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その手に触れられなくても~episode6①~世界の子どもシリーズ―過去編―

2024年3月3日

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その手に触れられなくても~episode6①~

 

「本当にいいのかい?」
「ええ、時間を稼ぐのなら、堂々としてる方がいい気がするの」

 リアが背負っている黄色い巨大なリュックを、パナトリアは何度も瞬きしながら見つめていた。
 程なくして、珍しくその眉がひそめられ、リアをそのままに王宮の方に戻していいのかを悩んでいるのだと分かった。
 リアはわざとらしく、リュックを派手に背負い直して、リリーと共にいるときのように、ニコリと笑ってみせる。

「ね、みんな私のこと馬鹿だと思ってるから気づかなかったでしょう? 灯台下暗しってね」
「ははは、うーん、そうだなぁ。みどりちゃんとちゃんと話したことのない者は、みどりちゃんが言う意味で、そういう評価をしてるかもしれないけど。でも、みどりちゃんとしっかりと関わったことのある者は絶対にそういう意味で馬鹿だとは言わないよ」
「そう?」

 パナトリアが眼鏡をかけ直し、ほんのりと口元を緩ませながら、堪えるように言う。

「うん。でも、あれだね。みどりちゃんに阿保っていう人たちがいることの意味はものすご~く分かった気がするなぁ」
「やっぱり、パナトリアもあのとき声が聞こえたの!?」

 ピュンと尾を蹴り、リアが乗り出すようにパナトリアへと距離を詰めたところで、いつものようにニンマリとリアをからかうような笑みを浮かべる。

「いや~、声は聞こえてないよ? でも君がそういうなら、きっと誰かが何処かでそう言ったんだろうし、君のことをよく知る人なら阿保っていいそうだな~ってね。確信をもって今なら言えるね」

 パナトリアがクスクスと笑うのにあわせて、その身体が小刻みに震える。リアは眉をあげ、わざとらしくむっとしたように腕をくみ、パナトリアにじとっと視線を送る。リアの動きに合わせて、巨大なリュックが後ろへと動き、水中であっても、心なしいつもより動きにくく感じられた。

「ねえ、待って? 馬鹿だとは言わないって……一瞬喜んじゃったけど、馬鹿を阿保に言い換えただけだわ。やっぱり意味一緒じゃない?」
「はは、あははは。言葉としてはそうなんだよ。だけど、はは、ああは。それが違うんだなぁ~」
「どうだか。でも、まあいいわ」

 さきほどまでの深刻な状況から一転、こうやってお互いに感情を隠すことなく、最後に笑うことができたのだから、きっとこれでいい。
 パナトリアも同じことを思っているのだろう。再び目があった瞬間に、綺麗な文様が浮かび上がる瞳を細め、躊躇うことなく、リアを抱きしめる。

「ありがとう。私は、行くよ」
「ううん、私の方こそ、ありがとう」

 パナトリアの目の前に、紫がかった黒い渦が浮かび上がる。自分たちは王宮の管理倉庫にいるけれど、その空間のど真ん中にできあがったそれの先には、さらに違う海が続いていた。
 そこを進むと、海流の繋ぎめというのがあるらしいのだ。

 リアは目覚めてから、何も分からない中でも、絶対に近づかないようにとよくリリーたちに注意されていたもののひとつが海戦区域、それと同等に注意するように言われていたのが、この海流の繋ぎめというやつだ。
 なんでも、海の中には不可思議に時空間が繋がっている箇所があるらしく、この海流の繋ぎめをうっかりと通過してしまうと、突然に違う海域、例えば海戦区域にいきなり漂流してしまうことがあるらしい。この渦が発生する場所も予測不可能で、ずっと同じところに常にあるものもあれば、海の気まぐれで突然渦が消えたり、また現れたりするため、下手をすれば帰り道さえ失ってしまうのだとか。
 さらには、渦によってはかなりの水圧がかかり、この海流の繋ぎめをくぐるだけで命を落とすこともあると、本当にこのレムリアの中で、誰もが当たり前のように近づくことはしなかった。

 けれど、パナトリアたち守り人には秘密の言い伝えとやらがあるらしく、元々にある海流の繋ぎめは比較的に安全で、8つ目の海域ができた際に発生したものは危険が伴う場合が多いというのを知っているのだとか。
 さすがのリアもパナトリアが海流の繋ぎめを通って追っ手を撒くと言ったときは驚いたが、確かにこのタイミングであるからこそ、逆にその方がいいと、止めはしなかった。
 荷造りから海流の繋ぎめへと繋がる空間魔法を使う今この瞬間まで、パナトリアに一切の迷いはなく、ショートの濃い黄色の髪が、力強く感じられ、リアはとても美しいと思った。

「…………」

 パナトリアは守り人に戻る。だったら誰にも、そもそも守り人であること自体がバレてはだめ。
 だからこそ、海流の繋ぎめをくぐる知識を持っていると悟られるよりは、追手を撒くための苦渋の選択に見える方が、きっと安全。
 彼女の真のエネルギーと、それを貫ける強さを、信じよう。

 パナトリアがその空間魔法で繋いだ紫がかった黒い渦を通る直前、リアの方を振り向いた。互いにもう言葉は発さなかったけれど、絶対に忘れないようにとでも言うように、しっかりとそれぞれの瞳を見つめ、頷きあった。
 疑うことなく、この海域の中で緑の瞳はリアだけ。そして、パナトリアのように黄色であってもあれほどに美しい文様が浮かび上がるのもまた、パナトリアだけ。
 きっとそれぞれが、この海にたった一人しかいない、瞳の持ち主。
 本当は、同じ色の瞳の人がどれほどいても、それは決して誰の瞳も一緒ではないのだけれど。
 それでももうひとつの意味で、やっぱりリアの瞳もパナトリアの瞳も特別にこの海の中で、たった一人しか持ち合わせない瞳なのだ。

 リアが長い睫毛を伏せ、瞬きをして次に瞼を開いたときにはもう、空間魔法で繋がれた渦は消えていた。
 残るのはパナトリアが最後に蹴った尾の動きに合わせて発生した小さな泡だけ。
 リアは小さく息を飲み、ぴゅんといつものように強く尾を蹴るようにして、迷うことなく、泳ぎ出す。

 堂々と、来た道をひとりで戻るのだ。

 ただ移動中、小刻みにゆれる尾に反して、心は大きく揺さぶられていた。もっと速く泳ぎたいけれど、今速く泳ぐ方が周りから見て不自然で、尚且つリアにとっても長い目でみれば、このいつも通りのスピードが、きっと目的地まで最速で辿り着くのだ。

 飽き飽きとしてしまうピンクの絨毯をひたすらに進み、リアはようやくに女王の間へと繋がる大廊下へと出る。
 少しずつ、リアの知る海の中のエネルギーが動きだしているのが、感覚的に分かる。けれど、まだまだ早朝というのにも早いくらいだから、起き出した人はほんの一握りのよう。

「…………」

 ただ起きている人の中には、朝を静かに過ごすことを知らない人も混じっているみたい。
 嫌な気配を感じながらも、リアはペースを変えずに、こちらからは避けも近づきもせずに、廊下のど真ん中を泳ぎ進める。

 けれど、リアがあるところを通ろうとして、白目をむきたくなるくらいに厄介な影が、その進行を妨げるのだ。
 リアの目の前で激しく気泡ができたかと思うと、濃い青と黄色の影がリアを左右挟むように素早く動く。

「止まれ!」

 心底無視して進みたかったけれど、無視する方が厄介なため、リアはリュックの紐から右肩を抜いて、ドンと激しく音を鳴らしながら黄色い巨大なそれを廊下へと置く。
 普段、リアは声をあげるどころか、物音さえ自分からは出さないものだから、レンナの付き人たちは目を開く。
 一方のリアはそんな反応に構うことなく、リュックの上にポスンと座りこみ、わざとらしく頬杖をつく。

「それで、今度は何?」

 この道を通るということは、一定の時間を奪われるのは覚悟の上。
 ならば座って聞くし、急いでいるからこそ、最小限の騒ぎで済むよう、あえて引きも逃げもしない。

「貴様……っ!」

 リアの態度に付き人が反応するも、既にリアは鞄越しとはいえ地面に座っているので、押さえつけようにも、押さえつけようがない。
 どうリアを屈服させようか考えているのか、キツイ眉をさらに吊り上げて、彼女たちはリアの周りをくるくると泳ぎ回る。
動きがあまりにも荒々しいから、気泡がいくつもいつまでも出来上がっていき、視界が悪くて仕方がない。

 まあ、私だってレンナの顔なんてみたくないし、向こうも見なくて済むようになるだろうから、このまま泡のヴェールがあってもいいけどね。

 そして、予想を裏切ることなく、満を持したとでもいうように、それはそれはゆっくりと、レンナが食堂から入場してくる。

「ああ、レンナ様! どうかご無理なさらず」
「そうです、私たちにお任せください……!」

 そして、レンナは崩れるようにリアの前でわざとらしく倒れ込み、例にもれず付き人がレンナの元へと飛び泳ぐのだ。
 リアはその寸劇が終るのをげんなりとした様子で待ちつつ、レンナの腕を盗み見る。今は二の腕付近まで長さのあるシルクの手袋をしており、目に見える範囲の肌の色はいつも通り。口では「わ、我は……我はもうダメやもしれぬ」と悲劇めいて何度も呟いてはいるものの、夕方の時のように喚いてはいないので、仮に黒い爛れというのが残っていたとしても、きっと、痛み自体は今はひいているのだろう。
 レンナから微かに香る花の匂いの種類から、恐らくはまじない用の例の痛み止めを使っているのが推測された。

「ああ、レンナ様。どうかしっかりなさってください」

 レンナを二人がかりで抱き起し、付き人の悲痛そうな声がレンナの呟きに対し、必ず2つずつ続いた。それらが繰り返し起こるものだから、急いでいるリアは段々とイライラとしてくる。
 それを抑えるために、尾だけをパタパタと動かし、その場で地面を蹴って気を紛らわせようと努める。

 まだこの辺りの海のエネルギーに大きな動きは感じられない。リアがここにまだいる限り、パナトリアもすぐにここから逃げたとはバレないだろう。もっとも、それも時間の問題で、僅かな差ではあるだろうが。

 無事に最初の海流の繋ぎめを潜り抜けただろうか。時間はどれくらい経った?
 リリーに早く会いたい。
 それに海の上の様子も気になる……。

 リアの意識が完全にレンナから離れたところで、いつも通りの憎しみたっぷりの声が響いてくる。

「この、忌々しい緑め!!」

 レンナの悲劇の舞台とやらが終了したのだ。それを合図に視線を向けると、付き人よりもさらに釣り上がった眉に、細い目をさらにきつく細めて、レンナがリアを睨んでいた。
 レンナのエネルギー値自体、いつもさほど高くはない。けれど、今は憎悪という感情がひどくエネルギーに交じり込んでいて、リアは内心、恐怖を感じる。
 それはレンナ自体が怖いというものではなく、これほどまでに憎悪の感情を生き物は抱くことがあるのだという事実自体への恐怖だった。

 軽くあしらおうと思っていたものの、むしろ苛だっていたものの、レンナの憎悪を感じ、リアは話はちゃんと聞こうとリュックから立ち上がる。
 いつもならばリアから目を逸らしたりするのに、もう動じることのないリアの様子に、レンナもまた驚いたらしく、エネルギーが微かに揺れ動いた。けれどそれもほんの一瞬で、さらに憎悪を強めて、レンナは叫び出す。

「貴様のせいだ! 全部、全部貴様のせいだ! 本来ならば即刻死刑に値するが、猶予を与えてやる。はよう、薬をよこせ!!」

 すると、レンナの言葉に合わせて二の腕から黒い爛れが伸びあがり、レンナの鎖骨辺りまでの色を飲み込む。

「きゃああああ。痛い、痛い! 貴様……っ! また我に何かしたのか!? 許さない。許さないっつ!!」

 いつも自分を誇張するレンナが、今度は完全に演技ではなく、痛みで地面に突っ伏す。倒れ込む前にリアが見たレンナの顔は酷く歪められ、それはピンクだから無条件に美しいとは到底、言えるものではなかった。笑っていないから、苦しんでいるから美しくない、というものではなく、溢れ出る憎悪が苦悶以上に表情に滲み出て、それはあまりにも周りをぞっとさせるものだったのだ。

「……レ、レンナ……様……」
「あああ、あああああ!! 許さない。許さないっ!」

 付き人の一人が慌ててリアに詰め寄り、髪を掴んで引っ張る。
 けれど、それはいつものように、リアを痛ぶる目的で力いっぱい引っ張るものではなく、縋るような、頼み込むようなものだった。

「早く、早く薬を! 治しなさい!! レンナ様の腕を治しなさい!!」

 悲痛な願いに、リアは眉を寄せ、静かに目を瞑って首を振る。

「何故だ!! 何故だ!! 貴様、それでも薬師なのか!!??」
「生かしてはおかぬ!! ただではおかぬ。絶対に許さ……あああ、ああああ。痛い、きゃああ」

 レンナが暴れ出したかと思うと、今度は身体を天井に向けて大きく反り、喉に自身の両手を重ねる。

「ひっ、レ、レンナ……様……」

 顔の下顎にまでその黒い爛れは伸び、色もどんどんと、濁り具合が深まっていく一方だった。
 白いシルクの手袋でさえ灰色がかってみえ始め、その手袋の下にある腕が黒さを増しているのも一目瞭然であった。
 入れ替わるように、リアの目の前にいる付き人がレンナの方へと向かい、もう一人がリアへと詰め寄る。
 誰かが動くたびに発生するいくつもの泡が、状況を知らずに、いつも通り美しいまま、純粋な球をその場で輝かせた。

 リアだって、レンナだからといって、苦しめばいいなんて思ってもいなければ、レンナだから薬を出さないのでもない。
 目を開き、詰め寄る付き人ではなく、レンナに視線を向けながら、リアは言う。

「ないの。……リリーが言っていたように、そういう類のまじないに効く薬は、ないの。あるとしたら、あなたが今塗っている痛み止めくらい。……薬で治せるものと、治せないものがある」
「ああ、あああああ、嘘だ。緑のくせにっ。薬を出すのを渋りよって」

 さらに憎悪のエネルギーが濃くなり、リアはとうとう、レンナから目を逸らす。
 同じくレンナの様子をみていた付き人が、顔を逸らす代わりに勝手にリアのリュックに手をかける。

「薬……、くすりっ!」

 リアはそれを黙認しつつ、薬がないことに変わりはないのだと、首を小さく振る。

 本当はこの場にいる全員が、レンナの黒い爛れが普通の火傷ではないことを、説明はできなくとも、心のどこかで漠然と、理解しているのだ。
 普通の火による火傷ならば、爛れがレンナの言動に合わせて動いたりはしない。皮肉にもレンナが口を開けば開く程、薬では治らないことを物語っており、リリーが言っていたように、普通の火傷ではなく、悪意の反射によるまじないであることが、証明され続けた。

「……か、金じゃな? い、卑しい緑が考えそうなことじゃ……」
「レ、レンナ様……もうお喋りにならない方が……」

 付き人が止めようとしたことが余計に腹立たしかったのだろう。レンナは突然に、日頃リアに向けるような憎しみに満ちた鋭い眼光を、今まさにレンナの身体を支えている付き人に向け、彼女を突き飛ばしたのだ。

「っつ……」
「黙れっ! 黙れ、役立たずがっ!」
「…………」

 付き人があまりにも傷ついた顔をしたのがリアにまで分かって、思わず息を飲む。けれど、それも束の間、レンナが身体を起こしたかと思うと、リアの足元に向かって手に握っていたものを、投げつける。

 それはくるくるとピンクの絨毯を舞うかのように回転し、一定のところでバランスを崩して地面に横たわった。

「……扇子?」
「それを貴様にやるっ!! 金にでもなんにでもするがいいっ!! あああ、痛い。早う、薬をよこさんかっつ!!!!」

 もう周りが見えていないレンナは一人、叫び続ける。突き飛ばされた付き人は黙ったまま、その場に座りこんでいた。
 リアはその扇子を拾い、静かに開く。扇子はレース生地をあしらったもので、純白。繊細で見事なレースの柄は、いくつもの四角を不規則に並べた、レムリアではあまりみないものだった。直感的に初めてみる柄だ、と思い浮かび、リアはそっと扇子を閉じる。

「ふん。拾ったということは、やはりそういうことじゃろう? 早く薬をよこさぬかっ!」

 けれど、リアの背後で大きくリュックが倒れ込む音がして、ずっとリュックを漁っていた付き人が、顔一つ分くらいの麻袋を持って、レンナの元へと飛んで泳ぐ。

「レンナ様、ありましたっ!」
「はよう、はよう出せ!!」

 焦っているからか、付き人の手は震えていて、紐が思うように解けなかったのだろう。手を滑らせ、それを床に落としてしまう。
 途端に、袋は宙を舞いながら口を開き、金色のコインの雨を降らせていく。

「え?」
「な、なんじゃ、これはっ!」

 リアはレンナに近づき、その黒く爛れた手を躊躇うことなくとって、先ほどの扇子を握らせる。

「見てそのまま。お金よ? 私、お金に困ってなんてないわ、本当はね。だからね、扇子はいらないの」
「な、な、な。緑がつけあがるなっ。その扇子は、我が祖国の伝統技術のつまった、金では買えないような代物で……」

 リアは触れているレンナの手にそっと力を加える。爛れがこれ以上痛くならない程度に、その手にさらに強く扇子を握らせるために。

「だからでしょう? 私にはあなたの国の文字は読めないけれど、それ、名前か何かが柄に隠れるように混じってる。あなたの名前じゃないの? ……もう戻れない自分の国であるのなら尚のこと、どれほどの大金と引き換えでも、手放すべきじゃないわ。私なら、手放さない」

 レンナは驚いたように目を見開き、扇子を慌てて開いていた。食い入るように見つめるその目は真剣そのもので、どこか必死だった。文字が隠されていることに、今の今まで気づいていなかったのかもしれない。

 リアは視線を外し、バラまかれたお金を拾って袋に戻していく。背後でレンナが小さく「母様……なぜ……」と呟いたのを、あえて聞かなかったことにした。リアは回収し終えた袋を大事にもって、荒らされたリュックを、丁寧に整理して身支度を整える。
 付き人の両方が、黙ったままレンナをみつめていて、その表情はリアに読み切れるものではなかった。ただ感じられるエネルギーそのものは、怒りも悲しみも喜びもなく、力つきたような漠然とした何かを宿していた。

 リアはリュックを背負い直し、ゆっくりと進みだす。視界の片隅に映るレンナの姿は、このレムリアで一番に高い階級のピンクであるとか、どこかの国の姫であったとか、そういうのに関係なく、ただ床に蹲る、一人の弱い少女に見えた。リアにはその扇子の意味は、分からない。けれど本当にレンナにとっては、本人が気づけぬままに、とても大事なものであったのだろう。扇子を見つめるレンナの身体からはいつのまにか、黒い爛れが引いていたから。

 リアが数メートルほど離れたところで、レンナの独り言にもとれるくらいの小さな声が、聞こえてくる。

「待て。なぜじゃ。なぜ、気づいたんじゃ……」

 急いでいるのでもうこれ以上の時間を割きたくなく、また、本当になぜと問われても、きっと記憶を失う前の、以前のリアが知っていた何かが本能的にそれを見つけたに過ぎない。リアには上手くそれを言語化する術がなければ、話したところで説得力も持たない。

「……偶然。偶然気づいただけ」

 だから、真相でも真実でもない、ただそこにある事実だけを、リアは言葉として残す。レンナも付き人もそれ以上を追求はせず、その答えはきっと、レンナに扇子を渡した人にしか本当の意味では分からないだろうことが、感じられた。

 リアはゆっくりと息を吐き、また進み始める。けれど、どうしても、この道を進むにはたくさんの人魚と出会ってしまう定めなのかもしれない。今度は王宮の図書室の方。食堂よりも少し向こうで、ガタっと大きく扉が開く音と共に、何人かの人魚が、なだれ込むように大廊下へと現れる。
 聞き覚えのあるひそひそとした声がいくつか重なり、リアを始め、レンナや付き人の全員が視線を向けていることに気づくと、リアが特によく知る人魚の声が、シンと静まり返った大廊下に響く。

「ち、ちょっと待ったー!! ……タイミング少しズレちゃったけど……」

 

to be continued……

 

過去、現代、未来を行き来しながら連載中!🐚🌼🤖

※不定期更新、期間限定公開になります📚製本作業完了後、こちらでの掲載は終了となります✨また、シリーズ全体としては書き下ろしを含む番外編込みで全て繋がっていきます♪宇宙間の星、国の関係やカイネの過去、各種族の秘密は番外編よりお楽しみいただけます🐉💓よろしくね( ..)φ✨

 

episode6①にしていますが、続きの長さと進み具合で、episode6を③くらいまで区切るか……episode7、8とepisode自体進めていくか調整していく予定です。以前、episode6がめちゃくちゃ書きたいシーンと言っていたのですが、書き進めると結構な量になりそうな予感しかしないので、そこはもう少し先のepisodeに組み込むことにしました🐚次回の更新時期も未定ですが、episode6②にする場合は次回も続けて過去編の更新にする予定です。そして前回お伝えし忘れたのですが、現代編はepisode4の区切りは②までで、次はepisode5です🌺よろしくお願いいたします✨

 

 

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