宝山石輝~地球への贈り物~-4月-ダイヤモンドの物語④
ダイヤモンドの創り出そうとしている宝が青く色を染めた頃からでしょうか。
ダイヤモンドはまるで隠れるように作業場へと籠りはじめました。あえて皆が休む時間に作業を開始し、皆が作業を開始する辺りから、人知れず何処かへと姿を消すのです。
定期的に確保しておりましたアクアマリンやガーネットたちとの休息の時間も、いつしかすっかりとその席を真珠に譲ることになってしまっておりました。
「…………黒い」
ダイヤモンドは適当に降り立った地球の海際の巨岩へと腰かけました。夜ではありますが、よく晴れた日であるからでしょう、月光がダイヤモンドのもつ石を照らすのです。
その手にもつ石は、青どころか黒く色を染めておりました。明るいところでどれほどに確認しても黒いそれを、あえて夜空の元、色が変わらぬかと、分かり切った答えを求めてダイヤモンドは一人になれる場所を求めたのでございます。もしくは、色が変わらぬことを分かっていたからこそ、あえて手に持つ石と同じ色を美しく輝かす夜を求めていたのかもしれません。
ここは温かいエリアであるのか、あるいは過ごしやすい気候の時期に該当するのでしょう。普段通りの恰好でも寒くはありませんでした。
特に下見の後、翡翠のように地球を特別に気に入った訳でも、ガーネットのように特定の場所に思い入れがある訳でないダイヤモンドは、過ごしたい場所を求めるのは難しく、けれども一人で過ごせる場所を見つけるのはとても容易いことでございました。他の弟子たちの気配がない、人間が住んではいない未開の地であれば、どこでもよかったのですから。
「戻らなければ作業ができないが、戻ればまた熱心に石を創っているガーネットの姿を見ねばならないのだろうな」
ダイヤモンドは大きな溜息を零しました。完成間近であった宝は、一番どころではありません。あっさりとガーネットがパイロという人間の男のために創り上げ、程なくしてアメシストが水晶を紫に染めたものを創り上げました。アクアマリンが見事な水色の、アクアマリンらしい宝を提出したのもつい先日のことです。
他の者が宝を先に創り上げることに、焦りはありませんでした。むしろ喜ばしいと感じているというのに、どうにも、ダイヤモンドを悩ませるのが、自分にとっての宝が完成間近で遠ざかってしまったことにございます。
はじめは、まるでダイヤモンドの悲しみを反映したかのごとく、その透明なる宝が色を青く染めたことにございました。
その後もいくつかの透明なそれらを作ることは出来たものの、ダイヤモンドが提出しようと思っていた青く姿を変えたそれよりも、サイズが小さかったり、輝きが納得のいくものではなかったりと、質を求めたその時に、到底、ダイヤモンドにとって完成と言える代物ではなかったのです。
ところが一体どういう風の吹き回しか、宝を提出したガーネットが、アメシストのそれをみてひどく感銘を受け、再び宝を創り始めたのでございます。
アメシストは推称様への敬意を込めて、水晶に色を付け、紫水晶というものを提出いたしました。
同じ種類の石でも、微調整を施せば色が変わるということが、ガーネットのやりたいことと合致したようなのでございます。
ガーネットもそれは熱心に、アメシストを参考にガーネットが提出した石の種類を増やし始めたのです。
そのことはアクアマリンや他の弟子たちにも大きな影響を与えました。真珠と協力して創っていたはずのアクアマリンも、見事にベリルという鉱物から新たな宝石を創り上げ、提出に至っております。
恐らくは、色を変えてしまったダイヤモンドの宝も、そういった類の現象なのでございましょう。
けれども、提出したものが基準になるのでございます。どうしても、青いそれを提出する訳にはいきませんでした。
ただ、青いそれが黒く色を変え始めたのは、ガーネットが種類を増やそうとしはじめたことが発端であるのです。
『……オレンジの物まで創ったのか』
『ああ。でも、私は緑色のものを創るまで続けるつもりだ』
ガーネットが提出した宝は紫がかった赤いそれにございます。そこから、緑色のものを創るというのは多くの時間を要することでしょう。ダイヤモンドは内心、好奇心旺盛なガーネットが宝山へと残ること、夢中で作業をしていることに安心しておりました。
ところが、思いがけない言葉をガーネットは続けたのでございます。
『……パイロとアンドラの結婚祝いに、緑色のものを贈りたいのだ。相手の瞳の色に合わせた宝石を贈ると喜ばれるらしいんだ』
その時のガーネットの表情は、やはり穏やかな笑顔にございました。けれども、ガーネットの穏やかさに対し、ダイヤモンドの心は熱を秘めすぎたのでしょうか、高温で加熱して出来上がる炭のごとく、その感情を静かに、けれども黒く染めていったのでございます。
ダイヤモンドはそれ以降、どれほどに宝を創る任に専念しようとしても、ガーネットが作業場で嬉しそうに緑のそれを追求する様子が視界に入る度に、自身の感情のごとく、黒く染まった石を創り上げてしまうのが続いてしまっていました。
その黒く染まった石は、どれほどにカットと研磨を施そうとも、色を変えるどころか、より深い黒となって、黒いままに輝きを増すのです。
「嫉妬だろうか」
ダイヤモンドは黒くなった石を強く握りしめました。創れば作るほどに出来上がるこの黒い石は、別邸の作業場だけでは隠しきれなくなる程に、溢れております。
落としてしまってもいくらでも変わりがあるこの黒い石は、大切に握りしめたというよりは、思わず握る手に力が入ってしまったという方が正しいでしょう。
不思議なもので、こういう時に限って、どれひとつ壊れずに綺麗に残っていくのでございます。
「余程に大切なのだろうな」
ダイヤモンドにとって、ガーネットがパイロという男に贈る石を自分が用意するなど、到底できることではありませんでした。想像さえしたくはありません。
けれども、ガーネットはアンドラの瞳に合わせた宝石を創って祝いに贈ろうと言うではありませんか。
それをやってのけるガーネットの度量は、同じ弟子とは思えないくらいに、今の黒々としたダイヤモンドの心と正反対のごとく、清廉潔白なもののように感じられるのです。
そういった感情に向き合うのも嫌気が差しているというのに、この悪循環から抜け出せない要因であり、この感情の主因である情けなさの確たる証拠が、今、この地球で一人で過ごしていることにございました。
不本意に出来上がってしまった青い宝と、いくつもいくつも出来上がってしまうこの黒い宝。これをどうしてもガーネットに知られ、そして教えたくはなかったのです。
色の変わり方をガーネットに伝えればそれは喜び、それを参考に緑の石創りに熱心に励むに違いないのでしょうから。
「……くる」
間もなく、地平線から太陽が顔を覗かせようとしている頃でありましょうか。ダイヤモンドは上空の方より天界人の気配を感じ取ったのでございます。もちろん、その手に握る黒い石を懐へと隠すのは言うまでもありません。
その人物は音もなくダイヤモンドの背後へと降り立ちました。そして、ダイヤモンドが気配に気づいているのも分かり切っているのでしょう、別邸の同じ休憩部屋に、それも向き合って話しているかのごとく、当たり前に声をかけてくるのです。
「ダイヤモンド、ガーネットが呼んでいる」
「……呼ばれる心当たりがない」
振り返りもしないまま、ダイヤモンドは項垂れるように返答致しました。
すると、真珠は特に許可を取るでもなく、ダイヤモンドの横へと腰かけるのでございます。ちょうど、海の方からは少しずつ、日の光が差し込み始めておりました。
「その様子だと、心当たりが本当はあるように見受けられるが」
「はぁ。納得する例の石が出来たんだろうな。……もし私に用事があるとすれば、本当に私に用事があるのではないだろう。きっと、配達係か何かだ」
嫌がっている声色でございますのに、きっとその用事を引き受けるに違いない言い方は、真珠に声を漏らして笑わるほどにダイヤモンドの次の行動が明白でございました。決して馬鹿にしているような笑い方ではありませんでしたが、ずっと海の方を見ていたダイヤモンドがとうとう横を向き、煩いとでも言うように視線を送るくらいには笑っておりました。
「頃合いだろう? ほら、夜があける。……ダイヤモンドに提出してもらわないと、私も提出できない」
「そういう仕組みなのだ。地球の夜は朝がくれば、あけるものだ。……別に私に遠慮することはない。アメシストもアクアマリンも既に提出している。本当は真珠もできているのだろう?」
「……原理ではできている。完成までもうすぐだ。安心してくれ。私は直接、地球の海に宝の出来の進行具合を確認にきただけで、ガーネットからの伝言はおまけだ」
ダイヤモンドは驚いたように視線を地球の海へと向けました。すっかりと顔を出した太陽が、眩いほどにその光を海面へと反射させております。
地球の海を改めて意識して視線を向けると、海風はほんのりと冷たさを持ち、潮の香りを帯びているのが感じられます。
「あれほどの完成度の宝がありながら……新しいものを創ったというのか?」
そのダイヤモンドの思わず漏らしてしまったような呟きは、真珠にとっては最高の誉め言葉でありました。
真珠はアクアマリンと共に、ベリルという鉱物を創り、エメラルドという深い緑色の宝石を創り上げておりました。ですがそれだけに留まらず、互いに互いを想い合う心があったからにございましょう、それぞれが提出できるように二つの宝を創り上げようと、それぞれが動いたのです。結果、エメラルドだけでなく、アクアマリンはベリルという鉱物から水色の愛らしい宝石を、真珠も同じくベリルという鉱物から淡いピンクの宝石を創り上げることに成功したのでございました。
ですが今、真珠はこの地球の海で、宝を創っているというのです。きっと、ベリル由来のものではなく、新たなそれを創っているのでありましょう。
「ピンクのものも地球へは贈らせてもらうが、私は海が似合う子に贈るに相応しい宝を創り提出したいのだ。直に完成する。だからその子に贈るため、ダイヤモンドにも早く提出してもらわないと困る」
宝山への登頂中から弟子となった今日まで、真珠の様子から彼の気持ちに気づいてはいるつもりでございましたが、自らこのように宣言してきたのは初めてのことにございました。けれど、驚くダイヤモンドに考える暇を与える気はないのでしょう、真珠は強い意志の定まった瞳で、有無を言わさぬ圧のある笑みを浮かべるのです。
「ダイヤモンドとガーネットとアクアマリンは同じ弟子でありながら、まるで本当の家族のようだ。とても羨ましく、そして素晴らしいことだと思う。……だが、今後、その家族の時間から私はアクアマリンの時間を攫って行くつもりだ。全てではないが、多くをもらいたいと思っている」
「……自信があるのだな」
「まさか。でも、ダイヤモンドとガーネットが一番に知っているはず。まだ可愛らしいが、彼女は直に化ける。とても美しく成長するだろう。優れた能力に綺麗な心。内に秘めたそれらの魅力が溢れるのも時間の問題だ。……早くに出会えた幸運を逃すつもりがないだけだ。……言っただろう? 直に私の宝は完成する。それを贈るには、先にダイヤモンドに宝を提出してもらわねば」
「だから、そこで何故私が出てくるというのだ。家族のように過ごしてはいるかもしれないが、アクアマリンが真珠を選ぶならば、反対はしないし、宝の提出に順番など存在しないと言っているだろう?」
真珠は目を丸くし、大きな声をあげて笑い出しました。今度は僅かばかり、馬鹿にするというよりは、からかうような調子も混じっていたからでしょう、ダイヤモンドもまた、いつまでも笑う真珠にひどく不愉快そうな視線を向けました。
「いや。くく、はははっ、そういう意味ではないが……やはりダイヤモンドとガーネットは性格がまるで違うようで、どこか似ているな。鋭かったり、鈍かったり。否、笑ってすまなかった。単刀直入に言おう。特別な贈り物をするのならば、二人きりの方がいい。ガーネットを連れ出してもらわなければ」
「……分からぬ。それと私の提出がどう関係するというのだ。ガーネットがアクアマリンから離れぬのなら、翡翠あたりにでも適当にガーネットを地球にでも連れ出してもらえばいいだろう?」
「まさか。これも単刀直入に言おう。純粋に、上手くいってほしいのだ。ダイヤモンドの想いが伝わってほしいと思うし、ガーネットを連れ出すのは、適当ではなく理由をもってダイヤモンドであってほしい」
すると、まるで激励のごとく、真珠はダイヤモンドの肩を強く叩くのです。
夜明けどころか完全に朝となった今、とてもくっきりと地球の海が見渡せるようになっておりました。だからでしょうか、波の音が、ダイヤモンドの黒々とした想いを洗い流すかのごとく、よく聞こえるようになっていくのです。
真珠がスイッチを押したかのように、気が付けば多くが、より鮮明に分かるようになってきておりました。
「私には高嶺の花だと思っていた。けれど、ダイヤモンドの一途さを見ていたら、私も諦めずに頑張りたくなったのだ。タイミングが味方したのもあるが、私はそのタイミングがダイヤモンドにも来ていると思う。そのタイミングを掴めるかどうかは、自分たち次第だ。だが、掴むため、互いに協力するのも悪くはないだろう? ダイヤモンド、もう一度言う。ガーネットが呼んでいる」
「ああ、そうだな。最後まで想いは貫こう。……感謝する」
to be continued……
