【小説×宝石】地球への贈り物_誕生石の物語~2月アメシストの物語~前編

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天界にはそれはそれは美しい絶景を味わうことができる、宝山という山がありました。宝山の頂上からは宙がよく見え、その周りというのはまるで海のように雲に覆われております。
その宝山に住まわれるのは、この世界の創造主、推称様とその山を登り、弟子となることを許された十二人の若者たちでした。
十二人の弟子たちが住まうのは、宝山の頂上付近、地球という青く輝く球体の星が良く見える位置に特別に建てることを許された別邸でありました。
推称様が寝食をなさる本邸は、推称様が創られた水晶のごとく、誰もその姿を目にすることができなければ、たとえ目にすることができたとしても、畏れ多く、足を踏み入れることなど想像さえできないでしょう。
けれども、推称様は十二人の弟子たちに修行として地球という星に、その星の性質を利用して、宝の贈り物を創る任をお与えになりました。そのために、十二人の弟子たちが住まう別邸には、本邸と同じように地球へと繋がる入り口を設け、さらにはその地球の成分や性質を利用して石を創ることができる制作場をお造りになられたのです。
弟子たちは整えられた環境で、それは熱心に、任に取り組んでおりました。
天界人は地球の人間と比べ、そこまで睡眠時間というものは必要ではありません。食事も致しますが、食事というのは修行をし、一定の年齢を越えた者にとっては、生命活動に必要な行為というよりは、娯楽に近いものでありました。
十二人の弟子たちの中でも食事の摂取が定期的に必要であるのは、まだ幼いアクアマリンや比較的若いタンザナイトくらいでしょう。
その二人が定期的に席を外すことを、アメシストは理解しておりました。けれど、食事や睡眠をそこまでとる必要がないというのに、定期的に席を外す、ガーネットとダイヤモンドがいつも、彼女の胸に暗い影を落としていくのです。
「……これも……やはり水晶だ……」
アメシストは十二人の弟子の中で一番長く、この作業場に籠っていた弟子であったでしょう。
彼女はそれほどに、推称様に与えられた任に、それは強い想いで励んでおりました。
「アメシスト、まさかとは思うが、私が地球へと行ってから帰るまで、休まず作業場に籠っていたのではないだろうね」
「…………」
黙々と作業を続けるアメシストに声をかけたのは翡翠でありました。彼は作業をしては定期的に地球へと遊びに行くというのを繰り返しておりました。
偶然、帰ってきてすぐにアメシストのこの姿が目についたのでしょう。
けれど一方のアメシストは、久しぶりに会ったというのに、その様子はどこか気まずげでありました。それは二人の関係性に由来するのではなく、恐らくはアメシストと翡翠それぞれの性格に由来するのでしょう。
翡翠は十二人の弟子の中でも一番の年長で全員を気に掛ける傾向にあり、アメシストは大変に自分に厳しい性格で、どちらも違った意味で、長く作業場に籠るということを気にしていたのであります。
例えば翡翠は、長い間作業場に籠っているアメシストを馬鹿にして声をかけたのではありません。休まずに作業をする彼女を同じ弟子として心配していたのです。
けれども、アメシストは心の奥底で、長い間作業場に籠っているというのにまだ新しい石というのを作ることができない自分を、ひどく恥じておりました。
彼女にはどうにも、翡翠が馬鹿にしているではないと薄々分かっておりながらも、そのように疑う心や恥じる心を捨てきることができずにいたのです。
声をかけられても、ただ黙ることしかできないでいました。
黙り込むアメシストをみて、翡翠があえて陽気な口調で言葉を続けます。
「あなたが真面目なのは皆がよく知っている。……地球はとても面白い。私はいくつもの時代や国を周ってきた。気分転換にアメシストもどうだい? ガーネットもすっかりと気に入って、下見に行ったきり、帰ってこないではないか」
「私はやめておこう。修行不足だ……。そんな私が地球へと行っては、さらに完成が遅れてしまうだろう。……ガーネットなら先日ふらりと帰ってきて……あっという間に宝、宝石を創り上げてしまったよ。私たちの中で一番だ。……とても、赤く美しい石だった……」
ガーネットはちょうど、ダイヤモンドとアクアマリンと席を外しております。翡翠は休憩部屋へと続く扉を見つめながら、顎を撫で、ただただ深くは聞かずに言うのです。
「そうであったか。……石はどのように創るのかにもよれば、創った後にそれらが発掘される場所や時代でも大きくその価値が左右されるだろう。……私もね、ようやくに創りたいものができたのだ。……贈りたい者に贈れるよう間に合わせようと思えば、時代と発生場所は調整しないといけないだろうから、少々、完成までに時間がかかるだろうけれどね」
「……そうか。私はどうにも、石の性質を理解するどころか……創りたいものというのが、分からないらしい。本当は……ダイヤモンドだって一番に完成させようと思えばできていたというのに……」
実は、十二人の弟子の中でも最初に輝く石というものを創り上げたのは、ダイヤモンドでありました。それはちょうど、ガーネットが地球へいる間のことで、透明のその石は、推称様の水晶と似て非なるものでした。
練習で誰もが水晶を作ったことがあるために、一見分からないそれも、違うものだと皆がすぐにわかりました。ダイヤモンドが創ったそれの元となるものは、全くそこから輝くことなど想像もできない石だというのに、磨けば磨くほどに、カットすればするほどに、驚くほど輝きと美しさを増していくのです。
けれどもダイヤモンドは、その手に持つ透明の輝かしいそれを、未完成だと言ったのです。最も美しく輝かせようとしたそのとき、もっと耐久性、硬度が必要だと。
「そうであったね。あの男は硬派だからね。けれどもきっと、あの硬派な男でさえその根底にある想いはシンプルだと思うけどね。彼はただ、認められたいのだよ。……そして、ガーネットもまた、一番に創り上げはしたが、彼女の能力を思えばもっと追及もできただろう。ガーネットはただ、速さというより……彼女の中でのタイミングを選んだんだ。……一度、実はこっそりとダイヤモンドと共に地球から帰ってこないガーネットの様子を見に行ったことがある。ダイヤモンドがあの石を最初に完成させた次の日にね。それで、ダイヤモンドは一番に創ることではなく硬さを追及することを選び、私はね、贈りたい人へと贈れるようにしようと思ったんだ。だから私は速さや追及ではなく、文化と共に根付かせることに時間をかけようと思う」
「……タイミングに追及……あえて、時間をかける、か。私にはすぐに思い浮かばない選択だ。……だから、私には未だに推称様の創られた水晶の真似しかできないのだろう」
正式に石を完成させたのはまだガーネットだけでありました。けれども、ダイヤモンドはもちろんのこと、話を聞く限りに翡翠もそうでしょうし、他の者もその原型らしきものを少しずつ形にしている段階に突入しておりました。
アメシストはひとり、どうしても、練習で水晶を作り上げるまでは一番に得意で速かったというのに、新しい石を創ろうとすると、未だ、アイデアはおろか偶然の産物でもその元となる何かを作り出すことに成功しておりませんでした。
「……余計なお世話だろうけれど、一番になること自体に意味はないと思うよ」
「つっ……やはり、バレていたか……情けない……」
アメシストは翡翠から視線を逸らし、自身の手元にある、推称様のそれを真似たものでしかない水晶をみつめました。アメシスト自身も自分の心の課題というものを痛く分かっていたのです。
推称様がおとりになった十二人の弟子というのは、本当に誰もが優秀でありました。ある種、切磋琢磨するための十二人でありましたが、皆それぞれによく、互いが互いに優秀であることを認め、協力しあっていたのです。
けれどもアメシストは他の者が優れているのをよく分かっていながらも、どうしても、一番になりたい想いがありました。
例えばそれは宝山に登り始めた頃から既にあったといえます。
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