オリジナル童話

生きる刻があるうちは~episode4①~世界の子どもシリーズ―現代編―

2023年12月11日

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生きるときがあるうちは~episode4①~

 

 数メートル向こうで、ゴオオと威勢のよい音を響かせながら、定期的に列車がケンを追い越していく。いつもは大して気にならないこの騒音も、今日は嫌に耳に付いた。特に進み始めのガタゴトと響く音はすごく呑気に聞こえて、それが余計に腹立たしかった。お前はいいよな、と言ってやりたくなるくらいに。それなのにあっという間にスピードをあげてケンを追い越してしまうものだから、悔しいけれど独り言でさえ、何かを本当に言うことはできなかった。
 何本目か分からない列車に追い越され、その姿を恨めしく思いながら見送ったところで、ケンの心の中でだけ起こっていた列車との密かな争いは終わりを告げる。
 ビルがついに、線路を完全に隠してしまったのだ。ケンは今、大通りを進み続けている。けれどもどうやら道と線路の間には幅があったらしい。列車と同じように真っすぐに進んでいたはずなのに、列車どころか線路も見失うくらいには、いつの間にか少しずつ、距離が開いてしまっていたようだ。

「なんだよ、真っすぐ進むだけじゃ、ダメなのかよ」

 駅を出てすぐの道を歩いてきたはずなのに、まっすぐにその道を進んだはずなのに、道標としてアテにしていた線路がみえなくなり、ケンは内心、焦りだす。
 きっと、位置的にもっと山側だから、線路に近づく方が、魔法茶屋も近いはず。けれど、ケンは魔法茶屋には父が運転する車でしか行ったことがないのだ。大通り側からの魔法茶屋への行き方は何となく分かっても、隣町の駅側からの道はあまり詳しくない。

 近さか、確実さか。足を止めてじとっと誘惑する細く連なった曲り道をみるも、ケンは再び前を向いて歩き出す。ぐるるっとなる腹に手を添え、なるべく気が紛れるようにと、歩くことだけに集中することにした。

 空を見上げれば、日は照っていなくて、だからこそ暑さはマシだけれども、ケンの気分をさらにどんよりとさせた。

 曇りって、なんかいつ雨が降ってもおかしくないように見えて、あんまり好きじゃないんだよな。

 晴れればサッカーの練習も、校庭で遊ぶのも存分に楽しめる。雨なら雨で、サッカーは休みか筋トレ。それはそれで、いつもより身体は疲れないし、放課後も友達と外では遊ばない代わりに、言い訳を考えることなく、雨だからと言えば、堂々とゲームで遊ぶことができる。雨の日ばかりは、そういうのに煩い母も、外に行けないのなら仕方がないとでも言わんばかりに、いつもより長くゲームをさせてくれた。
 それらが一転、曇りとなれば、話は変わってくる。日の光がない分肌寒いときもあれば、突然雨を降らすときなんて、本当にたちが悪い。こっちはサッカーの気分だし、途中で切り上げてもゲームをする時間をそれほどにとれる訳でもない。ただ時間が奪われるだけ。

 今日はそんなケンがあまり好きではない曇り空。気分も晴れなければ、手ぶらでやってきたケンは傘など持ってもいない。こんな状況で雨に降られたら、たまったものではない。
 駅側からの道の方が近そうだし、初めての道を探検するのも楽しそうだけど、一刻も早く、魔法茶屋に辿り着く方がいい。大通りからの方が少し遠回りでも確実に道を知っている。それに何より、大通りにはスーパーやコンビニが確かあったはずだから、道半ばに雨に降られても雨宿りができる。

 曇りは好きではないというある種本能的な判断ではあるものの、そこからケンなりに思考を巡らせ、道を進む。

 日の光を雲が隠してしまうから、時間の感覚までもが、いつもよりも分かりにくかった。ただ歩いた距離でいうなら、もうかなり日は沈んでいるはずだ。夕飯時を越えて一人でスーパーやコンビニをウロウロしているとなると、変に目立つ。
 けれど、魔法茶屋となれば別だ。例えば、財布も持ってきていないから、何かを注文することは難しいけれど、あそこはアクセサリーも売っているから、大人しくアクセサリーを見ていたら、飲食をしないからといって追い出したりはしない。いつも混んでるけれど、キースおじさんは絶対に自分が店に行くと気づいてくれるし、アンジーに会いたいと言えば、いつもで家に遊びに行かせてくれた。
 店が開いている間はアクセサリーをみたりしながら、店が閉まる頃にはアンジーに会いたいと言えば、きっと、アカリではなく、ケンでも置いてくれるはずなのだ。

「ナンシー姉ちゃん元気かな。久しぶりに会いたいな。試合で表彰されたって言ったら驚くかも」

 自分でそう言葉にして、ツキリと胸が痛んだ。
 再び足が止まりそうになって、けれどもこういう時に限って、信号が赤にはならないんだ。うっかりと気を抜けば、目に変な水が滲みそうで、そんなの格好悪い。もう高学年だし、何よりスポーツ選手はすぐには泣かないんだ。
 逆にケンは、信号が青なのをいいことに、次の横断歩道も一気に渡ってしまおうと、全力で走り出す。

 だってさ、あれは紙は紙でも、ただの紙切れじゃないんだ。表彰状なんだからさ、破るならその辺のチラシにしてくれたら、いいじゃないか。
 それにさ、あれは紙は紙でも、表彰状だから。その辺のチラシと同じじゃないんだから、見るならじっくりと、見てほしいじゃないか。

 だからさ、まださ……驚かそうと思って。……父さんにはみせてなかったんだ。

 出張から帰ってきた父は、休みかと思いきや、あくる日もそのまま仕事へと向かった。その日、ちゃんと父の仕事終わりを待っていたものの、気恥ずかしくて、すぐには切り出せないまま、眠る時間が来てしまって、言えなかった。その次の日はケンが塾で、顔は合わせたけれどゆっくり話す雰囲気じゃなかったから、明日にしようって思ったんだ。
 そしたら昨日も一昨日も父さんは帰ってくるのが遅くて、朝少し、顔をみたくらい。

 別にいいけど。試合の結果が大事で、表彰状はおまけみたいなもん。だから、本当はいいんだけど。それでも、俺以外にそれがただの紙切れであったとしても、俺にはあれは宝物だったんだ。俺の方がお兄ちゃんだから我慢しろって言われるのは分かってるけど、アカリは小さいから仕方がなかったけど、それでも、どうしても許せなかったんだ。

 頭に血が上って怒鳴った瞬間に、アカリが泣きわめいて、気が付いた母がアカリを抱き寄せて。それがさらに、ケンの感情を爆発させた。

 その光景を思い返す度に、ケンの心はツキリと痛むのに、それ以上に頭がモヤモヤとして、叫びたくなるような感情が、全てをのみ込んでいくのだ。

「あー……、流石に次は無理だったか」

 言葉では言い表せない感情をぶつけるかのように走り、目論見通りに2つほどの横断歩道を青信号で渡り切ったものの、目の前に捉えた3つ目の信号はスピードをもうひと段階あげても、間に合わなかった。
 けれど、この信号まで辿り着けばもう大丈夫。信号を渡ってすぐの所の建物が、魔法茶屋だから。

 突然に走ったものだから、わき腹が少し痛む。脇腹に手を添え、信号のその向こうにある目的地をみようとニンマリと顔をあげて、ポカンと口を開く。

「あれ?」

 いつも行列ができているはずの店の前に、人の姿が見当たらないのだ。何なら店の雰囲気まで、どこか違って見える。
 まだ最後の横断歩道を渡り切ってはいないから、店の全貌は分からない。分からないはずなんだ。けれど、明らかに何かが違って見えて、ケンはしゃがんでみて、じっと目を凝らし、店の様子を確認してみる。

「……なんか、いつもより暗い?」

 この角度から扉の様子までは分からないものの、明らかに店の周りが暗く感じる。
 途端に、胸騒ぎがしてきて、ケンは勢いよく立ち上がると、サッカーでウォーミングアップをするときのように何度もその場で小さく足踏みを繰り返した。
 信号が早く変わってほしいと思うのに、この暗さがケンの勘違いでなかったときにどうすることもできないので、信号が変わったらその後、どうしよう。そんなちぐはぐな思いが、エアランニングのスピードを加速させた。

 

episode4②

 

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