オリジナル童話

その手に触れられなくても~episode0.5~

2022年1月2日

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世界の子どもシリーズ―過去編― その手に触れられなくても~episode0.5~

 

 ここは天高くに位置する龍族の住まう天空城。大地の遥か彼方、てんそらの間に位置する。木で造られたこの城は、赤く漆が塗られており、窓から上を見上げれば真っ青な空とそらの黒が入り混じり、下を見れば真っ白な雲が全てを覆っている。

 その城のしゅたる一室、広々とした木目の道場のど真ん中に、胡坐あぐらをかき、長い髪を一本に束ねた女性がイラついた声で言う。

「何だと? もう一遍いっぺん、言ってみろ!」
「……ですから、私が言っていることじゃないですからね」
「そう言う問題ではない。もう一遍、言ってみろ!」

 その女性の前に片膝を立てながら、うやうやしくかしこまって、一人の男性が、苦しそうに眉をひそめ、目を瞑りながら、もう一度、言う。

「レムリアの女王が、正式に声明を出すとのことです。あの波の日、あの場にいたのは自分だけだと。カイネ様とネロ様はいなかったと」
「あの、クソアマめ!!!!!」

 チェルシーの怒りで放たれた波動が、天空城中を駆け巡る。天空城の至る所で「うわっ」という声が響き、転倒する音がいくつも響いた。

「チェルシー様、おやめください。皆が圧にやられてしまいます」
「ふん。そんな弱いものはこの天空城にはおらぬ」
「……はぁ~」

 そう言って長いため息をつくこの側近は、一切取り乱さず、そして、この至近距離でこの波動を受けたのに倒れることなく、平然としている。

「して、どうなる?」
「……そうですね。今まで十分に噂は広がっていましたから、状況がさらに悪くなるといった所でしょうか」
「なーにが、悪くなるだ。ふんっ」

 チェルシーは腕を組み、苛立ちを抑えて、考え込む。

 

 

 数年前、このエリアを大波が襲った。その波のことを、とある魔法使いが星の声を聞き、事前に知り、災害地域の王に進言した。

 そこで行われたのが、四大陸会議だ。

 その会議のために、アヴァロンの王が時空を繋ぎ、ムーの王が次元を繋いだ。

 しかし、波の規模があまりにも大きく、全ての者を避難させるには難しく、海へと逃がす案がでた。
 そこで体質改善を行い、海でも呼吸が出来る者は、アトランティスとレムリアへと移住する方向で話がまとまっていった。

 けれど、どの国も戦争直前の緊迫状態であったため、なかなか会議が思うようには進まなかった。

 そこで一時的な平和条約を結んだ上で、それぞれの王ではなく、次の王位継承者、各国の姫と王子が代表して会議に臨むことで話がついた。子どもであれば純粋に話が進み、なおかつ、皆年頃であったため、国を背負って十分に会議を進めることもできるだろう、という判断が下されたのだ。

 会議では王族しか見ることのできない特別な羅針盤で、波の被害を少しでも防ぐために、未来予知を行っていた。

 といっても、未来は一分一秒の単位で揺れ動き、変わるもの。会議は困難をきわめた。

 それでも何とか、おおよその者を避難させる算段がついたが、どうしても最後まで海にも空にもそらにも体質があわない、陸で生きる者の避難場所、避難方法が見つからずにいた。

 そんな中で、波が来ると予言されていた期日の一週間をきったあたり、アトランティスの代表の皇子とレムリアの代表の姫は、海での誘導を本格的に移すため、会議に参加できなくなってしまったのだ。

 そして、波が早まったあの日、あの会議にのぞんだのはアヴァロンの王子とムーの姫だけだった。

 あの二人は最後まで避難誘導を行っていたのに、現場にいたレムリアの姫が、あの場には自分しかいなかったと証言した。

 そのことで、各国がアヴァロンの王子とムーの姫が会議を怠ったから波が早まったのを予知できなかったのだと、こぞって責め立てた。

 けれどあの時、陸にいた多くの者が、ネロとカイネのことを目撃している。だからこそ、多くの者が助かり、鳥族が動いてくれたのだ。

 しかし、アヴァロンとムーは特に大国。大国に反発する中小国は、もともと会議中からネロやカイネへの当たりが強かった。

 故に、避難誘導も素直に応じなかったのだ。

 けれど、カイネやネロと親しくしていた国の者の多くは助かった。そして、ムーの国の者はカイネの言葉を信じてただちにそらへと逃げた。だからこそだろう。自国の者が多く助かったからこそ、アヴァロンとムーは皆を見捨てたと、ネロとカイネの処罰を望む声が上がり始めたのだ。

 そんな中で、カイネは波を機に、行方知れず。ネロは時空を繋いでいた空間から無理矢理出た中で力を使い過ぎて、あの日以来、眠り続けたままだ。

 二人の声が聞こえないのをいいことに、皆が好き勝手を言い、そして、アヴァロンとムーを責めるようになった。

 元々、アヴァロンは時空を繋ぎ、ムーは次元を繋ぐことができるため、自国の者だけであれば避難など困りはしなかったというのに。

 ただカイネとネロの二人は、王族の中での数少ない星詠ほしよみのできる者であったこと、そして時空と次元を繋がねば会議さえできないからこそ、あの四大陸会議に応じていたのだ。

 チェルシーは舌打ちをし、目の前の側近、カリバーンに問う。

「して、アトランティスの皇子は何と言っている? まだ沈黙を貫いているのか?」
「そうですね。今の所は沈黙を貫いていますが、今回、レムリアの女王が正式に声明を出すとのことなので、何か動きがあるかもしれません」

 嫌疑をかけられている状態のため、ネロは自国で幽閉されている。表向きは。

 そして、カイネは行方知れずで、だからこそ、かくまっているに違いないと、ムーは大国であるにも関わらず、不当な扱いを受け続けている。多くの物流が止められ、いつ近隣国から攻撃を受けるか分からない状態だ。

 そんな中で、レムリアの姫はそのまま王位を継ぎ、女王となった。そして、唯一の鍵となる四大陸会議のもう一人の代表、アトランティスの皇子が、何も言わず、だんまりを貫くのだ。

「一体、海で何が起こっておる?」

 海の中へは誰も行けない。水に耐性のある者以外。だからこそ、真相の追及に困難を極めた。

 あの時、陸からネロとカイネを見ていた者は、アヴァロンとムーを支持し、ネロの幽閉に異を唱える。

 しかし、もともと大国に反発していたものや、何も知らないものは、ネロとカイネが責任放棄したに違いないと、アヴァロンとムーに波の責任を取れと責め立てる。

 そんな中で、レムリアの姫が、あの場には自分しかいなかったと、証言したのだ。

 それが噂となり、ますますアヴァロンとムーの立場は、ネロとカイネの立場は危うくなった。

 それでも二人のことを支持するものが声を上げ続けて、この数年持ちこたえていたのに、レムリアの姫が王位を継ぎ、女王となって、各国から問い合わせが後を絶たないあの波の日のことを、正式に『あの場には自分しかいなかった』と声明文を出すと、言い出したのだ。

「まずい、まずいぞ。カイネよ、一体どこにおる……」

 カイネのエネルギーのようなものを、このレムリア内に感じる。天空城はてんそらの間に位置する。故にどこでもないのだが、位置的にレムリアの海の上のため、国としてはレムリアに属することになる。

「サンムーンの方にはやはり、おらぬのだな?」
「はい。こちらは確実にいないといって間違いないかと」

 あの波の際、ネロたちが会議のために繋いだ特別な土地は、中立都市として、サンムーンとしてレムリアに隣接した陸側の方に残った。

 多くの種族が共存している。そこにカイネが紛れていないかを調べ回ったが、カイネはみつからなかった。

「目撃情報的には海の中、レムリアなのだ。ネロも最後、そう言っていたのであろう?」
「……はい、そのように伺っています」

 ネロは倒れる直前、カイネは海にいる、必ず迎えにいく、と言葉を残したのだ。

 だからこそ、探ってはいるものの、どれだけ探してもカイネが見つからないのである。

「何故だ。あれにもし色がつくならば、ピンクだろう。ピンクの者は少ない。一目瞭然だろうに」
「はい……。水龍にレムリアの海域を3度は調べてもらったのですが、見つかりません」
「……では、アトランティスの方か?」
「ですが……」

 チェルシーは胡坐をとき、足を広げて、伸びをしながら、天井を見て叫ぶ。

「あーーーー。そうなんじゃよなぁ。アトランティスは広すぎる。そして、アトランティス側からはカイネのエネルギーを感じん」

 

 

 そんな中、調査に向かっていた水龍の一人が戻ってくる。

「姫! 急ぎ伝えたいことが……!」
「うむ? これ以上のトラブルはごめんだぞ?」
「レムリアとアトランティスとの海域の境目で、アトラント出身の者を保護致しました!」
「何!?」

 目を向けると、至るところを大きく負傷し、頭からは血を流す一人の若い男がいたのだ。

「おぬし、何があった!? 早く手当てを……!」

 しかし、その男はチェルシーの前にひざまづくと、自身の痛みなどどうでもいいとでも言うように、怪我や止まることのない出血を気にすることなく、告げる。

「龍族の姫、このように神聖なる場所を血で汚してしまい申し訳ありません……! ですがどうか、私奴わたくしめに話す機会を頂きたい!」

 チェルシーはこの男の気迫を感じ取り、再び胡坐をかき、背筋を伸ばし、言う。

「よい。申せ」

 男は驚いたように顔をあげ、問う。

「よ、良いのですか? 素性の知れないわたくしの話を聞いても」
「うむ。ぬしの気は信念が宿っておる。信じる。申せ」

 男は唇を噛み締め、ぐっと目を瞑り、一拍置いた後に、話し出す。

「我がアトラントの皇子は……っつ。皇子は、幽閉されております」

 チェルシーはそれを聞いて、目を見開く。

「何!? 何故だ!? では、今アトランティスでは誰が指揮をとっておる!?」
「ティルク出身の方の……第三皇子が、指揮をとっております」
「何だと!? アトラントの皇子が王位継承第一位であったであろう!?」
「はい……。恐れながら、どうかわれらアトラントの民のことを、信じてください」

 そう真剣な眼差しで言う男としばらく視線を交わし、チェルシーは静かに頷く。

「よかろう。申せ」
「……はっ。龍族の姫はアヴァロンの王子ともムーの姫とも親交が深かったと聞いております。故に、アトラント一同を代表して、信じて申し上げます」
「…………」
「カイネ様はレムリアにおられます。水中での呼吸ができるよう、が皇子がまじないをかけました。ですが、あの時、アヴァロンの王子との婚姻の話がある状態で、カイネ様を我が皇子の保護下に置くのは難しいとの判断で、レムリアの姫が保護することで話がついたのです」
「……ほう? それでは何故、アトランティス側は無言を貫いておる?」
「恐れながら、我が皇子は証言いたしました。カイネ様はレムリアにおられると。自身が水中での呼吸を可能とする特殊治癒のまじないをかけたと」
「……では、何故?」
「レムリアの姫が、ご自身の意見を押し通されました。レムリアでは預かっていないと。そして、意見が二つに割れ、周りの者も……レムリアの姫の方を支持しました」
「……なるほど。それは……」
「……はい。あの中で、唯一、成人されているのは、レムリアの姫だけでした」

 男が涙を零し、悔しそうに唇を噛み締める。

「愚かなことよ。子どもだから純粋だと、無理矢理会議をさせたくせに、姫と王子だからと責任だけはしっかりと取らせ、意見が割れたら成人している方を一方的に信ずるのか」

 男は嗚咽おえつを漏らしながら、もはや顔を地面に伏せ、何度も何度も床に向かって拳をつきつける。

「レムリアの姫の意見が通ったのに、何故、アトランティスは無言を貫いているのだ?」
「第二皇子が、何とか、繋いでくださっておりました。……あの方は、ティルク出身でもお優しく、争いを好まない。故に、第一皇子を支持してくださっておりました。ですから、意見が聞き入れなかった中で、あえて無言を貫いてくださっていたのです」
「第二皇子が……。ん? どういうことだ?」

 男はそのまま隠すことなく、涙を零しながら、震える声で、続ける。

「レムリアの姫の意見が通ったことで……我が皇子は嘘つきの捺印なついんを押され、恥さらしだと……王位継承権を剥奪はくだつされました」

 チェルシーは息を呑む。

「だが……其方そなたらはたぐいまれなる治癒の民。王位継承権を剥奪はくだつされても、幽閉までは……」

 再び男が泣き崩れ、自分の手を見つめながら、言う。その腕はずっと、震えている。

「……恥をかかせた、責任を、とれと。……皇子率いるアトラントの者は皆、戦闘部隊に回されました」

 チェルシーは首を傾げ、問う。

其方そなたらは治癒の民。戦闘など到底……」

 そこで男は呼吸が荒くなり、手の震えを激しくして、また嗚咽を漏らす。その様子が尋常じんじょうではなく、チェルシーが戸惑っていると、男を保護した水龍が、苦し気に眉をひそめて言う。

「……この者は、もう話すことが難しいかと思います。ここからは私が……」
「よい。申せ」
「アトラントの民は暗殺部隊に組み込まれたようです。海の中では、レムリアとアトランティスは不可侵条約を結んでおり、他の海域とは戦争状態だったようです」
「ほう。だが、何故だ? アトラントの者に暗殺など……」

 そこまで言って、チェルシーは、はっと息を呑む。

「まさか……!」

 水龍が再び眉をひそめ、目を瞑りながら苦し気に言う。

「相手の懐に潜り込ませ、高速治癒で、殺せと命じられていたようです」
「なんとむごいことをっ!」

 再び、びりびりとチェルシーの覇気が放たれそうになるのを、同じく横で黙って話を聞いていたカリバーンがぐっとチェルシーの肩を持ち、抑えさせる。

「今そのような気を放っては、この者が耐えられません」
「すまぬ」

 そう言うカリバーンさえも、目は怒りで滲みきっていた。

 

 

 アトラントの民は、高度の治癒能力をもつ。とても速く、そして正確に、細胞を復活させることができる。だが、それは相手のの流れを読み、必要な箇所ピンポイントで濃厚な治癒を行い、寸分すんぷんの狂い無く、それらのコントロールが行えるからだ。

 それができるのが唯一アトラントの民だけだと言われているのは、これほどまでの高速の細胞回復は生と死と表裏一体だからである。

 高速に回復しすぎると、細胞が逆に死んでしまうのだ。故に誰もが出来る訳ではなく、そして、本当に心優しく、繊細に相手のの流れを読み、細胞の隅々まで感知できる者しかできないのである。

「……ですが、アトラントの民は、皆、暗殺せずにその者たちを逃がしたようです。治癒をそんなことには使えないと」
「……そうか」

 すると、黙って聞いていた男が、更なる嗚咽を漏らしながら、地面に突っ伏し、激しく泣き崩れる。

 その姿を見た水龍が、苦し気に眉をひそめ、とうとう涙を零しながら、言う。

「……暗殺に逆らったものは皆、……見せしめに、処刑されたようです」
「なっ!」

 流石のカリバーンさえも、気が漏れそうになるのを、チェルシーと二人で必死で抑え込む。それでも、天空城の空気はひんやりと凍り付き、龍族の者みなが、何か起こったのだと、瞬時に悟る。

 だが、泣き崩れる男は、震えるその声で、何とか自分で伝えようと、口を開く。

「……最初に処刑されたのは民をかばったアトラントの王と王妃です。犠牲が多くなる前に、皇子がご自身の幽閉を条件に、わたくしたちを守ってくださいました」
「……無念だ」
「……暗殺の代わりに、激戦区での救護を任されておりました。ですが……、ミキシルチェティ様が……姉姫が、暗殺されかけたのです」
「……アトラントの姫か」

 アトラントでは昔から男が多く、王位継承は皇子が行い、姫は基本的に自由に婚姻を結ぶのが習わしだ。子孫を残し、癒しと治癒を次世代へと継承していくことに集中するために。

「アトラントの血を、絶やしたいのか?」
「……恐らくは」
「……例の指輪の継承権が第一皇子にまだ残っている状態なのだな?」
「……はい。それ故に、皇子は幽閉、民は激戦区での救護班という形で耐えておりましたが、それも時間の問題かと」
「……というのは?」

 また男が泣き崩れながら、言う。

「先日、第二皇子が……暗殺されました。毒です」
「……っつ。第三皇子勢か?」
「……分かりませぬが、恐らくは……」

 そのまま、男は続ける。

「……そして、第一皇子も毒に侵されています」
「それは……」
「はい。時間の問題です。ただ、第二皇子がご自身が亡くなられる前に、第一皇子の側近に密書を。……完全ではないですが、密書を頼りに一時的な解毒を行い、ご自身の治癒能力で何とか一命を取り留めている状態です」
「すまぬな、辛いことを話させた」

 すると、今度は水龍が男に何かを言い、そのまま話し出す。

「また私が代わります。この者は、暗殺から逃れるため、アトラントの姫の逃走を手助けしたようなのです」
「何!?」
「……唯一の、朗報です。アトラントの姫は無事、レムリアの海域へと逃げ切り、レムリアに潜伏せんぷくしているようです」
「だが、アトランティスの者は足のある状態で海へ下った。レムリアは皆、人魚に進化して……」

 またチェルシーは目を見開く。

「そうか! 変化魔法へんげまほうか!」

 水龍が小さく頷く。

「そういえばアトラントの姫はカイネと阿保あほなことして遊んでおったからな。それがこんな所で役にたつとは……。なるほどな。変化へんげで人魚になって潜伏しておるのか。確かに賢明だ。レムリアは女の人魚が多い故、一度入ってしまうと分かりにくい」

 そして、チェルシーは男に向き直って改めて言う。

「ようアトラントの姫を逃がしてくれた。状況は分かった。こちらでもアトラントの姫の保護に動く」

 すると、男は再び手を震わせながら、泣き崩れて、言う。

「……どうか、よろしくお願い致します。そして、姫には……ぐっつ、うっつ」
「……よい。全て申してみよ。ぬしの心のうちを。なぜ、ぬしはそんな大けがの状態のままでおる? なぜ、ぬし自身で治癒を行っていない?」

 男はさらに激しく手を震わせ、呼吸も荒くなっていく。あまりの動揺ぶりに、水龍が止めようとするも、チェルシーはそれを手で制止する。

「申せ」

 男は嗚咽を漏らしながら、言う。

「私はもう、アトラントの民ではありません。姫を逃がす際、追っ手に追い付かれて……ぐっつ。ふっ、うぐっつ……」
「……ゆっくりで良い。申せ」
「あ、あれほどまでに……拒んでいた高速治癒で……追っ手を負傷……させました」
「……命は?」

 男は首を振る。

「……ですが……かなりのダメージを……後遺症が、残るかも……しれません。うぐっ。ふっ……それもっ……あんな心優しき……姫の目の前で……な、仲間にも……王と王妃にも……ぐっつ、うっつ……皇子にも……合わす顔が……ありません……」

 チェルシーは再び胡坐をかきなおし、背筋を伸ばす。

「顔をあげよ」

 男は号泣しながらも、しっかりとチェルシーの方を見る。この天空城へと到着したその時から、どれだけ辛くとも、どれほどの怪我を負っていようと、この男は礼儀を忘れなかった。アトラントの民の気高き心をチェルシーはしっかりと感じ取っていた。

 だからこそ、ふっと微笑んで、言う。

ぬしのその涙を、今の心を忘れるな。それが、生きていくということだ」

 男は驚き、チェルシーをみつめる。嗚咽こそ治まったものの、涙はもう、止めることができないようだ。

「今ここで涙を流すということは、ぬしは治癒能力を誇りをもって、信念をもっていつも使っていたということ」
「……ですが、その信念を、私は……」

 チェルシーは、とても優しい声色こわいろで、言う。とても力強く、微笑みながら。

「そうだ。その信念さえも越える信念で、ぬしは大切な者を守ったのだ」
「…………っつ」

 男は驚いたように、チェルシーを見つめる。

ぬしは我の通り名を知っておるか?」

 突然の質問に、男は戸惑うも、躊躇ためらいがちに答える。

「もちろんです……。大変、有名ですので……。赤銅色しゃくどういろ龍騎姫りゅうきひめ。龍族の唯一の、王族の生き残り……」
「うむ。そうじゃ。われはな、戦うことが好きじゃ。戦闘狂と言われるくらいに、な。……剣をまじえ、勝負をすることが好きなのじゃ。誰よりも強くありたいと、いつもそう思っている。だが、誰かを傷つけたいと思ったことは一度もない」
「……はい」

 チェルシーは天空城の外を眺めながら、言う。この天空城には窓はない。扉さえなく、そのまま、部屋から廊下へと出れば、手すりがあるだけで、すぐに天へと出られるように造られている。

 基本、皆が人型で過ごしているが、龍族のものは、自身が望めばいつでも龍の姿にとなれるのだ。それぞれ火や水といった性質はあるが、どの龍も飛ぶことができる。

 そんな吹き抜けから凄まじい風が吹き、どこからか飛んできた花弁が部屋の中まで流れ込み、美しくチェルシーのひとつに束ねた長い髪を揺らす。

 チェルシーが赤銅色の龍騎姫と言われる由縁はこの髪にあり、長く美しいこの髪の上半分は真っ赤な赤色を、下半分は銅色をしているからだ。

 チェルシーは自分のこと、自分たち一族のことを思いながら、再び男に向き直り、言う。

「龍族はみな、龍になれる。故に、強い。そして、そもそも、今の人型の状態でも強い。だからこそ、いくさがあればすぐに駆り出される」
「……っつ」
われらは戦となれば、敵の命を奪う。これまでも、これからも、な」
「……それ、は……」
「うむ。好きで奪う訳ではない。避けられぬ時以外は奪わぬ。だが、それが我ら戦闘部族の生き方なのだ」
「……はい」
「して、それが仕方のないことだとも思わぬ。言い訳をしようとも思わぬ。だからこそ、奪ってしまった命は忘れぬようにし、胸に深く刻み込む。そして必ず、おのが正義、守るものの為に剣を振るっておる。それがわれらの信念である」

 いつの間にか、男の涙は止まっていた。

ぬしのその涙とその心、決して忘れるな。それは、信念をもって力を使っているということであり、力の使い方を分かっているということだ」

 チェルシーが、ニコリと笑う。

「……ですが、私は、もう……」
「うむ。無理に再び治癒の力を使わぬでよい」
「……そうなれば、私は……」

 俯く男の言葉を遮るように、チェルシーは続ける。

「今は、な。使わぬでも、力や才は無くなるものではないのだ。まずは休むと良い」
「……今、皇子も姫もどうなっているか分からない中で、私が休むなど……」
「……だからこそ、休むのだ。ぬしのその力と才とこころざし、使うか使わぬかを決めるのもぬしの自由。そして、これから誰のためにどう使うのかさえ、ぬしの自由だ」
「…………は、い」

 男が目を見開く。しかし、それと同時に、無理をし過ぎたのだろう。腹部を抑え、倒れこむ。

「ぐっあっ……」

 チェルシーは玉座から立ち上がると、自らの手で、男を抱きこす。

「な、なりません……」

 息も乱れ始め、焦点も定まらなくなっているのに、男はおそれ多いとでもいうように、チェルシーに敬意を払う。だからこそ、チェルシー自身が、男を抱え起こす。

ぬしが自分自身に治癒を使わなかったのは、トラウマからだけではなかろう。自分自身への罰。痛みを知るためであり、受け入れるため」
「それ……は」
「よう耐えた。心も、身体も。其方そなたらアトラントの民ほどでなくとも、龍族にも治癒が得意な者がおる。こちらで治療させてもらうぞ」

 そう言うと、チェルシーは奥にいる白龍に目配せする。男が水龍と白龍に支えられ、治療室へと運ばれていく。

 その背に向かって、あえて強い口調で、言う。

「よいか。われらが行うのは身体の治癒だけだ。心の治癒は、どんな魔法でも、できぬ。おのが信念と正義により、ゆっくりでも良いから心をぬし自身で回復させよ。心と身体は繋がっておる。まずは身体を回復させる」

 男が再び、声を漏らして泣きながらチェルシーの方を振り返る。

 チェルシーは仁王立ちし、力いっぱい微笑みながら、告げる。

ぬしが貫いた信念、われらが引き継ぐ。アトラントの姫を必ず保護する。龍族とこの天空城の誇りにかけて」
「うっつ、ぐっつ、よろしく……お願い、申し上げます」

 

χχχχχ

「チェルシー様、アトラントの姫の保護はどのように?」
「うむ。それなんじゃがな、気が付いたのじゃ」
「何に……?」
「カイネじゃ。いつもカイネのようなエネルギーを感じるのに、曖昧で、見つけ出せぬ」
「はい」
「変化魔法で思い出したのじゃ。もしかすると、色を封じられてるのやもしれぬ」
「……!」
「おかしいと思ったのじゃ。あんな阿保みたいに魔力が強くていつもダダ漏れなのに、分からぬ方がおかしいのじゃ」
「……チェルシー様、お気持ちは分かりますが、いささか言い過ぎでは?」

 カリバーンの方をチラリと見て、鼻を鳴らしてチェルシーは笑う。

「ふん、大阿呆だろうが。一人無茶して、海の中に囚われて」
「……それも、そうですね」

 再びチェルシーは正面を見て、言う。

「故に、色や魔力追跡だけでは見つからん」
「では、一人一人の顔を確認してですか? 水龍でカイネ様の顔を知るものはおりませぬ」

 チェルシーは胡坐をかきなおし、背筋を伸ばす。そのまま目を瞑り、カイネのエネルギーらしきものを氣を巡らせて、感知する。

「……やはり微かだが、レムリア内から感じるのだ」
「ですが、顔を確認してとなると、時間がかかります。如何いかがなさいますか?」

 チェルシーがニヤリと笑いながら、言う。

「容姿もな、まじないで変えられておったら、意味がない」
「はい」
「故に、レムリア内で一番阿保な人魚を探せ」
「は?」
「カイネのエネルギーを微かに感じるのに、カイネがSOSを出さぬということは、やはり色を封じられているからだろう。色を封じられると、記憶も力も曖昧になる。だが、カイネのエネルギーが残っているということは、性格の部分だ。多少の記憶がなくなってもな、本質的な性格はすぐには変わらん」
「……はい」
「故に一番阿保な人魚を探せ。あれはどこにいても、ある意味目立つからな」
「……。一応聞きますが、アトラントの姫は?」
「恐らく変化で力も容姿も多少は隠しておろう。故に……」
「はい」
「一番、変な人魚を探せ」
「は?」
「アトラントの姫もちょっと変わっておるからな。だから、あそこの二人は仲が良いのじゃ」
「……」

 カリバーンが不安げな表情で手を額にあて、小さな息をつく。

「そんなんでみつかりますかね?」
「大丈夫じゃ。あの二人は性格があう故に、多少、容姿が変わろうが、記憶がなかろうが、自然と仲良くなるだろう」
「その可能性は、ありますね……」
「それにな、アトラントの姫はカイネの顔もエネルギーも知っておる。何せ、アトラントの姫だぞ? われでカイネの微かなエネルギーを天から感知できるのだ。海の中ならば、必ず見つけられよう」
「……!」

 チェルシーがニヤリと笑う。

「そうじゃ。潜伏するのなら、必ず、味方のエネルギーを探すだろう?」
「なるほど……!」
「故に方針は変えぬ。まずは、カイネを見つける」
「はい!」
「性格から探す! ……あの二人の性格故に、ある意味目立つだろう。二人とも阿保みたいに優しいからな。故に、阿保みたいに優しくて阿保な人魚と阿保みたいに優しくて変わり者の人魚を見つけだせ!」
「……後でムーとアトラントの人たちに怒られますよ?」

 チェルシーが、今日一番、嬉しそうに笑う。

「それは、嬉しいお叱りじゃのう。二人が無事に見つかった後の話なのだから」

 それを見て、カリバーンはため息をつきながらも、優しい目で微笑む。

「そうですね。一刻も早く、阿保みたいに優しい阿保な人魚と、阿保みたいに優しい変わり者の人魚を見つけ出しましょう」

 

 

 同時刻――……

 

 二つの密書がチェルシーの元へと運ばれようとしていた。

 ひとつはレムリアの女王陛下から。

 ひとつは龍族と親交の深いアヴァロンの竜族から。

 どちらが先にチェルシーの元へと届けられるかが、今後の運命を大きく左右する――……。

 

 

episode0.9

 

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