オリジナル童話

生きる刻があるうちは~episode4②~世界の子どもシリーズ―現代編―

2024年1月30日

スポンサーリンク

生きるときがあるうちは~episode4②~

 

 信号が変わった瞬間に駆けだしたその先にあるのは、不思議な洋装の一軒の茶屋。

『本日、臨時休業』

 扉にかけられているのは、ケンの胸騒ぎを裏切らない、初めてみる、札。
 道路沿いに面した大きな窓のカーテンは閉め切っていて、光沢がかったカーテンの至るところにある銀刺繍の星が、店が閉まっているとは思わせないくらいに、明るく輝いてみえた。

 ああ、俺もその温かな店の中に入れてくれよ。なんで今日に限って、閉まってるんだよ。

「ちぇっ。別にいいけどさ。だって、俺、アクセサリーは今みる必要、本当はないし」

 母さんともアカリとも喧嘩中だから。
 もうすぐ、母さんは誕生日かもしれないけど、ほら。貰う相手って大事だろ。

 母さんはよく、父さんからもらったネックレスをつけては、嬉しそうにしている。ナタリーおばさんからもらったブレスレットとか、そういうのも大事によく、つけてる。
 ケンのお小遣いでは、そういうのは到底、買えない。だけど、魔法茶屋にはケンでもお小遣いを貯めたら買えそうなのがいくつかあって、特に目をつけてたのが、紐のペンダント。
 ちゃんと紐の先には、本物の天然石っていうのが付いていて、正直、男のケンには細いチェーンより、紐の方が格好良くみえるくらい。
 小学生のお小遣いでも買えるけど、でも、ちゃんと玩具じゃなくて、本物。
 高学年になって、今まではそれほど意識したことがなかったけれど、喜んでもらえる贈り物っていうのを、ずっとずっと、考えられるようになったんだと思う。

 アカリもアカリでさ、一丁前に母さんの真似をして、子ども用のアクセサリーをつけたり、勝手に母さんの口紅つけては怒られたり、女の子なんだろうな、おしゃれっていうのをしたがるんだ。
 お菓子のおまけのネックレスとかをつけては、スカートをひらひらとさせて、くるくる回ってる。
 その姿を思い出し、誰もいない閉まり切った店の扉の前で、ふっとケンは笑みをもらす。
 けれどもそのことに、自分でまたも傷ついて、今度はだんだんとイライラしてくるのだ。どうして母さんとアカリのことを思い出さないとダメなんだ、と。だから、アクセサリーはもう俺には買う必要なんてないんだ、と。

 俯きかけた顔を、負けたくないからだと思う、ケンは誰が見ている訳でもないのに、あたかも何事もなかったかのように、あげてみせる。今はサッカーの試合ではないから、何においても勝ち負けなんてないのに、それでも、平気そうに装って。
 ただ情けないことに、表情は装えても、頼りにしていた魔法茶屋が閉まっていて、焦る気持ちはケンが自覚している以上にこみあげてきていて、気を緩めたら膝が震えそうだった。

 たったひとりで、何ができる?

 空を見上げれば、曇りだからだけでなく、いよいよ、暗くなり始めているのが分かる。戻る頃には塾の授業の時間がとっくに始まっていて、今日はケンは授業はないものの、自習室が使える時間は既に終わっているか、まだ開いていたとしても、もう席がいっぱいだろう。
 確かに夜は少しひんやりとする時もあるけれど、まだ全然、暑くてたまらない季節であるのに、どこか肌寒く感じてしまい、ケンは無意識に自身の二の腕を撫でる。
 風が吹いて、フワリとどこかから落ちた緑の葉が舞ったそのとき、それらがコンクリートだらけの道の中で、負けじと自分らしく輝いているかのように、ひと際美しくケンの視界に飛び込んできた。
 その舞う様はどこか優しくもみえるのに、一枚だけだから余計にそう見えるのだろう、どこか凛とした強さも感じられるのだ。
 瞳の色が、同じだからだと思う。面倒見がよく、三つ編みがトレードマークの姉のようにしたう人の顔が連想された。

「ナンシー姉ちゃん」

 半ば反射的に、店の裏手から続く一本の山側へと向かって伸びる道に、ケンの足は動いていた。
 カーブがかっているその道の先にある一軒の家は、全貌はもちろんのこと、その一部分さえ、当たり前に見えない。いつも車だから、ケンの足で歩いてどれくらいかかるのか、想像もつかない。
 けれど、あの家には絶対に、ナンシー姉ちゃんがいるのだ。温かにケンをいつだって迎えてくれる人。

 数歩ほどその道を進んだところで、ふと、遠くで猫が鳴く声が耳に入り、ケンはピタリと動きを止める。
 鳴き声的に、本当にこういうのはいつも勘なんだけど、アンジーではないのが分かっていた。何故だかケンは、アンジーの鳴き声だけは絶対に間違えないのだ。
 振り返っても、足元を注意深く確認しても、猫の姿は見当たらなかった。
 けれど、ケンは黙ったまま、その道を進むのをやめ、店の前へと引き返す。

 ここ最近、ナンシー姉ちゃんは体調がよくなさそうだった。いや、最近ではない。明らかに年々、悪くなってきていると、思う。
 ナンシー姉ちゃんはあまり家から出ないから、だからこそ、直接家に遊びに行かせてもらうことが多かった。けれど家から出ないといっても、家へと遊びに行かせてもらうと、まるで、体調が悪いなんて感じさせないくらいに元気な一面もあった。一緒に家の中でパズルとかクイズをするけれど、賢いナンシー姉ちゃんは、すぐに答えが分かってしまって、パズルもあっという間で、速いんだ。御伽噺に詳しくて、色んな本を読んでいるからだと思う、知識も豊富で、ケンは話を聞くだけでワクワクして。しかもキースおじさんが絶品のお茶と美味しいお菓子を用意してくれるから、お腹も満たされてすごく幸せな気分になって、いつまでも一緒にいたくなるんだ。ナンシー姉ちゃんも、また来てねと、よく大人がする挨拶とかじゃなくて、本当に心からそう思ってくれてるって分かるように、帰るときには絶対に言ってくれていた。
 けれどいつ頃からか、ケンがねだっても、誤魔化すように父さんは笑ってはショッピングモールへの買い物の用事を思い出したと言ったり、大きな公園へと連れて行ってやると言たっりするようになった。ケンもケンで疑うことなく、そのまま父さんの代案に飛びついていた。
 いつしか塾の授業の日が増えて、サッカーを始めて。友達と遊ぶのにも、サッカーの練習にも忙しいし、勉強も頑張るって約束でサッカーを始めたから勉強だってサボれなくて、全部が忙しくって、忘れてたんだ。

 ああ、都合よく行くのは、ダメだな。格好悪い。
 店が閉まってるってことは、ナンシー姉ちゃんの調子、悪いのかもしれない。
 今俺がいったら、ただの迷惑ってやつ。

「くそぉおお。うわあああああ」

 人通りが少ないのをいいことに、ケンは叫びながら、先ほど来た道とは違う新たな道、駅側の方へと向かって走り出す。
 声を出すと、焦りとかそういうのが、ほんの少し楽になって、ケンはそのままがむしゃらに走り続けた。

 もうわかんない、全部がわかんない。

 俺は一体、何をしているんだ。でも、何かが叫ぶんだ。嫌なんだ。アカリも母さんも大事だけど、嫌なものは嫌なんだ。ナンシー姉ちゃんに会いたいけど、体調が悪いかもしれないのに会いにいくほど、馬鹿じゃないんだ。姉ちゃんのいる家以外、どこも行く場所なんてないけどさ、そこまで子どもじゃないよ。そこまで、馬鹿じゃない。だってもう、高学年なんだから。

 心の中にたくさんの言葉を溜め込んで、ケンはがひたすら、走り続けた。
 きっとさっきの進んできた感じ的に、山側に進めば駅があって、線路を捉えれば道は自然と分かるんだから、別に怖くなんてない。
 歩道が整備されていない、若干にでこぼことした坂道を走って、庭があるような大きな誰かの家を曲がって、さらに細い道に入って、また知らない人のお洒落な家を曲がって。

 走って、走って、走って、走り続けた。

 何分くらい全力で走り続けたのか分からない。一向に駅にも線路にも出会わぬまま、がむしゃらに走ったからだろう、見知らぬ住宅街をどんどんと進んでしまっていたようで、ついに、ひと際大きな、高い白い塀のある一軒の屋敷へと辿り着き、道が終ってしまったのだ。

「い、行き止まり。はぁ、はー……きっつ」

 ペースなんて調整せずに、先ほどの信号を渡り切ったときよりも長い距離を走り続けたから、止まった瞬間に、苦しさと脇腹の痛み、血が巡り過ぎて全身がかゆくなるような感覚がケンを襲った。

 ああ、先週末の試合の疲れも残ってるから、きっと明日はふくらはぎに乳酸菌がたまって重たくなる。最悪。そんな状態で筋トレなんて、やってられない。
 サッカーの心配なんてしている場合じゃないのに、やっぱり、ふとした瞬間に考えてしまうのは、当たり前にある日常のことなんだ。

「嫌だ。すっげー弱いみたいじゃんか」

 思わずしゃがみ込んで、地面をみながら小さく呟いた。
 一人になりたくて飛び出したはずなのに、結局、誰かがいる毎日から離れられない。
 ケンは情けない自分とその思考を振り払うかのように、ブルブルと勢いよく首を振った。あれほどに表彰状を破られて嫌だったのに、ひとりでは何もできないからと、とぼとぼと門限を過ぎて戻って、怒られるだけの自分をどうしても想像したくなかったのだ。

「ねえ、あれじゃない?」
「本当だ、こんな住宅街に植物園なんてあるんだ」
「うん、昔からある市の小さな植物園でほら、植物って動かしにくいでしょ? だから開拓が進んで住宅街になってもそのまま場所移さずに残ってるらしいよ」

 後ろを振り向けば、ケンの数メートル後ろで、大学生くらいのカップルが走ってきたケンには信じられないくらいにゆっくりと、ゆっくりと、腕を組んで歩いてきていた。
 その様子にうえっと吐き気を覚えながらも、ケンはあえて顔には出さなかった。
 あんまり男同士でそこまで話題にあがる訳じゃないけど、周りの奴らが言うんだ。2組の子に告られたとか、メッセのID交換したとか。あいつ俺のこと好きかも、とかさ。
 なんだよ、そんなことよりもさ、サッカーの練習する時間の方がいいに決まってるのにさ。でも、最近は仲のいい友達までそういう話をしだしたもんだから、何も言えなくなった。去年くらいまで、カップルとかみたらクスクス笑って、うえーとか、みんなで一緒に言ってたのにさ。
 そういうよく分からない話題の全てが嫌になって、小さくため息をつく。
 カップルが来る前にとっとと去ろう。そう思って立ち上がったその時、ケンの動きに合わせてくしゃりと紙が折れる音とポケットの中で異物が引っかかる感触がしたのだ。

「ん?」

 手を突っ込み、取り出すのは数枚の細長い紙切れ。

『この券みせたら子どもは無料だから』

 しゅわくちゃになった紙切れの写真は城のような門と、洋風のお洒落な建物。白く塗られたその建物の周りには、ハワイとかにありそうな木がいくつもあって、ケンは名前さえ知らない花の写真まで一緒に添えられている。

 チラリと視線を上へとあげると、道を塞ぐその建物は、ケンが今まさに手にもつ紙切れの写真とほぼ一緒。

「いや、修正し過ぎだろ」

 けれど、ほぼ一緒だと思うのは、実際の建物は写真程大きくみえなければ、白は白でもあまりにも至る所が錆びれて、変色していて、ボロボロだから。

「なんだ、やっぱり小さいな」
「でもいいじゃん。たまには地元デートもよくない?」
「まあな、植物園って行ったことないし、行ってみるか」

 後ろのカップルが本当にすぐ傍まで来ていて、ケンは決断を迫られる。

 いつものように、カップルを馬鹿にして去るのか。
 ここでカップルを容認し、子どもを卒業するのか。

 くしゃくしゃになった紙切れをのばし、ケンは目の前の白い建物の中へと、足を踏み入れる。門の向こうには数段ほどの白い階段があって、それを一段飛ばしで登りきって、住宅街には到底似合わない、小さな自動ドアの先へと進む。

 このまま情けなく、家に帰る方がもっと嫌だ。
 入口の受付員と目があい、相手が口を開くより先に、ケンは言う。

「無理行って兄ちゃんに連れてきてもらったんだ。でも兄ちゃんデートだから、全然、俺のこと相手にしてくんないの」

 わざとらしく後ろを見て、呆れたように肩を竦めてみせる。
 苦笑いする受付員に紙切れの一枚を差し出しながら、「でも連れてきてくれるだけ、優しいからいいんだ。俺、邪魔しないように静かに近くを周ってる」とトドメの一言を付け加える。
 カチャリとその割引券に日付印を押し、店員はすぐさま、後ろの無関係のカップルに声をかける。

「あはは、今時の男の子って感じですね。では、大人は300円になります」
「え? あ、あー。このジャケット、新作なんですよ。じゃあ、2人分、これで」
「ちょうどお預かりします。閉館は19時になります」

 一応、受付員の人にとって、ケンはカップルの連れであるから。いきなり入り口付近でカップルと離れすぎると不自然なので、一定の距離を保ちながらもカップルと比較的近い位置で植物をみるフリを続ける。
 すると受付員は疑うことなくチケットを渡し、カップルもまた、会話に違和感を感じつつも、まさかケンが兄弟だなんて嘘をついてるとは思いもよらないのだろう、そのまま、入園したのだ。

 受付員は閉館の準備っていうやつだろう、すぐに他の作業に集中し始めて、カップルはもう自分たちの世界。
 それをみて、ケンはニンマリと笑いながら、入り口から離れ、植物園の奥深くへと入りこんでいく。

 よしっ。今日の宿ゲットだぜ。

 

to be continued……

過去、現代、未来を行き来しながら連載中!🐚🌼🤖

※不定期更新、期間限定公開になります📚製本作業完了後、こちらでの掲載は終了となります✨また、シリーズ全体としては過去編、未来編や書き下ろしを含む番外編込みで全て繋がっていきます♪タイトル毎に独立してお読みいただけますが、過去、現代、未来を行き来しながら、時空間を移動してお楽しみいただけますと幸いです⚽

 

世界の子どもシリーズ

フィフィの物語

はるぽの物語図鑑

 

-オリジナル童話
-, ,

© 2024 はるぽの和み書房