オリジナル小説

星のカケラ~episode1~

2021年9月10日

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モエのカケラ

 

 友人との買い物。色鮮やかなワンピースが並ぶ中で、私だけ白いものを手に取る。
 それはしっかりめの生地の上に薄い花柄のレースが被さった二重構想で、ウエストから太ももにかけてプリーツの入ったもの。丈はひざ下まであり、上品で、けれどもふんわりと広がるAラインなのがどこか可愛らしさも残して、とても好みだった。
 自分の持っている、お気に入りの鍔が広めの白いリボンの麦わら帽子に合うだろう。

「あ、萌咲はやっぱり白のワンピースにするんだ?」
「うん、これ可愛いなって。どう思う?」
「すごくいいと思う」

 そう言ってくれる友人のしほはいつの間にか会計も終えていた。何を買ったのかと聞くと、エメラルドグリーンのポロシャツワンピを紙袋の隙間から見せてくれた。

「綺麗な色……」
「でしょ? 最近のお気に入りなんだ」

 満面の笑みで笑うしほはとても可愛らしくって、短めのボブが頷く仕草に合わせて元気よく揺れる。

 しほは大学受験の際に出会った時からずっと、髪を染めることなく、黒髪を貫いている。ペディキュアはするのに、手にネイルは絶対にしない。それらは大学に入ってすぐに始めた憧れの人気ケーキ店でのバイトのためらしい。規律が厳しいというよりは、しほが清潔感や衛生面を保つための自分なりのポリシーなのだとか。

 元々明るかったけれど、最近、ますます輝いてみえる。 
 出会った頃から可愛らしい雰囲気であったけれど、近頃、とても綺麗になった。
 急に容姿が変わったとか、髪型を変えたとかそういうものではない。ただ、とてもキレイになったとしか言いようがないのだ。
 じっと横で笑う友人を見つめながら、萌咲は思う。きっと、笑い方や仕草が影響しているのかもしれない、と。それらは、きっとしほの中での何かが変わって、内面からくる美しさや強さが表れているのだろう。

「あ、二人とももう決めたの?」
「うん、私はもう買ってきた!」
「あ、いいじゃない。エメラルドグリーンかぁ。きつくもならないし、似合いそうね」
「ありがとう」
「萌咲は?」

 そう聞くのは、杏奈。流行りの落ち着いた茶に髪を染め、傷みひとつないストレートヘアーをショップの入り口から入り込む風で緩やかに靡かせている。街を歩くと、すれ違う度に、男女問わず、皆が杏奈を振り返る。それは、杏奈がとても美人だから。それでいて、とてもオシャレだから。
 目鼻たちのくっきりとした整った顔。少し釣り目がちなのに、キツく映らないのは、杏奈の表情が柔らかいからだと思う。それだけでも見惚れてしまうのに、杏奈はモデルをしていて、スラッとした手足に高身長を活かした服をいつも選び抜いて着こなすのだ。それも様々な型のものを。それはお姉さんぽっさがあるものや、可愛らしいもの、セクシーなものや清楚なもの。それぞれのカテゴリーから抜群に自分にあうものを選び抜く。
 そこにメイクも楽しみながらばっちりと似合うものをしてみせるのだから、すごい。

 美しい友人に笑顔で聞かれ、誤魔化すように笑いながら、白のワンピースを見せる。

「私は、やっぱり白……かな?」
「やっぱり、白なのね! うん、萌咲らしくっていいわ」
「ありがとう……」

 モデルの友人からお墨付きをもらって、嬉しいはずなのに複雑な思いを抱えながら、そのワンピースを買い物かごへと加える。

「杏奈は何にしたの?」
「うーんと、コレとコレにしようかな」

 そう言って見せてくれたのは、淡いピンクのブラウスに、くっきりとした濃い青のワンピース。そのワンピースのサイドには白のラインが入っていて、タイトでセクシーだけれども爽やかさも残り、スラっとした杏奈の体系にもきっと合うのだろう。

「ちょっとコレとか色が薄いけど、この間買ったアクセサリーをつけたら合うと思って」

 そう言いながら、スマホからアクセサリーの写真を見せてくれる。金のチェーンに上品かつ少し大きめについた赤い珊瑚のネックレス。夏らしくって、とってもそのピンクのブラウスに合いそうだ。

「うん。素敵。似合いそう」
「わ! かわいい!! 夏っぽいね!!」

 そんな会話をしながら、会計を済ませて、ランチをして。萌咲は時間を見て、二人に別れを告げ、バイト先へと赴く。

 

 

「おはようございまーす。お疲れ様です」
「あ、おはようございます」

 レジにいたのは同じアルバイトの瀬戸君。もうお昼時だけれど、定型文の挨拶を交わして、バックヤードへと入っていく。

 萌咲がアルバイトしているのは、全国で展開しているファーストフード店。東京であれば、数百メートルも歩けば、次の店舗へと辿り着くだろう。萌咲の田舎と言われる地元でさえも、店舗数は少ないとはいえ、展開している程なのだ。

 しほは憧れかつ有名なケーキ屋さんで、杏奈はそれこそ一握りの人しかなれないような、モデルのアルバイトをしている。片や、萌咲は全国どこにいってもあるような、馴染み深すぎるファーストフード店。

 容姿にしてもそう。杏奈のように美人なわけではないし、しほのような明るい可愛らしさは見当たらない。
 ずっとそういう思いはあったけれど、正直、ここまで気にしたことはなかった。

「置いてかれちゃったな」

 そう思うのは、きっとしほが急に綺麗になったから。もともと、杏奈は別次元だった。けれども、しほはどちらかというと、自分と同じように歩み、大学生活を楽しんで、それぞれ就職して穏やかに過ごしていくのだと勝手に思っていた。だけど、杏奈が別次元だと思うのも、しほとは一緒に歩めると思うのも、なんて愚かな考えをしていたのだろうと、強く反省する。

 いつも一緒にいる友人は皆、輝いている。華やかな色の服を着て、内面から美しく、そして外見もオシャレに萌咲の先へ先へと進んでいってしまうのだ。

 そして、置いていかれてしまった。そんな風に思ってしまう自分が何よりもイヤで嫌いで仕方なかった。置いていかれる、自分も一緒がいいなんて、自分は何様なのだ。何も頑張れていない自分に、輝けていない自分に、こんな風に思ってしまう自分に、しほのような内面の美しさなんて、あるわけがなくって。せめてオシャレな部分だけでもと思っても、美人な杏奈のように容姿をいきなり変えることはおろか、一長一短でオシャレなセンスが身に付くわけでもなくって。

 内面を磨くというのなら、どこを目指してよいのかさえも分からない。
 そして、どちらかというと地味な自分は、外見の服さえも華やかに着こなすことができない。

 内も外もどちらも、綺麗も可愛いも程遠い気がして、胸が締め付けられる。

 ちらりと今日買ってきたワンピースを紙袋の隙間からみやる。そこから覗くのは白い布で、紙袋の中の白地と同化してしまいそう。まるで、今の自分のようだ。からっぽで、何もない。

 私にも何か、頑張れるものがあればいいのに。輝けるものがあればいいのに。私にも似合う色が、あればいいのに。
 杏奈のようにピンクや青まで幅広くとはいかなくとも、何かひとつでもいいから、似合う色があればな。
 しほのように、しっかりと目指すものがあったり、好きな色やものが言えたらな。

 自分のクローゼットにたまっていく、つい選んでしまう白い服の数々。

 どれだけしほが前に進んで輝こうと、どれだけ華やかな世界で杏奈が活躍しようと、二人がずっと変わらず友達でいてくれるのは分かり切っている。

 けれど、どうしたって、思ってしまうのだ。

 しほに、置いていかないで。杏奈に私も横にいさせて、と。

 そう思ってしまう自分が本当に、いやで嫌で仕方がないのに、考えることを止めることが出来ない自分がいた。
 二人とものことが大好きなのに、ずっと応援しているのに、こうやって、輝く二人を見ると、置いていかないで、と叫びたくなるのだ。これからも変わらず、ずっと友達でいてくれると信じている筈なのに。

 そんな自分の心に呆れるかのように、重苦しいため息を吐く。

 見慣れたベージュ色にラインの入ったブラウスに、決められたズボンを履いて、エプロンを着けて。素早く鎖骨辺りまである髪を束ねて横髪をピンでとめる。

 衛生面はしっかり。そう自分の心の中で呟いて、きっちりと髪を帽子へと入れていく。
 前髪ひとつ残さずに入れ込んだ、おでこが全て出た状態の自分の顔。情けない表情で、鏡に向かって笑う練習をする。

 笑顔、笑顔。接客の時は、笑顔。

 こんなに表情がみえるように髪を束ねて帽子に入れ込んでいるにも関わらず、現れる顔は特別美人な訳ではない自分の顔で。

 何だか、滑稽なことをしているな、と思いながらもやはり真面目に制服を着て、更衣室からでる。

 

 シフトに入るまで、あと十分ほど時間が余っている。それをバックヤードで潰そうと、テーブルの空いた椅子に腰かけると、既にバイトを終えた仲間たちがおしゃべりをしていた。

「あ、陸野さん。今から?」
「うん。もう、あがり?」
「そうなの。シフト見てから帰ろうと思って」
「そうなんだ。お疲れ様」

 話しているのは近くの大学に通う、歳の近い女子たち。みんな、オシャレな私服に身を包んでいる。

「あ、やだ! 来週のシフト、岡本先輩と一緒だー」
「え、ずるーい」
「あ、みてみて! 陸野さんは岸部君とほぼ被ってるよ!」

 そう言われて、シフト表を覗いてみる。来週にシフト入りしているのは3日間。そのうちの2日間は岸部君と被っている。残りの一日は、今喋っている田辺さんと一緒だ。そして、3日間とも、瀬戸君と全時間が被っている。

「すごく、安心して入れそうなメンバー。来週もよろしくね」

 萌咲はほっとした様子で、田辺さんに笑いかける。

「あー。やっぱり、岸部君狙い?」
「え?」

 戸惑う萌咲に、田辺さんたちがクスクスと笑いながら、言う。

「もう、分かってるってー。陸野さん、岸部君と仲いいもんね?」
「えっと……」
「いいなぁ、陸野先輩。私も岸部君、かっこいいって思ってたんですよねぇ」
「ねぇねぇ、陸野さんも、岸部君かっこいいって思うでしょ? 私は岡本先輩派だけど」
「キャー、田辺さんったらやっぱり岡本先輩狙いなんだぁ!」

 盛り上がる田辺さんたちに、ついていくことができない。すると、何も答えない萌咲に、田辺さんが鋭い目つきで問う。

「え、もしかして、陸野さんも岡本先輩派だったりする?」

 何となく、何か答えなければまずいと思い、慌てて無難に答えてみせる。

「えっと、そんなことないよ。優しい先輩だとは思うけど」
「よかったぁ。じゃあ、やっぱり、岸部君なんだね」

 そう言い切られて、回答に困ってしまう。でも笑っている田辺さんの目は笑っていなくって。ははは、と苦笑いするしかなくなってしまった。どうにも、否定も肯定もしにくい雰囲気になってしまっているのだ。

 萌咲には特別好きな人も気になる人もいない。自分に自信がなさすぎて、恋なんて考えられなかったし、考えたこともなかった。
 言われてみれば、岡本先輩も岸部君も女子バイトメンバーからはとても人気で、それで優しい人たちだと思う。そう言えば、岡本先輩は爽やかで紳士的なイケメンで、岸部君は子犬系の可愛くて甘え上手なイケメンだと噂されていた気がする。

 ただ、誰派と聞かれても、あまりピンとこない。バイト仲間としては好きだけれど、田辺さんが聞くようなニュアンスで好きな訳ではないし、けれど、否定するのも少し変で、だけど否定しなければ、それもまた変なのだ。

 何とも言えない気持ちでいるところに、バックヤードの扉が開かれる。

「……休憩、いただきます」
「あ、お疲れ様です! 陸野入ります」

 そう言って瀬戸君に頭を下げて、田辺さんたちに手を振り、萌咲は慌てて入れ替わるようにバイトに入る。

 

 

 今日は主にレジ担当だ。笑顔を心掛けて、接客をこなしていく。

「えっと、これは何でできてるのかねぇ。孫に買って帰りたいんだけど」
「アレルギーなどございますか?」
「えーっとねぇ……」

 今は空いている時間帯。シフトに入っている人数は少ない。他のレジでも接客で手一杯になってはいるものの、特別列をなして他のお客様が並んでいる訳ではないので、目の前の高齢の女性に、なるべく丁寧に成分の説明をしていく。

「うわぁああああああん」

 するとそのすぐ傍で、一人の女の子が転んで、ジュースを零した。早く駆け付けたいものの、こちらの女性は熱心に成分について質問を続けてくださる状況。それも昨日発売の新メニューについて質問されてしまった。泣いている女の子が気になるし、思いがけない質問にますます焦ってしまう。まだ、新メニューは軽くしか確認していない。詳しく、説明できるだろうか。ああ、女の子の所へ早くいかなくちゃ。

「あ、えっと。こちらの新メニューは……」

 冷や汗が流れ始めた頃、頭上で声が響く。

「お客様、成分に関しましては私が担当ですので、よろしければ、ご説明させていただいてもよろしいでしょうか」

 瀬戸君だった。そうして静かに目配せして頷いてくれるので、私はそっと自然な流れで担当を変わってもらい、急ぎ女の子の所へと駆け付ける。

「大丈夫? 服は濡れてない?」

 

 

 こうして、思いがけず忙しいスタートをきった今日のバイト。その後も来客が多く、気が付けば夕方になっていた。

「休憩いただきます」

 萌咲が休憩をとろうとバックヤードに入ると、着替え終わった瀬戸君が席についてシフト表を眺めていた。

「あ、瀬戸君、お疲れ様。今日はありがとう」
「ああ、うん。今日はアクシデントが多かったよね」
「ね、ビックリ。それにごめんね。休憩時間、短くなっちゃったんじゃない?」
「いや、大丈夫」

 そう言いながら、瀬戸君が萌咲の手元に気づき、言う。

「それ……」
「あ、うん。私、今日レジ担当だから成分とかしっかり見れてなくって。休憩がてら、ちゃんとチェックしておこうと思って」

 持ってきたのは新商品の詳しいバイト用の調理や成分の説明冊子。瀬戸君が優しく笑って言う。

「真面目だね、休憩したらいいのに」
「それは瀬戸君の方だよ。それに、休憩にお菓子食べながらと思ってる」
「そっか」

 互いにクスっと笑い合う。ふと見上げると、瀬戸君の私服姿が萌咲の視界から離れなくなった。深緑のシャツにピンクや水色の淡い色が胸元のポケットの部分にラインで入っていて。グレーのチノパンが薄手なのに生地の質がいいのか、すごく上品で。シンプルなのに、とてもオシャレに服を着こなしている。

「わ、瀬戸君、オシャレだね」

 自然とそんな言葉が口から飛び出してしまった。

 背が高く、がたいのいい彼は少し目つきも悪くって。一見近寄りがたく見える。
 本人曰く、身体の大きさや顔つきで子ども受けがよくないとのことで、今日のような子どもと接する場合は他の仕事に回ってくれることが多い。
 けれど、萌咲は思う。そうやって気にかけている時点で、子どものことが好きなのだろうし、何より優しいと。周りもよく見ていて、とても気が利く子である。
 だから萌咲にとって、あまり多くを言わなくても状況を察して同じような感覚で一緒に仕事をしてくれるので、瀬戸君とはとても安心してバイトに臨むことができるのだ。

 そんな人柄を表すかのような、落ち着きがあり、さり気なく遊び心の入るような服のセンスが、とても彼の魅力を引き立てているような、そんな気がした。

「そう、かな。俺、あんまり私服とか褒められたことないや」

 そう言って彼はくしゃっと顔を崩して、目を細めて笑う。その表情はとても優しくて、頬を掻く仕草が、どこか少し照れているようにも見えた。

 その笑顔のギャップが、とても大きな男性なのに、可愛らしく見えて。照れているのかもと思うと、何だか萌咲まで恥ずかしくなってきてしまう。

「ほんと、本当にすごくオシャレ。私も友達がオシャレで……なんか、センスがいい人って羨ましい。私、特に取柄ないし」

 慌てて会話を続けようとして、今日のことを思い出してしまう。
 せっかく買い物に出かけたのに買ったのは結局、白い服。日々輝く友人に対し、接客に四苦八苦しながら、夢も目標もなく、ただアルバイトをこなす自分。

「陸野さん?」
「あ、ううん。私、別にキレイでも可愛くもないから。せめて、オシャレになりたいなーって。友達がみんな、すごくって。勝手に自分だけ置いてけぼりになってしまったような気分になっちゃったの。でも、そんなの当たり前だよね。マニュアルのある仕事させてもらってて、それなのに、今日も上手く新メニューの説明さえできなかった」

 ああ、何を言ってしまっているんだろう。つい、ペラペラと一気に色々話してしまった。
 俯きながら、瀬戸君に変に思われてしまったかもしれないと、何故か胸が締め付けられて切なくなる。

 瀬戸君もそこで黙ってしまって、沈黙が続く。こんな落ち込んだ話をして、彼を困らせてしまったかもしれない。もしかしたら、帰るタイミングを失わせてしまったかも。

「ここってさ、バイトをしてたら、皆、同じ作業をしているように見えない?」
「え?」

 沈黙を破ったのは瀬戸君の方で、思いがけない言葉に萌咲は彼を見上げる。

「マニュアルがあるとさ、皆、同じことをしているように思えるし、実際、作業としては同じことをしているんだと思う」
「うん」
「でも、陸野さんは周りを見て、並んでいる人がいないから、丁寧に時間をかけても良いと判断して、メニューの説明をしてた。さらに、その途中で女の子が泣いているのにも気がついた」
「うん。でも、瀬戸君に助けてもらったし、私、上手く新メニューの説明する自信がなかったの」
「そうだね。だけど、メニューの確認はしてたんでしょ? タイミング的にじっくりと確認できなかっただけで。それに、俺は子どもの相手は向いてないから、それはそれで助かったんだ」
「うん」
「今日はお互いにお互いの得意な方を自然と役割分担しただけ。それに、正直、みんなメニュー表みながら言ってるだけで、こんなに細かく成分を覚えたり、確認したりしないよ」

 ふっと、笑いながら瀬戸君が言ってくれて、少し心が軽くなる。

「そうなの?」
「うん。別に俺も今日は調理担当が多かったから、自然と新メニューのこと覚えられて、答えやすかっただけ」
「そう……なんだ」
「それにさ、同じマニュアルで動いてても、やっぱり違うんだよ」
「何が?」
「陸野さんは、レジでも周りをみながらその人に合わせて丁寧に接客をするし、調理担当の時も速くて綺麗に作る」

 そう言われ、調理のことを思い浮かべるが、別にみんな、速く作り上げる。ファーストフードとはそういう店だ。安く、速く、丁寧に。やっぱり、皆一緒な気がする。

「でも、そんなの当たり前じゃない? 皆、速く綺麗に作るし」

 珍しく瀬戸君が、はは、と声を上げて笑いながら続ける。

「でも、同じ1分で作り上げるのに、あんなに綺麗にレタスが零れず、量が的確に作れる人はなかなかいないんだ」
「そう言われても、分からないかも……」
「あんまり、バイトで自分で作ったものって食べないしね。でも、俺、よく休憩時間にバーガー頼むでしょ? 陸野さんが一番速くて、丁寧だよ」

 萌咲は驚き、固まる。すると、瀬戸君は真っすぐにこちらを見ながら、さらに言ってくれる。

「今だって新メニューの勉強してて、真面目だ。途中俺が引き継いだけど、あの女性は丁寧な説明に何度もお礼を言ってたし、女の子だって最後、笑ってた。陸野さんだから、できたことなんだよ」

 その言葉に胸がいっぱいになり、萌咲は目を見開く。特技や夢があって始めた訳ではない、募集が多いファーストフードのアルバイト。いつも華やかな色の服は着れないし、外見はもちろんのこと、内面にだって自信がなかった。だけど、萌咲にだからできたこと、萌咲にだからできることをこうやって、人から言ってもらえて、心の中のからっぽの部分が、埋まっていくような、そんな気がした。

「そっか。そうなんだ。今のままでも、ちゃんと自分にしか出来ないことが実はあるんだね」
「うん。いつもすごく頑張ってる。俺はそんな陸野さんが好きだよ」
「え……?」

 驚いて、瀬戸君の方を見返す。すると、彼は下を向いてしまって。数秒の沈黙の後、何かを思い出したかのように、付け加える。

「仕事仲間として」

 そこで、反射的にほんのりと染まってしまった隠すことのできない自分の頬を恥ずかしく思いつつ、萌咲も慌てて言う。

「う、うん。そうだよね。仕事仲間として! 私も瀬戸君と一緒の時は、すごく安心して仕事ができる」

 すると、勢いよく扉が開き、岸部君が入ってくる。

「お疲れ様でーす」
「あ、お疲れ様です」
「こんばんは。陸野先輩、夕方からよろしくお願いします」

 ニコリと満面の笑みで言われ、つられて笑い返す。本当は瀬戸君の方を向きたいのに、一瞬でも勘違いしてしまった自分が恥ずかしくって、上手く彼の方をみることができない。

「じゃあ、お疲れ様です。夕方からも、頑張って」
「あ、お疲れ様です」

 萌咲が挨拶を返す頃には、もう立ち上がって瀬戸君は行ってしまっていて、その後ろ姿だけが印象的に脳裏に残った。彼が着ていた深緑のシャツの色だけが。
 正面のアクセントのピンクと水色が無くなってしまったら、その後ろ姿はどこか寂しそうで、萌咲の心が何故かぎゅっと締め付けられた。

 

 

 その日から、瀬戸君と顔を合わすのが少し、くすぐったいような、嬉しいような、そんな気分になった。バイトが少し、前よりも楽しみになる。

「今日も、そのシャツなんだね。お気に入りなの?」
「うん。すごく気に入ってるんだ」

 今週のシフトは瀬戸君と全部一緒で。一日置きで会う形になったのだけれど、その週のバイトの日はいつも、萌咲がオシャレだと言った深緑色のシャツを着ていた。それは彼の自由で、彼がお気に入りなだけなのだけれど、何だか萌咲まで嬉しくなった。

 好きな色を、着る。この言葉が、頭から離れなくなった。私は、何色の服を着たらいいのかな。

 さらに、シフトの時間が被っていたから、休憩時間も、バイト入りする時間も、あがる時間も全部一緒。一週間のうちの3日間、それもほんのひと時だというのに、いつもよりも瀬戸君と話す時間が自然と増えた。

 といっても、どちらもそんなに話す方ではなくって、時々、会話をして、沈黙が流れて、を繰り返していく。そして、ふとした瞬間に、「俺はそんな陸野さんが好きだよ」と言ってくれた言葉が思い出されて、萌咲は勝手に緊張して、ドキドキしてしまった。

 けれどもすごく、瀬戸君が笑いかけてくれる回数が増えたような、そんな気がした。それについ、萌咲も前よりも話しかけてしまう回数が増えたような、そんな気がする。

 そして、考えてしまうのだ。もし、あの時の言葉が、仕事仲間としてというのが、ついていなかったとしたら、と。

 そう思うと、胸が締め付けられて、でも、そんな風に思ってはいけないと、仕事仲間だと言い聞かせて、萌咲はバイトの時間を過ごす。

「あ、来週のシフトは被ってないね」
「本当だ。次の週は一緒だといいね」

 そうして出された翌週のシフト。大学の夏季休暇に入ってしまい、いつもとはスケジュールが変わってしまったからだろう。瀬戸君とは全くシフトが被らなくなり、何だか寂しくなる。少し、バイトの楽しみが減ってしまったような、そんな感覚に陥ってしまう。

 正直、やる気がでない。そう思ってしまいそうになるけれど、瀬戸君が同じマニュアル通りでも、違うと、速くて丁寧だと褒めてくれたのを思い出すと、頑張ろうと、そう思えた。

 確かに地味なことが多いし、周りの輝かしい友人やバイト仲間をみると、置いていかれてしまったようなそんな気持ちになる。
 けれども、自分の歩むスピードで、目立たなくても輝ける何かがあるのかもしれない。
 そう思えるようになっていた。

 

 

 

「あ、萌咲! こっちこっち!!」

 そんな日々を過ごしながら、久しぶりにしほと杏奈と遊ぶ日を迎える。今日は、バイトはない日なのだけれど、瀬戸君が夕方、シフトに入っている日だ。近くを通るから、ちょっと覗いてみようかな。そんな風に思って、選んだ服は先日買った白いワンピース。自分にとっては、いつも通りの色で、特別、華やかではないのだけれど。

 でも、瀬戸君もよく、同じ色のシャツを着ていて、それが気に入っていると、言っていた。萌咲も何となく、瀬戸君の前ではありきたりでも、白の服でいいような、そんな気がして。どうしても、新しいお気に入りのワンピースで、瀬戸君に会いたくなったのだ。

 もちろん、白とは言え、花柄のレースの少し気合の入ったワンピース。バイトに行くだけでは恥ずかしくて着ていけないけれど、例えば、バイトの前後にもし会えたなら。もし偶然すれ違ったなら。

 精一杯の勇気で、何となく着てみたワンピース。

「あ、この間のワンピース着てきたんだ! かわいい!! 麦わら帽子によく合うね」
「うん。ありがとう」

 前よりも素直に、友人にそう答えることができる。

「あ、あのね」

 気になる人が、できたの。そう思い切って相談しようと思ったその時。

「あっ」

 道路を挟んだ向こう側で、瀬戸君の姿を捉える。本当に会えてしまった。気合いを入れた格好をしている自分が少し恥ずかしくなって、会いたくてこの辺りを待ち合わせ場所にお願いしたのに、いざ、彼の姿を捉えると、声をかける勇気がなくなってしまった。

「どうしたの?」
「誰か知り合いでもいた?」

 麦わら帽子の鍔をぎゅっと握って、顔を隠す。そして、友人の顔をチラリと見ながら実は、と言おうとしたその時、瀬戸君の後ろに女の子の姿を捉える。

「ううん。何でもないの。早く、行こう」

 そう言って、気づかなかったフリをしてその場を離れようとしたその時、振り返った瀬戸君と目が合う。

 あ、バレちゃった。向こうは女の子といて、自分は気合いを入れたワンピースなんて着てしまって。彼はちゃんと仕事仲間って言っていたのに、それでも、もしかして、なんて自惚れてしまった自分が恥ずかしくなる。

 けれど、こちらの心の中など露知らぬ瀬戸君が、道路の向こう側で手を振ってくれている。きっと、仕事仲間として。

「ねぇ、手振ってくれてるよ?」

 他の女の子といる所に挨拶なんてしたくない。そう思うものの、しほに促されて、しぶしぶ手を振り返す。

「あ、こっちに来てくれるみたいよ!」

 瀬戸君が信号を渡ってこっちに来ようとしてくれている。でも、どうしても恥ずかしくって、やはりそのままその場を離れようとする。

「偶然、こっち側に渡るだけかも。ねぇ、早く行こう?」
「あのねぇ、わざわざ手を振ってくれたんだから、そんな訳ないじゃない!」
「私もそう思う。どうしたの? 喧嘩でもして気まずいの?」

 二人に問われて、小さな声で答える。

「前に、好きって言ってくれたの」
「きゃー! 何よ、もう言ってよ!!」
「違うの、仕事仲間としてなの!」
「いや、あんなに手を振ってわざわざこっちに来てくれるんだから、違うでしょ」
「でも、違うんだもん。だって、ほら、女の子といるし!」

 そう言って、向こう側の瀬戸君と一緒にいた女の子たちの存在を視線だけで友人二人に伝える。

 すると、杏奈が呆れたように言う。

「よく見てよ。女の子は一人だけ。後は男の子ばっかり。きっとグループよ」

 今度はしほが、笑いながら言う。

「あー。それで、いつもと違う待ち合わせ場所がいいって言ったんだ? ここ萌咲のバイト先の近くだもんね。いいじゃん! 可愛いワンピース着てるし、少し喋ってきなよ。私たち向こうで待ってるし」
「でも……」

 しほがポンっと肩を叩いて、大丈夫だってと言うのだが、萌咲は動けない。

「でも……?」

 杏奈が首を傾げながら、心配そうに顔を覗いてくれる。もうすぐ、信号の色が変わってしまう。焦る気持ちと、恥ずかしい気持ちとが交差して、心配してくれる二人の顔をみたら、泣きそうになってしまって、つい、言ってしまう。

「私、二人みたいに輝いてないの」
「ん?」
「平凡だし、何もできないし。華やかな色も着れないの」
「えっと、そんなことないよ?」
「ううん。二人に置いていかれてしまったって、そんな風にいつも思ってしまって」

 話していて、何が何だか、訳が分からなくなる。それで余計に悲しくなって、涙がジワリと溢れてくる。

「ピンクとか、青とか似合わなくって。いつも白ばっかり。私、地味だし、華やかになれないの。白しか着れないの……」

 すると、今度は杏奈に勢いよく背中を叩かれる。

「ほら、しっかりして!」
「うっ」
「彼、もうこっちに渡ってきてる」
「でも……」

 ふと、二人の顔をみると、とても優しくほほ笑んでくれていて。

「ねぇ、何を悩んでるのかよくわからないけど。私たちにとって、いつも優しい萌咲は十分に輝いてる」
「それにね」

 二人が少し怒ったように、続ける。

「「白しか着れないんじゃなくって、白が一番似合うの!」」

 今にも零れそうだった涙がピタリと止まる。

「ねぇ? 私たちがいつも、白いいじゃない、って言ってたの、適当に言ってると思ってたのね?」
「萌咲、白が好きなの自分で気づいてないの?」

 そう言われて、いつもつい、手に取ってしまうのは何でなのかを考えてみる。

「バカね。好きな色と似合う色が偶然、一緒だっただけで、白だって素敵な色に決まってるじゃない!」

 二人の言葉に驚いて、瞬きをする。ジワリと溜まっていた涙が、小さな粒となって睫毛に纏わりついて、その粒たちが光に反射して、見える世界が変わっていく。

 自分の視界に映し出される世界に、輝きが増していくかのように。

 私は、白が好き。

 それで、瀬戸君は前に何て言ってくれたっけ。平凡でも、ありきたりでも、それでも、私だからできたことがあるって。ちゃんと頑張れてるって。

 なんだ、華やかでなくても、いいのか。

「陸野さん!」

 瀬戸君が、呼んでくれる。こっちに向かってきてくれる。

「じゃあ、また後でね」

 ウィンクしながら、友人二人が気を遣って離れていく。

 声のする方を振り返ると、萌咲の輝き始めた世界の真ん中に、顔をくしゃっと崩して目を細めて笑う瀬戸君が、映る。

「最近、バイトで会えてなかったから。今日はシフトに入るまでの間、大学の友達と遊ぼうと思ってこの辺をウロウロしてたんだ」

 わざわざ、道路を渡って、彼が話しかけてくれている。友人の言葉を思い返して、自分に言い聞かせる。白色でも、大丈夫。

 だから、思い切って、聞いてみる。

「あの、その」
「うん?」
「向こうで待ってる子たち、女の子とか、その……彼女じゃないの?」

 瀬戸君が驚いたように目を見開く。

「うん。あの子は友達の彼女」
「そうなんだ」

 ほっとして、思わず、笑みが零れる。

「あのさ……それって、俺のこと意識してくれてるって思っていい?」
「え?」

 瀬戸君がまた、頬を掻きながら視線を泳がせて言う。

「後悔してたんだ。仕事仲間として、なんて言って」

 そして、泳がせていた視線をしっかりとこちらに向けて、真剣な眼差しで続けてくれる。

「陸野さんのこと、好きだよ」

 ちゃんと輝いている萌咲の世界。自分は白色を着ているけれど、たくさんの色が溢れてくる。

「私も好き」

 白色と、深緑。ほんの少しのピンクと水色が自分の世界いっぱいに広がっていく。

 コノイロ、ドノイロ、ワタシイロ。

 

 

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