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earth to earth~古の魔法使いepisode7~世界の子どもシリーズ―現代編

2024年5月19日

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古の魔法使い~episode7~

 

 アンジェリシカの頬にキースの髪が触れたかと思うと、気が付けば再び、自身の腕の中に愛しい弟が戻ってきていた。
 今度はぎゅっと、力いっぱい、アンジェリシカの首に回された年の離れた弟の手に力が入ったのが分かり、瞳を揺らす。キースの表情は見えないものの、ローブが湿ってくるのが感じられ、たくさんの、たくさんの感情が表情をみずともそれだけで伝わってくるのだ。アンジェリシカもまた目に涙を滲ませながら、彼の頭を優しく撫でるように、けれど自身に抱き着く彼以上に、ありったけの力を込めて、抱きしめ返した。

「……おはよう。姉さん」
「うん、おはよう。一日よく頑張ったね」

 シンと静まり返るその場を、顔を覗かせ始めた太陽だけがいつもと変わらぬ様子で見守り続けた。
 周りの視線はいつもよりも多い。けれど、それは日常的な冷ややかなそれとは違い、どこか驚きと躊躇いのようなものが感じられた。
 族長までもが黙り込み、二人の抱擁の挨拶が終るまで、彼はそれ以上の口を開かなかった。

 きっと涙がおさまる頃くらい。まだまだ子どもだけれど、彼は男の子だから。アンジェリシカにしか分からないローブの濡れだけを残し、キースはようやくに離れる。
 この温もりをずっと感じていたいけれど、それは特別であり、けれども共にある間中は、日常の大切なひとつにすると決めたから。離れる寂しさよりも、明日への希望を残し、アンジェリシカは弟と顔を合わせ、互いに微笑みあった。きっと、キースも同じように思ってくれているのだと、その笑みから伝わり、やはり誰かに奪われてはならない日常の大事な一部は、アンジェリシカに強い勇気を与えてくれた。

 ひしひしと横から感じる視線の持ち主が一歩こちらに距離を詰めるも、意外にも口を開いたのは族長ではなく、別の者だった。

「……アンジェリシカ? あなた……その姿……」
「え?」

 振り返ると、アンジェリシカの父と母がブライトアースを探しに向かうそれまでの間、一番に親しかった友のひとりが、目を見開いてこちらを見つめていた。
 何度も目をこすり、じっと、何かを確認するように友はアンジェリシカの顔を見続ける。

「……シナモン。あなたと話すのも久しぶりだわ。……名前を呼ばれたのも」

 アンジェリシカは視線を友から自身の濡れた肩へと落とし、納得するように頷く。

「ああ、コレね。……あなたたちと一緒よ。だって昼に外を出るのなら、日よけローブは必要だわ」
「いえ……そうでは……なく、て……」

 周囲もシナモンと同じような反応をしており、アンジェリシカが瞬きをすると空気が緩み、何人かが安心するかのように息をついたのが分かった。けれど、徐々に弱々しくなる声に反し、シナモンは強く、視線を逸らすことなく、アンジェリシカを凝視し続けた。
 そのことで心の内にあった予感を確信に変え、アンジェリシカは驚いて確認するかのようにキースに向き直る。けれど、彼は不思議そうに首を傾げるだけで、それと同時に、何故、皆が日が昇り始めたというのにこの場を去らずに様子を見守り続けていたのかを理解する。

「アンジェリシカ……その、わたし……」

 躊躇いながらも言葉を続けるシナモンをアンジェリシカはしっかりと目を開ききった状態で、瞬きすることなく見つめ返した。
 すると、彼女は表情を固め、それでもちゃんと話そうとしていたその先の言葉を止めてくれた。それをみて、アンジェリシカは彼女の中に二人がこれまでに築き上げてきた友情が残っていたこと、そしてこれまでの二人の友として過ごした思い出までは捨てていなかったのだと判断し、ゆるく微笑む。
 シナモンは黙ったまま一度ほど頷き、一歩下がっていく。代わりに一歩近づくのは族長で、アンジェリシカは恐れることなく、視線をシナモンから族長へと移し、睨むでも蔑むでもなく、ただ見つめ返した。
 族長が立ち止まるのを合図に、アンジェリシカは何か縋るように咄嗟に彼女のローブを掴むキースに微笑んで、屈んでいた状態から立ち上がる。すると、ローブを引っ張る力がさらに強くなったのが分かり、アンジェリシカはローブを掴むその手をそっと離させると、ローブのかわりに自身の手を差し出し、キースの手を包み込むように握る。そして、弟と手を繋いだままに、族長に向かって口を開く。

「日の出がいつもより早かったでしょう? これが太陽の意志よ」

「さて、どうだろうな。日の出の時間が予想よりズレることなんて珍しいことではない。それにお前は昨日、何も言わなかった。これを星詠みで読んだと言えるかどうか……」

 アンジェリシカはぐっと胸を張り、族長の方を見据えたまま、不安そうに繋いだ手を揺する弟の手を、ぎゅっと一度ほど握り返した。

「迷い人がくる。……まもなく、運命の子らが交差する。それを邪魔することは私が決して許さない」
「っつ……お前、まさか本当に太陽を、詠んだのか……?」

 珍しく族長が表情を露わにし、深く刻まれた眉間の皺を大きく動かす。それらに合わせて、アンジェリシカたちを囲む周りから声が漏れ始める。けれどそれらの多くが、族長の太陽を詠んだという言葉ではなく、アンジェリシカの言った迷い人という言葉への反応であった。
 すぐさまわざとらしい族長の咳払いが響き、たちまち静かな早朝へと戻っていく。ちらほらと、深くローブを被り直し、名残惜し気に慌ててテントへと帰っていく者も出始める。

「それで太陽はなんと……」

 けれど、アンジェリシカはそれ以上を伝える気はなかった。
 再び屈んでキースに視線を合わせ、安心させるようにあえてニコリと微笑みながら、キースのフード部分を引っ張り、ローブを深く被り直させた。

「キース、日が完全に出る前にあなたはテントに戻るのよ」
「でもっ! だって……姉さんは? 今日も昼の星を詠むの?」

 アンジェシカはもう一度弟を強く抱きしめて、耳元でキースにだけ分かるよう、小声で言う。

「星が導く運命の人よ」

 抱擁からの離れ際、キースが目を見開いたのが分かった。アンジェリシカは今度は力強く微笑み、あえて族長やまだこの場に残るだけの力のある周囲の者に聞こえるよう、キースの方を向いたまま口を開く。

「大丈夫。私もすぐにあなたの元へ帰るから。……そうね、午前中には戻るわ。約束する。今晩、夕方に目覚めるときは一緒よ。だから安心して先に眠っていて?」

 キースがひどく安心したように息をつき、とびきりの笑顔をみせる。それが嬉しくてアンジェリシカも笑みを返すと、空気を読まない咳払いがそれを遮ろうとする。

「巫女をやめることなど許さん。それに太陽の声が聞こえたならばなぜ早く言わない! 太陽の声が聞こえるうちにもっとたくさんの情報を得れるよう、今こそ……」
「いいえ。あなたの方こそ、分からないのなら黙っていて。運命の子らが交差する。それを邪魔する者は私が許さない。何に変えても」

 けれど、族長の言葉を阻んだアンジェリシカの声は、彼だけでなく周りをも飲み込むくらいに、強く、とても凄みのあるものであった。
 誰もが黙り込む中で、アンジェリシカは「約束よ。だからあなたは戻って」と、キースの背中を押す。

「うん! 約束。姉さんもローブを絶対に脱いだらダメだよ! あと本当にすぐに戻って。それからっ」

 走りながらも、顔を後ろにいるアンジェリシカの方に向けたままに話し続ける弟の姿に、呆れるように息をつき、ちゃんと持ってきた水筒を掲げる。
 それを見て、また満面の笑みを浮かべ、キースは大きく手を振って、今度こそちゃんと前を向いてテントへと完全に走り出した。

 アンジェリシカもまた、いつもの場所へと向かおうとして、族長がアンジェリシカの手首を掴む。それは力加減を知らぬもので、アンジェリシカは思わず顔を顰める。
 厄介なのは、たとえそれが些細なものであっても、何か衝撃があれば悲鳴をあげる身体全体へと伝染していくこと。けれど、そんな弱みを、信頼のおけない彼らに一ミリだってみせることなどできない。
 アンジェリシカは痛みに耐えているのを気づかせぬよう、今度こそきつく睨みつけ、全身に衝撃が走るのを承知で勢いよくその手を振り払った。

「やめて」
「巫女をやめることは許さん。それにローブを被って、何処へ行くというのだ!?」

 アンジェリシカはじっと、族長をみて、さらにその視線をまだ事の全容を知ろうと残る者たち一人一人の顔に順に視線をやって、強い意志を宿したその瞳で、言ってやる。

「私は巫女じゃない。魔法族のアンジェリシカ・ハミル。誇り高きハミル一族の中でも直系の血筋よ。子どもながらにキースが一番に魔力が強い。……でも、今分かったわ。族長も、あなたも。あたなも。あたなも。みんな違う。キースの次に魔力が強いのは私ね? 恐れることなどなかった。父さんと母さんが亡き今、周りをちゃんとみれば、そう。あなたたちは私たちより星が詠めない。でしょう? だからこんな大地の巫女を続けろと言うのだわ。……歴史と、星の声と、太陽が伝えたいのは本当に大地の巫女をすることだと思っているの?」

 アンジェリシカはなぜ、昼の星が詠めなかったのかが、昼を生きる決意をしてようやくに、分かったのだ。
 力が及ばないから、昼に星の声が聞こえないのではない。力があるから太陽の声が聞こえるのではない。

 彼らはただただ、優しいのだ。

 魔法族は日の光を浴びることができない。だから当たり前のように、昼を生きることはできない。なぜなら、そういう体質だから。

 昼に聞こえないのではなく、彼らは聞かせないのだ。沈黙こそが答えなのである。

 アンジェリシカが再び歩き始め、残っていた者が躊躇いながらも、道をあけていく。けれど、どうしても、彼はそういう性分であり、その立場がそれをとても強く作用させるのだろう。族長だけが、アンジェリシカが進むことに、未だ、黙ることができないのだ。

「待て。……何処に行くんだ?」

 けれどもその声色は、先ほどまでとは違い、止めるのではなく本当にどこへ行くのか問うているようなものに近かった。
 ここで初めて、アンジェリシカは自分の大切な人にしか見せない笑みを、彼らにもまた向けてやる。

「昼を生きると決めたものが生ける場所よ」

 誰も、跡を追うことはないだろう。否、そもそもできないだろう。彼らは自分にできないことを、これまでずっと、できないからこそ、アンジェリシカに押し付けていたのだから。

 アンジェリシカはひとりで日の光の下を歩き進め、いつもの一本の大木の前へとやってくる。
 やはり巨木はいつものように、この乾いた大地の中であってもぐんと枝を伸ばし、小風に揺れながら、その瑞々しい葉を、生い茂らせていた。
 そんな巨木が与えてくれる葉の傘、木陰に入り、アンジェリシカはようやく息を乱すことができた。ローブ越しでも、弱り切った身体では立っているのもしんどいのが正直なところであった。
 
 けれど、太陽はきっと、『嫌だ!』という彼の叫びに応えたのだ。ほんの少し、日の出を早めて。そしてきっと、アンジェリシカの嫌だという今朝の叫びに、本当に迷い人がいるのならば、向こうの月が応えてくれるはず。

 アンジェリシカは巨木にもたれかかり、水筒に手をかける。キースの特製のハーブティで喉と、火照ってきた体温、少し緊張を孕んだ、高鳴りだす心臓の音とを潤し、宥めていく。

「ローブ……」

 例えば、もう何に縛られる必要もないけれど、ローブを羽織った状態で、は気づいてくれるだろうか。

 アンジェリシカは自分がそう考えた瞬間に、ほんのりと頬を赤く染める。それは傍からみれば、太陽の光によるものにしか見えないだろうが、自分だからこそ身体が伝える嘘のない心が分かるのだ。

 自分で自分に恥ずかしくなりながらも、答えは決まっていた。

 これまでの祈りに意味を見出してくれるのは、アンジェシリカにとって、彼だけ。
 そして、これまでの祈りはキースの幸せを祈りながらも、アンジェリシカの幸せのために、キースがきっと、祈り続けるだけの光を与えてくれていたのだ。

 ローブをそっと脱ぎ、自身のすぐ傍へと置く。撫でるようにローブの濡れた箇所に触れ、すうっと深呼吸をして、いつもと同じような体勢で、アンジェリシカは祈りだす。

 彼に会いたい、と。

 この身体には木々の間から漏れる微かな木漏れ日でさえ、とても堪える。少しでも気を抜いて深呼吸のリズムを乱すと、そもそもの呼吸の仕方を忘れてしまいそうになるくらいに。
 それでも、会いたいと祈り続けると、突然、空気が澄み始めたのだ。ずっとずっと苦しかった呼吸が不思議と楽になり、安心が背中から伝わってくるのである。

 ああ、もう今日の午前中までくらいしか身体がもたないと思っていたけれど。きっと、月が応えてくれたに違いない。

 いつもより早く訪れた彼を感じる時間、アンジェリシカは緊張を孕んだまま、けれども、勇気をもって振り返った。
 すると、一人の男性が慌ててこちらに駆けよってくるのが視界いっぱいに映り、ガツンと稲妻に打たれたかのような衝撃を受ける。

 彼だ。

「星が導く運命の人」

 無意識に、アンジェリシカは言葉を零していた。けれど、声は分かっても聞き取れはしていなかったのだろう。彼は一瞬目を見開いたかと思うと微かに首を振り、アンジェリシカを見つめながら、嫌だと叫んだ昨日のように、どこか必死に力強くその声を放つ。

「君と話したいんだ! 名前を! 名前を聞かせてほしい!」

 アンジェリシカは目を瞑り、太陽の光を全身に感じる。とても、とても強くてそれは身体にはきついものであったけれど、今日ばかりは、アンジェリシカの胸いっぱいに、温もりを届けてくれた。

「アンジェリシカ。アンジェリシカよ。……私もあなたと話したい」

 そっと目を開くと、彼との距離はもう数歩程度。眉間に皺をよせ、必死に叫んでいたときのままの表情で立つ彼は、それでも、瞳の奥底がとても優しく揺れていた。

 ああ、やっぱり、とても優しい人。

 アンジェリシカは穏やかに、その瞳を愛し気に見つめながら、微笑んだ。

to be continued……

 

過去、現代、未来を行き来しながら連載中!🐚🌼🤖

※不定期更新、期間限定公開になります📚製本作業完了後、こちらでの掲載は終了となります✨また、シリーズ全体としては過去編、未来編や書き下ろしを含む番外編込みで全て繋がっていきます♪タイトル毎に独立してお読みいただけますが、過去、現代、未来を行き来しながら、時空間を移動してお楽しみいただけますと幸いです🌺

 

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