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【期間限定再掲&プチ裏設定ブログ】その手に触れられなくても~secret episode0.3 sideアトラント~世界の子どもシリーズ―過去編―

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R6.4.10~R6.5.10まで期間限定再掲―その手に触れられなくても~secret episode0.3 sideアトラント~

 

※こちらは本編に密接する番外編になります。時系列的には、episode0.5の少し前になります。

 

 衰弱しきった身体を起こし、じっと皿に盛られた食事のその奥に隠されたものをみて、ほくそ笑む。

「……ようやくだ」

 その呟きと共に、銀のスプーンが、明らかに色を変えていく。
 それを見て、爺やが慌てて皿を下げようとするのを、手で制す。

「……よいのだ。分かっているだろう? 私はずっと、この時を待っていたのだ」
「ですが……! なぜです……! なぜです……!!」

 分かっていても納得できない、というように、悲痛な叫びとも言えるような声をあげて何度も何度も、爺やが私の胸倉を掴む。

「ミキシルチェティ、魔力を送るのを……治癒を、やめよ」
「な、なんのこと?」

 私の背後で、檻に囚われている愛しい者が動いたのが、見ずとも気配で分かる。
 ずっと抑えていた自分自身の魔力を身体全身に、流し始めたからだ。
 最期の時は、自分自身の五感ですべてを感じ、痛みも愛しさも全て、胸に刻むと決めていた。

「もう、よいのだ。お前なら分かっているはずだ。私はもう助からない」
「いいえ。そんなの、分からないじゃない!」

 ずっと私の部屋の檻に閉じ込められていたというのに、恨むどころか、私の治療をし続けていたのだから、本当に困った娘だ。

「……いいか。今から私は、この毒入りの食事を食べる」
「! ……どうして!? どうしてわざわざ毒が入っていると分かっていて……分かっていて、毎回食事を口にするのよ!!!」

 横で、爺やが涙を流し、捕まって以来一度も抵抗したことのないミキシルチェティが檻の扉を掴んでガンガンと揺する。
 ゆっくりと、私は振り返り、最期に愛しい者の姿を自分自身の眼で、記憶の奥底まで焼き付ける。凛とした、いつ何時もブレることのない、信念の宿ったその瞳と腰辺りまである長い美しい漆黒の髪のその先端まで。心の美しさをそのままに投影したような、その表情の細部に渡るまで。

 本当ならいつものように、おどけた笑みを最期にみたかったものだが。
 本当ならずっと、自分のものにならなくとも、幸せそうに笑うその姿を見守り続けていたかったのだが。

 そんな想いを彼女に悟られてはいけないのに、もう赦せとでも言うように、私はとうとう、微笑む。

「……っつ。義兄さん?」

 私は最期の時のためにためていた、魔力制御ピアスを外す。
 そして、ミキシルチェティを見つめたまま、言う。

「今から私は、この毒入りの食事を食す。既に扉の向こうに、一人アトラントの迎えの者を潜伏させている。……お前なら、捕まったその時から、あの者がここに潜伏していたのは、本当は気づいていただろう?」
「…………」
「分かっている。逃げるタイミングを計っていたのもあろうが……気づいていたのだろう? 食事に少しずつ、毒が盛られていたのが。お前は私に囚われたその日からずっと、治癒を続けてくれていた。捕まっているにも、関わらず……」
「だけど……っつ」

 ミキシルチェティがぐっと眉に力を入れて、明らかに泣くのを我慢しながらも、強気な瞳で、こちらを見てくる。
 だからあえて、視線を逸らさずに、言う。

「私に盛られていた毒と同じものが、メルティリシアにも盛られている」
「……っつ!!! 許せない……!!!」

 グラリとミキシルチェティを閉じ込めている檻が檻ごと大きく揺れ、彼女から怒りの魔力が、漏れ始める。
 私はその姿をみて、本当は心の底からその想いを全身で受け止めて彼女を抱きしめたいと思っているのを隠し、あえて冷静な表情で、言う。

「……私と同じ毒だ。微量を少しずつ盛ることで、病死のように見せることができるものだ。もし、毒であったとしても暗殺で命を奪われた時、暗殺に関わったものは指輪に永遠に触れられなくなる。そして指輪もまた、正式な引継ぎや病死なでなはいと判断されたとき、死してなお、持ち主のその指から離れず、効力も失い、誰も使うことができなくなる特別なまじないが、かけられている……」
「……そんなことのために……」

 遥か昔、我らの祖父は、アトランティスという広い領土の国を治めていた。しかし、領土の拡大により、いつしか海を経て二つの陸を治めることとなった。

 王は自分が最期を迎える直前に、二人の息子に、国を引き継いだ。
 その際、王は二つの陸を、海を境界に二つの国に分けて、息子たちに託したのだ。兄のアトラントには海の向こう側の小さな町しかない秘境ともいえる陸地を、弟のティルクには海をも含む、多くの者が暮らす広い陸地を、それぞれの名の国として与えた。
 これは、一見、弟のティルクに有利にみえる領土の分け方にみえる。本質を見ぬものは、すぐさまに弟ティルク側に付いた。けれども、真実はどうか。それは、人によって、違うだろう。

 我らが祖父、アトランティスの王は、小さな町に大切な知恵とそれらを使うのに必要な指輪を引き継がせていたのだ。その指輪は海の奥底に眠る、秘庫の鍵となっていた。
 それらの知恵と秘庫に眠ると言われている物は、アトラントの国とティルクの国の発展へと繋がった礎(いしずえ)であり、今後の国の存続および発展にも欠かせないものだ。

 それぞれ、平和にアトラントとティルクを統治していたが、ひどい汚染と共に星が滅びかけた。多くの土地で、呼吸さえもままならないくらいに、それは酷く。
 それでもティルクの者は、高度なガスマスクを作り、汚染された星に住み続けた。けれどもアトラントの王は、汚染の拡大が自国へと流れ来る前に、地球の地下世界へと速やかに移住を行っていた。
 アトラントの王が平和に治め始めた新しい地下世界の領土に、とうとう星の汚染に耐えられなくなったティルクの国の者も、アトラントの王の好意で移住をすることとなる。

 そんな中で起こったのが、波の被害。

 地下世界へと移住してすぐに、ティルクの者は、選択する暇もなく、海へと還り、海を生きざるを得なくなってしまった。しかも、アトラントの王が治める領土へと移住をさせてもらってすぐのこと。海へと還れば、境界も曖昧になり、誰が国を統治するのか、そういう話が何度となく、持ち上がった。
 けれど、アトラントの王は、寛大であった。アトラントとして治めるのではなく、アトランティスに戻せばいい、と。そして、いきなり二つの国の者が一つに統治されるのは、民も戸惑おう。故にまずは王を決めず、海の生活に慣れたころに、次世代の中で、民の推薦で、王を決めればよい、と。
 そのまま、他の星の者の推薦もあり、アトラントの王の息子メルティリシアが四大陸会議に参加するからということで、王位継承権第一位の皇子として、形式上収まった。

 そして、ティルク出身の私が、王位継承権第二位の皇子として、私の母親違いの弟が王位継承権第三位の皇子として、形式上、収まった。
 一度は、ミキシルチェティと私の婚姻の話も、持ちあがった。私が王となり、ミキシルチェティが、妃となり、アトランティスを治めるというものだ。
 けれども、アトラントの王も王妃もそれらを迷うことなく、きっぱりと断ったのだ。アトラントの民は、政略結婚はしない、と。

 それに私も同意した。なぜなら、私は本当に、ミキシルチェティを愛してしまったからだ。移住までの間に、まずは王族同士で何度となく、交流が行われた。すぐに、明るくおどけて笑うミキシルチェティに惹かれ、その強気で芯の定まった生き方の、虜となった。
 メルティリシアは真っすぐで正直、そして優しすぎるくらいに、優しい。だから、別に例え自分が一番年上であっても、王位継承権は、メルティリシアが一位でいいと、心の底から思っていた。
 私の弟、ティストリクタルティスも大人しく気は弱いものの、争いは好まない。むしろ本が好きな、自分のことをそっとしておいてほしいタイプであった。だからすぐに、王位継承権の順位に異論ないとの返事をした。

 そんな私たちは、違う国出身の、ひとつの国の王族としての複雑な関係の、兄弟となった。けれども、ティストリクタルティスも含め、みんなが、実は仲が良かった。例えば、ミキシルチェティが仲良くなるためにと強引に推し進めた、兄弟で食事をとるという決まりに文句を言わず、読書好きのあいつがちゃんと顔を出すくらいに。食の細い私が、出されたものを残さぬくらいに食事の時間を楽しみにしてしまうくらいに。毎回、食事をきっかけにみんなの会話と笑顔が絶えない時間になるくらいに。

 それらに変化が生じたのは、レムリアの姫が、波の時の証言を行ったあの時からだ。

 少しずつ、確かに芽生えていた二つの国の間での信頼感が、そこで大きく崩れたのだ。信じていたから、王位継承権第一位にメルティリシアをたて、他の星の推薦があったから、納得したのに、と。

 私たちはそれらの意見を相手にはしなかった。四人で必死に、ムーの姫とアヴァロンの王子の無事を願い、彼らが助かるように、真実を告げたつもりであった。
 けれども、立場があまりにも、悪かった。アヴァロンの王子は、アトラントの遠縁でもあったから。メルティリシアと彼らは血のつながった遠い親戚にあたる。
 アヴァロンの王子が責められている状況で、ムーの姫を庇うのは、さらに状況が悪くなる一方であった。そして、ムーの姫の親戚であるのに、ムーの姫に肩入れしないレムリアの姫の証言は、殊更、みんなが信じ切った。
 レムリアの姫の一声に力があったのは、あの波の当時、一人成人していただけではない。元々、私たちと同じように同星から地下世界へと移住してきたレムリアの国は、アトランティスはもちろんのこと、他の国よりも魔力が強い民が多く、とても発展していた。故に、アトランティスとレムリアの力関係からしても、向こう側の主張の方が、意見が通りやすかったのだ。
 そこから、メルティリシアは四人の中で一人、嘘つきの捺印を押され、責任を取らされた。私は次の王にと、担ぎ出された。そうなると、ティルク側でも、ティストリクタルティスを王にとの声もあがってくる。

 私たち四人は、本当の意味で完全に血が繋がっていた訳ではなかったが、確かに自分たちの中で、かけがえのない絆が、あったのだ。

 それなのに、あの日を境に、あの楽しい食事のひと時は、なくなってしまった。

 私たちはそれぞれに成人をしてなお、いつまで経っても大人になりきることが、できなかった。自分よりも年長である者の意見を、跳ねのけることが、できなかったのだ。
 周りに、好き勝手に踊らされるロボットのように、エネルギー補給としての意味だけの食事を出され、部屋から出ることを許されず、本当の心と声を押し殺した生活を、それぞれが余儀なくされたのである。次の王が決まるまではという、周りが勝手に決めたルールによって。

 怒り狂い魔力が漏れ、檻どころか部屋までをも揺らすミキシルチェティに、威圧的な声で言う。

「魔力を置いておけ」
「……こんな感情、抑えられない」
「それなら、尚更、置いておけ」

 瞳孔の開ききった目で、こちらをみるミキシルチェティから視線を逸らし、目の前の毒入りの食事を見つめながら、私は話し続ける。

「……メルティリシアにも同じように毒入りの食事が運ばれ始めたのは、私の身体が病気としての衰弱と診断が付き始めたころからだ。あいつはアトラントの中でも一番、治癒能力が高い。時期と治癒能力を考えれば、まだ、私よりは保てていよう。それでも……危ないのも、苦しいのも同じことだが」
「……っつ」

 その一言に、明らかにミキシルチェティの氣が動揺で乱れた。
 私はみっともなく、愛しい者の前で衰弱し、痛みに叫び、激しく嘔吐を繰り返していた。それらを思い出しのだろう。

 それは弟のことを心配する焦りと、私のこれまでの苦しみに対する深い情と、双方だと信じたい。

「……けれど、予想外のことが起こった。ずっと沈黙を貫いていた私が、ミキシルチェティを監禁し、婚姻を求め始めた。王位継承権を確実なものにするために。そして、予定よりも毒の効き目が悪い」
「……やっぱり、そういうことだったのね……」

 切なげに呟くミキシルチェティの方を、向くことができなかった。きっと、その瞳をみてしまうと、私は情けなくも、冷静を保てずに、そのままに愛を伝えてしまいそうだから。

「お前は王位継承権に関わらない。私がお前と婚姻して、王となる場合以外」
「……それで、私をあえて、捕らえたのね」
「だが、あいつらの誤算は、そこではない。本来、お前は私を憎んでしかるべき状況なのに、そうはしないということ。お前は、優しい。敵である私に対しても、治癒を施すのだから」
「義兄さんはっ。やっぱり、敵じゃなかったじゃない! 今からでも!」

 その叫ぶような声に、とうとう、またミキシルチェティの方を向いてしまう。もう愛しさを隠せないように、私は瘦せこけた頬と、情けない表情で、笑む。

「だから、希望に繋がったんだ。見ただろう? 明確に毒の反応が出た。私があまりにも粘るから、焦ったのだよ。自然な病死を逸脱するくらいの毒をとうとう盛ってきた」
「……だからっ! そんなの食べたらダメだって言ってるで……」
「だからだ!!!」

 どれほど痩せこけていようとも、最後の魔力で、男として、兄としての威厳を持ち、声だけでこの場を制す。

「これを今私が食べることで、メルティリシアに……毒の成分を伝えることができる」

 ミキシルチェティの瞳が、大きく揺れる。言葉が出てこないというような表情と、共に。だからこそ、そのまま私のみが話し続ける。

「毒は……感覚的な治癒では限界がある。ここに、日々の毒の成分を記録した、ノートがある。毎日、メルティリシアの所へ食事が運ばれる前に、これらを内密に伝え、解毒成分に近い食材の料理も、摂取させるように、何人か、料理番にこちらの味方も潜伏させていた」
「義兄さん……」
「それでも、限界がある。だが、今回、これだけの量の毒があれば、明確に解毒に必要な薬を突き止めるところまで、行けるだろう。だから、お前は私の治癒をやめ、アトランティスから逃げるのだ」
「……そんなの、できない」
「いいや。お前が治癒をしていなければ、そもそも、私は今、この毒が運ばれる前にこと切れていた。だから、嬉しい誤算なのだ。ずっと、この時を待っていた」

 ミキシルチェティが何度も抵抗の意を示すかのように首を振り、涙を零す。
 だから私は、最も愛しいものに、最も残酷なことを、告げる。

「もう助からない義理の兄のために、まだ助かる血のつながった実の弟を見捨てるのか?」

 ミキシルチェティは強情だから、小さく泣き声が漏れ始めているのに、それでも、ずっと首を振り続ける。

「何か他に、方法が……」
「ない。敵側の義理の兄と、味方の実の弟、取る方は明らかだ」
「……私には……」
「できる。扉の向こうで、お前の愛しい男が、待っているだろう?」
「私だけ……逃げるなんて……できない」

 泣き崩れるミキシルチェティに駆け寄りたくなるも、その資格も体力も、もはや私には残っていなかった。だから、そのまま言いたくもない残酷なことを言い続ける。

「お前が逃げたとなれば、追手がつく。そうすると、メルティリシアの方の見張りが緩まる。その間に、私が記録した日々のノートと、最後に盛られた毒の成分を、密書として届けることができる。だから、お前は囮なのだ。逃げよ」
「……そんなの……」
「私が死ぬ時期というのを、悟られてはいけない。恐らく、この量の毒を盛るということは、私の心肺停止を確認してから、私の身体に解毒剤を入れて、病死にみせる細工をするに違いない。これが暗殺だと分かれば、まじないが発動し、ティルク側の多くの者は、指輪に触れられなくなる。特に……暗殺に関わったとされる第三皇子勢の多くは、な」

 とうとう、爺やまでもが声をあげて、泣き崩れる。

「……聞いておろう? 爺やよ、私の最後の命(めい)だ。私の死後硬直が終わるまで、誰にも身体に触れさせるな。暗殺だと……確定するまでな。メタリクストレストに遣える全ての者で、私の身体を、守れ」
「……その命(めい)を……ご健康な時に……使こうてほしかったで……ございます……」

 その呟きに、私はつい、子どものころのように、笑って言ってしまう。

「すまん。あまりにも自然に毒が盛られるものだから、自分で気づた時には、既に死期を感じる段階だったのだ。だから、その時から、ずっとこうすると決めていたんだ。じぃに一番、嫌な仕事を任せてしまう」
「そうです……何故です。何故、この老いぼれよりも、若く立派なものたちが、こんなめに……」

 そう言う爺やに近づいて、私の方が本来ならば手を貸すべきなのに、爺やに手を借りながら、ヨレヨレと歩いて、ミキシルチェティの檻の前へと行く。

「私が毒を食べる前に、逃げよ」
「…………」

 黙ったままの彼女の返事を待たずに檻の鍵を開ける。それと同時に、部屋の扉も。
 もう檻はあけられているとうのに、動く気配のない彼女の前に、ずっと扉の前で控えていたアトラントの男が駆けつける。

「ミキシルチェティ様!」
「……私……」

 だから私は、あえてミキシルチェティではなく、その男に命じる。

「彼女を連れて、逃げよ。無理矢理立たせて、そのまま連れていけ。レムリアの海域だ」
「……わかり、ました……」

 男に支えられながら立ち、震えながら歩く愛しい者に、私は呪いをかける。

「兄と弟の命(いのち)を天秤にかけ、片方をお前は選ぶのだ」
「うっ、ああっつ、うっつ、ごめ……ごめんなさ……」

 最期、私は愛しい者のその涙を流す姿でさえ、記憶の奥底に焼き付けようと、食い入るように見つめながら、言う。堂々と、男でも兄でもなく、ただのメタリクストレストとして、ミキシルチェティに、言う。

「そうだ。泣くがいい。片方を選んだことが、事実なのだから。だからこれは、お前の罪なのだ。もし、お前が、必要のない罪悪感で生きることを諦めたその瞬間から、罪となるのだ」

 彼女が、涙を零しながらも、いつものあの強い眼差しを取り戻し、こちらを見つめ返してくる。だから私は、最期に微笑む。愛しい妹を見守る、兄として。

「よいか? 兄としての命(めい)だ。大切な弟たちを守れ。私がメルティリシアを守ることで、ティストリクタルティスを守ることになるのだ。その意味がお前には、分かるな? なんて言ったって、お前は私の妹で、二人の姉なのだから」
「……っつ、はい。兄上の命(めい)、しかと……しかと、承りました」

 ぐっと唇をかみしめて、自身の足で立ち上がり、ミキシルチェティはしっかりと頷いて、私に背を向ける。
 そして、彼女を支えながら去り行く男が、こちらを向いて、律儀に礼をしていく。

 お前にミキシルチェティを、任せるよ。愛しい女(ひと)としてではなく、愛しい妹として。

 バタリと扉が閉まったその瞬間に、私は爺やの肩から崩れ落ち、息を乱す。

「皇子!!!」
「大丈夫だ、まずは、ノートと密書の準備を」
「ぐうぬ……かしこ、まりました」

 私は急ぎ、ひとつの密書を、書き記す。それは、大切なティルクの弟に向けて。

『自分自身を信じよ』

 この、一言だけでよい。
 そして、ノートに最後の魔力を注ぎ、特別なまじないを、かける。信頼できるものしか、このノートが開けないように。

「さて、根気比べだ」

 荒々しく息を切らしながら、悲痛な顔の爺やに、毒入りの食事を、口に運ばせる。情けないことに、もう自分ひとりでスプーンを握る力さえ、残っていないのだ。
 けれども、絶対に、爺や一人でスプーンを握らせはしない。爺やの震えるその手の上から、自分の手をどれほど力が入らなくとも、触れる程度でもいいから、無理矢理添える。

「うっつ、ぐっつ」

 口に入れたその瞬間から、意識が朦朧として、息が苦しくなり、頭に血が上っていく。けれどもなんとか、その毒よりも先に、自身の貯めておいた魔力を駆け巡らせて、毒の成分を解析していく。

「はぁ……はは。私の、勝ちだ」

 すぐそばに置いていた密書を、咄嗟に二つにちぎり、毒の成分を書く。そこにさらに、ある人物の、名前を添えて。

「はは、ははははは」

 歪む視界の中で爺やの嗚咽だけが響いてくる。ちゃんと呂律が回っているかも分からない状態で、ただただ話し続ける。最期に、伝えたくて。

「絶対に……かんちが、い、して……くれる……な。わたしは……生き、るのを……あきらめた……のでは、……ない。さい、ご……まで……生きつづ、け……た……から……この希望に……たどり……つい、た……のだ」

 みっともない姿を見られようとも、伝えられぬ想いを抱えようとも、愛しい者に治癒されながら生き続けた時間は、かけがえのないものであった。

 最期まで粘ったこの生(せい)の先に、私はこの密書を残すことができる。
 何人(なんぴと)たりとも、私が生きることを諦めたなんて、言わせない。
 最後まで生き続けたから、大切なものを守るチャンスを、見出したのだ。

「うんめい……は、めぐる……」

 その毒薬の解毒剤が作れるのは、お前たちが最後まで精一杯助けようとした友、ムーの姫君だけだろう。

「じぃ、ティス……たのん、だ……ぞ……」

 必ず、死後硬直が終わるまで、誰にも私に触れさせるな。
 ティストリクタルティス、自分自身を信じろ。周りに、踊らされるな。

 メルティリシア、民を導き、生き延びよ。

 ミキシルチェティ、罪を背負うな。お前には、おどけたようなあの笑顔しか、似合わない。

χχχχχ

レムリア海域内――……

 追手をまき、ひとりになったミキシルチェティは自身に変化魔法をかけ、人魚の姿になる。
 そして、一枚の殴り書きの密書をぐっと握りしめて、一呼吸して、長い長い、自分の髪を切る。

「……っつ、うっ……」

 王族は生まれつき、魔力が強い。例外はあるが、これは宇宙におけるどの星でも共通で言えることだろう。きっと、王族の魔力が桁外れで強いのは、民を守るために宇宙が授けた定めだと、ミキシルチェティは常々思っている。
 だからどの王族も男女問わず、髪は長い場合が多い。例えば、男性はある程度の長さで髪を切る。けれどもその際に、魔力の調整を行い、内密に専門家を呼び、断髪の儀を行うものだ。
 何故ならその切り落とされた髪にも、強い魔力が宿っているから。それも、髪を切る者の命(いのち)に直結するような、すごい量の。

「……思ったよりも……体力持っていかれるわね」

 切り落とした髪の半分の長さにも満たない今のミキシルチェティの髪は、肩にもつかないくらい。
 その切り落とした髪に守護のまじないをかけ、その一本一本を、今も海のどこかで耐え忍ぶアトラントの民へと届くようにする。

「時がくれば、必ず。その時まで、みんな耐えて」

 そして、残りのほとんどの髪の束を、大切な弟の元へと届くよう、まじないをかける。
 このまじないはアトラントの民にしか、見えないし、解けない。そのため誰にも気づかれることはないだろう。だからこそ、何の心配もなく、弟の元へと送ることができる。

「私の髪を、少しでも治癒の足しにして……!」

 けれども、一本だけ、ミキシルチェティの元に戻ってきた髪がある。それは、最後まで共に逃げてくれた、愛しい男(ひと)に届くはずだった分。

 ぐっと目を瞑り、祈る。彼の無事を。

「大丈夫。泣かない」

 そしてその髪の一本は、何かの時のために、懐にしまう。
 一度海面へと上がり、辺りを見渡す。

「あの岩とか、好きそうね……うん。この辺りの海の街に潜伏しましょう」

 弟の話では、カイネちゃんに記憶はない。だけど、きっと大丈夫。

「記憶がなくても、多少容姿が代わってても、私たち、絶対にまた友だちになれる」

 カイネちゃんの性格的に、子どもたちと遊ぶのも好きだし、すぐにああいう岩陰とか見つけてちょこまか動くから、そうね。潜伏中は先生にでもなりましょうか。

 じっと、満月をみて、誓う。罪は、背負わないと。

 ミキシルチェティがかけた変化魔法は、人魚になる部分のみ。容姿は、変えていない。

「敵を欺くには、髪と化粧だけで十分」

 本当に私のことを知っているものは、私の性格を分かっている。

「自分は偽らない」

 敵は恐らく、容姿を変えたと思い、懸命に全く違う容姿の髪の長い人魚の捜索を始めるだろう。まさか髪を切っているとは思わないはず。

「命を奪って何かを得ようと思う者に、命を懸けて何かを守ろうとする者の気持ちなんて、分からないでしょう」

 だから、敵に私がみつけられるはずがない。
 そうしてまた、海の中へと潜り、アトランティスの海域の方をみて、腕を組み、アトラントの民の正式な儀の際に行う、祈りを捧げる。

「メタリクストレスト王。ティルクの、真の王に」

 

アトラントの姫、ミキシルチェティ、レムリアに潜伏

 

to be continued……

 

過去、現代、未来を行き来しながら連載中!🐚🌼🤖

※不定期更新、期間限定公開になります📚製本作業完了後、こちらでの掲載は終了となります✨また、シリーズ全体としては書き下ろしを含む番外編込みで全て繋がっていきます♪宇宙間の星、国の関係やカイネの過去、各種族の秘密は番外編よりお楽しみいただけます🐉💓よろしくね( ..)φ✨

 

 

はるぽ
手が痛いのでルビは修正せずこのままですみません。以下、ちょっとした裏設定のおまけつき?今後の予定含めたプチブログです

 

単刀直入に言い訳から述べさせて頂きますと
腱鞘炎になりまして(笑)💔
新しいのが書けなくなってしまいました😿
そのため、本来もう再掲する予定のないエピーソードでしたが、期間限定でもう一度再掲を挟ませて頂きました!

現に腱鞘炎になっているように、魔法の使えない世界で生身の人間が生きるには、体調管理をするうえで、こういう再掲の機会も時に重要かな、と甘えもあります。でも、私として、ブラッシュアップや推敲は大切だというのと別で、過去に縋るみたいで再掲を繰り返すのは好きではなかったりします…。
今回めちゃくちゃ悩んだ末に、今後に更新に向けて裏設定の緩いブログっぽいやつを一緒に添えさせて頂けたらなと思います!

(ブログなので、スマホで腱鞘炎じゃない方の手でポチポチしてます。誤字や普段の話口調が多くなるかもしれませんが、大目にみてやってください)

今回のエピソードに登場する『アトラント』ですが、実は未来編でも登場します。

そして、アトラントの民の名前、みなさんはどのような感想をもたれましたか?

長くてイライラしたり、読みにくいと思われたり、現代の価値観でいうとイタイと思われたり…。
彼らの名前、作者自身である自分でさえ覚えられていません。毎回、書くたびに確認しています。
けれど、AIならば一回で覚えるのだと思います。

もう一度、同じことを言わせて頂くと、アトラントは未来編にも登場します。
私たちではすぐに覚えれないことも、きっと些細なことでも、AIはいとも簡単に学習するのだと思います。
それでも、こういうできないことを一緒に経験するのも同じ人間だからこそとも思っていて、読むだけでなく、物語と共に体感じゃないですけれど、少しでも現実的にも楽しんで頂きたくて、書き始めた当初からああいう長い名前にしていました。
きっと、AIが名付けるのならば、AIは優しいからとても人間でも覚えやすい名前をつけるのだと思います(笑)

未来、物語の中だけでなく、私達は恐らくAIがもっと日常に溢れる世界で生きていくのではないかと想像しています。
この「はるぽの和み書房」というホームページを始めて3年が経ちました。
その3年という時間で3年前に想像していた以上に早いスピードでAIという言葉を聞く機会が増え、使われるシーンが増え、日常に溢れていると感じています。

AIと争うのか、共存していくのか。

大げさかもしれませんが、そういうのの狭間の今を生きる私たちの選択で、未来が変わっていくのかなと、個人的にふとしたとき、難しくて全部がわかる訳ではないけれど、ぼんやりと考えたりします。

そんなAIとの付き合い方で、創作物もまた、AI学習の使い方が大事だなと考えさせられる機会が多いです。
世界の子どもシリーズとは別で、完結済みの作品なのですが、「星のカケラ」というのを書いています。よかったら、こういうAI学習やSNSの使い方について、日常の些細なことまで考えたとき、ご興味がある方は、空飛ぶ金魚のお話を覗いてもらえると嬉しいなと思っています。オムニバス形式で進んでいくので、全体公開しておりますEpisode2.5まで問題なく読んでいただけると思います。そこまで読んで頂くと、空飛ぶ金魚も自然と登場するかと思うので、お時間があればぜひ

「星のカケラ」はストーリー自体、全く別物なのですが、世界の子どもシリーズ関係ないようにみえて、関係があったりします。実はこの空飛ぶ金魚のエピソードや星のカケラのコアとなるものは、本当は「その手に触れられなくても」に組み込みたかった要素でした。その手に触れられなくても、のプロット段階で溢れ出た書きたかったエピソードや要素を、奇跡的なタイミングと流れでゆふまるさんに出会い、誕生した「星のカケラ」のストーリーに、現代風に、それぞれのキャラに合わせて新しく書いたものになります。
そのため話自体はそれぞれ関係はなく、全く別物ですが、色や光と影など、大きなテーマは方向性が違う中でも被るところがあります。
あとこれは本当に偶然ですが、イメージの詞をつけてるのもこの2タイトルです。自然とそうなっていました。詞は趣味の中の趣味という感じで純粋に書きたいときだけ書いてるものですが、「その手に触れられなくても」には製本時の巻ごとに1つ作るのが目標です♪

そんな星のカケラなのですが、AIだったらミスらないであろう、初歩的なミス…ではないんですが、ミスのようなことをしてしまっています。
作品によっては、あえてストーリー展開的に音や雰囲気を似せて名付けているキャラもいるのですが、タイトル違いであっても、キャラの苗字や名前が被らないようにめちゃくちゃ注意してます。
にも関わらず、星のカケラのある登場人物と世界の子どもシリーズのある登場人物とで全く裏設定とかあるわけじゃないのに、同じ名前の子を発生させてしまっていました!
それも完結してだいぶしてから、あれ?となって気づきました(笑)

こういう感じで、どれだけ確認してもミスや至らないところがたくさんあるのを重々承知で、AIや機械の精密さには敵わないと分かっていても、それでも、私は物語を書くのは自分でやりたいと、強く思っています。
アクセサリーも趣味で作るのですが、創作において、デザインとかストーリーとか、全く違う題材や種類のものを自分の中で繋ぎ合わせることができたとき、脳がゾクゾクゾクとする瞬間があって、これは自分でやらないと味わえない瞬間だな、というのがあります。それがめちゃくちゃ好きです( ..)φ✨

創作も好きでしていても、時にうまくできなくて悩んだり、今みたいに腱鞘炎なってベソベソしたり、その一瞬一瞬で違って、ずっと楽しい訳ではありません。でも、総じて楽しく、あの脳がゾクゾクゾクとなる瞬間は、誰かの評価とか、周りに左右されることなく、自分だけの楽しい瞬間で、そのたった一瞬を味わうには、山の上で食べるおにぎりじゃないですけど、膨大な量の何十万字を綴って物語を作るというのを繰り返し続けないと体感できないものです。時にアホなことしてるなぁとなっても、やっぱり好きでやめられないことのひとつが自分にとっての書くことだとしみじみと感じています。

そしてここ最近、腱鞘炎になるくらいにしたいことがあって、今しかタイミングがない!という感じで分かってて無茶したのですが…
やりきったので後悔してないものの、ちょっと燃え尽きた感もあって全てのことにやる気が失せそうになった中、腱鞘炎が思ったより長引きそうで、書かないじゃなくて書けないという状況になって、神様ごめんなさい、もう無理しません、やっぱり書きたいです、となりました✎(笑)
スラムダンクの気分を味わいつつ、待てのできない犬の気持ちが分かるようになりました🏀🐶

そういうのを経て、今後全力で書くならば今は休むことと思い、再掲にさせて頂き、書けない状況に心がべそべそするのでブログっぽいものを添えさせてもらいました。
はじめてスマホで書きましたが、パソコンが本当に愛しいと思いました。(笑)

正直、AIという言葉を使っていても、どこまでが何で線引はどこ、というのが明確に分からなかったりします💦
手書きもできるけれど、今の時代書くにはパソコンは欠かせなくって、文字打つと予測変換とかがあって、ネットがないとそもそもホームページ更新できてなければ存在もしていないので…
書くのに便利なツール使ってるんですけど、書くこと自体はどうしても自分でしたいなーというのがありますφ(..)
便利なことはありがとうで、譲れないとこは自分でやっぱりやりたいという感じでしょうか。
人間って我儘な生き物☆彡(笑)

あと数話くらい更新したら、いつでもどこの時代を更新してもオッケーなゴールデン期に入るので(私の中のプロット的に)
機械にも誰にも予測できないよう、自分でも予測できないサイコロ振ってどの時代のエピソード書くか決めるとういのを導入しつつ、楽しんでいたいと思っています⚀⚁⚂

GWに新しいエピソード更新するのが目標です✨
そういう意味でも、再掲にはなりましたが今回のエピソードは今後に重要な内容かと思うので少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

早く腱鞘炎治します!
ご閲覧ありがとうございました!

 

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