるかもしれない。

 草太はまた重たくなった身体に鞭を打ち、一日を開始する

「行きたくない」

 けど、行かない理由がみつからない。
 ああ、また今日もこの現実で、同じ日々を繰り返すのだろうか。

 

古の魔法使いepisode2

 

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