オリジナル童話

earth to earth~古の魔法使いepisode5~

2021年12月16日

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「……俺は、悪いことは何も、していません」
「痛いほど、知っています」
「今でも、木戸先生の研究が、一番だと思っています」
「……菅原君。ここでの権力者は藤原教授だ。何も、あの時のことを引っ張り出せと言っているのではない。ただ、レポートを持って、形だけでも、レポートに関してだけでもいいから、謝りに行くといい」
「…………」
「嘘でもいいから藤原教授の研究に感銘かんめいを受けたと言うといい。その後で自分が悪かったと言って、レポートの書き方を教えてほしいと懇願するんだ」
「……嫌です」

 草太は俯いて、久しぶりに満たされてふくれた自身の腹を見つめた。そうして、あの時のことを思い返す。

 あの日、特別な講義があった。草太は目を輝かせて参加した。その後、何が起こるかも知らずに。

 藤原主催で、選抜された各大学の教授や准教授が草太の通う大学へと来て、学会で発表したものを簡潔にまとめて講義する、というもので、それはそれは興味深い講義ばかりだった。

 その日の懇親会こんしんかいで、どの講義が興味深かったかと、酔ったとある大学の先生が一人一人に聞き始めた。そこで、皆は口を揃えて、藤原を褒め称えた。
 今思えば、それが暗黙の了解だったのだろう。草太はまだ、大学院への進学前で、それでも成績は優秀のため一目置かれていた。そのことで先輩たちの反感を買っていたらしく、事前に色々なことを教えてもらえてなかったことも原因にあるのかもしれない。

 草太はあの時、ただ正直に、木戸先生の研究が素晴らしいと伝えたのだ。正直なところ、あの場にいた全ての教授たちが何かしらの学会で発表や受賞の経験があり、素晴らしいのは当たり前だった。そんな中で藤原の名前しかあがらないこと自体がやはりおかしかったのだ。

 それに、常日頃、どうにも草太には大学内であっても、大学外であっても藤原があんな風にいつもいつも褒め称えられ、木戸先生のことは誰も何も言わないのが、理解できなかった。
 圧倒的に講義も木戸先生の方が分かりやすく、植物の知識も高い。もちろん、プレゼンだってうまい。けれども、ことあるごとに学会の枠を全て藤原が搔っ攫かっさらっていく。複数名枠がある場合は木戸先生も参加しているが、何かあれば必ず藤原や藤原のお気に入りのドクターの生徒が優遇される。それが草太には謎で仕方がなかったのだ。

「俺は木戸先生をすごく尊敬しています。あの研究はきっと今後の医療分野にも活かされていくので、素晴らしい発展をすると思っています」

 その発言から、ピリッとした空気になり、シンとその場が静まり返った。気まずそうに視線を逸らす者や、顔が強張る先生もいたような気がする。それに、よくよく考えれば先輩の何人かは薄ら笑みを浮かべていたかもしれない。

 その日から、藤原の態度が一変した。ほとんどの授業での草太の成績の評価が下げられ、レポートは受け取ってもらえない始末。

 研究室では自分は雑用だけを任され、いないかのように扱われる。
 先輩の態度が冷たくなり、同期がよそよそしくなった。自分だけ、飲み会のメンバーから外されるのが当たり前。

 それでも、草太は植物の研究が続けられるならば、それでよかった。

 けれども……

 流石に、単位を落としそうになり、この5回連続のレポート却下はかなりきつかった。きっと、奨学金も返済免除枠を取るのは難しいだろう。

 

「菅原君……」

 沈黙の後、木戸先生がゆっくりと話し出す。

「今から言うことは私の独り言だと思って、聞き流してほしい」
「はい」
「恐らく、君の成績で院試を落とされることは、まずない」
「え?」
「さすがに、試験自体に細工はできない。できるとしても、面接の評価を低くするくらいだろう。それでも揺るがないくらいに、君の成績はずば抜けている」
「……なら」

 草太は思わず視線を上げ、木戸先生を見つめる。すると、同じく俯いていたらしい先生もゆっくりと視線を上げ、悲し気な笑みでさらに続ける。

「でもね。君が植物学者としてやっていくのならば、藤原教授に気に入られなければ、学会や研究室での立ち位置がよくならない」
「……けど、研究室に入れさえすれば、木戸先生だっています」
「……私じゃ、ダメなんだよ」
「……どうして」

 木戸先生がどこか遠くの方でもみるかのように、窓の方へ視線を向けながら言う。

「いいかい? いくら素晴らしいものを持っていても、発表の場を奪われてしまっては、輝くことが出来ないんだ」
「……木戸、先生?」

 こちらに向き直った先生が、いつもの優しい笑みを草太へと向けてくれる。

「君は素晴らしい。ここで潰されることはない」
「……でも」
「賢く、生きなさい」

 それだけ言うと、先生は次の講義があるから、と言って席を立った。草太はどうしても、先生の方を向くことが出来なかった。

「でも、私は菅原君の言葉に救われました」
「え?」
「こんなにも勉強熱心な生徒に何もしてあげられなくて、すみません」

 慌てて先生の方を振り向くと、既に先生は後ろ姿で、そのまま行ってしまった。
 草太は勢いよく立ち上がり、椅子を引いて先生を追いかけようとするも、言葉が見つからず、そのまま座りなおす。

 空になった皿の数々の中にひとつ、デザートの果物だけが、今か今かと自分の番をその身を鮮やかに輝かせて待っている。

 そっとその皿を手前に引き寄せて、盛り合わせの中から植物の代表的な色と同じ色のキウイを選んで口に運ぶ。

「酸っぱい。酸っぱいよ……」

 あれほどまでに零れ出た涙は、どれだけ胸が締め付けられても、まるで乾いた砂漠のようにもう一滴だって零れ出なくって。

 ふと視線を先生がいた席の方へと向けると、そのテーブルの上にいくつかの水滴が落ちていたことに気が付いた。

「賢く、生きる」

 わかっている。わかっているのに……

「できないんだ」

 ああ、今日も大好きな植物に触れられない。
 だって植物には優しい気持ちで接したいから。
 ああ、今日もまた同じ日々の繰り返しだ。
 だって賢く生きられないから。

 見えているのはずなのに、自分の世界には何も映らない。
 聞こえているはずなのに、自分の世界には何も聞こえない。

 今日も自分の世界は理不尽に回っている。

 

to be continued……

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